【完結】 ギター爪弾きのバラッド   作:はま0821

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大分間が空いてしまった。スランプってわけではないんだが。仕事が…。仕事とちょっとした失敗が…。


49 レッツゴートゥーストレイビート

 

 

…徒歩3分!ようやく飲み込めてきた。いや近すぎるだろ!

 

「あ、あの虹夏ちゃん…。この辺りに大きな、事務所みたいな建物なんてありましたっけ?」

 

「ぼっちちゃん。前も言ったけど、ストレイビートさんが大手とは限んないよ?従って、事務所が大きい保証もない!」

 

虹夏先輩には珍しい、意地悪そうな笑みを浮かべて、ゴッチとリョウ先輩を順番に見やる。

 

「返品出来るかな…出来るよね…完全に未使用だし…」

 

「ああ…!思いっ切り着ちゃった…!もう返品できない…!ど、どおしよおー!」

 

あるか分からない給料を当てにしたデカい買い物。…愚かだ。実に愚か過ぎる。リョウ先輩もだけど、思い込んだら一直線過ぎだろ。未来の自分に返済させるしかないな。まあ、いい勉強代だろ。ゴッチは今ここで失敗しなくとももっとデカい失敗する未来しか見えんので、この程度で済むなら今失敗しといたほうが…。いや、GUCCIのジャージ。幾らなのか知らんけど。

 

最早人間が茹で上がるのでは?くらいには暑い夏休みの某日。結束バンド御一行と俺はこのあいだのライブ審査の演奏を見て、契約の話を持ってきてくれた、ストレイビートなる事務所さんに話だけでも聞きに行くところである。…俺?話なんか来てないよ?興味あるからついでに聞かせてもらう。ホントにリョウ先輩やゴッチが言うように給料が出るなら、幾らか確認したい。まあそんな待遇で迎えられる望みは薄いが。

 

「こっこだよ〜♪…あれ?うん。貰った住所はここ…」

 

虹夏ナビが案内を終了する。目の前にそびえているのはまごうことなきボロビルだ。早速大手の可能性は潰えたな。

 

「あ、味があるいい建物だね、ぼっち」

 

「そうですね〜、アンティークといいますか〜…」

 

もう見てらんないあの2人。

 

「リョウ先輩!ひとりちゃん!目を覚まして!まごうことなきボロビルよ!絶対大手事務所じゃないわよ!」

 

「ええい郁代!まだ分からんでしょうが!?中も見てないのに!」

 

「そ、そうですよ郁代ちゃん…。人間も建物も…外観よりも中身が大事!」

 

「信じたくない…!信じたくないんだわ現実を…!給料は払われず借金確定になる未来の自分を認めたくないんだわ!イヤー!カッコ悪い!」

 

「なにを言う郁代!わたしは返品出来るから借金確定ではないわ!ぼっちと一緒にするな!」

 

「う、裏切り!裏切りですリョウさん!」

 

「なにがだぼっち!着たのはぼっちの勝手でしょ!?わたしだって試奏したかったのにこういうこともあろうかと我慢した!作戦勝ち!」

 

「ぐぬぬ〜!リョウさん、…わ、わたしと一緒にじ、地獄に堕ちましょう…!」

 

「嫌だ!離せぼっち!地獄には1人で堕ちろ!名前通りにな!」

 

世界一醜い争いだ。仲介しなきゃならんのかコレ。関わり合いになりたくない…。はあ〜、見たくなかったゴッチのこんな姿。

 

葛藤しながらも止めに入る。なんか、こういうとき早く動く、喜多さんと虹夏さんが静かなことに違和感を覚えながら。

 

「なんか、珍しいですね」

 

「喜多ちゃん。なにがさ?」

 

「いや、リョウ先輩とひとりちゃんがわちゃわちゃしてるの。あまり見ないです。いつもは仲良いから」

 

「それだけ異常事態なんだよ…。2人共給料使い果たしてるからね。…でも確かに。あの2人は揉めなそうだね。なんでだろ」

 

「あまりどちらも不平不満をためるタイプではないからじゃないですかね?今は給料使い果たしてるから、不平不満モロ出してますけどね」

 

喜多ちゃんと議論していると前の階段でぼっちちゃんとリョウの仲介をしている青木くんから声が掛かる。

 

「おいこら!平和に物思いにふけってないで助けろ!割と2人共力強いんだわ!」

 

「青木くん!もうちょっと頑張って!…そういえば、わたしと喜多ちゃんもあまり絡まなくない?」

 

「ブフォッ!なんてこと言うんですか虹夏先輩!不仲説流れちゃいますよ!」

 

「あ〜バンド内で流れると気まずい奴…となると、今ぼっちちゃんとリョウは仲良く見えるのかな?」

 

後ろでなにブツブツ言ってんだ!?虹夏さんはご存知なかろうが、喜多さんは多分虹夏さんの事好きだぞ!?チューしてたし!

 

「さあ?…そろそろ助けに行きません?ほら…青木くん1人だとそろそろ限界でしょうし…」

 

「虹夏先輩!実は虹夏先輩は喜多さんにチューされてますよ!多分覚えてないでしょうけど!」

 

「ちょお!?青木くん!なんでこのタイミング!?」

 

「助けに来てくれないからだよ!この2人どうにかするの手伝え貴様ら!」

 

「喜多ちゃん、…いつ?」

 

「なあっ…!す、すいませんクリスマスパーティーのときに、魔が、差したというか…あまりにもかわいい寝顔だったんでつい…、せ、先輩…?」

 

わたしの告白を聞くや、虹夏先輩が座り込む。心なしか、耳が赤いような…。

 

「…。今度は別の心配をしないとなぁ…。喜多ちゃん。この話知ってるのは?」

 

「えと、店長さんとリョウ先輩とひとりちゃん、青木くんにあと廣井さんかな…」

 

「廣井さんだけめんどくせぇ〜。まあ、この話はあとにしよう!喜多ちゃん!こ、今度はナシで頼むよ!」

 

「あ、っはい…」

 

「な、なんで残念げなのさ?えっ、喜多ちゃん、ノーマル、だよね?」

 

「は、はい、でも…虹夏先輩のほっぺもやわらかくて癖になりそう…」

 

今度は虹夏先輩は、自身の唇をなぞり、少しだけ安堵した表情を見せる。

 

「ほっぺかぁ〜!そこだけ少し安心したかも?…あとそこの!なにいつの間にか喧嘩を止めて此方を伺ってるの!?」

 

「いや珍しいと思って。郁代と虹夏の絡み」

 

「は、はい。いつもより深い話をしていたような…」

 

「クリパん時の虹夏先輩は可愛かったから、ほっぺにチューくらいはしたくなんじゃね?喜多さんはノーマルだろ」

 

そのフォロー。スッカスカだよ青木くん。それで助けてるつもりか!?

 

「あ、青木くん。ギルティです」

 

罪状は分かるわよね青木遥。

 

「ごめんなさい!だっていつまでも助けに来てくんないから!」

 

「バラす秘密をもう少し選べるでしょうよ!もうダメ!レーベルの話聞かせてあげない!帰りなさい青木くん!!」

 

「やなこった!ここまで来たんだ絶対聞いて帰ってやる!」

 

今度は喜多ちゃんと青木くんがわちゃわちゃし始める。狭い階段の前でご苦労なことだ。…取り敢えず、わたしと喜多ちゃんは、不仲説回避かな?

 

「虹夏。回避し過ぎかも。今度郁代と百合営業かけてみる?」

 

「はうあ!虹夏ちゃん!郁代ちゃん!そういうのはイケないと思います!」

 

ぼっちちゃん!目を手で覆ってるけど手の間から見てる定番の奴止めて!そういうのってなにさ!?

 

「そういうのはそういうの。ねぇぼっち」

 

「は、はい。虹夏ちゃん…。ダメ、ですよぅ…」

 

「なにをう、元はと言えば喜多ちゃんがわたしに…!」

 

「長いわよストップ!何時までやる気よ、茶番!」

 

不意に後ろから聞き覚えのある声。確かに、長い事此処で小競りあってる。迷惑か!

 

「あ、あなたは!確かライターの!」

 

虹夏先輩の声。むむ、ライター。

 

「暑すぎるからジュース買いに行って戻ってきてみれば…今日だっけ?結束バンドがうちに話し聞きに来るの…」

 

この人は!?バンドを評価する目と恰好以外は変な!アウトロー音楽ライターポイズンやみ!

 

「マトモな方の情報も少しはいれてよ!…あっつ。キツイわ。こんなとこで話してないで、早く事務所入りましょう?お茶位は出すわよ」

 

…?うち?事務所?

 

「…!…。ええ、早く来なさい。洗いざらい、教えたげるから」

 

言うが早いか。俺達の隙間をスルスルと抜け、階段の上にある扉に手を掛ける。

 

「御用なんでしょ?我が、ストレイビートに」

 

「我が、ストレイビートに、だとう?」

 

ぽやみさん。あんたまさか…!?

 

「行こう青木くん。行けば色々教えてくれそう。それに…あのライターさんの言う通り。ここ暑すぎ!」

 

「そうだね虹夏。多分麦茶くらいは出てくるでしょ。場末音楽ライターにもそんぐらいの力はあるはず…」

 

「そうですね。ここにいても埒あきませんし」

 

「あっ暑いです…」

 

満場一致か。もう少し前に見たかった、この結束力。そうすりゃくそ暑階段で汗だくにならんくて済んだのに。頭の中でそうごちながら、すでに溶け始めているゴッチを連れて階段を上がるのだった。

 

 

「…ど、どうぞ。散らかっているけど」

 

ぐちゃあ…。こんな擬音を入れたくなるくらい、散らかっている。マジかよ散らかってるって謙遜語じゃなかったんだ。マジのパターンもあるんだ。…そして。冷房よええ〜!効いてないよ、外と比べて2度くらいしか温度変わってないんじゃねえの!?

 

「ははは。さすが最新鋭の事務所。サウナまで兼ねてるとは!」

 

「わたし達くらいになると仕事中でもサウナキメたいですものね〜!」

 

「あの2人、どうしたの?」

 

「やむにやまれぬ事情がありまして…」

 

おいアホ2人。初見のぽやみさんにまで察されてるぞ。恥知らずな真似はいい加減止めなさい!

 

「…ぽやみさん。確認するけど、ここがストレイビート?」

 

「うぐ!?…は、はい。すみません貧乏事務所で…」

 

ずしゃあ…!貧乏事務所。この言葉を聞いた瞬間、僅かな希望も潰えたかのように、アホ2人が膝から崩れ落ちる。分かってただろ外観見たときから。

 

「あの2人は大丈夫なの?さっきからなんか変だけど」

 

「なんか、給料とかCMとか期待してたみたいですよ。ほっといていいです」

 

「うう…期待に応えられなくてごめん…」

 

なんかしおらしいな。まあ俺は期待してないんでノーダメ。そんなことより…。

 

「…ぽやみさん。どうにもこの部屋見てると、掃除好きの血が騒ぐ…。30分くれない?見違えるようにしてあげる」

 

「えっ!?そんないいわよ悪いわよ!お客さんに掃除してもらうなんて…!」

 

何故か遠慮がちなライターさんを尻目に。

 

「あ!わたしもやるよ!記念すべき結束バンド初契約が汚い部屋とか、やだし!」

 

「わ、わたしもやります…!な、なんかこの部屋、放置してたら虫とか出そうで怖い…」

 

「なあっ…!?喜多ちゃん!怖いこと言わないでわたし虫はダメなんだ!」

 

「わ、わたしも無理ですぅ…!今度のランチでメインディッシュ持っていっていいですから虹夏先輩なんとかしてぇ…!」

 

「リ、リョウ!リョウが虫平気だから!リョウになんとかして貰おう!」

 

「ひとりちゃんと一緒に崩れ落ちてますよう…!」

 

「あんの役立たずが〜!」

 

「お2人。俺が虫平気だからさっさと始めよう。どうにも汚い部屋見てると気分が悪い」

 

そう言うと女子2人から尊敬の眼差しを集められる。まあ。虫は平気だ。なんなら食ってたし。

 

こうして3人で協力して部屋を片付け始める。しかしまあ。見事に汚すなあ。ぽやみさん。あまり女子としてはよろしくないのでは?

 

「んなっ!?大部分はわたしじゃないわよ!同居人が…!」

 

「同居人?ああ、あんとき声掛けてきた美人さん…」

 

「きゃー!!青木くん!出た!助けて!」

 

「いきなり3匹は分が悪い!青木くんなんとかしてぇ!」

 

思い出そうとしてると喜多さんと虹夏先輩の絹のような悲鳴に思考を中断される。ふっ…!世話が焼ける!

 

カサカサカサカサ!お2人の前で躍動する3匹を素手でふん捕まえ種類を確認。

 

「なんだ3匹ともチャバネかよ。芸がないねぇここも」

 

「青木くん!種類なんかマジでどうでもいいから早くどうにかして!」

 

「いやぁ…!気持ち悪い…!」

 

何もしてないのにこの嫌われよう。ゴキブリからしても迷惑な話だろうな。しかし…この嫌われっぷり。まるでDNAレベルだ。人類の先祖にゴキブリがなにかしたのかな?そのぐらいの嫌われぶりだよなマジで。

 

「しかし殺すのは忍びない…。一旦虫箱に捕まえといて後で外に放すか」

 

「青木くんはテロリストなの!?街に迷惑がかかるでしょ!」

 

「早く…!早く何とかして青木くん…!」

 

全く。あんまりだろそりゃ。殺せってか?無用な殺生はお断りする。…そうだ。このストレイビートで飼ってみる?

 

「あんたはうちの事務所をなんだと思ってるのよっっ!!!」

 

本気だ。マジギレだ。分かりましたよもう。…すまん。お前らのことを守ってやれそうもない。次は、ゴキブリ以外に生まれ変わりなよ?…なんて、自分勝手にごちながら3匹をトイレに流す。…任務完了。

 

「青木くん…。虫に慣れすぎてるってのも問題ね…」

 

「そんなビビることないだろ喜多さん。アイツラなんか毒もないし噛みもしない。ただ見た目がキモいだけの奴らじゃん」

 

「その見た目が嫌なのよっ!!!」

 

マジだな。マジトーンだ。ゴキブリは一体人類に何したんだ。

 

「き、喜多ちゃん!怖いけど、掃除終わらせちゃおう!ダラダラやってたらまた出てくるかも!」

 

「嫌だ!絶対に嫌!早く終わらせましょう虹夏先輩!」

 

しょうがない。マジで嫌そうだし、次からは殺そう。かわいそうだけど。そう思いながら汚部屋のゴミを燃える燃えない資源と分別していく。床も軽く掃き掃除して…中身残ってるカップ麺は捨てて…。飲めよ。無駄に健康に気を使いやがってしゃらくせえ。あらかた終わると、2つの影が俺を横切る。逃がすか!

 

ガシッと。尻尾を掴んだ。比喩ではない。長い尻尾に茶色のもふもふの身体…。ネズミだな。間違いない。不衛生だなおい!

 

「きゃああああ!!な、なに捕まえてるんだよ青木くん!!」

 

「いやあああ!ね、ネズミ!わ、わたし!虫ほどじゃないけどコレも無理!なんとかしてぇ!!」

 

全く。女子は無理な物が多いねぇ…。ゴキブリと違って噛むかもだけど、コイツラ顔は可愛いだろ?ほら。つぶらな瞳。

 

「…あ、ほんとだ。顔はハムスターと一緒…」

 

「虹夏先輩帰ってきてください!ハムスターにはけして生えてない長くてニョロニョロなその尻尾が見えないんですか!?」

 

「うわっ!?ホントだ!長くてキモチワル!青木くん!なんとかして!」

 

やだ!今回ばかりは殺さんぞ。大体、ネズミ殺すなんて言ったら、哺乳類を殺すことになる。やだよそんな。同族殺しじゃん。やりたいなら喜多さんか虹夏先輩がやれ。

 

「むうう〜!だ、大体。殺さないならどうするつもりなの…?」

 

「こうする。ほら行け。もう人間には捕まるなよ」

 

ストレイビートの扉を開け外にネズミを逃がす。戻って来る可能性もあるが、そん時はそん時。

 

「ぽやみさん。ネズミ駆除は専門の業者に依頼したほうがいいですよ?」

 

「そんな金ないわようちの事務所に…。ま、まあ。助かったわありがとう。そこら辺掛けて待ってて。もうすぐうちのも帰ってくると思うし」

 

100点とは言わないまでも、70点くらいか。何とか人様にはお見せできるようになったな。ふぅ。なんとか一段落。

 

「わたしは寿命が縮まったよ青木くん…」

 

「もう青木くんとは汚い場所掃除しない絶対…!!」

 

喜多さん。虫やネズミがてんこ盛りなのは俺のせいじゃないからね?ここの大いに問題ある衛生環境のせいだからね?俺を憎むのは筋違いだよ?

 

「なんかキレイになってる」

 

「あっホントですね…こ、コレがこの事務所の真の姿…!」

 

アホ2人復活か。いや、これ俺らが掃除したんだよ見てなかったのか?

 

「見えられていましたか。お待たせして申し訳ありません」

 

おん?ああ。今日の本命の到着だ。ストレイビートの司馬都さん。結束バンドにレーベル契約を持ちかけた、その人である。

 

「やっと帰ってきた。改めまして、ストレイビートアルバイト。ポイズンやみと」

 

「ストレイビートでマネジメントをしております司馬都です。以後お見知り置きを…」

 

「あっご丁寧に!結束バンドリーダーの伊地知虹夏です!」

 

「存じておりますよ結束バンドの皆さん…。さて。早速。貴方がたはレーベルに対してどのような印象をお持ちで?」

 

「えっ?えっと…アルバムとか出してもらったりとか…!」

 

「あわよくばミリオンセラー飛ばしたり!」

 

「別荘貸し切って曲作りとか…」

 

「ま、毎月事務所から給料が出て働かなくてもいい…?」

 

「ナイスだぼっち!わたしそこ確認したかった!」

 

「給料?すみません期待してもらって悪いのですが、余程のことがない限りわたしたちはデビュー時にそのようなバックアップはできません。CD1枚出すにもかなりハードルが高いです」

 

「「あふん…!!」」

 

「あっはははは!残念だったなゴッチ〜!リョウ先輩!世の中そんな甘くねえんだよ!」

 

「ぐぬぬ…!遥〜!」

 

「あ、青木くん…!嫌いです…!」

 

敗北者共の呻きが実に耳に心地よいぞ。ははははは!!あっすんません。話の腰を折りまして、続きをどうぞ。

 

「よいので?」

 

「はい。スルーして大丈夫です。うるさかったら止めますので。心の臓を」

 

ヒエッ。

 

「まずはコチラの予算で数曲作っていただいてそれを弊社がサブスクや動画サイトで順次配信します」

 

「そして、その売り上げや再生数が多ければ今度はCDのミニアルバムを制作したいと考えています」

 

「今回、結束バンドの皆さんは専属実演家契約という、契約の上では形式になりますね」

 

へ〜。凄えや。今のところこっちにメリットしかないな。曲を作る費用は持ってくれるし、それをサブスクとかにも流してくれる。そしてそいつらが当たったら、虹夏先輩待望のアルバム制作だ。結束バンドにデメリット無しじゃん。

 

「プロモーションについてもお任せください。ネット発のアーティストクリムトの夜も、弊社の所属なんですよ」

 

お金かかるプロモーションまでやってくれんのか。虹夏先輩。今迄の話に嘘がなければ、諸手を挙げて契約してもいいレベルかと。もっと足元見られて契約されると思ってたわ。全然。いい話ばっかり。虹夏先輩にはそうアイコンタクトを送っておく。伝わったかは知らん。

 

そして…クリムトの夜。マジか。俺ですら聞いたことあるバンドだ。ギャルでモデルなワラビと今流行りの顔出しNGAmeのコンビの正体不明のバンド。今人気だよな。ここの所属なのか凄えな。

 

俺のアイコンタクトの意味が分かったのか、虹夏先輩がコクリと頷く、多分悪い話ではない、…個人の心境次第…だが。

 

「ところで後藤さんはギターヒーローという別名義で音楽活動されてるそうですが」

 

「「!!」」

 

ゴッチの顔が強張る。やはり結束バンドには周知の事実とは言えそれ以外の人に知られるのは抵抗があるのだろうな…。

 

「登録者もそこそこいますし動画の再生数も100万超えがちらほら…凄いですね。宣伝には使ってもいいですか?」

 

「えっ…?あ、あの、それって公表しなければ駄目ですか…?」

 

「そうですね…。私たちも商売。登録者10万人のオーチューバー含むバンドとなると、わたしたちも売り出し方をいろいろ考えられます」

 

それだけ聞くと、ゴッチは目を伏せる。恐らく考えているんだろう。ギターヒーローという名を公表すべきか。それは結束バンドにとっていいことか。…俺は。プロモーションのことはよく分からない。だが。ゴッチのことは。結束バンドのことは分かる。…少し、しゃしゃらせてもらうか。

 

「ゴッチ。ゴッチはどうしたい?」

 

「えっ?わたし?」

 

「そう。結果そういう話になると思う。ゴッチはさ、今の自分を胸を張って、ギターヒーローだと言える?満足したかい?自分の腕に。そしたら、俺はもう名乗っていいと思う。結束バンドを引っ張り、虹夏先輩の憧れのギタリストにはなれた?」

 

ゴッチに問いかける。結束バンドの全員が。ストレイビートにいる人すべての視線がゴッチに向けられる。…聞いたはいいけど、何となくゴッチがどう答えるか俺には予想がついていた。我ながらズルい問い方だ。

 

「…ぜ、全然…!まだまだ…!わたし、ギターまだまだ下手くそです…!虹夏ちゃんが好きだって言ってくれたギターヒーローになんてまだまだ届きません…!だ、だから…!」

 

向上心の強いやつ。お前はもう充分にギターヒーローだと思うんだがね。まあ分かった。協力してやるよ。

 

「まあ〜司馬さん。このように当の本人は公表に乗り気でない様子。どうでしょう、ここは1つ見送りというのは?」

 

「もっとしっかりとした理由が欲しいですね。登録者10万人のオーチューブ。プロモーションをするにあたって、それを捨てなければならない明確な理由を」

 

ぬう!粘りやがるなこの女。かくなる上は…!

 

「今の後藤さんはライブでは不安定なんですよ。ギターヒーローと後藤ひとり。同一人物だと最悪信じてもらえない可能性がある」

 

思わぬところから助け舟。理由が酷いが。ほら見ろゴッチを。ショック受けてるぞ。

 

「ポイズンさん…あなた一体どっちの味方なんですか…?」

 

「未来ある若者!つまり、後藤ひとりと結束バンドの味方です!何らかの理由で、後藤さんはギターヒーローを結束バンドに組み込みたくない様子。ソッチのほうが絶対にプロモーションにとってはよくても、本人たちが望んでないなら意味はない!とわたしは思います!」

 

「ふむ。確かに。わたしは結束バンドはギターヒーローの力に頼らずとも売れるバンドだと確信してます。だからこそレーベルの話を持ってきたわけだし…。分かりました。ギターヒーローを公表してのメリットもあまりなさそうですしね。この件は保留にしましょう」

 

ポイズンさんがこちらにウインク。助けられたな。

 

「あ、青木くん。あ、ありがと」

 

「いや。しかしお前も真面目だね。俺は司馬さんと同じ意見だ。もうギターヒーローって名乗っても誰も文句言わないと思うぜ?」

 

「や、やっぱり…。結束バンドはわたしひとりじゃなくて、みんなで売れたいんだ。だから、わたしひとりギターヒーローってのは違うかなって…」

 

ふっ。真面目。…でもそれを認めさせたくて、未確認ライオット頑張ったんだもんな。見掛けなんかよりずっと固い意志をお持ちだ。

 

「し、司馬さん!あ、ありがとうございます!自分たちのやりたいことよりわたしたちを優先してくれて!わ、わたしたち。まだまだ未熟ですけど頑張りますんで!これからどうぞよろしくお願いします!」

 

虹夏先輩が司馬さんにそう宣言する。そうすると司馬さんは安堵の表情を浮かべ。

 

「ありがとうございます!」

 

と微笑み返してくれるのだった。

 

「わたしはまだ経験も年齢も浅いです。ですが、結束バンドを責任を持ってサポートします!」

 

とは司馬さんの言。…年齢。司馬さんっていくつなんだ?

 

「聞いてよギターバラッド!この子こんな感じでわたしより年下なんだから!」

 

「えっ司馬さんが!?バリキャリって感じだったからもうちょっといってるのかな?って!」

 

ぽやみさんと同年代なのか…。確かにそれは意外。

 

「ポイズンさん…女性の歳は勝手に公表するなと子供の頃習いませんでしたか…?クビになります?」

 

「ヒエッ!ごごご勘弁を!」

 

「全く…。改めまして、結束バンドの皆さん。新曲のリリース時期は年明けを予定してますが、詳しいスケジュールは追って連絡します…。ともに手を取り合って、頑張っていきましょう。皆さんの持てる10代の感性やインスピレーション。曲に存分に活かしてください。これぞ結束バンドのキラーチューンというような曲。期待しています」

 

「は、はい!ありがとうございます!頑張ります!」

 

話はまとまったらしいな。ツッコミどころほぼなくて暇だったわ。…ストレイビート。中々優秀そうな事務所さんじゃん。結束バンドって所々で恵まれるよな。実家ライブハウスだったり。

 

「あ、そうそう。あなた」

 

「ん?俺ですかい?」

 

話もまとまり、結束バンドのみんなが帰路につこうと腰を上げると、司馬さんに呼び止められる。

 

「いい演奏でしたよあなたも。今回は御縁がありませんでしたが、もし事務所に困るようなことがあれば是非。我がストレイビートに」

 

「抜け目ないですね司馬さん。ですが。俺よりも結束バンドを選んだ事、いつか後悔させてあげますよ」

 

「ふふ…。ではその日まで、お互い息災に」

 

「そうですね。お元気で」

 

結束バンドをはじめとしたメンツがストレイビートを去る。するとポイズンやみが。

 

「えー司馬ちゃんあれもスカウトするの〜?今のやりとりで分かっただろけど、実力はあっても、性格に問題ありだよ?」

 

「そのぐらいでないとこの世界は長続きしませんよ。それに…わたしもあなたも立場は盤石というわけではない…生き残るための駒は、多いほうがいいでしょ?」

 

「計算かい…。オー怖っ」

 

「ふふ…。期待してますよ。結束バンド。そして、青木遥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また一歩前進したね!わたしたち!」

 

「そうですね!レーベル事務所!わたし楽しかったです!」

 

「よし!みんな!またいい曲作ろ!」

 

「新曲の時期が来てしまったか…。ぼっち。たまにはぼっちが作る?曲」

 

「えっと…」

 

「ならわたし!作詞してみたいです!」

 

「いいね〜!こないだみたいにまたみんなで作ろうか!新曲!」

 

誰かひとりが崩れても、そばにいる誰かが即座に手を差し伸べられる。ひとりじゃないことこそが、結束バンドの強さなのかもな。ならば。ギターヒーローのように1人でやるのは今は得策ではないか…。しかし、これで結束バンドはレーベル契約のアーティスト。…むうう。羨ましい!随分先に行かれてしまった気がする。まあ、いいが。ゆっくりと背中を追おう。まだ俺も、結束バンドも道半ばなのだから。まだまだ夏休みは長い。1年目はなんかバイトとライブとしていたらあっっっというまだった気がするので、今回はじっくりと楽しんでやる。

 

夕日に塗れつつある下北沢の町並みを見ながら俺は独りごちたのだった。

 






実際今回のやりとりで虹夏ちゃんが1番怖かったのは、えっ喜多ちゃん…ノーマルだよね?って聞いた後の喜多ちゃんの反応だと思います。あまり喜多ちゃんにも下心はなしなので、警戒しないであげるといいと思います。無理か。
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