「ねぇねぇ、お姉ちゃんの願いはなぁに?」
「・・・・貴方もしつこい人ね。そんなのは無いって何度言えば高性能&多機能なカラクリ仕掛けのカミサマ様は理解してくださるのかしら?」
私は私の愛妹であるこいしの私への愛称を真似するかのように声色を発して首をかしげる自称・カミサマのマキとか言う胡散臭い、得体の知れないし底知れない存在に皮肉返しをした。
マキは私と何の因果なのかあるいは何を企んでいるのか、丁度今日から一週間前に本当に唐突に私の目の前に姿を現し、自分はカミサマだといきなり飛躍しすぎた自己紹介をして『私に叶えられない願いは無い。だから古明地さとりの願いを教えて。』とどうやってでもその巧みな話術で私の願いを叶える気でいるようだった。
当然、私はそんな上辺だらけで何の魅力も感じない甘ったるい誘いに断りを確申し続けているのだが、どうやらカミサマという職業は相当暇を弄んでいるらしく、願いを叶えるという行為はどうしようもないくらいに彼女のアイデンティティーらしい。
「えー嘘だぁ~!あるでしょうよ、古明地さとりの願いは!ていうか願うなら早くしてくれないかな。じゃないとあと2時間で世界が変わっちゃってもう二度と君の願いは叶わなくなっちゃうんだよ?それでもいいの?古明地さとり。」
外見だけは妖艶で気品溢れる成人女性のカミサマはまるで欲しい玩具を買ってもらえなくて店頭で泣き喚きながらジタバタ駄々をこねる子供の様に瞳を潤ませて私に文句を吐き出した。
私はカミサマの終末予言ごっこな発言を聞いて無意識に自室兼仕事関係の作業部屋にある壁掛け時計に目をやると、午後10時00分を示していた。
「そうやって嘘をついて、どんな手を使ってでも私と悪魔の契約を結ばせようたってそうはいかないわよ。」
「悪魔じゃないよ、カミサマだもん。・・・・ハァー、折角の機会だって言うのに勿体無いなぁー・・・・チャンスの神様は前髪しかない、って格言知ってる?」
マキがそう言い終えた瞬間、今まで部屋の扉の前で話していたはずの彼女の姿は忽然と消え去り、瞬きする余暇さえ与えられぬ間にいつの間にかマキは仕事部屋の椅子に座る私の目と鼻の先までテーブル越しに身を乗り出して顔を近付けていた。
流石、カミを名乗るだけあって到底の物に出来ない神業を披露するものだと感心ではなく平坦で率直な感想を抱く。
マキはそのまま、超絶な至近距離で私の前髪を手で軽く掬い取り、「びっくりした?」と意地の悪い笑みを浮かべて笑う。「別に。貴方ちょっと対人距離感が可笑しいってよく言われない?」と私は心の中だけでマキに返答をした。
「知ってるわよそのくらい。あまり人間、いえ、妖怪様を舐めないでくれるかしら。」
「おお恐い怖い。さすが地霊殿の大地主様は迫力迫るものがあるねー。」
「どういたしまして、で、いい?」
「いいよ。というかキミ、近くで見るととても可愛い顔してるね。」
マキは何の嫌味も感じさせないような、そんな純粋な口調で私にそう言う。だから、
「貴方だって人の悩みも苦しみも妬みも怒りも絶望も悲しみも、強いて言えば喜びや愛だって解らない、って顔をしていて綺麗だと思うわ。切実にね。」
私は「ありがとう」も全く言いたくないのでそう目の前の純度が百を占めるカミサマに向かって私の本心を包み隠さず、嫌味などの雑念全く抜きでそう告げてあげた。
「ありがとう!そんな事を言ってくれたのは今までの救済人生の中でさとりちゃんだけだよ!」
カミサマは意外とちょろい性格であるのか、マキはニッコリ笑顔でピースサインをして私の眼前から自分の顔と身体を遠ざけて机越しにその場に立ち、椅子に不動のまま座り込む私を意味ありげな冷たい目とニタリとした爬虫類のような笑顔で私を見降ろした。
マキのその行為は別に煽られて怒ったとかそんなじゃなく、もっとなにかこう、マキの背中には何か重要な事柄を隠し持っていていつの間にか私は実験モルモットにされているような、自分で言ってて良く分からない不安感を強烈に感じた。
そうして私とマキの間に、「静」を体現化したような空っぽの沈黙が訪れる。
「・・・・・。」
「・・・・・・・♪♥」
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ・・・・・と、いつもは気にしない存在であろう部屋の壁掛け時計内部の歯車の鳴る音が、今日はやけに鮮明に聴こえる。
なに。
何なの。マキから感じるこの厭さは。
貴方、なにか私に黙っている事があるんじゃないの?それこそ私の願いを叶えるやり取りなんてどうだっていい、もっと何か重要なことが・・・・・。
私は痺れを切らしてマキに単刀直入に質問をしようとした、が、
「本当は願いあるでしょ。ズバリ、妹の古明地こいしと永遠にずっと一緒に生きたい、ってマキが圧倒されちゃうほどの狂おしい程の願いが。私はハイテクマシンなカミサマだから君と同じで人の心が読めちゃうの。驚いた?・・・・さーさー、あとこの世界の現状維持時間は1時間50分37秒,45しか残されていないんだからさー、早く早くぅ!」
癪に障る。
いつもは感じない静かな、しかし煮え滾るような劫火のような怒りが私の中から込み上げて来る。
その怒りの源は私をからかった事じゃなく、こいしの名と私のこいしへの大切な想いを部外者が、しかも「願い」とは何たるものなのかこれっぽっちも理解していない傲慢で自分勝手な神様を名乗る紛い物の存在に口軽く言われたことに対する怒りであった。
「あんた、私の心を読んだですって?片腹痛い。いい?あなたに会った時からずっと思っていた事だけど、願いという安請け合いな文句で人の心を容易に変えれるだなんて確信しないことね。それに、貴方が言う〝願いを叶える〟っていう荒事は所詮、子供騙しの人工甘味料だらけの飴に過ぎないわ。もしカミサマの奇跡によって願いを叶えた人が居ても、それは即席の奇跡。一時的なインスタントの諸刃の剣でしかないもの。」
マキは私の論説にぽかん、とした間の抜けた顔で耳を傾けている。
「え、何々?どうしちゃったの急に?もしかしてマキ、さとりちゃんの気に障るような言葉を言っちゃったのかな???」
「ええ、勿論言ったわ。お願いだからもう二度と私の大事な妹のこいしの名と私のこいしに対する言及は死んでも壊れてもしないで頂戴!!!!あなたに私達姉妹のことを言われる筋合いは一切皆無なんだから!。」
私は無意識の内に今まで重かった腰と足首を椅子から飛ぶようにして立ち上がらせて、バン!、とそのまま感情に身を任せるように机を廊下まで響き渡るような音で叩き鳴らした。
「・・・・そんなに古明地こいしちゃんの事が好きなんだね。ごめんごめん、マキからも謝るからさ、仲直りしようよ、ね?」
「二度目は言わないわよ。」
「・・・・はいはい。分かったよ、マキちゃんが全部悪かった。ごめんなさい、」
マキは「ちぇー」と唇を尖らせて全く反省の色を見せないで気だるげにそう開き直った。
「なんでそんなに、どうしてそんなに〝願い〟を否定するのかなー?マキにはそれが理解できないや。」
「さっきも言ったけど、そんなインスタントでマガイモノな力で人は幸せになんかなれやしないの。そして人の可能性と精神は願いとやらで簡単に変えれるものじゃない、ただそれだけよ。」
「そうかな。少なくともマキちゃんが今まで願いを叶えて来たたっくさんの人民や少年少女たちは願いが叶って僕/私は幸せだ!生きてて良かったぁ!ってガッツポーズしてるような感じだったけどね」
「その人たちはたた単純に言えば弱かっただけ。自分の願いという名の欲望と渇望に喰い殺されただけの人生の途中退場者よ。それとねマキ。貴方、嘘をついているでしょう。」
「嘘?はあ?なんのことかな?マキは嘘なんかついてないし、嘘は嫌いだよ。」
「とぼけたって無駄。私の
「うーん、確かにさとりちゃんの言う通り、願いを叶えたその後のお話は私から言ってなかったね、、、、知りたい?教えてあげようか?」
マキは意識してかしないでか、口元を吊り上げながらニタリと笑った。
ほら、やはり私の見立て通りの子だ。
「別にいい、要らないわ。貴方も子供じみた神様ごっこはもう辞めて、地上に足を着けて思う存分、生を楽しんでみたら?その方がよっぽど世界は救われるし貴方の孤独な心も救われるわよ。そして、それが成長。子供が大人になって現実を生きるという意味よ。」
「・・・あのさー?キミ達の言う大人と子供の境界線ってなんなの?」
「自力で叶った願いも叶わなかった願いもどちらをも愛し、自己責任を取れる心を持った個人という存在のこと。これに尽きるわ。」
「ふーん、人ってやっぱめんどいね~。マキちゃんカミサマだから責任とか云々とか分かんないや。」
「そうね、今後、貴方が本気で人を愛した時にそれが解る時が来るかもしれないわね。」
「それならマキはもう実行済みだよ。願いを叶えたい願望を持つみんなを愛している。そういう意味なんでしょ?」
「・・・・・。とりあえず、もう議論は不毛だから私の前から消えてくれないかしら。私はあなたに叶えてもらいたい願いなんてこれっぽっちも無いわ。それに、願いとは自分の手で掴み誇れるからこそ尊いものなの。」
私はそう、機械仕掛けのカミサマのマキとやらに言い放って、完全無欠の決別の意を込めてマキにくるりと背を向けた。
「マキもこれ以上、君と話しても意味なしだし埒が明かないから残念だけれど古明地さとりの願いを叶えるのは諦めちゃうね。バイバイ、妖怪少女のお姉ちゃん。マキはこれから大事な別件があるからこれで失礼するね。精々、残された時間で妹ちゃんと仲良くねー、じゃ。」
マキの「別件」という言葉に何か引っ掛かりを感じた私は「何が言いたいの」とか「どういう意味」という質問をマキにぶつけたかったが、背中を向けていた方を再度振り向くと、そこには最初から彼女という存在が無かったかのようにマキの姿は忽然と消えていて、まるでまんまとマキの煙に巻かれたかのように私は部屋に一人取り残されていた。
「・・・・なんだったの、あれは。」
私は一人、腹が立つけれども存在感だけは確実に在った機械仕掛けの自称カミサマのマキの事を色々と推測してみる。
成仏できない霊が、人を願いというワードで釣ってたぶらかそうとしたのか。
はたまた、紅魔館にも小さい悪魔が居るので幻想郷の最近の移住者である強力な力を持つ悪魔でもやって来ていたのか。
難しく考えずに、スタンダードに狐や狸が化けて私をからかっていたのか。
やはり、マキは本当に機械仕掛けのカミサマのような神業あるいは願いを実行するというコトだけを目的とした、全人類や生きとし生ける者に警鐘を促すべきである破壊の使者であるのか。
「ま、何だっていいわ。だって赤の他人だもの。」
私はあれこれ考えるのをきっぱり止めて、もう夜も遅いので久しぶりに、二日ぶりになってしまったがこいしと一緒に添い寝をして今日一日を締め括ろうと決意をした。
だってもう壁掛け時計の時刻は午後10時21分、かなりの夜更けだしこいしはもうお眠で安息の休眠を取っているだろうが静かに、本当に優しく静かに隣にお邪魔させてもらおうと思う。
私はそう計画を立てて、自分のその願いをスタスタと早歩きでこいしの部屋へと向かう足で、自らの意思と行動ですぐに叶えようとした。
?。
なんで今日はいつもより私は焦っているのかしら?
別に明日も明後日もその先もこいしの顔は見れるし、添い寝だってお話だって出来るのに。
不思議な感覚ね、何かの予兆でも受け取っているのかしら?私の内部で出自不明瞭な胸騒ぎがしてしょうがないわ・・・・。
謎めいた胸騒ぎは未だに治まることを知らないが、それでも私はこんな不穏な心持ちでせっかくの数時間ぶりのこいしとの再会に支障など来たしたくもないのでざわざわする心をただひたすらに「こいしに会える。」というプラスの暖かい感情で満たすことによってどこか遠くへと葬り去った。
そうしてこいしの部屋の前に辿り着くと、扉の下の隙間の部分から明るい光が差し込んでおり、私は思わずその場で立ち止まった。
珍しいわね、こいしがこんな時間まで夜更かしだなんて。でも駄目よ夜更かしなんて健康に悪い事。私達は妖怪だし外見的な意味での成長は無いけれど、身体はどう足掻いたって人間と同じ仕組みの部分もあるのだから、体調管理には気を付けてほしいわ、姉としてね。
そんな姉馬鹿な感想を抱きながら自分で腕を組んで、うんうんと謎の閉眼と頷きをしていると扉の向こう側から何かこいしが誰かと話している声がした。
扉で隔てられていてしかも多分今現在の私の立ち位置から結構離れた距離のこいしの声は断片的にしか聴こえなく、一体どんな内容であるのか皆目検討もつかなかった。
誰と話しているのかしら?お燐?お空?・・・・いや、あの二人はこの時間まで起きていないでしょうし。
ああそういえば、最近こいしは人肌恋しいのか一人会話が多いわね。今回もそれかしら。
そうね、ならば。と、私はこいしの心を想い、自分の部屋の中で独り会話を続けているであろうこいしに寄り添いたい一心で扉すらノックせずに大きめの声を出してその独り会話を打ち消そうとした。
「こいしー?まだ起きているのかしら?」
私のその大声は、「こいしは決して独りじゃない。私が今から行くから。」という意味を込めての大げさな呼び掛けであった。
「お姉ちゃんごめんねー!今ちょっと忙しくて・・・・?」
扉の向こうから私に負けないくらいの声量でこいしの声が返って来る。忙しいと言う割には、なんだか語尾が変だけれども。
私はそんなこいしののらりくらりなかわし文句を最初から聞いてませんでしたとでも表現するかのように、こいしの部屋の扉を開けて時間差で「入るわよ。」とすまし顔で入室した。
そしてこいしの前へとゆっくり歩いて行くと、こいしはまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔でぱちぱちと瞬きを何度もして、私とようやく視線を合わせてくれた。
何よ、珍獣でも見るような顔しちゃって。私がそんなに珍しいのかしら?
私はそう心の中でこいしに漫才のようなつっこみを入れながら同時にそんなきょとんとした顔の妹も悪くない、可愛いわと満更でもない高揚感に包まれていた。
「まだ起きていたのね。悪い子。」
私はわざとっぽくハァ、とても軽いため息をつきながら妹の頭のてっぺんに、ぽん、と自分の右手を置いてそのまま左右に軽く撫で上げた。
悪い子だなんて本気で思っちゃいない。ただ単にこいしが可愛いが故ほんのちょっとだけ意地悪なことを口にしてからからかいたくなるだけなのだ。
「うるさいな~!良いじゃない別に起きてたって。私だって妹だけど子供じゃないもん。それに今とっても大事な未来の会議をしていたところなんだから、大目に見てよね。」
「未来の会議?なんのこと?誰かとお話でもしていたのかしら?」
こいしは私の息つく間も許さないような問いにどこかもじもじと両手を弄りだして視線をあちらこちらへと泳がせていた。
「い、いやーあはは・・・あれだよ、空想上のお友だちとね、今度いつお茶会しましょうかっていう会議をしてたんだよ!」
「ほー。そうなの。でも最近多いわね、こいしがそうやってそのお友だちとやらと会議ごっこするの。」
こいしはビクリ、とまるで小動物の様に身を震わせて何かに怯えたような表情をした。
違う。違うのよ、こいし。あなたを怖がらせるためとか嫌がらせで言ったんじゃないの。
私、本当に不器用で物言いが冷淡っぽく聞こえるみたいで・・・・本当にごめんね、こんなお姉ちゃんで。私はこいしがその会議ごっこで心癒されているのなら全然嬉しいし大賛成だわ。
「どうでもいいけどね。こいしがそれで楽しいのなら。」
「・・・まぁ、楽しいよ?」
「そう。じゃあ良い子ね。」
私はそう言って、口元を自然に緩ませて愛しき我が妹のこいしの頭を優しく撫で続ける。
本当に良い子。
いつだって自分で頑張って、努力して、自分の弱い心に向き合い続けて闘っている強くて私よりもそして誰よりも大人な子。
私は知っているわ、こいしはみんなを愛しているからこそ傷付きやすくもある繊細な薔薇のような美しい精神を持った子だって。
私は心の中でこいしの好きな所・愛している所を無限に思いついてはこいしに心で、そして己の目と行動と手のひらからの体温でそれを伝え続けた。
すると不意にこいしは自身の頭の上に乗せられている私の手を、まるで子猫が母猫に甘えるかのように自分の両手でにぎにぎと握りしめて無言で、こいし本人ですら一体何を訴えかけたいのか自分でも分からないのと言った目つきで私のことをただひたすらに垂直に見つめてきた。
「・・・こいし?」
寂しいのかしら?それもあるように感じるけど・・・・なにか不安を、恐怖をその真っ直ぐで透き通ったエメラルドの宝玉を模したような緑色の瞳から感じる。
こいし、何に怯えているの?
きっとそう問い質しても荒療治になるだけ。だから私はこいしが自然に自らの怯えの原因を理解した時、私に真に打ち明け話と本当の心を開いてくれるだろうと信じて柔らかな口調でこう言った。
「もう眠いのかしら?それもそうよね、だってもうこんな夜更けですもの。」
私は絶対にそうではないであろうこいしの胸の内を身勝手に語り、敢えてあくまでもこいし自身がそのうち私に洗い浚い全ての正負問わない裸の心を曝してくれるだろうと愛情故の期待を込めてそう断言してみた。
そんな私のおそらくはこいしにとっては意見のズレで求めている
思い出すのも本っ当に億劫過ぎるけど、さっきのマキとの会話といい、今のこいしのまるで一年の体感時間や季節のような表情の移り変わりといい、私達姉妹は何だか今日やけに「時間」という所詮は他人が造った概念に囚われ縛られちゃっているわね。
そんなの気にしなくていいのに。だって私達には明日も明後日も十年後二十年後もその先だって永遠に存在し続けるの。だから、焦らないで今日はゆっくりとその目と体を休ませましょ、こいし。
「ずっと立ちんぼも疲れてきたから、今日も一緒に寝ましょ、こいし。」
私はその場の雰囲気をぐるりと360度回転させるようにそう切り出して、こいしの背中側から優しい手付きでその小さくて可愛らしい両肩を軽く握った後にやや強引にこいしの背中をとんとん拍子で柔らかく押してこいしの部屋の大きくて立派なベッドへと誘導させてあげた。
私とこいしはかなりの頻度でこうして添い寝をする。私がそうしたいだけ・・・・それだけのエゴかもしれないしこいしが私との添い寝を心の底から望んでいるかは定かではないが、それでも少しでもこいしの心に空いた風穴や寂しさを埋めたい、支えになってあげたい一心での形を成した姉妹のスキンシップであった。
そうして私達はベッドに横たわり、二人で息ぴったりといった感じで淡い色の毛布をゆったりと被りながら床の間に就き、半分向かい合ったようにお互いに顔を見合わせてから私の方からこう話題を作り出すのだ。
「今日はどんな楽しい事があったの。私にも教えて頂戴。」
「うーんとね、とある人が私だけにって披露してくれたんだけど、地霊殿のステンドグラスみたいな、ううん、下手をしたらそれよりも綺麗な七色に光る希望の虹みたいな四角形とキラキラがいーっぱい出てね、とても楽しいマジックショーみたいな光景が見れたわ。」
「へぇ。そうなの。私もこいしと一緒に是非それを拝んで見たかったわ。気になるんだけどもそれを披露した人っていうのはもしかして強気な巫女さんの相棒の白黒魔法使いの事かしら?」
「いや、違うよ。魔理沙のことじゃなくて・・・・、まぁでも、ある意味魔法使いみたいな子かな。うん。」
そんなことを言われた暁には増々こいしを魅了したその謎の人物に興味が湧くが、あんまり詮索しすぎるのもいけないと私は解っているので「でも良かったわね、また友人が増えて。」とこいしの新しい心の交流先を私も心の底から祝福してこいしの手を毛布の中でまるで勝利の合図の様にしっかりと優しく握り締めて微笑みを向けた。
「こいし。何かあったらいつでも私に言いなさい。お姉ちゃんはいつまでも永遠にこいしの味方だからね。」
私はそう続けて、今度は真摯な目と謙虚な心で永久不滅の私なりの愛情表現を言葉に出した。
こいしに今日あった楽しいことや嬉しかったことを聞いて、いつだって寸分の狂いさえない私の想いを馬鹿正直にこいしへと口から示す。これら二つの会話はもう数え切れないほどに私たちが行なってきた大切な確かめ合いであった。
こいしは私のその一日を終えるための締め括りのような言葉に「・・・・うん。」といつもより元気のない声で言って、毛布の中で繋いでいた私の手をそっ、と解いて私に背を向けた。
今日のこいしは、なにかが違う。
そして同時に、今日は、今日こそはこいしが本当の意味で私に心を開いた質問をしてくれるかもしれない・・・・そんな直感と自然でフラットな喜びの感情を物静かに所持し続けながら、私はこいしの寂しそうな背中を優しく見守り続けた。
「お姉ちゃん。もしも明日世界が滅亡しなくても、全てがバケツの水をひっくり返すみたいに変わっちゃうとしたらね、お姉ちゃんはどんなことをするの?」
するとこいしはベッドの上で私に背を向けながらそう尋ねてきた。
「そうね、何もしないわ。」
私はまるで勇気を振り絞ったようなこいしのその言葉にそう自分の内なる正答を即答出来たが、現実を言えばこいしのその変わり種な質問に内心驚きと戸惑いを隠せずにいた。しかし続ける。こいしのために。
「何もしない、は語弊があるかしら・・・・ただいつも通りにこうしてこいしの側にずぅっと変わらずに居続けてあげる。それが私の願いよ。」
私は嘘も偽りも無ければ、その真実に誤魔化しさえも効かない、これからも私自身の手で掴み取り続ける願いを正直にこいしに伝える。そして、未だに強がって私に背中を向ける背伸びしたがりな妹の肩をちょこまかとくすぐるように、何かに不安を感じて怯えている妹にほんの少しでも気楽さを感じさせてあげられるように肩をつついてあげた。
私のその行為に「何?」とこいしは私に対になるためにぐるりと身体をベッド上で回してくる。そしてそのままの流れで私はしっかりと、もう二度と離さないんだからと言葉ではなく身体の直接の触れ合いとしてこいしの華奢で小さな身体を熱く、しかし優しい力加減で抱擁した。
こうして抱擁をするのは何も今に始まったことでは無いし、こいしが圧し潰されそうなくらいに私がほぼ毎日行っていることであるがこいしは今までにないイレギュラーな流れのパターンに戸惑いや困惑を隠せないようにして少し両手をぱたぱたと振りかざした。
あぁ、少しきつく抱きしめすぎちゃったから息が苦しいわよね、ごめんね。
「寂しいの?」
私はこいしにダイレクトにそう聞いてみる。
答えは自ずと解ってはいる。だけど重要なのはこいしの口からそれを遠慮なく吐き出させてあげることだから。
「・・・別に。寂しくなんかないよ、うん」
こいしは私の背中に両腕を回して同じように熱い抱擁を交わしてくれる。
そう。やっぱりこいしは強くて優しい子ね。
「嘘が下手ね。」
「うるさいなぁ・・・・どうせ私の寂しさなんて、お姉ちゃんには解らないわ。」
「私もそう思うの。でもね、解る時が来るまで、そして解った後でさえずっと私はこいしのことを愛しているわ。例え世界が変わってもどんなことが待ち受けて居ようとも永遠にね。」
こいし。情けないお姉ちゃんで、こいしの苦しみ悲しみ痛みを全部解りきれていないお姉ちゃんで本当にごめんなさい。でもね、解る時が来るまで、そして解った後でさえ、例え明日世界中の顔が変わってしまったとしても私は永遠にこいしのお姉ちゃんだし永遠にこいしのことを愛しているわ。本当よ。
「・・・・なんか、今日のお姉ちゃん変。今までそんな感じしなかったのにどうしたの急に。」
こいしの言う通りだわ。でも、今日は何だかとってもあなたが愛しくて恋しくてしょうがないの。だから許して頂戴。
「そうかしら?私は平常運転よ。こいしだっていつも通りじゃない。」
私ははぐらかすようにそう言い、こいしの前髪をさらさらと手で掬って得意げな笑顔を作って浮かべた。
本当は今にも愛おしい気持ちと切ない想いで胸が張り裂けそうなくらいに、泣きたかった。
こいしはぽっ、とまるでマッチ棒の火でも点けたかのように顔を真っ赤にして私の胸元に顔を埋めさせてふるふると頭を左右に擦り付けてきた。
私はそんな甘えたい盛りなこいしに「ふふっ。」と軽く微笑をして、心とは決して目に視得ぬものではあるが私も心をオープンにしてこいしのことをしっかりとその身で、裸の生身な心で受け止めてあげた。
たった僅かでもいい、だからせめて私はこいしの心の落ち着ける場所、拠り所で居てあげたいの。
私は自分の「願い」に真理の意味で辿り着けたことに気が付き、その喜びに軽く目を閉じながらこいしの脈動し変わりつつある「心」を体温から感じ取る。
「おやすみなさい、こいし。」
「うん。おやすみなさい、お姉ちゃん。」
私とこいしはお互いの想い合いを再確認するかのように、毛布の中で例え今この瞬間に台風や地殻変動や大洪水が起きようとも、例え世界が捻じ曲がるような異変が起ころうとも絶対にお互いを離したりしない。というようにお互いにしか感じ取れない特別な愛情の抱擁をし合って眠りにつき、今日という二度とは来ない大切な日を終える。
いつの間にか答えの無い不安感を感じてぷるぷると私の胸の中で震えていたこいしはすっかりと落ち着いていて、呼吸も穏やかになっており、入眠の前段階であるすーすーとした安らかな寝息が私の心臓の辺りから聴こえてきた。
私はそれを大変嬉しく思って、こいしを横向きで「良かった。」と小さな声で呟いてただこいしの安眠のためにそのさらさらとした明るい綺麗な緑髪の頭をゆっくりと丁寧にいつまでも撫で続ける。
こいし、今はまだ心の中でしか言わないサプライズだけど、誕生日は貴方にとても似合う冬用の手袋を鋭意制作中よ。だから楽しみにしていてね。もちろん誕生日の日は特別だから、いつも以上に料理にも腕を振るうからその点も安心して。お燐、お空もこいしの誕生日に乗り気だし、地霊殿四人家族で去年以上の誕生日にするわ、約束よ。
それとこいし、そろそろ貴方にも料理洗濯掃除裁縫・・・眩暈がするほどたくさんの家事や生活知識を叩き込んであげたいわ。自由気ままな貴方はきっと最初は「えー?」なんて少し面倒くさい顔をするかもだけど、でも私はこいしが早く一人前の、現実世界を生きる上での面でも大人になってほしいのよ。それにこいしと一緒に家事とかを出来たらそれはとても楽しい人生の花になるだろうし、こいしの手料理を是非、私に味合わさせてほしいの。
きっと、自由気ままだけど繊細で美味しい料理に違いないわ。私が全保障する。
そうだ、後ね、今週の日曜日に地上に出てたまには二人きりでピクニックでもしましょうか。私は長年地底と地霊殿に引きこもっているけど、こいしの地上での楽しかったことや嬉しかったことを聞いていたらなんだか私も数年ぶりに太陽の光に当たりたくなってきちゃった。私も今のこいしとおんなじ、変わりたいと想えたの。だからありがとうね、こいし。
ピクニックのその日には私がこいしの大好きな厚い5cmのホットケーキときゅうりハムと卵のサンドイッチと蜂蜜の梅干しと焼肉入りのおにぎりでも、リクエストがあれば何でも私が作ってあげたいわ。炭水化物だらけだけどその日はお天道様も許して下さるはずよね。
私の中から次から次へとこいしに伝えたいこと、想い、こいしとやりたいことが際限を知ることもなく滾々と清流のように湧き出て来る。
明日も明後日も明々後日も、その先もずっとずっとずーっと、楽しい想い出を二人一緒に作っていきましょうね、こいし。
「こいし・・・。」
私はすっかり眠りに落ちたであろうこいしのことを抱きしめながら、もう意識とか無意識とか難しいことは関係なしにその名前を呼んだ。
特に用事があった訳でもその後に自分の心の中で語りかけることもなく、ただ単純に世界で一番愛しているこいしの名前を呼びたくなった。ただそれだけだった。
今日という一日が終わりを迎えるたった数時間前に、こいしの名前を私がぽつりと口に出したその真の理由は世界中の誰も、そしてこいしでさえ知らない私のお話。
要するにこれは単なる私の余談だ。