【完結】 ギター爪弾きのバラッド   作:はま0821

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展開に、正直迷いに迷った…!!
物語を畳んだことなんかないから、畳み方が分かんねえ!ばら撒いた伏線だけはせめて回収しないと…。


64 愛しのファミリエ

 

 

金沢八景の我が家。朝日が昇るか昇らないかの、現在時刻、朝の5時。わたし、後藤ひとりの朝は早い。引くほど早い。まだ寝ているふたりを起こさないよう静かに移動するのも最早慣れたものだ。たまに起きていたりもするのだが、やはり幼児。この時間、毎回はキツイのだろう。

 

「おうひとり。いつも早いな」

 

「おとーさん。おとーさんは今日は早いんだね」

 

「まあな、先方が指定してきた場所がちと遠くてな。珍しく早起きだ」

 

キッチンまで移動すると、何時もはまだ寝てるはずの、見慣れた背中から声を掛けられる。と共に、いい匂いが鼻を突く。お父さんが淹れたコーヒーだろう。わたしも一杯貰うか。気付けにもなる。手慣れた手つきでトースターに朝ごはんであるパンを放り込み、カップにコーヒーを注ぐ。…今日はブラックでいってみるか。

 

「どうだ?ひとり。学校は楽しいか?」

 

「…うん。みんな。いい人ばかり」

 

「たまには友達も連れてきなよ?母さんが心配してるからな。一昔前みたいに、学校辞めたいとか言い出さないかしら〜?って」

 

あんまりな言い分に、啜っていたコーヒーでむせる。

 

「そ、そんな事言ってるの…?お母さん…」

 

「ああ。ひとりの友達なら、俺達いつでも歓迎だからさ。おっといかん。もうこんな時間か。先行くわ。ひとり。気を付けてな」

 

忙しそうに鞄を持ち、スーツの上着を羽織って出かける準備をするお父さんを、ぼうっと眺める。友達。ともだち、かぁ…。

 

「うん。お父さんも、気を付けて」

 

「ありがとう、行ってくるわ」

 

バタバタと、玄関方向に遠ざかる足音を聞きながら、わたしはコーヒーを啜った。流石ブラック。…にがあ。

 

もはやルーティンだ。家を後にし、この1年半、通い詰めた道を行く。金沢八景から、下北沢。時間にしては、1時間と半。相変わらす、都会に入ってからはこの電車は混む。足の踏み場もないほど人でごった返すが、最早それも慣れたもの。…慣れるだけでさ。疲れないわけじゃ、ないんだけどね。下北沢に降り立ち、駅の時計を確認すると、朝の7時半。この間、郁代ちゃんに指摘された通りだな。わたしは特に意識していないと、7時半に下北に着く、癖があるらしい。今日また、それが証明された。…そして。

 

「おっはよう!!ひとりちゃん!!」

 

「あっはい!お、おはようございます郁代ちゃん!!」

 

大体この時間に、郁代ちゃんと会う。もはやコレも定番。だから、後ろからいきなり声を掛けられても、爆発せずに何とか対応できる。

 

喜多郁代さん。朝日に映える赤髪に、とびきりの笑顔がトレードマークの、とても優しい、そして可愛い。わたしの友達でありバンド仲間だ。1年半前のわたしに、郁代ちゃんのことを話したら、おそらくまた新しいイマジナリーフレンドを増やしたんだ〜。くらいにしか思われまい。まったく実に失礼な話だ。実在します。ちゃんと!

 

郁代ちゃんに声を掛けられた時点で、わたしの孤独な旅はおしまい。にぎやかな郁代ちゃんと、2人で学校への道すがらを行くことになる。…まあ、話題の提供は、7割方、郁代ちゃんで、わたしは大体頷くだけ。…でも、その時間がわたしの何よりの宝物だ。信じられないかもだけど、郁代ちゃんの話なら、聞いてるだけで楽しいのだ。色々話題が移り変わるので、聞いてて飽きない。例えば、スタパの新作の可否だとか。新譜のコレコレ此処が良いとか。新しく試した化粧水のノリが悪いとか。わたしとしては、昨日の動画の撮影風景やら。今日のSTARRYでの練習のことくらいしか、話題を提供できないので、郁代ちゃんみたく、いっぱい喋ってくれる人は、それだけでありがたい。

 

騒がしいながらも、とても楽しい。10分ほどの道を行くと、あっという間に学校だ。秀華高等学校。まあ、そこそこの偏差値の人が入る、普通の高校。…イメージとしては、そんな感じ。靴箱に靴をしまって、上履きを取り出す。階段を登って、左に曲がるとすぐに、我が教室が見えてくる。…慣れ親しんだこの教室とも、あと半年くらいでお別れか…。なんか嫌だなあ。などと思考していると、不意に後ろから、声が掛かる。

 

「よっす。後藤、喜多!今回は、わたしのが早かったな!」

 

「ぴえ!さささささっつーさん!お、おはようございます!」

 

この緑髪に、いたずらっ子のような、微笑みが特徴的なギャルさんは、郁代ちゃんの親友さん。佐々木次子さん。郁代ちゃんにならって、さっつーさんと呼ばせて頂いている。相変わらず、わたしの死角を突くのが上手いなぁ。

 

「もう!さっつー、ひとりちゃんが驚いているじゃないの!後ろからいきなり、声掛けるのやめてよね!」

 

「あはは!ごめんごめん!反応が可愛いからさ!つい期待してやっちゃうんだよ!」

 

「まあ、正直それは分かるけどね!」

 

「わ、分かっちゃうんですか郁代ちゃん…」

 

気の合う級友と、他愛のない会話を交わす。少し前なら、こんな何気ないことでも、わたしにとって奇跡だったろう。…思えば、遠くに来たもんだ。何もかもが嫌になって逃げ込んだあの公園で。わたしは虹夏ちゃんに出会った。…もし。あの日。あの場所に赴かなかったら。…あの時、結束バンドのギターである、郁代ちゃんが逃げ出していなかったら。考え始めればキリがない、背筋が寒くなるような、数え切れないたられば。思い浮かべては、意味のないこと。と首を振る。…そして、気付けばわたしは、郁代ちゃんの制服の裾を、ちょんとつまみ、ある場所へと視線を向けていた。

 

「ちょ!ひとりちゃん!?どうしたのそんな悲しそうな顔して!な、なにかあった!?」

 

「っど、どした後藤!?辛いことでもあったのかよ?…?何処見て…、…あ〜…」

 

「さっつー?どしたの、ひとりちゃんが見てる先になにか…あ、あぁ〜」

 

2人は、わたしの視線の先を見て、悲しそうに目を伏せ、その後、わたしと同じ場所に視線を送る。わたしの視線の先。それは。3週間前から主をなくし、寂しそうに佇む空席。そうだ。結束バンドのみんなに出会い。STARRYの皆さんと出会い。バンドを通じて様々な人達と出会って。そして今の、わたしのこの愛しい日常を形作っている。…ただ、その中に。まるでポッカリと、穴が開いてしまったかのように。…まるで、最初からそうであったかのように。あなたが。1番最初に出会った。わたしの音を認めてくれた。あなただけが、いないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わる。ライブハウスはSTARRY。いつものダベリテーブルに集まるは、やはりいつもの連中。

 

「遥がアメリカ行ってからもう3週間かぁ…なんか連絡あった?みんな」

 

「い、いえ。なにも…リョウ先輩」

 

「1週間前くらいには、連絡あったんだけどな〜。曰く、無事にお父さんとは再会できた〜!とか。心配してアメリカまで出向いたのに、倒れた原因はただの過労で。それでまた一悶着あった〜!とか」

 

青木くんと青木くんのお姉さんが、電話で、代わる代わる色々教えてくれたよ〜!とは、虹夏ちゃんの弁。確かに、1週間前くらいまでは、頻繁に連絡があったのだ。それが、プッツリと、途切れた。何故なのだろう。…青木くん。…大丈夫、なのかな…。

 

「3人で、アメリカのお母さんのお墓に、お参りした〜。とも言ってたわね。…帰りの飛行機代。流石に全部持ってもらうのは悪いから、お父さんやお姉さんの仕事、少しでも手伝ってから帰る!とも。でもその後連絡がプッツリ…は!ま、まさか、ヤッパリお金のことで揉めちゃって…!」

 

郁代ちゃん。そ、それはないと思いたいけど…。でも、そのロインがあった後からなんだよね。連絡が途切れちゃったの…。わ、わたしだけのロインが途絶えたなら、わたしがなにか粗相をしでかしたのかな、なんてことで片付けられるけど、全員おんなじタイミングでだ。多分それは、ないよな。

 

「ホント。どしたんだろね青木くん。電話ならまだしも、ロインなんて1〜2分あれば打てるし…やっぱり…なにか事故…?」

 

虹夏ちゃんの呟きに、ほぼ全員がハッと反応する。事故。皆が1番最初に思い浮かべ、そして沈めた。1番、あって欲しくない選択肢。

 

「あっごめっ!」

 

虹夏ちゃんが思わず謝罪の言葉を述べようとした時。

 

「はいは〜い!しょうもない話してんなよいい若いもんが!お前ら此処に何しに来てる?仕事だろ?まだ客入ってなくても、やることは腐るほどあるぞ!口より先に手を動かせ!」

 

パンパンと。両の手を柏手のように打ちながら、店長さんが乱入する。それと同時に、みんな渋々と言った感じで、仕事に戻る。…わたしは、仕事に戻るふりをして、虹夏ちゃんと店長さんの会話に、耳を傾ける。

 

「…。ごめん。ありがとう。お姉ちゃん」

 

「…まあ。分かるよ。…んでも。まあよ。あいつらも、多分おんなじ気持ちなんだよ。確定してない言葉で、不安を煽るもんじゃねえ。分かるだろ?」

 

「…うん」

 

「か〜!見てらんねえ。たかだか1週間!連絡途絶えただけでコレかよ!こら、遥も、おちおち旅にも行けねえな。大丈夫だって虹夏!便りがねえのは元気な証拠!昔から言うだろ!?」

 

バシバシと。虹夏ちゃんの小さな背を発破をかけるように景気よく叩きながら店長さんが言う。だが、依然虹夏ちゃんの表情は暗いままだ。店長さんは、虹夏ちゃんの背中に回していた手を、頭にまわし、少し乱雑に撫で回した後、ふうと一息吐き、仕事に戻る。虹夏ちゃんは、先ほどよりは少しマシだが、あまり先程と変わり映えない表情のまま、床にモップを掛け始めた。

 

暫くはみんな。自分に任された仕事を黙々とこなしていた。リョウ先輩は受け付け周りの整理整頓を。郁代ちゃんはドリンク周りの清掃。PAさんは音響施設の調整に。店長さんはみんなのシフト管理。…でも何故か。わたしは仕事が手につかなかった。理由?わざわざ聞かなくても分かりますよね?

 

「〜っ!!んもう。もうっっ!!」

 

うわあ。わたし。まるで子供みたい。行き所がなくなって、処理できなくなった、鬱々とした思いが、気付けば口をついて出ていた。

 

「わ、わわ。ど、どしたんですか?後藤さん」

 

1番近くにいたPAさんが、わたしの小さな叫びに真っ先に反応してくれる。…驚かせちゃったけど、今はそれどころじゃない。

 

「どうしたもこうしたもないですよ、PAさん!青木くんですよ!もう、まったく連絡が取れなくなって1週間!1週間も経つんです!虹夏ちゃんも店長さんも!!口には出さないけどみんなみんな心配してる!すぐ帰ってくるって!あの話は嘘だったんですかねぇ!?」

 

今の思いの丈をぶち撒けた。PAさんは顎に手をあて、ふむうとうなる。それと同時に、STARRYで働いていたみんながわたしの周りに集まった。な、なんかすいません!

 

「意外だ。たぶん誰か爆発するとは思ってたけど、まさかぼっちが爆発するとは」

 

リョウ先輩はそんな言葉を漏らす。わたしだって怒るときくらいありますよ!

 

「…。まあ、連絡が、取りたくても、取れない状況なのかもですよ」

 

「PAさん。それはどういう意味で?」

 

PAさんに虹夏ちゃんが聞き返す。確かに。

 

「例えば、スマホの充電が切れてるとか。わたしもやったことあるんですけど、連絡先とかをスマホとかに入れたものだけに頼ってると、いざスマホを起動できなくなった時に、誰とも連絡が、取れなくなっちゃいます。仮に遥くんが、そういう状況だとしたら」

 

PAさんの考察に、今度は郁代ちゃんが反応する。

 

「なるほど…。わたしもそれ、他人事じゃないかも。で、でもでも。充電切れたんだったら、充電すればいい話じゃ?」

 

ですよねぇ?

 

「もっと単純で厄介かもしれません。例えば、店か、道路か。いずれかの場所に置き忘れて、場所が分からないとか。もしくは、高いところから落としたり、川か海に落として、スマホを立ち上げること自体が出来なくなったり」

 

思わず全員で、ああ〜。と。感嘆の声を上げてしまう。そっか。そんな可能性が。

 

「わたし、実は青木くんのスマホに、1週間前から、何度か掛けてるんだけど、やっぱり電源が入ってないみたい。電源入ってない時のあのアナウンスが流れるから」

 

虹夏ちゃんがそう言うと、PAさんは自分のほっぺたに、人差し指を曲げた状態で、トントンと置きながら。

 

「アナウンス通り、充電が切れたか、壊れたか、ですかねぇ。ワンチャンス、店とかに保管されてた場合、痺れを切らして、店員さんが取ってくれるかもしれません。諦めず掛けてみるのもいいかもですね」

 

「うええ。も、もし店員さんが出てくれた場合って、アメリカの人だよね?わ、わたし英語喋れない…」

 

「ご安心を。わたしも喋れません」

 

虹夏ちゃん!PAさん!なんだか話が脱線してきてる気がします!そこ重要じゃないです!などと心の内で突っ込んでいると。わたしの肩にポンッと。手が置かれた。

 

「定期的に連絡くれてたやつが連絡くれなくなるのは、大体何らかの理由がある。遥にもソレは、あるんだろうよ。ぼっちちゃん。みんな。不安なのも分かる。だが、まだ1週間だ。も少し、待ってみねえか。これが2週間、3週間になってきたら、私も考えるからよ。明日なら、お前ら大体仕事休みだろ。一緒にみんなで、考えやすいんじゃねえの?」

 

店長さんが話す。その言葉を聞き届けた後、みんな、渋々ながらに納得したように、仕事に戻っていった。

 

「全く…。他のやつならいざ知らず。ぼっちちゃんをここまで心配させるなんて、遥の野郎…ギルティだな」

 

「あうう…、て、店長さん。あ、青木くん、ちゃんと帰ってこれますよね…」

 

「ああ。多分、大丈夫さ。PAが言ったように、スマホ使えなくなって連絡先が分からない…。遥が如何にもやりそうだ。そのうちひょっこり帰ってくるさ。…さ、仕事しようぜ。先のことを憂うより、目の前を積み重ねるのも大事だぜ?」

 

「…はい」

 

店長さんに明らかに身が入ってない返事を返し、仕事に戻る。…ホントにどうしたんだろ。青木くん…。ちゃ、ちゃんと無事だよね…。か、帰ってくるよね…?今は恐らくアメリカの何処かにいる、級友に思いを致した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もう、行くのか」

 

「ああ。結構長いこと、世話になったな」

 

親父と言葉を交わす。親父の目の下は窪み、クマがひどい。俺より少し高い身長、スラッとしたスタイルは、そのクマのせいで少し、病的に写るが、そこは検査入院を経た身。前よりは調子がいいとは本人の談だ。ここはアメリカ、ニューヨーク。親父と姉貴の家の前だ。俺は結局、3週間近く、ここに世話になった。流石に行きだけでなく、帰りの飛行機代まですべて持ってもらうのは気が引けたため、親父のバンドのサポートをしたり、親父行き付けのライブハウスで手伝いなどをして路銀を貯めた。ようやく片道分の日本へのチケットを買えたが、ここまで順風満帆だったわけでは、もちろんない。家の近くに川があるのだが。所謂リバーサイドってやつだ。そこに油断をして、自分のスマホをダンクシュッしてしまって。(しかも流れが速い)なかなか拾いに行けず、ようやく拾えた時には、スマホはうんともすんともいわなくなっていた。おかげで誰の連絡先も分からない。もう完全に日本と連絡が取れないのだ。…ヤバいなあ。怒ってるよなぁ。今は必死に。アルバイトで面接の時に教えてもらった、STARRYの電話番号を思い出している最中である。

 

「心配か?遥。日本に置いてきた、友達たちの事」

 

「ん?ああ。…まあな」

 

先ほどから俺と話している親父とは、それこそこの3週間で色々あった。1番始め、病院であった時に過労だった。なんて聞いた時は、今まで積もり積もった不満などもあって、思わずぶん殴ってしまったが、その後、姉貴に止められた。俺もやりすぎた。親父は基本、姉のために倒れるまで仕事をしていたんだ。と思い直し。いろいろ話した後に和解した。ホントに、いろいろ話した。葬式に出れなかったのは、単純に間に合わなかったのもあるが、罪悪感が激しく、とてもではないが俺の前には姿を現せなかったらしい。…もう自分は、音楽に関わるべきではない。とまで思い詰め。当時自分が愛用していたブルーレスポールを、俺たちの実家の壁に立てかけて、その場を後にしたようだ。だが、打ちひしがれてばかりもいられなかった。当時幼い姉貴と、レーベル契約したばかりの自分。己には、やるべき、やれるべきことがまだあると。嵐のように移り変わっていく周りに、ガラガラと福引きのガラポンのように変わっていく世情に、必死に喰らいついて行った。自分に出来ることといえば、たとえ日本からアメリカに場所が変わろうとも。音楽。ギターしかないと。己1人の命なら、とっくに音楽など捨て去っていただろう。だが、今の自分には。心臓を患った、小さい娘。そして、頼れる人達に預けたとはいえ、何も残してやれなかった。故郷の地の息子。その2人の命が肩に、乗っているかと思うと。止まれなかった。止まるわけには、いかなかった。無我夢中で昼夜を問わず。ライブハウスで。スタジオで。フェスで。所属しているバンドで。ギターを弾き鳴らし。出来ることならなんでもやって。そして今まで、生きてきたこと。俺は、親父が所属していたバンドの名前を聞いて驚いた。親父のバンドは、日本でも知る人が聞いたら知っているであろう。全米でも何度かヒットチャートで上位を取ったこともある、人気バンドだったのだ。…そら、飛行機代くらい出せるわなぁ…。話が逸れたか。

 

ある程度、収入が落ち着き、娘のドナー提供者も見つかって。親父が若いころから向かっていた目標は、何とか達成されつつあった。…だが、生活が安定すればするほど、日に日に強くなっていった懸念。故郷に残していった、俺のことだ。姉貴は、俺の話を聞くたびに、会いに行くべきだと。話をすべきだと、親父に言ったそうだ。だが親父は、それを拒絶した。1番、あいつらが辛いときにそばにいれなかった。1番、息子が多感なときに、金を渡す以外に何も出来なかった、そんな自分には、父親の資格なぞない。と。

 

そしたら、うちの姉貴は強硬手段に出た。父親が倒れたのを契機に、家をおん出て、単身日本に渡り、俺に親父の現況を教えてくれて。紆余曲折あって、今がある。間違いなく。今の俺と、親父を引き合わせてくれたのは、姉貴なのだ。大した女だよホント。

 

…親父は言った。父親の資格なんかないと。そう思っていた。そう思っていたのに。目の前に、心臓を治して、元気になった姉と。親父曰く、何1つ曲がることなく立派に成長した、俺を見て。もう二度と見れないであろうと決めつけていた光景を見て。2人の子どもたちが健やかでさえあれば、俺はなにもと。思っていたのに。…なにやら。報われたような。父親として、足を止めずに生きてきて。よかったと。初めて、お前たちを見て思えたと。感謝していると。そう言った。そして、親父は泣いた。人目を憚らず、大粒の涙を流して、嗚咽を上げながら。その姿を見て俺は。ああ。嗚呼。何十年も、俺が、親父を探し求めたのって、会いたかったのって。今のその、1言が聞きたかったのかもしれないなと。そう思った。俺も、心の中の、今まで感じもしなかった、冷えて凝り固まった部分が、暖かく。柔らかに氷解するのを感じると。まるで、その心の中から流れ出た水を、目から流すように、俺も泣いた。親父と2人で。アメリカの病院で、わんわん泣いた。ただ1人。姉貴だけが。人目憚らず泣く、俺と親父の背中を、柔らかく擦り続けていた。

 

それからまた、色々あって。お袋の墓にも3人で行った。姉貴のバイトを手伝ったり親父のバンドを手伝ったり、色々してたらもう3週間だ。…名残惜しいが、そろそろ行かねば。日本に残してきた人達に申し訳が立たない。

 

「ここ来る時にシバかれたしな。あまり待たせるのも悪いし、そろそろ行くよ。…親父。姉貴。今度は2人が、日本に遊びに来てくれ。…俺のマンションの近くに、お袋の墓もある。きっと待っているから。手を合わせてくれるのをさ」

 

「もちろんだよ!遥の友達のみんなにも会いたいしね!」

 

姉貴と他愛ない話を交わす。すると、親父が、俺を見つめて話し始める。

 

「ははは…。なあ、遥。俺の人生の中で、本当に嬉しいと思うことが、3つあったんだ。1つは、お前たちのお母さんと出会って、結婚したこと。2つ目は、姉である、此方が生まれたこと。3つ目は、遥が生まれたこと。…そして、この年になって4つ目ができたよ。…またお前に。そう呼んでもらえて…」

 

言い終わる前に、親父は右手を目に当て、声を殺し始める。おいおい。別れ際に、湿っぽいのはなしにしようぜ。

 

「親父。ありがとな。姉貴。親父を頼むな。いったん俺は日本に帰る。また、近いうちに会おうぜ」

 

そう呟き、2人に目を配る。

 

「ああ。もちろんだ!また会おう。遥!」

 

「日本のお母さんのお墓!案内してよね!!」

 

2人に手を振り、俺は家を後にした。目指すはニューヨークの空港。そして、我が忘れじの故郷日本。そして下北沢だ!…早く連絡しないと転がされちゃうかもしんない!い、急げ俺!ゆっくり急ぐんだ!

 

「…大丈夫かな。結構ここから、空港への道。複雑だと思うんだが」

 

「猿でも分かるような、地図渡しといたし大丈夫だよ」

 

少しずつ遠ざかっていく、背中を眺めながら、残された2人はこんな会話を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにしてるんだろ〜ね〜遥。ねえ?虹夏」

 

「さあね〜、リョウ。PAさんとかが言う通りなら、連絡取りようがないしね〜、…待つしかないってのも退屈なもんだね」

 

所変わりまして、ここは日本。下北沢はライブハウスSTARRYだ。今日は、結束バンドのみんなは仕事休みだ。なのに何故か、ここSTARRYに集まってきている。…みんな、1人で待つのは嫌なんだろうな。ヤな想像ばかりしちゃうから。…わたしだけかな?

 

「心配してもしょうがないってのは分かってるんですけど…、難しいですね…。やっぱり、海外に行くって大変なんですね…」

 

「と、遠いですからね…か、帰ってくるのは大変でしょうけど、やっぱり心配ですね…」

 

喜多ちゃんもぼっちちゃんも心配そうだ。…でもな。こちらからは動きようないし。などと考えていると。STARRYのお店の電話が鳴った。

 

「はいこちら、ライブハウスSTARRY」

 

近くにいたお姉ちゃんが電話に出る。なんか策はないかな〜。ホント、最近の人ってのは、わたしを含めて、スマホに支配されてるよね、なくなると連絡先すら思い出せないんだから。

 

「お!おい!!そ、その声!遥か!」

 

えっ。

 

「おい!?お前!切るなよ!?今何処にいるんだお前!?」

 

事態が動き始めるってのは、いつだって突然だ。

びっくりするくらい、突然だ。

 






多分、そろそろ終わりです。

うまく、着地させたい。
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