主人公も特に進路は決めていません。ですが、明確な目標が出来た今、更に音楽の道を邁進するかも。有名になるために。家族に会うために。
「青木くんのお父さんは?どんな人だったの?」
今は伊地知家のリビング。テレビを見ながら寛いでいると、虹夏先輩からこんな質問を投げられる。
「…そ〜ですね〜。憶えてないんですよコレが。顔も声も。ですが」
立て掛けてあるギターケースから相方を取り出し、自身の肩に掛ける。
「今俺が使ってるこのブルーレスポール。…このギターは、俺の母親の通夜の日に、俺達の自宅の塀に立て掛けてあったものだそうです。…俺はこれは多分、父親が立て掛けていったものだと。そう思っています」
「うえっ!?青木くんのお父さん、お母さんのお葬式にきてくれなかったの…!?」
虹夏先輩が当たり前な疑問を投げかけてくる。
「ええ。そうらしいですよ。多分、出にくかったんですよ。母親の死に際に間に合わなかったから。当時二歳なんで、よう分からないんすけど」
言いながら俺は、ギターの弦にピックを通す。アンプもなにも通してない。エレキギターの生音が、リビングに響く。
「俺は勝手にこのギターを、父からのメッセージだと思っているんですよ。コイツを弾いてれば、音楽を続けていれば、いつかは会えるから。…そういうメッセージだと。だから、俺は音楽にしがみつく。顔も名前も知らないが、こいつが俺たちを引き合わせてくれる。と。そんな淡い希望を抱いてギターを弾いてます」
「…そうなんだ。青木くんの。音楽のルーツ…。で、でもでも、なんでお母さんのお葬式、来てくれなかったんだろうね…。ち、ちょっと薄情に感じる…かも」
それは確かに。母親の葬式で、会えると思っていた。…やはり、死に際に間に合わなかった罪悪感なんだろうか…。すると、店長が口を開く。
「言うなよ虹夏。何らかの事情があったのさ。…ギターを残していったんだ。向こうも絶対に会いたくないってわけじゃねえだろう。いつかひょっこり、父親の方から、会いに来るかもな」
親父か。オジキはほとんど教えてくれなかったな。マジでほとんど知り得ない。何処から振り込まれているか分からない養育費だけは支払われ続けているらしいが…。すると、こんどはゴッチから問いかけられる。
「あ、青木くんは…、お、お父さんの事、どう思っているの…?や、やっぱり…き、嫌い…?」
「…いや。確かに思うところがないわけじゃない。なんで俺を置いていったんだ。とか。なんで母親の葬式に出ねえんだ?とか。なんでみんなに当たり前のようにいる親が、俺には居ねえんだ?とか」
「…あ…」
不味いことを聞いたかなと。ゴッチの顔に不安が広がる。…だが。
「なんてな。昔は思ったりもしたもんだが、今やほとんど恨んじゃいない。言いたいことは腐るほどあるけどな。…だがまあ。生きていてくれりゃ十分さ。…だから、別に嫌いってわけじゃねえよ。ゴッチ」
「そ…そうなんだ…ね」
まあ、1発ぶん殴るくらいの資格はあるか。折角だ。会ったらぶん殴ってみよう。ひそかにそんな物騒なことを、胸の中で勝手に決めた。
「さて!俺の過去なんて、暗い話はもうやめにしようぜ?夏休みも終わりだ。みんな大好き。学校が始まるぜ?」
ずああっと。周りのみんなが引く音が聞こえる。店長だけが愉快そうにクックと喉を鳴らしていた。
「ガッコか…。やだな。面倒くさい…」
とはリョウ先輩。確か今年受験では?そんな体たらくで良いんですかね?と思えば。
「はあ〜。リョウは学校出たら気ままなニートライフ満喫する気だからなぁ〜。わたしと違ってストレスフリーなわけよ…」
と虹夏先輩が憂う。あっ。リョウ先輩、大学行く気ないんだ。豪胆だな。つまりは。地獄の音楽道。その道に歩みを進めることを決めたと。そういう訳ですな。…の割には余裕そうだな。
「…わたしは!音楽で食っていく!でも虹夏!なにかあってすっ転んだら養って!」
「ヤダー!こんなでっかい子供いらないよ〜!どうせ料理も洗濯もわたしに全部投げてゴミ出しくらいしかやってくれないんでしょー!」
虹夏先輩の悲痛な叫び。放り出しゃいいのにそんなクズベーシスト。自分で言ってなかったっけ?彼氏にしたらダメな3Bとかって。
「リョウ先輩!わたしが養います!貢がせてください!」
「そうはさせるか!喜多ちゃん目を覚まして!骨までしゃぶられるよそんな甘いこと言ってると!」
リョウ先輩が賛同するよりも早く、虹夏先輩が釘を刺す。まあ、虹夏先輩の場合は、結束バンドの全員と一蓮托生だからなぁ。必然的にリョウ先輩を見捨てるわけには行かない。…南無。まあそれはまだ先の話。さておき。
「虹夏先輩は進学ですか?」
「うん!まだまだバンドの方だけで食べられるほどじゃないからね!地に足は付けておきたいんだよ!」
立派だ。リョウ先輩とは違って先を見据えてる。まあリーダーがすっ転んでいたらバンド自体に暗雲立ち込めそうだし、進路で冒険するわけには行かないか。
「あぎっ!あがっああ!!」
「!?ひとりちゃん!」
今度はゴッチか。ゴッチって方向性はリョウ先輩に似てるからなあ。こっちもなんか卒業したら音楽で食っていく!ってなりそう。喜多さんだな、鍵は。きっちりゴッチの手綱を握らないと。
まあそれもまた未来の話。今は青春コンプレックス。ならぬ。学校コンプレックスを発動させたゴッチの面倒を見なければ。
「そんな心配することないだろゴッチ〜。1年の時ならいざ知らず、今は喜多さんも俺もさっつーもいるしさ。知り合いがまったくいないってわけじゃないだろ?」
「あうう…!た、確かに、1年の時と比べると大分マシなのですが…!まだ宿題も終わってないし…!」
「それは不味いわねひとりちゃん!そろそろ終わらせとかないと間に合わなくなるわよ!」
「おっ、ぼっちちゃん宿題終わってないんだ?じゃあ夏休み最後の日は勉強会にしよっか?」
面倒見が良いなあ虹夏先輩。自分の受験勉強もあるだろうに、不出来な後輩の宿題まで見てあげようとするとは。
「ちなみに…!わたしも終わってないぜ!!」
リョウ先輩が力強く宣言する。いやなんで自信満々だよ。
「ああっ…!今ですらこんな調子じゃ学校卒業したらどうなっちゃうのか…!?今から気が滅入るよ…!」
虹夏先輩が片手を頭に当てて溜め息をつく。その仕草には深い諦めが浮かんでいた。
「うう…。い、郁代ちゃんはやった…?宿題…」
「もちろんよひとりちゃん!遊ぶのが楽しみすぎて7月中に片付けたわ!」
「さ、さすが…!」
「宿題、分からないところがあったら教えてあげるから!一緒に頑張りましょう!」
「あ、はい!」
美しきかな友達愛。夏休み最後の日の予定は勉強会に決まりそうだな。
「虹夏〜。宿題全部写させて〜」
「今さっきの後輩たちのやりとり見てなにも思わなかったのか…!?ズル禁止!わたしも協力するから真面目に全部解け!」
「うええ〜!?まじかよ〜」
これっぽっちも良心がない発言。流石山田リョウ。
「あ、青木くんは…?し、宿題…終わった…?」
「フッ舐めるなよゴッチ。喜多さんほど早くはないが、俺もついこないだちゃんと終わらせたぜ。分かんないとこがあったら教えてやるよ。俺自身が感覚派だから分かりづらいかもだがな」
「ああっ…!やってないのわたしだけ…!?みなさんに申し訳ない…!」
ゴッチが数少ない仲間のリョウ先輩のことを忘れて絶望する。…しかし意外だよな。ゴッチって宿題とか。毎日コツコツやって残さないタイプかと思ってた。真面目だから。
「あ、あうう…。今年は未確認ライオットが忙しすぎて…!いつも以上に必死にギター弾いてたらいつの間にか夏休み最終週に…!」
「たしかに今年の夏は大変だったよね〜!大丈夫だよぼっちちゃん!ド〜ンと!宿題は面倒見てあげよう!」
「ありがとう。流石虹夏!」
「お前は自分で頑張れよ」
「なっ!?」
横から生えたリョウ先輩にまるで動じず的確にツッコミを入れる虹夏先輩。もはや慣れっこ。
「よしじゃあ、夏休み最後の日はみんなで勉強会だ!ぼっちちゃんと!…あとついでにリョウの宿題を終わらせよう!」
「「「「おー!!」」」」
かくして、夏休み最後の日の予定は決まった。俺自身の宿題は終わっているから余裕を持って迎えられそうだな。
日付は変わり。長かったようなあっという間だったような、夏休み最後の日だ。…だがだ。今年は9月1日は土曜日。実際に学校に登校するのは3日後である。あえて言ってはいないが、ゴッチは気付いているだろうか?やつの夏休み最後ら辺のリアクションは面白いから密かに楽しみにしている。ちなみに今日はSTARRYも休業だ。出演予定だったバンドが突如キャンセルになったらしい。
うまくやりゃ結束バンドワンマンでSTARRYを占拠できたかもしれないが、あいにく今日は勉強会。リョウ先輩とゴッチの宿題を終わらせなきゃならない。そいつは次の機会に回しとこう。
「うい〜っす。いや暑いですね今日も〜」
言いながらSTARRYのドアを開け放つ。しっかり効いた冷房が肌に心地よい。
「お前が一番乗りだ遥。お疲れ」
「お疲れ様です〜遥く〜ん」
PAさんと店長がいた。今日は休みなのに大変ですな2人共。
「週明けの営業の準備とか色々あるのよ。いきなりのキャンセルだったから事後処理もしなきゃなんないし…」
「休んでる暇がないですよね〜」
「ライブハウスの営業も大変ですねぇ…あれ。虹夏先輩は?」
「なんか買い出しだとよ。もしかしたら晩飯も出るんじゃねえか?ラッキーだなお前ら」
「マジすか。虹夏先輩の飯、美味いから有り難いっす」
「そいつは本人に言ってやんな。喜ぶだろうから」
「虹夏ちゃんが作る料理。ホント美味しいですよね。インスタントばかりのわたしの心に染み渡る家庭の味…!」
「お前料理できるんだから自炊しろよ…」
「店長。人は他人のためなら頑張れるし意地も張ろうとするんですよ。ですが自分の為だけだと頑張れないし、テキトーになってくもんなんです。気付いたら卵かけご飯おんりー…」
「生々しいなおい」
PAさんと店長の話を聞きながら、確かに。と納得する。誰かに感想を言って貰わないと、クォリティが下がっていても納得して食べてしまう。…たまには俺も、誰かに料理作って出してみようかな。
「…ところで、青木くん。…勇気、出せたんですね。店長に聞きましたよ?」
「…ええ。店長の言う通りでしたね。俺の取越苦労でした。…ただ、一生分の勇気を使ったような気がします」
「自分自身の弱い部分を誰かに晒すのは、実は誰にでも出来ることではないのです。青木くん。よく出来ましたね〜偉いですよ〜」
ポンポンと。PAさんに頭を撫でられる。するとその様子を見ていた店長から。
「…まあ、良かったよな言えて。こういうのって、言おうと思ったタイミングを逃すとズルズル言いづらくなるもんだからな」
「…そうっすね。ありがとうございますお2人とも。…見守ってくれて」
PAさんはひらひらと手を振り、コチラに笑顔をくれた。店長は表情こそ変わらないが、サムズアップを返してくれる。そんな2人に改めて心の中で感謝を捧げていると、入り口のほうが騒がしくなる。…誰か来たな。
「たっだいま〜!ふあ〜!あっつい!まだまだ全然暑いね〜!」
STARRYのドアが開き、虹夏先輩が入ってくる。右腕には大きめの買い物袋からネギが覗いている。やはり買い出しに行ってたみたいだな。階段を降りつつ、こちら側に話しかけてくる。
「アレ?青木くん早いね!もう来てたんだ!なんの話をしてたの?」
「お疲れ様です虹夏先輩。…何の話…。割とマジで虹夏先輩の話ですよね?」
問いかけに応じ、2人に確認を取る。
「PAさんがインスタントの食事が多いから、虹夏先輩の家庭的な料理が骨身に染みるとか…」
「ちょちょちょ!?恥ずかしいからあまり言わないで下さい!…でも、虹夏ちゃんの料理はホント美味しいですよね…。いつも食べられる店長が羨ましいです…」
この言葉を聞くと、虹夏先輩は少し恥ずかしそうに頬を染めながら。
「えっムッチャ評価してくれる…。嬉しい…!PAさん!!是非今日も食べていってくださいよ!何か作りますよ!」
「あうう。虹夏ちゃんの溢れ出る優しさ…五臓六腑に沁み渡ります…!」
余程家庭的な味に飢えているんだな…。でも誰かに作ってもらうと美味しく感じますよね。なんでだろ?味が予想できないからかな?
「…あとは青木くんが勇気を出して、バンドのメンバーに秘密を打ち明けたとかですかね〜♡」
ぐふう!栄養不足なのバラしたからって、意趣返しですかPAさん。やってくれますね!
「あ、あはは…。…ね、ねぇ、青木くん」
「はい?」
「今更なんだけど、何で話してくれたの?…青木くんなら、多分出来たと思う。わたしたちに話さず、やり過ごすこと」
虹夏先輩からそう問われる。…確かに言う通りだ。のらりくらりとやり過ごし、前の関係を続ける。そっちのが確実にイージーだろう。…だが。虹夏先輩に対して応えようとしていると、店長が先に話し始める。
「バッカ虹夏お前。だいぶ野暮だぞその質問」
「や、…野暮!は、初めて言われた…!」
「あはは。…虹夏先輩。俺は虹夏先輩だから話したいと思いました。…あの時、虹夏先輩。少し不安そうな顔をしていました。…俺のせいで、そんな顔をそれ以上させたくなかったんです」
「…あ…」
「ほら虹夏。野暮だったろ?」
「あ、あう…!お姉ちゃん…!」
「確かに恐れや迷いはありました。でも、みんなに。虹夏先輩にそんな顔をさせてしまうぐらいならと…。……。後はすいません。自分のためでもあります。…少し前、ゴッチと話したときに言われたんですよ。勇気を出すには、練習と信頼だと」
「…ぼっちちゃんが。…練習と信頼…」
「俺は勝手にみなさんを信頼しました。そうすることできっと、前に進めると。ずっと自分を縛っていた得体の知れない恐れや不安から脱却できると。そう思ったからです。…あなたたちを信頼してよかった。…ありがとうございます」
虹夏先輩に頭を下げる。貴方が俺を思ってくれなかったら。俺のことを気にかけてくれなかったら。俺は今も同じ場所にとどまり続けていただろう。感謝しかない。
「あ、あははー!いや、それほどでも〜!で、でも青木くん!青木くんは自分の足で踏み出したんだよ!わたしは少し押しただけ!仲間なんだからそんなの当たり前だよ!だから別に、お礼なんかいいよ!ほ、ほら!みんな来ちゃうよ!今日の勉強会の準備しなきゃ!一足先に上行ってるからね!」
パタパタと。右手に抱えた、大きなレジ袋を振り回さんくらいの勢いで階段を上がり、虹夏先輩が自宅スペースの方に消える。
「…照れたな。すまんな遥。未熟な妹で」
「いえいえ。重い感情をカジュアルに返してくれて、感謝してますよ」
店長とそんな話をしていると、またもSTARRYの入り口が慌ただしくなる。…来たな。
「お出ましか。お前は宿題終わってるんだったか。…ぼっちちゃんを頼むぞ」
「押忍。俺の恩人に、赤点は取らせませんよ!」
言いながら、今日の主役である結束バンドの影の方。大学進学希望しない方と。伝説のスーパー陽キャ人を迎えに行く。
ゴッチよ。先の言葉はありがとう。お礼というかお返しというか。お前の宿題はこの俺が、喜多さんと協力して、完璧に仕上げてやる!だから心配するな!夏休み明け、清々しく迎えようぜ!
相変わらず念仏のような呪言のような。よく分からない独り言を吐きながら、階段を下りてくる友人を。友人たちを見やって、俺はそう決心した。
高評価ありがとうございます!ハイパー扇風機様!
今回のぼっちちゃんのリアクションは。ショーシャンクの空に。の雨の中脱獄した囚人でした!勉強会の終わり、学校の始まりは、明日ではなく3日後。帰り際に言ってみたら、両手を広げて、天を仰いで。…降ってないのに、室内なのに。雨が見えました。