ボーカルという役割は大変だよね。ズブの素人の時代からギターとボーカルを同時にこなしてきた喜多郁代って天才なんじゃないだろうか。
本日は結束バンドのライブの当日。ただのライブではない。結束バンドのメインボーカルである喜多郁代が、疲労で喉を潰してしまい、本日は出演できない。ならばボーカルをどうするのか?他の元気なメンバーで埋め合わせするのだ。いるかどうか分からない、結束バンドのファンからしてみれば、喜多郁代以外のバンドメンバーの歌声が聴ける、今日のライブはプラチナチケットかも知れない。
我々は現在、ライブハウスSTARRYの、客席の最前列に陣取り、結束バンドの出番を今か今かと待っていた。
「さあて、お2人さん。今日のステージ、どう見るよ?」
興味津々といった様子で、俺たちに話を振ってくる、瞳ぐるぐるの赤ら顔。酔いどれベーシスト廣井きくり。
「そうですね…。当たり前ですけど、喜多郁代が出られないのは痛いですよね。今まで全てのステージにボーカルとして出ていた彼女は、もはや結束バンドの大黒柱的存在…、今日は何処まで、彼女の穴を他の面子が埋められるのか?に懸かってると思います」
茶色のツインテールに纏め上げた髪に、切れ長の鋭い目つきの美少女。大槻ヨヨコはそう答える。ていうかヨヨ先輩。手加減して下さいよ、問題点全部言っちゃったら俺が言うことなくなるでしょ?
「そうっすね。でも少ない時間の中で、あいつらもあいつらなりの精一杯を準備してました。見届けてやって下さい。…たとえどんな結果になっても」
「不吉なこと言わないの遥くん。…成功するよ、練習してきたんだから。君が応援してあげなくてどうするのさ?」
姉さんにそう窘められる。しまった少し心配気味な心が表に出ちまったか。…やはり姉さん、人の機微にとても敏感だ。
「…てゆーか。青木遥!あんたも出るんでしょう!?こんな所にいていいの!?」
ヨヨ先輩に突っ込まれる。もっともな意見だが、ちゃんとコレには理由がある。
「俺は最後の演奏のサポートなんで、出番はまだ先です。それまではこの客席の最前列で役目を果たします!」
と言って、スケッチブックを取り出す。中には今日歌われる曲の歌詞が書かれている。俺のお手製♡
「おお。やるわね青木遥」
「へ〜!たしかにコレは助かるかも!完璧に歌詞を覚えたつもりでも、些細なことでトンじゃうもんだからね!」
「そうでしょう!今日はこれで結束バンドのみんなをサポートします!」
まだまだ甘いかもだが、俺なりにバックアップ体制は万全だ。今日はたとえメンバーの誰かが気紛れに客席にダイブしようがバッチリ受け止めてやるぜ!だから…、細かいこと気にせずに、頑張れ結束バンド!
♪♪
さて…、言い出しっぺ。トップバッター。色々ある。当たり前だが、責任は重い。そんな事を思いながら、マイクの位置を調整し、声を出してみて音量を調整する。自身に提げた相棒にピックを通して、いつも通りの重低音が鳴るのを確認してから、視線を後ろにいる仲間たちに向ける。今はわたしがボーカルなので、わたしが最前だ。…まあ。一応言っておこうか。わたしは、下北沢STARRYが誇る天才ベーシスト。山田リョウ。1つよろしく。
ぼっちは、…意外にもいつも通り。少し顔が青白いが。虹夏は…。わたしが視線を向けると、心配の中にも激励があるような、器用な表情を向けてくれた。…虹夏の表情マイスターのわたしでなければ、あのニュアンスは読み取れまい。…郁代は、わたしと目が合うと、ニコっと微笑んでくれる。わたしなら大丈夫です!と、伝えてくれてるように。…ありがとね。
さて、…と。わたしの役目。それは、このライブに勢いをつけること。ぼっちも虹夏も、ボーカルとして、ちゃんとしたステージで歌うのは初めて。ならばわたしが、先輩として2人が歌いやすいように地ならししておくのが筋。だから、わたしの持てる全力で行く。そうすれば客席も温まり、少しは2人も歌いやすくなるだろう。多分だが。
このライブのセトリは、まずわたし。「カラカラ」という曲を歌って、その後虹夏。「何が悪い」を歌って、最後ぼっち。アジアンカンフージェネレーションさんの「転がる岩、君に朝が降る」を歌う。本来ならちゃんと歌えるわたしが、出来るだけ歌ってしまいたいところだが、全然体力ないので、そうは問屋が卸してくれない。…まあ、2人が頼もしいのも勿論ある。安心して、後を託せる!だから、2人共。わたしが燃え尽きた後、任せるよ!よし、いくぞ!!
すうっと。息を吸い込む。体の隅のすみまで、酸素が行き渡るのを感じる。後ろから相方の奏でる、ハイハットが耳に入って、ギターとドラムスが、合わさってグルーブを奏でる。一聴ではリズムを感じ取りにくい音楽だ。だが。わたしはこの音のリズムの拾い方を知っている。そんな思考と同時にわたしは、後ろを振り返りリズムを生み出してるバンドメンバー、そいつらの目を、動きを、一挙手一投足を見定める。ぼっちが、虹夏が!郁代が!わたしに教えてくれるのだ。いつ歌いだせばいいのかと。
いくぞ。わたし。この曲でわたしの出番は終わり。ならばだ。ありったけを!!
♪♪
「…凄えなリョウ先輩。飛ばしまくってるわ」
素直に俺は感嘆する。本気を見た。リョウ先輩の。歌にも、ベースにも。まるでブレがない。しかも、声量も今までとダンチだ。まさに、この曲に懸けている。そう、この曲の後のことなどまるで考えていないかのように。
「…青木遥。流石ねあなたの先輩」
「ヨヨ先輩。何故そう思うんですか?」
「道を開こうとしているのよ。山田リョウは。ボーカルに不慣れな2人のために。…この事は多分、ミーティングとかでも共有してないでしょう?」
何故分かる。確かにそうだ。こんなに命を削るように歌うなんて我々聞いてない。…何故、言わないのか。
「フフン。わたしと山田さん。案外近しいかも。恥ずかしいのよ。ただ単純に。あなたたちを勇気付けるために本気を出したっていうのが…だからね。あまり、追及しないであげてね…武士の情けで」
消え入りそうな声でそう言った後、ヨヨ先輩に顔を逸らされる。…分からんな!なんだよその妙なツンデレ!言っちまえよ絶対感謝されるのに!!…ほんと。損な性格だよな。リョウ先輩も。ヨヨ先輩も。そんな話をしている間に、リョウ先輩のステージは終わる。
…!息が上がる!こんなに体力なかったっけ、わたし。呼吸すらままならない。…だが。役目は果たせたかな。今は仲間の方を向いてるため背中で感じるだけだが、ケッコー歓声が聴こえるぜ。…にじか。場は、整えたぞ。後、頼む。…ぼっち。今度はわたしが後ろでお前を支える。心配するな、お前は出来る奴だ。…そんな不安そうな顔をするなよ。…いくよ。まだこの2人は頼りない。わたしたちが支えてやらなきゃ。…続けて、頼むよ。そんな思いを込めた視線を仲間たちに向けてみる。…すると郁代は、ぺちぺちと両手で自身の頬を叩いた後、ほっぺをプクッと膨らまして、こちらにサムズアップしてくれる。ぷふっ。可愛い。…虹夏は、わたしとポジションをチェンジするためにすれ違う際、トンッとわたしに自分の肩を当てて。
「…任せて」
ただ1言。そう言ってくれた。そしてわたしがいつものポジションに戻ると、隣にいたぼっちが。
「流石です。お疲れ様です。リョウ先輩」
…ふっ。頼もしい、仲間たちだよ。わたしの意思を、汲んでくれたんだな。これなら安心して、後を任せられる。わたしはわたしの役目を果たすだけ。…頑張れ、みんな!
♪♪
リョウが場を温めてくれた。あんなに必死になって歌って。肩で息なんかしちゃってさ。そりゃバテるよね。…分かってるよ。ボーカルに不慣れなわたしたちのために出来るだけ歌いやすいようにしてくれたんだよね。そういう大事な事はほんとに、1言も口に出さないんだから。…ありがとね。リョウ。その気持ち。絶対に無駄にしないから。わたしだって名ばかりだけど、結束バンドのリーダーだ。仲間が調子悪いぐらい、わたしたちでカバーしてみせる!いくよ!みんな!!
「さてと…出番か」
俺は言うが早いか、手をぷらぷらと遊ばせ、血行を良くし、ゴキリと首を2〜3回回し、きたる虹夏先輩のパフォのために準備をする。
「お?何々?何か始まるのかな?」
廣井きくりさんは、いつもの如く、興味津々の御様子。
「ちょっと青木遥。客席でチョロチョロされると思った以上に気になるものなのよ。あまり余計な動きしないほうが良いわよ?」
失敬なヨヨ先輩め、俺がコレからやるのは、虹夏先輩自身が開発したこの曲用のダンスですぞ?
「よろしければお2人も御一緒に」
「…。や、やめとくよ変に目立ちそうだし」
「姉さんの右に同じで」
むう。ノリ悪い。でもしょうがないか。この曲がまだプロトタイプだった時に虹夏先輩がリズムを気に入って、合わせて踊ってた創作ダンス。もしかしたら踊った本人すら忘れてるかもだからな。などと思っていると、ステージの光が落とされ、リョウ先輩がベースを叩く音が聞こえる。大体こういうのは4拍目で。虹夏先輩のボーカルが入った!
…うむ、やはり良いボーカルだな。楽しくってしょうがない!みたいな、明るい感情が歌声に乗って伝わってくるみたいだ!先程飛ばし過ぎたか、リョウ先輩のリズムに少し元気がないが、ゴッチと喜多さんがよくカバーしている。虹夏先輩が歌いやすそうだ。…コレは心配なしかな。
「ちょっと、青木遥。なんかやろうとしてたんじゃないの?コーラスの部分歌っただけじゃない」
「ふふふ、ヨヨ先輩。焦りなさんな。サビからですよサビから」
俺は自身の腕を指で叩きながらリズムを取る。そして、リズム良くそのサビだ!虹夏先輩の歌声に合わせながら、俺は両手を開いて前に出し、小さく円状に回転させながら、回転させた方に足も逆側の足の後ろに出す。ただこんだけ。こんだけの動き。だが、なかなか気に入ってる。
「あはははは!遥くんダセー!そんなカッコよくないって!」
ええい黙れ姉御。俺は気に入ってんの!ほら皆さん!恥ずかしがらず!!
「そのダンス踊るほうが恥ずかしくない?」
ヨヨ先輩火の玉ストレートやめて!…ん?む!?どうした虹夏先輩!?
「…トラブルかしら、歌詞飛ん…はやっ。青木遥早っ!」
一瞬の虹夏先輩のもたつきの後に、明らかに歌の出足が遅い。歌詞飛んだな。ボーカルに慣れてない人は、些細な原因で歌詞を飛ばしやすい。既にいっぱいいっぱいの状況に、なにか1つ。例えば唾を飲み込み損ねるとか。そんな小さな食い違いで飛んでしまうものなのだと。店長が言っていた。俺はスケッチブックを開き、姉御とヨヨ先輩にペンライトを渡して当該の歌詞のページを開いて、2人に照らしてもらう。そしてスケッチブックを大げさに叩いて、虹夏先輩に存在をアピールする!すると、不安げに目を彷徨わせていた虹夏先輩は、再び力強く歌い始める!…ふうっ。どうにか間に合ったか。
「流石じゃ〜ん遥く〜ん。カバーが早すぎるよてかさぁ〜」
「ふっふっふ。姉御、せっかく用意してきましたからね。なんだったらギターソロの押さえるべきコードも用意してますよ」
「あんたマネージャーにも向いてるかもね…」
ヨヨ先輩に若干引き気味にそう言われる。こういうのは備えあれば憂いなし。2回目のサビも終わり、ゴッチのギターソロだ。まるでもうひとりボーカルがいるかのように、歌うようにメロディアスな音色が展開される。喜多さんとの息もピッタリだ。リョウ先輩が今元気ないからな。あの2人が、結束バンドのグルーヴを引っ張る。虹夏先輩の声も2人に引っ張られて少しずつ熱が籠もってくる!俺は客席の最前列で後ろを向き、両手を振り上げて他のお客さんを煽り立ててみた。お客さんが温まってたほうが歌いやすいだろうからな!この曲、最後の部分にもコーラスがあるので歌っていると、俺以外にも何人かのお客さんが一緒に歌ってくれた。ありがとうございます!ラストはゴッチのギター。それに合わせて、虹夏先輩が腕を突き上げ、人さし指を立てる!それに合わせて歓声が起こる!流石だぜ虹夏先輩、素晴らしいパフォーマンスだった!さぁ、最後はゴッチだ!同時に俺の出番だな!行くぜ!!
「期待してるよ〜?遥くん。今の実力、存分に魅せてみな!」
ウッス、姉御!!
「そうね、青木遥。アメリカ帰りのあなたの実力、見せてもらうわ!」
「リョーカイだぜヨヨ先輩!いっちょ暴れてやるか!」
そそくさと客席を抜けだし、ステージへと向かう!結束バンドよ待っていろ!スーパーギタリストが手を貸してやるぜ!
あ、焦った〜!歌詞飛んだ!ありがとう青木くん〜!あの一瞬でフォローしてくれてなかったらどうなってたか…!て、ていうか…!息が上がる!たった一曲歌っただけなのにどうして…!?これがプレッシャーってやつか!?つ、疲れた…!!こんなん毎回やってんのか喜多ちゃんは!た、大変だ!…大丈夫かな、ぼっちちゃん。イケるかなこんな大変なのに。などと思いながらぼっちちゃんを見やる。自分の胸をトントンと、まるでお呪いのように叩く彼女は、不安げで少し小さく見えた。なので、わたしと変わるためにマイクに向かうぼっちちゃんに言葉を掛ける。
「ぼっちちゃん!大丈夫だよ、出来るよ!今まで練習してきたもん!」
彼女の手を握り、語り掛ける。彼女の手は少し震えていたが、確かな力でわたしの手を握り返してくれた。
「こ、こわいです。怖いですけど、リョウ先輩が。虹夏ちゃんが繋いでくれた。わ、わたしだって。…手助け、して下さい。が、頑張ります」
それだけ言って、ぼっちちゃんはマイクに向かった。…もう、彼女の背中は小さくは見えなかった。
「とーう!!」
気合の入った声がステージ上に響く。ブワッとステージに一足飛びで飛び乗ってきた影。青木くんだ。ぼっちちゃんが立て掛けていったギターを提げ、ピックを通して掻き鳴らす!それと同時に客席から何故か歓声が上がった!
「で、出た!ギターめっちゃ上手い店員さん!あの人めっちゃ上手いぞ!」
「マジで!?」
凄いな。なんか知る人ぞ知る。みたいな感じになってんじゃん青木くん。ホントなんかいるだけで雰囲気変わるよねアイツは!すると青木くんは、不慣れな手つきでマイクの高さを調整しているぼっちちゃんへと向かって歩き出した。ポンッと。軽くぼっちちゃんの肩に手を置いて。
「あ、青木、くん…?」
「ゴッチ。野球の話で申し訳ないが、ピッチャーは、1人で相手の9人のバッターに立ち向かうわけじゃない」
「は、あ、え?」
出たよ唐突な例え話。慣れないポジションでテンパってるんだからも少し分かりやすくお願いしたいね。と、心のなかで青木くんに注文を付ける。
「ゴッチはボーカル。最前にいるから見えないだろうが、これは野球のピッチャーと一緒だ。見えないだけで、後ろには仲間がいる。サードしかり、ファーストしかり、外野しかりだ。ゴッチの後ろには、喜多さん。リョウ先輩。虹夏先輩!そんで、俺もいる!けしてひとりで戦わなきゃいけないわけじゃない。俺たちも全力で支える。中々難しいかもしれんが、気楽にいけよ!」
バシッと背中を叩かれるぼっちちゃん。…そうだよぼっちちゃん!ひとりじゃないからね!すると、イキナリ喜多ちゃんの方向から、ギターの音が響いて、視線を向けると喜多ちゃんが、満面の笑顔とサムズアップをしていた。まるでぼっちちゃんを安心させるかのように!
「ぼっち。ぜい、わたしも、いるぞ!ミスってもカバー、ぜい、するから!前のめりにいけ!」
まだ疲れてるよ。よほど飛ばしたんだなリョウ。ぼっちちゃんは、喜多ちゃんを。リョウを。青木くんを、最後にわたしを見て、微笑む。
「…はいっ!精一杯、いきます!見ていて、下さい!」
その様子を不敵な笑顔で見届けた後、青木くんがギターのボディを叩き始める。そして6拍目で、アルペジオのギターの音色が会場に響いた。その音色に、リズムギターも、ベースも、ドラムスも合流し、いよいよボーカルが、曲に色を付ける。…の、だが。
「…えっ!?ちっちゃ!?声ちっちゃ!えっ、これ大丈夫なんですか姉さん!?」
「あははー。まあぼっちちゃんあんな性格だし。恥ずかしいやら緊張やらで最初はあまり声出ないんだよ大槻ちゃん。これはリハーサルからだからある種しょうがないかも。少しずつ曲が進むにつれて感情が乗ると声も出てくるからさ〜。それまでは、遥くんたちの腕の見せ所だね」
任せろゴッチ!ひとりにはさせないぜ!喜多さんの手元を見て、合わせながら、オリジナル通りにギターを弾き上げる。リズム隊では虹夏先輩がいつもより元気なので、目を見て上手いこと合わせつつ、演奏隊に注意を惹きつけるように、出来るだけ目立つように弾く!ゴッチ!この間に会場の空気を掴んで合わせろ!するとやはりというか、2小節目くらいから、ゴッチの透き通った儚げな声が聞こえ始める!そしてそのまま1つ目のサビだ!張り上げる所で時偶頼りがなさげに声が揺れるのもまた魅力の1つだよな、ゴッチボーカル。とはいえなんとか調子が出てきたみたいだ。良かった!
…後ろで、青木くんの特徴的なギターの音や、虹夏ちゃんの何時もより手数が多いドラムスの音が聞こえる。始まる前、青木くんが言ってくれた言葉。ひとりじゃない。そうだ!わたしはひとりじゃない!目の前にいるオーディエンスの人たちも!怖くない!敵なんかいない!客席に居た、廣井お姉さんと目があった時に、そう思った!わたしはやるんだ。わたしのやりたい音楽を!やるんだ!
お父さんがよく歌ってくれたこの曲。わたしがこの曲を好きなのには理由がある。どうしても、歌詞がわたしのことを歌っているようにしか思えないのだ。わたしは、否定したいんだ。この歌詞に出てくる弱いわたしを。欲しいものに手を伸ばすことすら出来ない、弱いわたしを。いまだ分からない。わたしは何処にいきたいのか。何をしたいのか?でも、わたしは走り出した。走り出しちゃった。岩は転がり始めた。ならばもう止まれない。もう嫌なんだ。漫然と目の前の光景を見送るのが。手を伸ばせば届いたかも知れない人を、ものを見送るのが。そして、それを後悔するのが!昔のわたしじゃ無理だった。でも今は手を伸ばせる!わたしは、もうひとりじゃないから。こんなわたしのことを迎え入れてくれる仲間に出会えたから!わたしはわたしのしたいことをする!歌え!わたし!喉が張り裂けても!自分の心を叫び倒せ!わたしはミュージシャンだ!それしか出来ないんだから!!
いよし!!ゴッチの調子が上がってきたぞ!流石だぜこのスロースターター!このまんま俺のギターソロでさらに勢いをつけてフィニッシュまで突っ走るぜ!弾きやすいように少しアレンジするけど、リズムはそのままだから、ミスるなよゴッチ!
「…凄いな。元々いい音色だったけど、アメリカから帰ってきてから、更に聴かせる音になってるね。もはや高校生のレベルじゃないな…」
ステージ上の青木遥を見上げながら廣井きくりは呟く。
「テクの幅も広がって…!ふ、ふふ。さすが戦友。そのぐらいやってくれないと困るわ。でも、後藤ひとりのボーカルも味があって良いわね。消え入りそうな儚さの中に、何者にもブレない芯の強さが同居している、というか…。やはりあなたも侮れないわね!」
同じくステージ上を見ながら、いいライバルを見つけて嬉しそうに、大槻ヨヨコも口角を釣り上げてみせた。
い、息が上がる!し、心臓がバクハツしそう!か、体と心臓が同化しちゃったかのようにどくどく全身が脈打って止まらない!も、もう少しだ。がんばれ負けるな後藤ひとり!ただ声を張り上げ続けろ!郁代ちゃんの穴を埋めるんだろ!もはや音程とか気にしていられないが、自分に出来る最大限声を張り上げることで、誤魔化したい!ロックだってことで!…ダメ?必死に歌っている間に、いつの間にやら演奏は終わってた。か、歓声が聴こえる…!幻聴じゃ、ないよね…!肩で息をしながらみんなの方を振り返る。涙目で拍手をしてくれる郁代ちゃん。グッとサムズアップしてくれるリョウ先輩。いつかやってくれたみたいに、ドラムスティックごとのサムズアップの虹夏ちゃん。青木くんは不敵に笑いながら、人差し指でこちらを指してきた。…なんとか。歌い切れたみたい。良かった…。安心して、糸が切れてしまったのだろう。足元がふらついて、前につんのめってしまう。それを、素早く駆けてきてくれた、郁代ちゃんに抱きとめられた。郁代ちゃんは今声が出せない。でも何故か、何となく言いたいことが分かった。…そんな気がした。
「お疲れさま。カッコよかったよ。ひとりちゃん。…だってさ」
ニシシっと笑いながら郁代ちゃんのモノマネをする虹夏ちゃん。郁代ちゃんは虹夏ちゃんに対して、ぷぅ〜っと、頬を膨らませていた。か、可愛い。
「ぼっち。大儀であった。よく練習時間3日でココまでこぎつけたよ、郁代の穴、見事埋めきってみせたんじゃない?」
へへ…。郁代ちゃんみたいに上手くはいきませんけど、な、なんとかなりましたかね?
確認の為に郁代ちゃんに目を合わせると、わたしの両手を握り満面の笑顔で、コクリと頷いてくれた。かくして、なんとか結束バンドのボーカルシャッフルライブは成功をおさめた。みたいだ。
♪♪
ここはライブハウスSTARRY。結束バンドボーカルシャッフルライブの1週間後だ。ようやく声が戻ってきた結束バンドメインボーカルの喜多さんと、俺は雑談していた。
「はあ〜あ、今回はバンドのみんなに悪い事しちゃったわ。ボーカルなのに声が出ないなんて…」
「仕方ないじゃん疲労だってんだから。偶にしかないいい骨休めになったでしょう?」
喜多さんが何やら落ち込んでいるのでそう返しておく。コンディション不良なんざ誰にでもあるでしょ。そこで無理するとさらに完治まで時間かかっちまうものだよ?
「ありがとう青木くん。…でも今回で、結束バンドのメンバーは全員ボーカルイケる!って分かっちゃったから、相対的にわたしのバンド内評価が下がっちゃうんじゃないかしら」
「意外とつまらんこと気にするね?それならたぶん大丈夫だよ?」
「え?なんで?」
「喜多さん。ボーカルってのはそれほど簡単じゃないってことさ。今頃みんな喜多さんの凄さを肌で感じてるんじゃない?」
「い、一曲歌っただけであの疲労…!ピョンピョン跳ねたりたまにシャウトしながら歌ってるよね郁代って…ば、化け物…!化け物の体力…!!」
「些細なことが気になって歌詞飛んだりリズムが合わなくなったり…!わ、わたしには無理だ…!喜多ちゃん器用すぎる…!」
「ひ、人1人の前で歌うだけでも緊張するのに、よ、よく考えたら、あの日は何人いた…?や、やっぱり無理、わたしにはボーカル無理だ…!やはり郁代ちゃんは超スーパー陽キャ人…!!」
結論・「郁代は、「喜多ちゃんは「郁代ちゃんは、凄い…!!」」」
結果、結束バンドの喜多郁代の相対評価は下がるどころか爆上がりした。しばらく尊敬の眼差しをバンドメンバーから集めたことで、喜多郁代は困惑したという。
手を伸ばさないから失う。欲しがらないから過ぎ去ったのちに後悔する。それでも時は止まってはくれない。まるで転がりだしてしまった岩のように。
短編とか言っときながら長い!皆様すいません!嘘吐きました!