喜多郁代、登場!ついでにサッツーこと佐々木次子も登場!
只今の時刻、午前の10時。我々ぼっち2連隊は、理不尽な上官からの特別任務を帯びていた。隣の桃色ぼっちに今日の使命を確認する。
「後藤一等卒。今日の我々の任務は何だっけ?」
「な、なんですかその呼び方。えっえっと…喜多さんという陽キャ女子を事情を話して我々のホームであるSTARRYに連れて帰れと…そんな感じでしたかね?」
「イエスバッチリだ。授業の合間にはさまる休み時間じゃ心もとない。昼休みと放課後で決めるぞ。…では、作戦開始だぜ!」
「な、なんかノリノリですね青木くん」
さてと。結束バンド元ギターボーカル喜多郁代さんの、ヘッドハンティング開始だ。なるたけ穏便に行きたい。なぜなら現在俺はクラスでぼっち。ここでさらに学内カーストトップに君臨する喜多さんとToLO◯Eるなんぞ起こしてみろ。もともと地に落ちてる俺の評判が地面突き破って水道管掘り当てて水が出てきてマ◯オの水中ステージみたいになるわ。
今思い出しても失態だ。移動教室のおり、前の授業から寝こけてた俺にその旨を伝えようとしてくれた心優しき女子。寝ぼけてて頭回ってなかったのもあったが、眉間にしわ寄せて「あぁ?」とか言っちまったのがマズかった。ズザザッて聞こえたもん。引かれた音が聞こえたもん。それ以来クラスでは腫れ物扱い。件の女子は目も合わせてくれない。ぼっちの完成である。いかん嫌なことを思い出しちまった。クラスが変わる前に絶対あの女子には謝らねば。
退屈な教師の呪文にも聞こえるような、午前の授業を聞き流し板書を完成させる。ちゃんとノート取っとけば授業中意識が寝ていてもあとから復習すればテストでは何とか及第点は取れる!実体験だ。眠気と格闘しながらノートと向き合っているとすぐさま昼休みだ。時は来たな。ゴッチと俺は廊下で合流し、喜多さんがいらっしゃると思われるクラスの前に2人でスタンバった。
「さっ作戦とかはあるんですか?」
後藤一等卒が話し掛けてくる。今日はゴッチには重要な役割を果たしてもらおうと思っているので、作戦の全容を伝えなければ。
「正面突破」
「なっないんですね…」
「はは。ないっちゃないな。だが、交渉の矢面には、ゴッチが立ってくれ」
「うぇぇっわたしがですか!?むっむむむむむりです!」
むむむむむむむむむとゴッチが(> <)こんな顔をしながら首を左右に振り続ける。むむむどりると名付けよう。かわいいが眺め続けるわけにもいかん。理由を説明しよう。多分至極納得できる。
「俺って顔怖いじゃん。絶対、女子であるゴッチが行ったほうが向こうも話しやすいと思うんだよ。これからクラスに入って浴びるであろう視線は俺に任せろ。ゴッチは俺の背中にでも隠れて交渉にだけ集中してくれ」
「うぅ~で、でもぉ…」
「大丈夫だ!ゴッチはなんか変に逆境に強いところがある!今回もその勝負強さに期待してるぞ。」
「わっわかりました…なんとか、やってみます」
相手は極上の陽キャ。しかも、事情こそ分からないが、先輩達のライブをドタキャンしてる相手だ。その先輩達にこれから会え!なんて言うんだから、取り敢えず良い印象は持たれまい。タフな交渉になるかもしれんな。そう、覚悟を決める。
ぴしゃんと教室の扉をスライドさせ目標を見据える。ウェイビーな赤い髪に、1束だけ髪をくくって、横に流している如何にも女子高生な可憐な美少女と目が合う。まあここ高校なんだから女子高生がいるのは当たり前だが。取り巻きがいる。男女合わせて5人か6人か。約束通り俺に任せろゴッチ。後ろのゴッチは…。なんか呟いているな。交渉の時のセリフの練習かな?
「失礼…喜多さんであってますか?」
「はっはい。あってます」
「うちの一等卒からお話があります。それでは一等卒…どうぞ」
喜多さんが一等卒?と聞き返しているがそれはスルー。ゴッチ…任せたぞ。
「えとえとあっ、あのそのえっとあのぅ…」
「……………」
いい子だな。この間で分かるわ。少し戸惑ってはいるものの明らかに緊張しきっている相手に対して急かすことも痺れを切らすこともなく柔和な表情を作りながらゴッチの次の言葉を待っている。こんな子がドタキャンなんかするかな?などと考えていると。
「ば!!!!!!!!!!!!!!!ぎ!!!!!!!!!!!ぼ!!!!!!!!!!!!!」
…うん?なんだ一等卒。なんて言った?
「えっええっと…ぷんつく、ぱーつくぅ?」
なんだっけそれ。あああれか!ヒューマンビートボックスってやつか!?いやなんで今だよ!?そんで確定、このコ絶対いいコ。やったほうが恥ずかしくならないようにちゃんとのってあげてる!反応速度早すぎるだろやべぇな。ゴッチの方を伺うとやっちまったの表情と共に耳まで真っ赤になって。
「ごっごごごごごごごごごごめんなさぁ〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!!!」
あんな速度で走れたんやな。と感心するほどの速度で教室を出てってしまった。俺は遠い目でそれを見つめながら。
「全然逆境に強くなかったね…すんません喜多さん。タイムお願いします」
「はっはい。大丈夫です」
「ぷふっなんかうけんね」
喜多さんのとなりの緑髪のギャルに笑われてしまった。ちくしょう一等卒め、恥かかせおって。
「お昼時に失礼しました。ちと長い話になりますゆえ次は放課後に来ます」
そう言って俺は踵を返し教室を出る。
「な…なんだったのかしら」
「告白じゃね?喜多モテるから」
「いや絶対に違うでしょ。大体どっちがよ」
「いやそれは読めねーな。普通に考えたら男のほうだけど、なんかまるでそんな感じなかったな」
「まぁ…放課後を待ちますか」
「話聞いてあげるんだ?」
「あんな感じになったけど、真剣だったもん。聞かないわけにもいかないわ」
「真面目だねぇ〜喜多は」
「何やってんだ一等卒!なんであそこでヒューマンビートボックスだよ!喜多さんが反応してくれなかったらえらい空気になるとこだったぞ!」
「あぅ…もっ申し訳ありません…バンドでギターボーカル探しててって言おうとしたら、なんかあんな感じに…」
だからばぎぼか。ぎゅっとしすぎだバカモノ。前のめりすぎてヘッドスライディングしちゃってんのよ。あれで引かなかった喜多さんにマジ感謝だわ。いやちょっと引いてたか。
ゴッチが毎日昼を食べてるという謎スペースでアンパンを頬張りながら作戦会議。ちなみにゴッチは美味そうなお弁当食べてる。いいなぁ〜。
「まあ次の決戦は放課後だ。ダラダラ長引かせることもない。バシッと決めようぜ」
「…つ、次は青木くんが…」
「声掛けろって?確かに、順番ならそうだな。いいぜ。次は俺が行こう」
「やっやった」
「ただしもし対象が逃げ出したりしたときはゴッチの花園を目指してたか目指してなかったかな謎タックルでひとつ頼む」
「えっえぇ〜?」
安請け合いしちまったが、喜多さん目線で考えると、絶対にゴッチが話しかけたほうが良いんだよなあ。だってそうだろ?髭面で、強面で、身長もウスラデカい。俺みたいな奴が声掛けるより、人形みたいに整った顔立ちに、佇まいやらからもあまり威圧感を感じないゴッチが話しかけるほうが怖くないじゃん?まあ。ゴッチが自分の事をどう思っとるのかは知らんがね。あいつなんか妙に自分に自信がないとこあるから。
午後になっても相変わらずな教師の念仏のような授業を聞き流しつつノートと格闘する。なんでこんな飯食ったあとの授業って眠いんだろうな。みんなよく頑張ってるよホント。そして決戦の放課後だ。展開はや!
今度もゴッチと2人で、喜多さんの教室に出向く。このまま帰るので、ギグバッグも背負って。もしかしてこれで、音楽関係の話だとはバレるかもな。さてどうやってついてきてもらおうかな。などと交渉の言葉を考えながら、ガラリと扉を開ける。放課後というのもあり、喜多さんとギャルさんの2人だけ、教室に残っていた。こちらのギグバッグに気付いた喜多さんが少し暗い顔になる。
「勘がいいですね。もしかして何か気付きましたか?」
「えぇ…なんとなく」
なるほど察しがいい。ならばあまり説明もいらないか。
「単刀直入に。喜多さん。我々と一緒に下北沢のSTARRYまで来てほしい」
「…卑怯者には罰が当たる。当たり前よね」
もともと似合わない暗い顔をしていた喜多さんが、自身のことを卑怯者だという。珍しい。いや。今までなかったことなのだろう。隣にいるギャルさんが心配そうな声を出す。
「えっどうしたんだ喜多?この2人となんかあったのか?」
「…聞かれてていいので?」
一応気を遣う。
「うん…誰が聞いててもわたしが卑怯者であることに変わりはないもの。それにサッツーは親友だし」
喜多さんの表情を支配してるのは色濃い罪悪感。ライブに穴を開けてしまった事を悔いてるんだろう。なんかやっぱおかしいよな。こんな子がドタキャンするかな。なんか事情があったんだとみるのが普通かね。なので、喜多さんは意外に感じるかもしれないが、事実を伝えよう。
「えっと。信じてもらえないかもですけど、伊地知先輩も山田先輩も全然怒ってないんですよ」
「…………へっ?」
呆気にとられたような。そんな表情。またもや似合わない反応だ。やっぱり喜多さんは、先輩達が怒っていると。そう思っていたんだな。
「喜多さんが開けたライブの穴はここにいるゴッチと俺で埋めたんでもう問題ないです。伊地知先輩は単純にあなたのこと心配してました。底なしのお人好しです」
「そっか…あなたたちにも迷惑を…ごめんなさい」
喜多さんの表情が沈む。どうでもいいがさっきから罪悪感が酷い。俺は、個人的には喜多さんには感謝しているぐらいなのだ。なので正直にそれを伝える。
「いや。むしろ喜多さん。御礼を言わせてくれ」
「えっえ?」
「詳しい事情は省くけど、あなたが逃げ出したおかげで俺は、今現在音楽をできる仲間に出会えた。ずっとずっと欲しかった、音楽をできる仲間に」
紛れもない本心を伝える。俺は、あの日の出来事がなければ、まだ1人でギターを弾いていたのだろう。過程はどうあれ、結束バンドのみんなに出会って少しずつ進めているのだ。ありがたい。すると、隣のゴッチも、少し申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「…嫌かもしれませんが。わたしもそうです喜多さん。わたしも、ギターを弾きたくて。ずっとバンド、やってみたくて。そしたら、虹夏ちゃんが声を掛けてくれた。…喜多さんが抜けちゃったから穴埋めにって。…あれがなかったら、わたし。まだきっとひとりぼっちのままだった。…ありがとう、ございます」
ゴッチのその言葉に、今まで俯いて、俺たちの言葉を聞いていた喜多さんが、頭を抱えて叫ぶ。
「やめて!やめてよ!!わたしそんな事言われるいわれなんかない!ライブ当日に怖くなって誰の迷惑も顧みず自分のことだけで逃げ出した卑怯者よ!お礼なんか言わないで!!!」
空気が張り詰め、しん…と教室が静まり返る。それでも。だ。
「喜多さん」
「…………なに?」
「伊地知先輩が心配しています。俺と一緒にSTARRYまで来てください。喜多さんは先輩方と話すべきだと思います」
「…………わかったわ。いずれ行くつもりだったし。それが今日になるだけよね」
よし、とりあえずはまとめた。あとは伊地知パイセンがなんとかするだろう。あの底なしのお人好しが。
「なんかお邪魔そうだから帰るわ。喜多〜後で話聞かせろよな〜」
緑髪のギャルさんが、喜多さんに声を掛け、教室を後にしようとする。気を使わせちゃったかな?悪かったな。などと思っていると。
「後藤。青木」
ん?名乗ったっけ?
「なんかあいつといろいろ、あったみたいだけどさ。あいつはいいやつなんだよ。突っ走るときもたまにあるけど。いつだって真っすぐで。なんか誤解があると思うんだよな…だからさ…なんだ。お手柔らかに頼むよ」
喜多さんに目を配りながら心配そうに、ギャルさんが呟く。この人もいい人だな。誤解がある。か。俺もそう思う。もうあの2人はライブの事を気にしてない。喜多さんには、何とかそれだけでも理解してもらわねば。
「もちろん。悪いようにゃしないさ」
「よかった。んじゃね〜」
俺の返しに、ギャルさんは少し、肩の荷が下りたような表情を作ってから帰路につく。流石喜多さんだ。いい友人に恵まれてるな。さあじゃあ行こうか。マイスイートホームタウン下北沢へ。
「そういやすまん。名乗ってなかった。俺は青木でこのピンクの妖精みたいなのが後藤だ。以後お見知りおきを」
「知ってる…一学年くらいなら顔と名前全員分覚えるのもわけないもの」
怖ぁすごい特技だな。俺なんか自分のクラスですら安定せんわ。まああんまり話す機会がないのも原因のひとつか。へっ!
似合わない暗い顔をした喜多さんを連れ立って下北沢の街を行く。ゴッチはなぜか俺の背中に隠れてる。まだこの街に慣れてないようだ。いちいち突っ込まん。そしてすぐにSTARRYに着く。
視線を下げてさてと、と思っていると背後から鈴のような綺麗なあの声が響いた。
「青木くーーん!ぼっちちゃーーーーん!どうだった!?喜多ちゃん見つかったーーーー?あっ!」
喜多さんの肩が跳ねる。
「虹夏早い。もう少しゆっくり…おっ」
「伊地知先輩…りょうせんぱぁぁい…あうう〜…」
大丈夫かな。ギャルさんいわく喜多さん突っ走るとこあるらしいからな。などと俺は心配したが、遅すぎた!
「なんでもしますからあの日の無礼をお許しください!どうぞわたしをめちゃくちゃにしてください!!」
土下座。往来で女子高生が土下座だ。突っ走ったー!!ギャルさんの予想通りだよキタサンブ◯ック並のダッシュ力だ!!いやあれは言うならば喜多ちゃんブラックか!
「うわわわわ!喜多ちゃん!誤解を生む発言やめて!女子高生がアスファルトの上で土下座しちゃだめ!ああもう膝が直に!わー!わー!」
「最近出会い頭に謝罪されることが多い。遥。なんでだろね?」
「さぁ~山田先輩の周りにロックな人が多いからではないですか?」
大慌てな伊地知先輩とは真逆に、クックと笑いを漏らす心底楽しそうなろくでなし先輩に返す。あの惨状を見て面白がるなよ人の心とかないんか?
「ほっほら立って!こんなとこじゃあれだから入って入って!」
「あうう〜ずびばぜん〜」
伊地知先輩が場をまとめたので俺たちもそれぞれそれに続く。あの場をよくまとめたよな。伊地知先輩…お疲れさまです…。
場所は変わってSTARRY店内
「うぇっ!?喜多ちゃんギター弾けないの!?」
「はい…憧れのリョウ先輩がバンドやるって聞いてもういてもたってもいられなくなっちゃって…他のことはあんまり…」
でたての芸人みたいなメンタルしてんな。何も弾けないのに先輩のバンドに潜り込もうとするとか物凄いロック魂だ、見習わにゃならんな。
「わたし…小さいころからけっこう運動も勉強も何もしなくてもできて…それでギターも2週間もあればって図にのっちゃって…で、でもすごくギター難しくて全然出来なくて…あれよあれよのうちにライブ当日になっちゃってぇ〜」
なるほどなぁ〜そういうタイプの人いるよな。センス抜群でなんでも出来る人。喜多さんが真面目に音楽に取り組んだら、凄く伸びるんじゃないだろうか。
「なるほど。それで逃げちゃったわけだ〜」
「あうう〜ごめんなさい!なんでもしますからあの日の無礼をお許しください!!」
「虹夏。遥。ぼっち。今の聞いた?なんでもするって郁代今言ったよね?聞いたよね?」
逃がす気ねーなこれ。エゲツねぇ確認だ。哀れ喜多さん。彼女もまたバンドという名の愛と呪いから逃れられなくなったのだ。
「ナイスリョウ。言ったね喜多ちゃん。何でもしてもらうよー!」
「えっえっ?」
そりゃ喜多さんからしたらなんの確認か分からんだろう。喜多さんの今の状態を釣りで表現するなら(無論だが喜多さんが魚である)針が口に刺さってバッチリ合わせられリールも全部巻き取られて今まさに網で掬われんとしてるって感じか。ここまでは伊地知先輩と山田先輩の作戦勝ち。もはや8割がた決まったも同然だが、最後の力を振り絞り網からまろびでる魚もいる。下駄を履くまで勝負はわからんということだ。
「えっ誰目線なんですか?」
ゴッチにツッコまれた。ゴッチにツッコまれちまった!
「そ…そんな意外ですか?」
「だってゴッチだよ?ツッコミどころが服着て歩いてるようなもんじゃん」
こんなふうにのたまうとゴッチは意外なリアクションを見せる。頬をぷくーっと膨らませてポコっとかわいいのを肩に一発いただく。その後ついっと顔を逸らされてしまった。やべぇ意外。ゴッチそんな顔もするんだな。なんか素の感じだな。心を少しは開いてくれたんかなと思いながらゴッチに謝る。
「ごめん冗談だよ!謝るから許してくれゴッチ!」
「つーん。も、もう青木くんなんか知りません。わたし怒りました。」
「もう言わないから!ツッコミどころが服着て歩いてるなんてもう言わないから許してくれゴッチ〜〜〜」
ミニコントを繰り広げていると喜多さんが今日一日STARRYで働くということで大方合意をしたらしい。罰なので恥ずかしい格好ということでメイド服に着替えてらっしゃる。怖いほど似合っている。
「きゃーこの服かわいいわー!」
ちょっと喜多さんも元気出たみたいでよかった。あの子に暗い顔は似合わんよな。でもだ、喜多さんの根本にある問題が解決してない。さて、どうするかね。
「よっし配置決めるよ〜リョウは受け付け!」
「ういー」
「青木くんは機材運び!」
「ドラムセットやらクソでかアンプやら…この二の腕で運びきってくれるわ!」
「ほいでぼっちちゃんは喜多ちゃんについてドリンク教えたげて!」
「後藤さん!よろしくね!」きたーん!
「せっ先輩風吹かすチャンス…!はっはい!頑張るます!」
「よっしじゃあ!行動開始!」
「あたしの出番がねーなー」
つまんなそうに店長さんがゴチている。よっしゃ機材運ぶぞ〜筋トレにもいいからな。あぁあぁPAさんそんな重そうなもん俺が運びますよ!
あっどうも後藤ひとりです大変申し訳ありません…。喜多さんのドリンク教育係を仰せつかったのは良かったのですが先輩風を吹かせたいなどという下らなすぎる理由であれこれ考えていたら自分で手に熱湯をこぼすという失態をさらし、あまつさえそのフォローを後輩である喜多さんにされてしまうという…うぅぅ~穴が…穴があったら入りたい…入った上から土かけて埋めちゃってほしいこんな調子乗りのクソ陰キャ…で、でも。喜多さんの指。硬くなってた。ギター弾く人の手になってた。毎日ギターに触って練習しなきゃああはならないはず。ほんとに頑張って練習してたんだな…喜多さんの努力。無駄にならなければいいな。そんな事を考えていると喜多さんから話かけられる。
「後藤さんはどうしてバンドを始めたの?」
「えっっと…せ、世界平和をつたえたくて…」
「へーすごい!意識高いのね!」
大嘘じゃんわたし!陰キャでも輝けるからとかチヤホヤされたいとかホントはすっごい不純な理由じゃん!なんでこの口は開けば虚言ばっか並べちゃうんだ!縫い付けちゃうぞ!
「わたしは後藤さんと違って不純なんだけどやっぱりリョウ先輩がカッコよくって!前のバンドの活動も全部追ってたんだけど、リョウ先輩急にやめちゃって…そしたら結束バンドに活動場所移してしかもメンバー募集してて!ここしかないって思って応募しちゃったの!」
行動力の化身。これが陽キャか恐ろしい…わたしと全く別種の生き物…。
「あんまり部活とかもやってこなかったからバンドみたいにみんなで頑張ってなにかする!みたいなのに憧れて!だってバンドって第2の家族!みたいな感じじゃない!恋人とも親とも違う長い時間を共有してきた人たちだけに生まれる絆!みたいな!」
「そう!わたしはバンドを通じてリョウ先輩の娘になりたかったのよ!」
うん?ちょっともう1回言ってほしい。あれー考えが飛躍しすぎてるぞ?先週の展開読み飛ばしちゃったかな?
「まぁ…だからこそ…私はもうバンドには入らないけどね。やっぱりみんなを裏切って、何もかも捨てて逃げ出した卑怯者なんて…だめだよね…」
なんにも言葉を紡げない。余計なことばかり饒舌なこの口が心底いやになる。大事なときに喋れないならホントに縫い付けてしまおうか。…でも、喜多さん。このままでいいのかな。折角、指硬くなるまで練習したのに…。…やだな。わたしが嫌だ。…そうか。わたしが嫌なんだ。理由なんか、それでいいんだ。
「よっしゃおつかれ。みんな今日はもうあがっていいよ」
「あーつかれた!やっとおわったー!」
「おつかれ。虹夏。遥。ぼっち。郁代」
「お疲れさまですわ。今日もいい筋トレができた」
「お、おつかれさまです…」
みんなと挨拶を交わしているとひとり足早に階段へと歩みを進める人影が。喜多さんである。読み通り。俺の役目は喜多さんの気を一瞬引くこと。それさえかなえばあとは結束バンドの面々がなんとかするだろう。
「喜多さん」
ピクッと肩が跳ねて立ち止まった背に俺は続ける。
「辞めちゃうの?」
後ろで結束バンドのみんなが振り返る気配を感じる。
「………しょうがないよ。わたし。嘘つきの卑怯者だもん」
視線をSTARRYの階段の下あたりに下げて、喜多さんが呟く。…今日、俺は喜多さんの行動をロックだと思った。だからそれを、伝えよう。
「俺は喜多さんはロックをやるべきだと思うよ」
「……………なんで?」
「だってなかなかできないぜ。楽器できないのに、先輩のバンドのメンバー募集に応募とか。凄い行動力じゃん。ロックってのはさ。己の魂に従うことを言うんだよ。喜多さんの行動。ロックと言わずして何と言う?」
「…………そんなの」
階段を登りかけていた喜多さんの足が一瞬止まる。その隙に喜多さんの横をピンクが走り抜ける。…頑張れゴッチ。お手並み 拝見。
階段の前にゴッチは立ち喜多さんを阻むように手を広げて仁王立ち。怪訝そうな顔をする喜多さんにゴッチは話す。
「喜多さんは…きっ喜多さんはホントにそれでっ、いっいいんですか…?辞めちゃって、いいんですか…?」
「ご…後藤さん…?何を言ってるの…?」
「わっ私は嫌です。喜多さんの指…硬くなってた。毎日ギターを触って練習しなきゃそんな指にはなりません。ホントに頑張ってギター練習してたんですよね…こっこのまま喜多ちゃんバンドやめちゃったらせっかく喜多ちゃんが頑張ってた日々まで無駄になっちゃう…そんなのわたし…嫌だ!」
「でっでもわたし…肝心なときに逃げて…ギター弾けるなんて嘘ついた卑怯者で…」
「わっわたしも!怖くて逃げました!初ライブの日!でも!STARRYは!このライブハウスは優しい人ばかりです!虹夏ちゃんも、リョウ先輩も!青木くんもみんなみんな!怖くて縮こまってたわたしの背中を力強く押してくれました!みなさんがいたからわたしは今ここで音楽をやれてます!」
「だっだから…!今度はわたしがっ、喜多さんの背中を押します!逃げたって、大丈夫です!ギターの腕なんて後からついてきます!だから!お願いです、やめるなんて言わないでください!」
わたしが嫌。か。喜多さんの目を見据えて、ゴッチが話す。…その綺麗な空色の瞳で、何処までも真っすぐに。人は嫌な時に、理由なんかなくていい。そんな事を言ったのは、誰だったかな。
「うっうぅ…うぅぅー……」
「わ、わわわわわ!?ど、どうされました喜多さん、お腹でも痛いんですか!?」
急に顔を伏せてしまった喜多さんにゴッチが駆け寄る。
「嘘つきでいいの…?卑怯者でも、いいの…?」
その言葉を聞き、ゴッチの顔が安心したように綻ぶ。
「…はい。先輩方も、そういうと思います」
「うぅぅぅぅ〜うぁぁぁぁあ~…ん」
生真面目すぎるのもあれだな喜多さんも。色々と張り詰めていたものが切れてしまったんだろう。ゴッチの胸の中で子供みたいに泣く喜多さんを見てそう思った。ゴッチは、喜多さんの背中を優しく擦り続けていた。
「まさかぼっちちゃんが纏めてしまうとは…成長したなぁ」
「切り札、使うまでもなかったね。別の時にとっとこうっと」
事の顛末を見守っていたお2人の言葉。おい山田ぁ。もっペン思っとくわ。人の心とかないんか?そこに愛はないんか?
「…ふぅ。ありがとっ後藤さん!なんか泣いたらスッキリしちゃった!」
「あっふへへっよかったです…こ、こんな貧相なものでよければいつでもお貸しします、よ?」
「ホント!?けっこうボリュームがあって心地よかったのよね!早速もう1回お願いしようかしら!」
「えっうぇぇ!?」
「喜多ちゃん!いーいかんじにまとまったところでお願いがあるんだ!我が結束バンド!ボーカルがおらんのです!ぜひギターボーカルをつとめてた喜多ちゃんに復帰していただきたい所存なのです!」
「郁代、逃げ場はない。観念して投降しなさい」
この2人やり手だよな。このタイミングで来られたら断れねえだろ。まあ…。今さら喜多さんが、断るとも思えんが。
「…後藤さんの言った通りね。優しすぎますよ、先輩みんな。…はいっわかりました。わたし、もう逃げません!自分の役目からも、ギターからも!結束バンドのギターボーカル!やらせていただきます!」
「いやったーぁ!ギターボーカル!ゲットだぜ!!」
「なんか最近虹夏がサ◯シに見えてきた」
「やれやれこれにて一件落着か。なかなかヘヴィな役目だぜ」
「青木くんもありがとう!難しい役やってくれて!」
「いえいえ先輩方のためならこれぐらい。お茶の子さいさいっすよ」
「遥。ぼっち。礼を言う。これでバンドとして復活できる」
「きゃー!紆余曲折あったけどこれでリョウ先輩とバンドできるわー!そしてゆくゆくはホントの娘に…きゃー!」
…なんて?なんでこう結束バンドの周りは思考がロックすぎるやつばっかなんだ。いやおかしくないのかロックバンドなんだから。いやしかし、うーん。などと考えていると、伊地知先輩が、喜多さんにそもそもの疑問を投げる。
「ところでさ!喜多ちゃんギター弾けないって言ってたけど練習してたんだよね!今どんくらいのレベルなの?」
「えっとでもなんかわたしホントにセンスないみたいで、動画見たり教本の指の形真似したり色々頑張ったんですけど全然弾けるようにならなくて!なんか音が違うのよね!ぼーん。とか。ぼぼーん、とか」
あん?それはどっちかってーとベースの音じゃね?ギターからそんな音はならんだろどう考えても。いや。待てよ多弦ベースとギターって素人目で見たらけっこーにてるよな。…まさか!
「…あー喜多さん?悪いんだけどそのギグバッグの中身見せてくれる?」
「見る?いいわよ!チョット待ってね〜…はい!」
差し出されたギター?をしげしげと見る。そしておもむろに背負うと近場にあったアンプにつなぎ、山田先輩の見様見真似でかき鳴らす。
「ばっぼぼぼんぼんべべぼんばきぱきぽきぼきぼぼ〜ん!」
…はい。どう見ても多弦ベースです本当にありがとうございました
「喜多さん。すっげー言いにくいけど。楽器間違ってる。これ多弦ベース。そりゃギターの音出ねーよ!」
「そっそんな!だってベースって弦が4本で!」
「うん…だからこの子の名前は多弦ベース。初心者さんがたまーに見間違えるやつ。…ちゃんと店員さんに確認した?」
後ろで青髪人でなし先輩がダンゴムシみたいに床に丸まりながら声なき笑い声を上げている。そーとーつぼに入ったらしいな。喜多さんはというと…。
「がっ!?あっあひゅぅ、お父さんに2年分のお小遣いとお年玉前借りして買ったのにぃ…」
バタリとその場に倒れ込んでしまった。ヤバいな口から魂でてる。んでも気持ちわかるわ〜これかなりいいベースだろ。かなりしただろうからもうお金残ってないんじゃ?
「今ちょーどお金あるから買い取ってあげるよそのベース。いくらした?」
笑い終わったかリョウ先輩こと人でなし先輩。うん?大丈夫なんすか?あのベース安く見積もっても7万〜8万はしそうですよ?
「だから。なかなかいいベース。私のコレクションに加えるにふさわしい。今5万あるからこれで譲って。5万あればそれなりのギター買えるでしょ。お釣りは郁代にあげる」
こいつ…2万円ぐらい安く買い叩きやがった。状況が状況とはいえ騙されちゃだめだぞ喜多さん!
「きゃー!5万円ポンって出せるリョウ先輩素敵ー!」
あっだめだ全く気付いてない。やれやれ。喜多さんは前途多難だな。まずギター買いに行ってそれから基礎練してボーカルもやらなきゃなんない…まぁ?背中押しちまった身なんで、ギターの練習には付き合いますよ。えぇ。なんとか円満に復活を遂げた結束バンド。彼女らに明日はあるのか。彼女らに!明日はあるのか!?
恐ろしく早い値切り…俺じゃなきゃ見逃しちゃうね
少し内容を修正しました。状況がより分かりやすいように。