ついに登場だぜ。姉貴。
果たして、青木遥の運命や。如何に。
ごきげんよう皆さん。この小説の主人公、青木遥だ。さっそくだが、今日結束バンドのみんなはいない。この間苦労して捻り出した、新曲を引っさげて、ミニアルバムのレコーディングだそうだ。…彼女らは確実に、少しづつ、確実にプロの道を歩いてる。…凄いよな。見習わないと。ちなみにコレが上手く行けば、結束バンドの曲は配信されるらしい。…同年代の娘達が作った曲が配信される…。なんか現実感がないな、凄すぎて。…だが、今は構っていられない。何故なら。普段あまり連絡なんか来ない、俺の育ての親こと、グレートマザー、鬼束令子さんからロインで連絡があったからだ。
火急の用事。ただ一言。こんな文言。
確実にただ事ではない。なんだろう…。なにやら嫌な予感がするな。火急の用事。そんなわけで、俺も曲がりなりにもプロのレコーディング風景に興味がなかった訳ではないが。結束バンドとは行動を別にし、笹塚苑に向かっているのだった。
今俺が住んでいるマンションからほど近い、笹塚の大通りから1本入った場所にある、笹塚苑。母親を亡くし、孤児となった俺を引き取ってくれた、優しくて、暖かい場所。どうかこの場所が、俺と同じように、本当に必要とする人達に届くように。少しでもこの場所に恩を返せるようにと、俺はたまにボランティアで、営業に協力してきた。…そして、多分これからも。
…笹塚苑の玄関に立ち、寮母である令子さんの名を呼ぶ。数分ほど待って、中からパタパタと、俺を呼んだ人が現れた。…顔には何故か、困惑の色を浮かべながら。
「すんません、遅れました。ほんで、火急の要件とは?」
「わざわざ悪かったわね。…でも、正直、わたしも困惑してる。あなたにしか判断はつかないから、あなたを呼んだわ。…冷静に聞いてね。…今、あなたのお姉さんと言ってる人が来てます。…あなた、身内なんかいた?」
…なんだと?
令子さんに、応接室に通してもらう。真ん中にはテーブル。大人の膝の高さくらいのテーブルを挟んで、人が3人くらい並んで座れそうな横幅のソファが2つ。対面して並んでいる、それだけの簡素な応接室。その手前。ちょうどこちらに背を向けるような形で、彼女は座っていた。
ドアを開けた気配で、彼女は振り返る。ストレートの黒髪を肩まで伸ばし、前髪と右側の髪には茶色のメッシュが入っている。ホットパンツに黒ストッキング。上はダボッたパーカー。まるで近所に買い物に出たかのようなカッコには不釣り合いの、旅行とかでよく利用する、コロコロが付いて、そのまま地面を移動させられるような、大きめなカバンをソファ横に立て掛けていた。
「えっと。…令子さん。彼女が、あの…」
「そう。あなたのお姉さん。らしいわよ。わたしも確証持ってないけど。確かめられるのあなただけなのよね〜」
だが。そう言われると、顔立ちは似ているような…。そうでもないような…?対応に困っていると、目の前の自称、俺のお姉さんである人から、声が掛かった。
「はじめまして。わたしの名前は青木此方(こなた)。貴方は、青木、遥くんでいい?」
「あっ。はい。青木、遥です」
困惑を隠せない。姉?俺、家族いたの?い、いや。確かに、父親はいて、いつか会いたいと思ってた。しかし、これは予想外だ。だが、今、自称姉に言われたこと。そんなことがどうでもよくなるくらいに、次の言葉は衝撃的だった。
「ゴメン!君も困惑してるだろうから!単刀直入に言うね!青木遥くん!あなたの父親は今アメリカにいるの!会うために、わたしと一緒にアメリカに行って!」
「…」
ホワッツ?
いやいや。人が何を言っても驚かないとか勘違いしてないこの人?俺だって驚くときは驚くよ?ち、父親?アメリカ!?一緒に来い!?!?なんだなんだ?なに言ってんだこのチャンネーは。困惑はとうに通り越し、最早混乱している俺の前に、湯呑みが置かれる。
「人が思ってることは、思ったほど相手には伝わらないもの。たとえそれが本物の家族であってもね。冷静に丁寧に説明を繰り返すことで、不幸な行き違いを防げるのよ。というわけで、双方冷静になりなさい。特にお姉さん方。きっと、説明が不足していること。あると思うよ?」
どこまでも冷静な、令子さんの言葉に、なんとか正気を取り戻す。そうだ。父親?お姉さん?あまりにも説明不足だ。それでは結論など出せようはずもない。
「えっと。質問いいですか?」
「は、はい、なんなりと!」
手を挙げて問うと、授業中に先生が生徒にするように指をさされる。
「あなたの話の裏が取れないので、全部仮定の話ですが。もし、あなたが本当に俺のお姉さんで。親父ともつながりがあってだ。その親父が今はアメリカにいるとして。…何故、今さら俺に会いに来たんですか?」
1番の疑問を投げる。そう。親父が消息不明になったのは、最早14年も前の話だ。そんな前に俺の前から消えた男が、何故今さら、しかもいたかどうかも思い出せない、俺の姉貴とやらを使って、接触してくるのか?これが分からない。来るのなら自分で来るのが、筋では?なるべく顔に出さずにいたいが、今回ばかりは出来ていないかも。
「…わたしに出来るのは、あなたの疑問に正直に答えることだけ。これからわたしが話すのは。知っている限りの真実。まず、何故今更会いに来たのか、だけど。わたしは今でこそ元気だけど、少し前まで重い心臓病を患っていたの。それこそ、病院の中で動くのも困難なぐらいな」
「…」
黙って耳を傾ける。
「わたしのお父さんは、わたしの入院費を稼ぎつつ、闘病するわたしを励まし続けてくれた。そして、ついにこの間、条件があったドナーの方が見つかってね。九死に一生を得たってわけ。…だから、会いに来たのが今さらなのは、わたしが病気で物理的に動けなかったから。かな」
「…なるほどな。だがまだ解せない。親父には時間はあったはずだ。いくらあんたに付きっきりだったとしてもだ。…やはり、最初の疑問。なんで今更?が頭から離れない」
「…お父さんが、わたしたちのお母さんの葬式に、間に合わなかったのは知ってる?」
知っているとも。忘れるものか。
「…資格がない。って、そう言っていたわ。お父さんは、わたしの手術代、入院代とかいろいろ、払うために、お父さんの音楽の腕を買ってくれてた、海外のレーベルと契約した。…でも。折り悪く、お父さんが海外に渡ったその時に、お母さんの病状が悪化。あの2人にとって一番辛いときにそばにいれなかった。俺には父親の資格はないって。…全部。わたしのせいなのに。あの人は選択肢の少ない中、必死に選んで進んだだけなのに。…守りたかったはずなのに。ホントはあなたも。お母さんも、両方。…だからかな。あなたのことは、お父さんあんま話さないんだ。…きっと。今でも悔いているんだと思う」
「…親父」
そうだったのか。あの時居なかった理由。やっと分かった。姉貴の手術台を稼ぐために、右も左も分からない海外に、身一つで出掛けてたんだな。…その時に折り悪く、母親が病死して。…馬鹿野郎。クソ親父、てめぇなんにも悪くねえじゃねえか。
「あのね。今わたしが、あなたに会いに来てるのは、お父さんは知らない。これからもお父さんは君に会わないつもりだろうから。…でも。わたしはそれじゃ、絶対後悔すると思って。居ても立っても居られなくなって。…だって。家族が後悔する姿。見るのやだもん…」
「こ、此方さん…」
「ねっ!ホントに急な話で申し訳ないと思うけど!もしかしたらそんなに時間がもう、残されてないかも知れないんだよ!わたしが急いで日本に来たのも理由があるんだ!わたしたちのお父さん、青木彼方(かなた)って言うんだけど!その彼が倒れて!今アメリカの病院で!お父さんにもしものことがあったら、貴方は大丈夫かもしれないけど、お父さんが死んでも死にきれないかなって!すんごいお節介かもだけど!それで意を決して、日本まで来たんだ!!」
待て待て待て待て!!説明の階段を2段飛ばしで上がるな!
「えっ!?なに!?親父倒れたの!?大丈夫なのかよ!?」
「えっ!?い、いや、取り敢えず一緒に居た、お父さんのバンドのメンバーの人が、多分大丈夫だって言ってたから…。で、でも。詳しくは分かんないかも…ゴメン」
分かった。この人、喜多さんタイプだ。思い込んだら一直線。初速は速いが、視野は狭くなるので、補助が必要な。そんなタイプだな。なんか自称姉さんの事を冷静に分析してしまった。
「ほんっとにゴメン。もっと時間をあげたいんだけど、わたし、結構無理を通して今ここにいて。明日の夜には飛行機でアメリカに戻らなきゃならないの」
「明日ぁ!?」
マジかよ。親父がアメリカの病院で倒れてて。折角会えた唯一の身内は。明日帰らないといけなくて。
「わたしと一緒に来てくれるなら、飛行機代は持ってあげられる。一応住所も渡しておくし、会おうと思えば、いつでも会えるようになるけど。…でも。わたしも不吉なことを言いたくないけど、お父さんは頑張りすぎてる。もうとっくにキャパオーバーなんだ。だから、いつまでも健康でいられるか。って言われたら、約束できない。…遥くん。君が決めて。後悔しないように。わたしは。あなたとお父さんは、会うべきだと思う。さっきの寮母さんの言葉。ホントの家族でも、説明を尽くさないとすれ違う。アレ、ホントだと思う。2人は話すべきだよ」
…ちくしょう。
「いきなり現れて勝手なことばかり宣いやがって。俺だって話したかったわ。俺の前から勝手に消えたのは。あんたらじゃねえか」
精一杯の恨み節を目に据えて、姉を睨んでみる。姉は俺の目を見て、少し悲しそうに俯いた。…だが。分かってる。詮無きことなのだ。人はいつもいつも、正しい選択を出来るとは限らない。制限時間付きの問題集の様な選択肢を、自分が最善だと思う方向に選んでいくしかないのだ。父親が選んできたように。俺も。この場で選ばねばならない。最善だと思える、道を。
「…。タイムリミットだけ教えてくれるか。具体的なやつ」
「明日の羽田空港。夜の10時。それ以上は待てないんだ。…ゴメン」
「…分かった。悩んでみる。…此方さんはさ、行く場所あるのか?」
「ふふ。心配してくれてありがとう。大丈夫だよ。…ホントはもっと話したいけど、続きは、空港、それから、飛行機の中でね。…来てくれるって、信じてるから」
それだけ言うと、自称姉さんは立ち上がり、ニコッと俺に微笑んだ後に、令子さんに深々とお辞儀して、笹塚苑を後にした。全くもってオーマイガだ。運命の岩というヤツは突然にして転がりだすな。
「いや~。ホントにあの子があんたの姉さんなら。あんたに似て、なかなかにロックンローラーね」
「よく分からないとこで似てるとか感じないでくださいよ〜。参ったなオイ…どーしよ」
頭に手を当ててガリガリする。仮に着いていくとしてだ。明日だよ明日。急すぎる。誰にもなににも、説明できる気がしない。
「…でも。あんたの中での答えは決まってそうだけどね」
「…」
流石は育ての親か。お見通しのようで。でもだ。
「それでも、悩んでみるよ。答えは一緒でも、さんざん悩んで選んだのと、即決ですぐ決めたような答えじゃだいぶ違う。…よかったぜ、1日あって」
「なにかあったら言いなさい。遠慮なくロインで。わたしもあなたの育ての親。実の父親に初めて会うチャンス。協力は惜しまないわよ?」
「…ありがとう。グレートマザー。いや、GMO」
ぐっと、令子さんからサムズアップされる。このアホみたいな呼び名。気に入ってるんだな。
笹塚苑を出て、1人笹塚の街を下北沢方面に歩く。…色々なことに思いを馳せる。…親父がいなくなって。母親が死んで。オジキとヒュージさんに、ギター教えてもらって。色んなコードやメロディを弾きこなすたびに、楽しいと思うようになって。背の丈は小さくても、自分よりも大きなやつに立ち向かえる、心根の美しさを知って。今度は助けられるだけでなく、助けようと思った。…中学時代はあまり友達できなかったな。怖かったんだよ。自分を知られて、距離を取られちゃうのが。小学校の頃。そうだったように。
テクテク。下北沢が近づく。高校時代のほとんどを過ごした。音楽の街。
高校生活の始め。性格の優しい女子相手にやらかし。また1人か。まあ気楽でいいけど、いい加減に音楽できる友達が欲しくて。そしたら、あいつを、見つけたんだ。全身ピンクの、あいつ。ギグバッグ背負ってるくせに、誰からも透明人間みたいに相手されない。あいつ。あいつに会ってからだな。この、転がるような音楽人生も。
明るくて優しい先輩に会った。無表情だけど、音楽に対しては真摯で、センス抜群な先輩にあった。誰に対しても優しくて明るい。でも少し、音楽に対してコンプレックスを持ち、それを克服するために、誰よりも真摯に練習する。陽キャの鏡のような子に会った。強面だけど、誰より身内に対して優しい、店長に会った。妖艶な笑みが似合うかと思えば、少女みたいにくすくす笑うのもよく似合う、エンジニアさんに会った。酒臭くて屑だけど。音楽のセンスは抜群で。なにより素で優しい。ベーシストに会った。言葉と顔は鋭いけど、その言葉の意味するところは、深くて誰よりも優しい。2面性の塊みたいなギタリストに会った。ほかにも、いっぱい。いっぱい。
そんな事を考えながら歩いていると、自然と彼女らが、レコーディングしているスタジオの方へと、足が向いていた。自分に少しビックリしたが、やはり俺は、会いたいらしい。アメリカに行く前に。結束バンドのみんなに。…だが。それはしない。なぜなら彼女らは、今、レコーディングという大事な作業の真っ最中だ。俺というノイズで、集中を乱して欲しくない。
しばらく、未練がましく、スタジオの入口を眺めていたが、入口が騒がしくなってきた。やべ。結束バンドかな。咄嗟に踵を返し、反対方向に歩き去る。
「あれ…?あ、青木…くん…?」
休憩がてら、雑談するために、表に出てきた結束バンド。その中でも、一番早くに青木遥に会った。ピンクジャージのギタリストだけが。青木遥が僅かに残した気配を、少しだけ感じ取っていた。
場面変わって、ここはSTARRY。俺は今日は普通にシフトだ。明日もシフトだが。…店長には悪い事しちまうな。そんなふうに独りごちながら、ライブ終わり、営業終わりのSTARRYを掃除する。
「おつかれさん。みんな。上がっていいよ!」
店長の号令がかかり、大山さんもえれちゃんも、挨拶をして帰っていく。STARRY内に残されたのは、ノートパソコンと向かい合う店長と、なにやらいそいそと作業しているPAさん。そして何故か居る、赤ら顔、廣井きくりの姉御だ。
「…どしたの?遥。なんか用か?」
「おっなになに〜?遥く〜ん?飲み行く?わたしと飲み行く〜?」
「この人は未成年相手になにを言ってるんでしょうか…」
「やめとけPA。酒飲みの相手してると、いつの間にか飲まされてるぞ」
「2人共わたしをなんだと思ってるのさ〜」
「「タチノワルイ酒飲み」」
「うわ〜ん!!」
いつも通りすぎるやり取りに、心底安心する。まるで、今から話しにくいことを話す、自分の背中を押してくれてるようで。少し勇気が出た。
「店長。それに、皆さん。大事なお話があります。…聞いて、いただけるでしょうか?」
さっき、令子さんは、俺の中での答えは、もう決まっていると言った。確かにそうだが、俺は俺の中で、義理を果たしたい。せめて、世話になった人達には、話してから行きたいのだ。…1番世話になった人達に、挨拶できてないじゃん。だと?…言うな。男には、そういう時もあるのさ。全く。とかく、男と云うのは辛いもの。顔で笑って。腹で泣くのだ。
旅立ちのときは、得てして急なもの。
帰らじの大地に、少年は旅立つ。多くの思い出に、髪を引かれながら。