レシピ
牛豚合挽き肉
玉ねぎ
玉子、パン粉、粘りを出すために牛乳。
こね混ぜて、粘りが出てきたら成形する。1個大体150グラムぐらいに。
割とハンバーグの空気を抜く工程は重要らしいので、手を抜かずやるように。
そして…焼く!!
「そおい!そおい!!」スパアン!!スパアン!!!
「やめるんだリョウ先輩!そんな力いっぱいハンバーグを手から手へと投げつけるのは!少しのコントロールミスで床に肉の花を咲かすことになるぞ!?」
「これが山田リョウ流ハンバーグの空気抜きよ…!素人は黙っとれい!」
「…。料理を舐めてる悪い子が1人いるね?お姉ちゃん」
「そうだな虹夏。型に嵌めよう。ハンバーグだけに」
「はわわわわ…!店長さん!虹夏ちゃん!どうか穏便に…!」
「…うん!いい感じに野菜も火が通ってきたわね!虹夏先輩〜。コンソメスープの方は順調ですよ〜!」
ここは伊地知家の自室の台所。大の高校生5人に店長合わせて6人が入るには少し手狭なこの場所でみんなとハンバーグをこね、コンソメスープを作る。え〜っと。…なぜこんなことになったんだったか…?
少し前の記憶を遡る。そうだ。確か、コンソメスープが好きだって話をしたらなんか作ってくれるって流れになって…!それでこの食事会か。話早すぎるだろ。
コンソメスープか…。懐かしいなあ。まだ分かんねえけど。スープの色は完全に思い出の中のそれだ。いっぱい野菜が入ってるせいでちと薄いか。でも匂いは完全にそれ。不思議だ。嗅いだ瞬間、思い出した。四角く区切られた、アパートの1室。お袋と俺の。多分1年にも満たない短い思い出。
「…懐かしい?青木くん?」
全て見透かしたようなセリフに少したじろぐ。気付けば、スープを眺めていた俺の顔を喜多さんが覗き込んでいた。いかん。オーバーリアクションになってしまったか。
「あ、ああ。うちは貧乏だったから、こんな野菜入ってなかったけど。確か、玉ねぎオンリーだ」
「…ふふ。なんか、ワクワクしたような顔してるよ?そんなに焦らなくてももうすぐ出来るから、大人しく待ってましょうね〜」
俺の顔を眺めた後、なにか包み込むような笑みを浮かべ、喜多さんは料理に戻る。な、なんか包容力があったな今の。は、母親みたいな…。ええい!しっかりしろ俺!同級生に母性なんか感じてどうするんだ、心が弱ってるいい証拠じゃねえか!
「へい。あがったぜ虹夏。ハンバーグのタネ」
「よろしい。最初からまじめにやりなさい」
見れば頭にコブを作ったリョウ先輩が、虹夏先輩に報告している。後はあれを焼いて、スープつければ完成か。あっという間だな。
「お待ち。ドレッシングも自家製だぜ」
食卓のど真ん中にやりすぎだろ。と初見で思うくらいな量のサラダが置かれる。たぶん店長謹製だな。
「あっ…。ご飯も炊き上がりそうです…!」
いつの間にかご飯担当大臣に任命されていたゴッチがそう教えてくれる。
「オッケーぼっちちゃん!メインのハンバーグももうすぐ焼きあがるよー!」
そう虹夏先輩が返す。手際がいい洋食屋みたいだな。俺も少しは手伝わねば。そう思い、人数分、コンソメスープとご飯をよそい、配膳していく。うむ。腹が鳴るほどに美味そう。
「最後に肉汁と赤ワイン。ケチャップとソースをブレンドして、バター入れて弱火でとろみが付くまで煮詰めれば…虹夏特製ソース、完成!」
「うおおお!ヤバい虹夏これはマジで美味そう!嫁に!嫁に来てくれ!」
「よっ嫁に!?ば、バッカだなー!なに言っちゃってんのかなーリョウはー!あはは、じ、冗談キツイよー!」
夫婦コントか。なんかいちゃいちゃしとるが。それはともかくとしてマジ美味そうだな…!このスピードで作る料理のクォリティじゃない!虹夏先輩!あなた、作り慣れてますね!?
全員で食事の前に手を合わせ、お約束のアレだ。
「「「「「「いただきまーす!!!!!」」」」」」
まずはコンソメスープに手を付ける。スプーンを取り、美しい黄金色の液体を啜り上げる。…うん。うん!!
「これだ…!この味だ虹夏先輩!凄えよ!」
「どう青木くん!思い出の中の味と比べて!」
「もうバッチリだよ!…凄え。…もう飲めないと思ってた。また飲めるなんて…!」
「…!」
いつもの食事の際の空気が若干揺らいだのを感じた。…。あ。やべぇ。あまりにもスープが美味くて口が滑った。見れば、みんながこちらに注目していた。その中でも虹夏先輩が、若干の不安に駆られたような表情で俺にこう問いかける。
「えと。言いづらかったらいいんだけど、青木くん…。お、お母さんと、なにかあったの?」
し、しまったぁー!何自分から余計な情報付け足してるんだ!あんなこと言ったらそりゃ勘ぐられるだろ!
失言を踏まえてもう一度みんなの表情を見やる。店長は(あ〜あ)と。苦虫を噛みつぶしたような顔を。ゴッチはハッとした後、心配そうな表情をしていた。
そうか、俺。ゴッチには話したんだ。母さんの話。…さわりだけ。なぜか。勘の良いゴッチのことだ。すでに色々勘付いているだろうから。…あと。勝手ながら、ゴッチなら。大人組のみなさんと同じで、受け入れてくれそうな気がしたから。そのうえで目の前の、不安そうな顔をして俺を覗き込む虹夏先輩を、そして結束バンドの面々を見やる。
俺は、こんな顔をさせたいのか?虹夏先輩に。自分自身の下らない恐れや怯えの心を守るために虹夏先輩にこんな顔をさせるのか。…違うんじゃないか。
依然、俺の勇気は溜まっていない。ゴッチ風に言うなら、練習が足りてない。ならどうするか。相手を信頼するのだ。虹夏先輩なら。結束バンドのみんななら。きっと違う結果が待ってる。気を遣われたり、…距離を置かれたり。そんな事はきっとない。たとえそれが、何のアテもない希望的観測だとしても。…そうだ。あの時踏み出せたじゃんか。ちゃんと話しかけられたじゃんか。初めてゴッチと会ったあの公園で。
あの時から、俺の運命は違う方向に転がり始めたと思う。そして。こんどもまた分岐点だ。腹を括れ俺。
恐れや迷いを捨てろ。いい加減に前を見ろ。おんなじ場所をグルグルフラフラ。飽きただろう。目の前の人の言葉に応えて、生きたい方に歩き出すんだ。…ギターヒーローよ。俺に力を、勇気を貸してくれ!
握り拳をつくって自分自身の膝に落とす!そして肺の中の空気をすべて吐き出すと、新鮮な空気を一気に吸い込む。目の前の虹夏先輩がドン引きしているが、構っていられない。空気を吐き出すと同時に下げていた視線を、虹夏先輩に合わせ、覚悟を決める。
「…虹夏先輩。前に廣井さんや、PAさんに話した事。いつか絶対に聞かせてよね!…と仰ってました。…今でもそれは変わりないですか?」
視線を合わせたまんま、虹夏先輩に問いかける。虹夏先輩は、一瞬の狼狽を見せたあと。
「も、もちろん、もちろん聞きたいよ!教えてくれるの!?」
「…分かりました。話します。確かに不公平ですもんね」
傍らで聞いていたリョウ先輩が虹夏先輩に付け足す。
「遥曰く、暗くて重い、誰も得しない話。だよね?」
リョウ先輩の目を見て、コクリと頷く。またも一瞬のたじろぎがあり。
「…聞きたいよ。聞きたいに決まってる。…仲間のことだもん」
「…ありがとう、ございます」
意を決しつつ口を開く。
「おれは、孤児です。両親と死に別れ、頼る親戚もなく、去年の春まで孤児院で生きてきました」
空気が張り詰める。せっかく虹夏先輩が焼いてくれたハンバーグ。冷めちまうかな。もったいないな…。などと、ズレた思考が頭の中を廻った。
「お袋は俺が2つの時に病死して、父は蒸発しました。…それからの人生、七転び八起きでしたが、なんとか孤児院から出て今、両の足で立っています」
嫌な汗が、額から滲み出る。背中にも汗の感触。心臓は早鐘を打ち、息は上がる。…なんだ。俺は。そんなに知られたくないのか。そんなに知られるのが怖いのか。意気地なしめ。すると、肩にポンと手が置かれる。
「頑張れ。遥。みんな聞いてるぞ」
いつの間にか背後にいた店長の手だ。
じんわりとその手から温かさを感じる。少しだけ、楽になった気がした。
「…俺が今本当に恐れていること。それは、今話した俺の素性を皆に知られてしまうことじゃない」
ちらりとゴッチを見やる。心配そうに揺れるそのターコイズの瞳を。
「俺の素性を知られて、みんなが離れていってしまうこと。それが、…堪らなく、怖いんだ。恐ろしいんだ。…また、1人になってしまうと考えると、どうしても竦んでしまう…!今まで仲良くなれた同い年ぐらいの友達と同じように!両親がいないことを知られたら!孤児院出身だと知られたら!…離れて、行ってしまうんではないかと…。だから…。大人の皆さんには話せた。だから。みんなには話せなかった。…隠していて、ごめん」
「…えっえと。えっと。あうあう。どっどっ何処から…!」
珍しいな。虹夏先輩のぐるぐる目。喜多さんは何度か見たことあるけど。
「…これが、暗くて重くて。誰も得しない、って言ってた遥の話?」
リョウ先輩が俺の目を見据えて、言葉を返してくる。
「…はい。今まで、話さずにいた俺の秘密です。…割とビビり腐ってて笑えるでしょ?」
「…自分の弱いところを話すのは、勇気がいる。…わたしにも憶えがあるから。…大抵そういうときは話したほうがうまくいく。…遥。話してくれてありがとう」
「…え?」
「…わたしたちを、信頼してくれたんでしょ?話しても、前のようにはならないって、…離れていかないって。…安心して遥。わたしはあなたが面白いやつだと思ってるから一緒にいる。そして、コレからも。…少し、驚いたけど。それは変わらないから」
肩に乗せられてる店長の手がいつの間にか両手になり、俺の肩をほぐして来る。…まるで心も一緒にほぐす様に。
「…青木くん。わたしが思うに、小学や中学のころって、自分で友達を選びにくいのよ」
「…喜多さん」
「…ほんとはみんな。あなたと一緒に居たかったんだと思うよ。でも。親とか。大人の言うことは割とその時、大きいから。…でもわたしたちは、もう大人。自分の友達くらいは、自分で選びたい。青木くん!あなたはわたしの恩人!確かに少し驚いたけど、その程度で離れたりしないから!まだまだ恩を返させて!」
思わず視線を下げて目を閉じ、喜多さんの言葉を噛みしめる。心の中にあった氷塊のような場所が、暖かい水のように溶け出すのを感じた。
「…まったくまったく。低く見られたもんだよこの伊地知虹夏も」
「…虹夏先輩」
「よく聞いて青木くん。まだよく分かってない。あなたが深い悲しみを抱えて、ここまで歩いてきたことしか分からないけど、安心して。親が居なくても、孤児院出身でも何処出身でも。あなたはあなた。変わらない青木遥くんだよ。だから。離れてやらない。離れてなんかやるもんか。大体!わたしが最初の印象とちょっと違う過去を持ってたからって、態度変えるとでも!?この虹夏ちゃんをお舐めじゃないよ!」
…強い人だ。屈託ない笑顔。あなたも母親は居ないはず。深い悲しみを背負ってるはずなのにそれをおくびにも出さない。俺を不安にさせないように。…どこまでも誰かのため。…話してよかった。この人に、不安を抱かせるような事に比べたら。俺の心の中の弱さなど。恐れなど。微々たる問題じゃねーか。
「…青木くん…。…正直、驚きました。わたし等では、想像もつかないほどの悲しみを。苦しさを背負っていたんですね。…どんな逆境にも負けない。あなたの強さの秘密が少し、分かった気がします」
「…ゴッチ」
「…あなたは、わたしにとってのヒーローでした。…でも、そんなヒーローにも、恐れるものはある。…でも、ヒーローは決して、ひとりじゃない。…頼れる仲間がいるのが、お決まりです。…あなたは、わたしたちを信頼してくれた。わたしも、お返ししたい…!青木くん!今のように苦しい時、辛い時!わたしに!わたしたちに相談してください!わたしたちは、仲間だから!音楽を愛する!仲間だから!」
…ああ。本当に。見違えるほどに成長したよな。ゴッチ。目の前に立つ姿。頼もしく見えるよ。
「…ありがとなゴッチ。みんな。…頼りになる。仲間たちだよ」
虹夏先輩は鼻に横に指をやり、ドヤ顔の笑顔。
リョウ先輩はやれやれといった、ニヒルな笑み。
喜多さんは、どんな暗い場所も明るく照らしてしまいそうな満面の笑顔。
そして…。ゴッチは。いつぞやか見せてくれた、控えめながらも少しの包容力を持つ。深い微笑みを携えていた。
「…ほらな遥。考えすぎだったろ?」
背後の店長の言葉に虹夏先輩が反応する。
「お姉ちゃん。やっぱ知ってたんだね」
「ん。ああ。話すの怖いからまだ言わないでくれって。こいつに言われたからさ」
「ちょちょ!店長さん!」
「言ってやったんだよ。うちの虹夏を舐めるなよ?ってな」
「…それはほんとにその通りだよ青木くん!そのぐらいの相談いつでも来いだよ!いや驚いたけど!正直かなり驚いたけど!」
「なあ虹夏?…さて。ハンバーグとコンソメスープ。温め直しちまおうぜ?…それから、改めて話し合うと良い。まだ虹夏たちも、気になるとこ、あるだろう?」
「…うん!青木くん!もう観念して!洗いざらい話してもらうからね!…でもその前に!食事にしよう!それからだよ!」
「…分かりました。虹夏先輩。みんな。えい!もう、なんでも聞いて下さい!カッコ悪いかもだけど、俺の1番の恐れは解決しましたから!あとはもうなんでも来いだ!」
虹夏先輩が作ってくれたハンバーグをソースに絡めつつ、口に放り込みながらそう宣言する。
隠していたわけではない。ただ、なんとなく知られたくなかった。…怖かったから。だがしかし。少しずつ。俺の世界は開けていく。1年前の公園で、ゴッチに会ったときのように。…笹塚苑で、師匠に会ったときのように。…オジキにギターを教えてもらったときのように。
前に進むのに、いちいちこんなに意識してちゃ気疲れしちまう。気にせず、なんとなくの一步を。勇気が足りない、こんな俺でも受け入れてくれる。仲間がいるのだから。
記憶の片隅に残る、母親の味。それを確かに口の中に感じながら、今日なによりも頼もしく感じた、ゴッチ曰く、音楽を愛した仲間の面々を見やるのだった。
主人公のトラウマ。ある程度仲良くなった人に素性を知られちゃうと、離れていってしまう。今までそんな事ばかりだったから。心の奥底で、それを無意識に怖がっていました。まあ。結束バンドのみんながそれを気にするようなタマか?と聞かれると、たぶん大丈夫だろ?と。彼女らを知る人々らは言うと思います。