私は今まで幸せだったと思う。
お父さんとお母さんがいて、お兄ちゃんがいて、友達がいて、実は年上の彼氏がいちゃったりして。それなりに裕福だから暮らしに不自由が無くて、受験はちょっぴり嫌だけど、行きたい大学を目指せて。それはとても幸せな事だと思える。
でもそれを当たり前だと思っていたから、きっと罰が当たったんだと、私はその時になってようやく分かった。
目覚まし時計が鳴っている。そろそろ起きなさいと私を急かす。
産まれてこの方二度寝と言うものをした事は無く、今日も無事に記録を更新できた私は朝の準備をする。顔を洗い、口をすすぎ、髪を整え、そして制服に着替える。リボンをきゅっと結び、乱れた所が無いかチェックをする。鏡の中に映る私は制服補正も相まってなかなかに可愛い。そう言う風に自己肯定感を高める事が、心に余裕を持たせるのだと高校一年生の時に気付いた。
今日はチェックにちょっと時間をかけ過ぎてしまった。平均より5分オーバーだ。階段を降り、リビングに入る。
「おはよー」
「おはよう、もう用意してあるから、早く食べてね」
「はーい」
台所で私とお父さんの弁当を盛りつけているお母さんが言った通り、食卓には既に料理が並んでいた。サラダとトースト、ベーコンと目玉焼き。すぐに食べられそうな物ばかりだ。特にトーストは助かる。行儀は悪いが、最悪咥えて家を出れば良い。
私がサラダを口に運ぼうとすると玄関が開く音がして、少し気合の入った格好をしたお兄ちゃんが帰って来た。目の下にはばっちり隈が出来ている。
「ただいま……」
「もう、また夜更かし?大学生だからって少しは自重しなさいよ」
「言っても無駄だってお母さん、どうせ彼女と一緒にいたんだよ」
「うるせーな、今日は違うよ、友達と遊んでたんだって」
「今日は、って事は、彼女はいるんだ?」
「あ……」
お兄ちゃんはしまったと口を押さえたがもう遅い。お母さんの耳はばっちりと発言を捕捉していた。
「うそ、いつの間に?一言言ってくれても良いじゃない!てか紹介しなさいよ」
「あー、えっと……俺、寝るわ、おやすみ!」
ばつが悪くなったお兄ちゃんはそそくさと階段を昇っていった。
「ちょっと
お母さんと目を合わせてやれやれと肩をすくめていると、今度はお父さんがリビングに入ってきた。
「奏斗のやつ、また朝帰りか。これは後で家族会議だな」
「しかも彼女もいるらしいのよ」
「何だと?……それは是非とも話を聞かないとな」
コーヒーをすすっていたお父さんが顔を上げる。しかしその顔は子供を叱る父親のものと言うよりも、友達の恋愛事情に首を突っ込みたがる中学生のものだった。
「
「んー?そうかな……」
幼馴染で、クラスも一緒になった
「ね、なんかあったでしょ」
「別になんも……お兄ちゃんに彼女がいたくらいかな」
「うわ絶対それじゃん。此未、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するって言ってたもんね」
「いつの話よそれ。大体お兄ちゃんが恋愛対象な訳無いじゃん」
「だよねー。普通はお父さんだもんなー」
「そう言う話じゃないっ」
友達は多いけど、こんな風に気兼ねなく頭をはたけるのは芹奈ちゃんくらいだ。
「てかさ、あんたも人の事言えないでしょ。良いなー年上の男、憧れるわー」
「芹奈ちゃん、別に
「……隠しててごめん、実は……」
「え、嘘……」
思わず息が詰まる。もしかして私、芹奈ちゃんが良介くんの事好きって気付かずに告白しちゃったって事?抜け駆けってやつ?え、やばい。だとしたら気まずいどころの話ではない。これからどんな顔して芹奈ちゃんに会えば……。
「うっそー!私初カレはタメか年下って決めてるから」
「こんの……!」
もう一発芹奈ちゃんの頭をひっぱたいた所で、チャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。
学校からの帰り道、冬の夜空は綺麗だ。まだ夕ご飯時でもないのに、もう点々と星が輝いている。
「綺麗だな」
「え?あ、うん」
不意にかけられた言葉に、私の思考を言い当てられた気がしてどきっとする。
「変な事言ったかな?」
「ううん、同じ事考えてたんだって思って」
「成程な」
そう言って良介くんはまた星空を見上げる。その横顔は星に負けないくらい綺麗でかっこよくて、最初に意識してから何年も経った今もまだ慣れない。
「ごめんな、明日から休みなのに碌にデートも行けなくて」
「仕方ないよ。て言うかこんなちょっとの時間でも会えるの嬉しいし」
「俺も。多分来週は大丈夫だから、それまでにどこ行くか考えとく」
「うん、楽しみにしてるね」
良介くんの仕事は不定期だ。アクション俳優を集めた芸能事務所に所属していて、何やら衣装、と言うよりスーツを着て色々なショーに出ているんだとか。私はその辺りには明るくないけど、受験も落ち着いてきたら一度見に行ってみようかと思っている。
「ごめん、そろそろ帰らないと」
「そうだな、受験生だから勉強頑張らないとな」
「もう、嫌な事思い出させないでよー」
「ははは、ごめんごめん」
そう言いながら立ち上がり、帰り道を歩こうとする私の肩に良介くんが手を置く。
「なに——」
振り返った瞬間、物凄く近くにあった良介くんの顔が更に近づき、私達の唇が重なった。触れ合った部分が私達の熱で少しずつ熱くなり、そのぬくもりを私達は分け合う。離れていく時は胸が苦しくなるけど、良介くんの顔を見ると自然と笑みが零れた。そして今自分達がキスした場所に気付いて急に頬が熱くなる。
「い、いきなりなに!?ここ思いっきり外なんですけど、人目とかあるんですけど!?」
「ごめん、やっぱ一回はしときたいなって」
「むぅ……こう言うのはちゃんと前もって言ってくれないと」
「言ったらしてくれた?」
「それは……考える」
「だろ?」
また私の考えを当てた良介くんに、今度は少しの憎たらしさを感じ、そして私の事を分かってくれている事実に胸が高鳴った。
「さ、帰るぞ」
「……うん」
差し出された手は外気に晒されて冷たくて、しかし繋いだ両手は何よりもずっとあたたかい。
ああ、多分私は、世界で一番の幸せ者だ。
そう勘違いしてしまうくらい、私の人生は幸せに満ち溢れていた。
私は知らなかった。
どれ程までに積み上げた幸福も、一瞬で崩れ去るのだと。
「またね」
「ああ」
いつもの様に玄関まで送ってくれた良介くんに手を振り、鍵を開けて靴を脱ぐ。
「ただいま」
私の声が妙に廊下に響く。いつもならすぐにお母さんから返事が返ってくるのだけれど、今日は違った。もしかしたら寝ているか、お風呂に入っているのかな?
どっちも外れだった。お母さんはキッチンに立っていた。こちらに背を向けているので何をしているかはぱっと見では分からない。
「お母さん?帰ったよ?」
応えは無い。ずっと立ったままでこちらを見ようともしないお母さんに近づき、それでも反応しないお母さんの顔を見る。
「え……?」
お母さんは驚いた様な表情をしていた。そのままで固まって……止まっていた。手には布巾を持っていて、その少し下で真っ白な皿が宙ぶらりんになって止まっている。
完全に停止しているお母さんを見て、私も思考が止まった。何が起きているのか全く分からない。
そしてお母さんの輪郭がブレる。小さな粒の様なものがお母さんから出て、それが落ちる度にお母さんが崩れていく。着ている物も髪も、肌も関係無く全てが砂になっていく。
そして最後には、お母さんのいた所に小さく真っ白な砂の山が出来ていた。
「あ……あ……」
訳が分からなくて情けない声しか出なくて、誰かに縋りつきたくなって、この曜日にはお兄ちゃんが家にいるはずだと思い出す。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんっ!」
こんな時でも腰を抜かす事はなく、しかし滅茶苦茶な歩幅で廊下に出る。少し階段を昇るとお兄ちゃんの顔が見え……そして絶望する。
お兄ちゃんも同じ様に固まっていた。いや、既に形が崩れ出していた。そして私が絶句している間に、お兄ちゃんも砂になった。
なに……なにこれ……。
きっと夢だ。夢であって欲しい。夢なら早く醒めて欲しい。
けれども体の震えと流れ落ちる涙は嘘には思えない。思いたいけど思えない。
放心していた私は、上から零れ落ちてきた砂で我に帰った。見上げた先の天井が砂になって崩れていたのだ。壁もインテリアも同様に砂になっていく。それを見ている私の本能か何かが、このままでは下敷きになって死ぬと気付かせる。
勝手に喉が震える。制御できないそれをそのままにして、まだ無事なドアに向かって走る。視界の端で壁が消え、花が消え、柱が消え、靴も履かずにやっと辿り着いたドアに縋りつき、開けた。
しかし夢は醒めなかった。
「嘘……」
外は何もかもが止まっていた。車も、人も、鳥も、草木も。そして沈黙の中で砂の流れる音だけがあちこちから聞こえてくる。人が、木が、犬が、遠くに見えるビルが、何もかもが砂になっていく。空は不気味に白く染まって、太陽すらどこかに行ってしまった。
正に、世界の終わりと言っても良い光景。何で自分は止まっていないのか分からないけど、いっそ自分も止まってしまっていれば、これを見ずに済んだのだろうか。いや、もしかしたら自分もいつか止まって砂になるのかもしれない。そうなる前に……。
思考がそこまで回ってやっと気付く。
「良介くん……!」
せめて死ぬのなら、その前に一目会いたい。最期は彼と一緒にいたい。
もう遅いかもしれない。でも今行けば、まだ間に合うかもしれない。そう思って走り出した。コンクリートだったはずの地面は砂に覆われ、足が取られて体が重く感じる。靴下に砂が入って気持ち悪くて、途中で砂の山に躓いて転んで、それでも立ち上がって走り出す。
町は崩れていく。砂が降り注ぐ中で私は走る。けど目指す場所はもう分からない。もう通り過ぎてしまったのかも、どれだけ走ったのかも分からない。ただ一心に、彼を求めて走り続けた。
そしてその願いは通じた。
「良介くん!」
さっきまで見ていたシルエット。私の大切な人の名前を呼ぶ。すると、彼が振り返った。
「此未!」
目を見開き、私と同じ様に名前を呼んだ。止まった時間の中で彼だけが動き続けてくれている。果てしなく遠い距離を縮める様に走る私達は、同じ様に手を伸ばす。
例え世界が終わるとしても、その時に彼と一緒にいれればそれで良い。彼と手を繋いでいれば、きっと怖くはない。
その希望すら、すぐさま打ち砕かれる。
良介くんの体から砂が零れていく。彼は苦しそうに、それでも走り続ける。不思議とその様がゆっくりと、漫画の一コマ一コマを丁寧に読む様に流れていく。そして確実に、その時は近づいていく。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。後少しだけ——。
もう少しで手が届く、やっと掴めるはずだった手は、私の目の前で砂に変わった。
全部なくなって、たった一つの願いさえも、叶わなかった。体は自然と地面に膝をついて、ただ涙が頬を伝っていた。
いつの間にか周りにあった物は何もかも消え失せて、白い空の下一面に砂原が広がっていた。私もその一部になってしまえたら、どれ程良かっただろうか。こんな苦しい思いをする事も無かっただろうか。
こうして世界は終わった。当たり前だったものは、全て消えてしまった。
ああ、きっとこれは、当たり前を信じ過ぎた私への罰なのかもしれないと、そう思った。
へたり込んだ私の耳に、聞きなれない音が入ってきた。それはどれとも似つかない、しかし強いて例えるとするならば警笛の様なものだった。
遠くに見える空に星が輝き、そこから有り得ないものが飛び出してきた。あれは……銀色の、電車?
電車が空を走っている。電車の進む先に独りでにレールが敷かれ、その上で縦横無尽に空を駆けるそれは、あまりにも非現実的で、しかしそれで驚く事は無かった。
レールが砂原に触れ、電車が私の目の前を通り、そして止まる。目の前の扉が開き、誰かが降りてきた。
「やっと見つけた」
砂の上では歩きにくそうなヒールを履いた足を見ていると不意にそんな言葉をかけられ、見上げる。私とそう大して歳の変わらなそうな女の子が、真剣な眼差しで私を見ていた。
そして——。
「貴方なら、電王になれる……!」
心の底から嬉しそうに、そう言った。
デンオウ。
彼女が言ったそれが何を意味するのかは分からない。そんな事を考える余裕なんて無かった。
彼女が近づき、手を差し伸べてきた。
「来て、時間が無い。このままだと貴方も殺される」
殺されるなんて突拍子も無い言葉が出たけど彼女の表情は真剣そのもので、しかし手を取る力すら出なかった。
「早く——」
急かす声をかき消す様に警笛が鳴り、電車が走って私達の頭上に移動し、私達目掛けて降ってきた何かを防いだ。
そして私は、電車の向こうに異形を見た。
緑の鱗に捻じれた角、まるで人型に龍を押し込めた様な何かが空を飛んでいた。
「何あれ……」
「イマジン……やっぱりこの子を!」
「デンライナー、その娘を置いて去れ!さすれば見逃してやろう!」
異形が指差す先は私。段々動いてきた頭で状況を整理すると、どうやら私の命が危ないみたいだ。
「警告はした!これ以上は待たん!」
そう言った異形は息を吸い、口から水の球を吐いた。再び電車が動いてそれを防ぐ。
「立って!デンライナーもずっと防げる訳じゃない!」
強引に手を引かれ、果ての無い砂原を走り出す。背後では轟音が鳴り響き、衝撃の余波が体を揺らす。
「これ、一体どう言う事……?」
「あれはイマジン、貴方を殺しにきた刺客!そして貴方は戦わないと死ぬ!今はそれだけ!」
「それだけって……あと戦うって?私が!?」
「そう、今ここで電王になれるのは貴方だけ!だから戦って!」
「そう言われても……」
戦えって、一体どうしろと言うのだ。着の身着のまま、振り回す鞄すら持っていない。
「これを使って!」
そう言うと彼女はどこからか銀の帯のついた妙な機械を取り出す。玩具の様に見えるけどこれは、ベルトなのか?
しかし。
「使うって、どう!?」
「これを巻いて……ちょっと、止まって!」
言葉通りに立ち止まると彼女が私の腰にベルトを固定する。調節する穴も余りの部分も無いのに何故かぴったりで、私のためにあつらえられた様な気がした。
「それで?」
「これ!これをタッチ!」
「へ?」
そして結構しっかりとした造りの黒い定期入れを渡された。これをタッチ?どこに?
「ああもう!」
痺れを切らした彼女が私の手を掴み、定期入れをベルトのバックル部分に通過させる。その瞬間、光が私の体を包んだ。
「良し!」
良し?何が?
疑問に思っていると視界の端に何かが映る。丁度私の手がある場所だ。それは黒のスーツに白い手甲を付けた腕だった。と言うか、どう考えても私の腕にそれが付いている。
下を見る。足も同じ様に黒いスーツの上に白い鎧を着ている。胴には銀色の鎧、もしかしてと思い顔を触ると硬い何かに当たった。何か仮面の様な物を被っているのか。
「何これ……」
「それで戦えるはず、さあ、行って!」
「え、えー!?」
背中を押されて電車の陰から飛び出す。そしてさっきのイマジンとやらとばっちり目が合った。
「しまった!貴様電王に!」
「またデンオウ……?」
「やはり貴様は危険だ!排除する!」
イマジンが飛んできて私の襟首を掴む。そしてそのまま持ち上げて空高く飛ぶ。
「へ、ええええええ!?」
一瞬で地面は遥か遠くなった。同時に気が遠くなりそうになる。でもここで気を失うと色々不味い気がする。そう思って気を張ると自分が今置かれている状況がはっきりと見えてそれはそれでパニックになる。
「っ……離してっ!」
「グアッ!」
頭をひっぱたいたのが思ったより効いたのか、イマジンは手を離した。
あれ、離した?
「うわあああああ!」
数十メートルを自由落下する。受け身やらなんやらどうにかできないかなんて考えられず、ただ情けない叫び声を上げて落ちる。そしてお尻から砂原に墜落した。
「いてて……」
柔らかい砂原がクッションになったのか、それともこの鎧が頑丈なのか、兎に角お尻に少しの痛みを感じる程度で済んだ。しかしぼおっとするのも束の間、今度は水の球が飛んでくる。慌てて立ち上がり、全速力で逃げる。
「ちょっと、戦って!」
「そんな事言われたってー!」
無理なものは無理だ。あんな怪物と戦うなんて今までの人生で想定した事も無いのだからむべなるかなと諦めて欲しい。イマジンはどこまでも追ってくるし、しかしそれに立ち向かう勇気なんて私には無かった。
「うわっ!」
水の球がすぐ近くで爆発し、巻き上がった砂が全身に降りかかる。余波に押し倒されてこけ、そしてイマジンが着陸する。イマジンが私の胴をはたくだけで凄い衝撃が来て吹き飛ばされる。続けざまに何度も殴られ、火花が散って砂原を転がる。殴られた所が凄く痛い。
いや、無理。こんなの勝てないよ。
地面を這って逃げるけど、イマジンはじりじりと迫ってくる。
怖い。
助けて。
その時だった。
どこからか飛んできた光の球が私の中に入ってきた。そして同時に体が動かなくなる。
『ちょっと体借りるぞ!』
「え……?」
『私』の体が勝手に立ち上がり、イマジンに向き直る。イマジンが歩みを止め、何故か警戒するような仕草を見せる。
「貴様は……?」
『私』はそれに応えず、バックルに付いている銀色のボタンを押す。するとベルトから三味線をかき鳴らす様な音が流れ、そして『私』は黒い定期入れをベルトに通過させた。
『
ベルトから音声が流れ、体の周りにホログラムの様な物が浮かび上がる。それは実体化して戦国時代の物の様な、銀色の鎧になって体に装着された。そして頭に同じく銀色の独特な形のバイザーが付いた。
『私』はベルトに付いていた4本の黒い棒の様な機械を手に取り、それを組み合わせる。最後のパーツを付けた瞬間に先端の銀の刀身が伸び、片刃の剣……刀になった。
『私』は刀の切っ先をイマジンに向ける。
「俺に斬られる、覚悟はできたか?」
『私』の喉から男の人の声が出た。
「姿を変えた所でッ!」
イマジンは低く滑空して突撃してくる。『私』はそれを最小限の動きで躱し、振り向きざまに刀でイマジンを斬りつける。撃墜したイマジンに対して更に刀を振るうが、それは寸での所で躱される。立ち上がったイマジンはさっきと違って恐れる様な仕草を見せていた。
「何だその動きは……貴様、まさか同類か!?」
「同類だか何だか知らないけど、お前の敵って事だけは分かる」
イマジンの問いに応えた『私』は油断無く刀を構え、じりじりと間合いを計る。お互いに睨み合って牽制し合い、相手の動きを伺い続ける。
先に痺れを切らしたのはイマジン。こちらの動きと動きの間に水の球を吐く。『私』はそれに反応して一閃、半ばで分かたれた球は『私』を通り過ぎて後ろで爆ぜる。
そしてイマジンが驚いている一瞬の間に踏み込み、刀を振り下ろす。イマジンの身体から血の様に火花が散り、返す刃でまた火花が咲く。イマジンの拳を刀で受け止め、少しの鍔迫り合いの後押し込んで横に薙ぐ。
吹き飛んだイマジンが体勢を立て直そうとするのを見て、『私』は刀を左手で逆手に持ち、定期入れをバックルにタッチする。
『
定期入れが砂原に突き立つ。ベルトから音声が流れ、刀にエネルギーが電撃の様に走る。『私』は刀を持った手を腰の辺りに添え、左脚を引いて腰を落とし、小さく長く息を吐きながら右手を刀の柄に伸ばす。
「ウ、ウオオオオオッ!」
イマジンが大きく溜め、そして一際大きな水の球を吐く。それと同時に『私』は刀を掴み、一歩大きく踏み込んだ。
それは正に居合切り、鞘から刀を抜いた軌道でイマジンを切り裂き、次の瞬間には『私』はイマジンの後ろにいた。刀を振り払い、油断無く残心をとる。背後で刀の軌跡をなぞる様にイマジンの身体に線が入り、断末魔の声を上げながら爆発した。
『私』はロックを外しベルトを取り外した。すると鎧とスーツは光になって消え、何かが憑いていた様な妙な感覚も消え体の感覚が戻ってきた。疲労と戸惑いで思わず大きく息を吐いた。
「お疲れ様……疲れたとこ悪いけど、ほら、乗るよ」
女の子が定期入れを拾い、私に差し出す。頭がぼおっとして何も考えられなくなった私は言われるがままに受け取った。
電車が警笛を鳴らす。扉が開いて中の適度に冷房の入った空気が流れてくる。運動の後の火照った体にはあまりにも魅力的で、吸い寄せられる様にふらふらと車内に乗り込んだ。
女の子に付いて行って車両を数台移動すると、小さなバーカウンターの様な設備がある車両に辿り着いた。そしてカウンターの中には近未来的と言えば良いのだろうか、レースクイーンの様な白地に銀のラインが入ったぴちぴちの服を着た女性がいて、私達を見るなり駆け寄ってきた。
「お疲れ様です!お仕事の後のコーヒー!いかがですか?」
そう言って首をかしげて私を見つめる。背は高いがあどけない仕草のせいで何歳か分からない。そして私が戸惑っても笑顔を崩さないのに逆に気圧される。
「じ、じゃあ、一つ……」
「私も一つ」
「はーい、お二つですね。少々お待ちください」
とたとたと小走りでコーヒーを淹れに行った彼女をぼんやりと眺めていると、後ろの女の子が私を座席に座らせて自分は対面に座った。
「大丈夫?」
「え、あ……どう、なんでしょう……」
大丈夫かと言われれば多分大丈夫ではないのだろうけど、色々な事があり過ぎて最早泣く元気すら無くなっていた。
「信じられない事が立て続けに起こって混乱しているのでしょう。君には時間が必要です。そう、時間が、ね」
「うわっ!」
背後から急に渋い男の人の声がして振り返ると、後ろの角に一つだけ備え付けられたテーブル席にスーツを着て、髪をオールバッグにした……ナイスミドル、と言えば良いのだろうか、兎に角男の人が座っていた。さっきの発言はこの人のものだったようだ。
「オーナー、電王になれる人、見つけました」
「見ていましたよ。しかし彼女が協力するかは、また別の話では?」
「それは……」
女の子はばつが悪そうに俯いた。私はふと気になって、疑問を二人に投げかける。
「あの、デンオウ、ってなんですか?」
「電王が何か、ですか。そうですねぇ、一言で言えば時の番人、といった所でしょうか」
「時の番人……それが私?」
「正確には、それたり得る人物です。差し当たっての問題は、君がそれを受け入れるかどうか、ですがね」
番人と言うからには、さっきみたいにまた戦わないといけないのだろう。それは……。
「私には、できるか、分かりません……」
「でも戦わないと、貴方の時間は元通りにならな——」
「レイ君!その話はしないはずでしたよね?」
「……すみません」
しかし女の子……レイさんが言いかけた言葉を、私は聞き逃さなかった。
「戻るんですか?私の世界、元通りになるんですか?」
思わず立ち上がった私を見て、レイさんはオーナーに向き直る。
「オーナー、話しても良いですか?」
オーナーは何も言わず、ただ深いため息をつく。それを肯定と捉えたのか、レイさんは話し始めた。
「貴方のいた時間はイマジンによって壊されて、あの時から先の時間が成立しなくなったの。それを過去に戻って食い止められれば、貴方の時間は元通りになる」
「本当に、できるんですか……?」
「可能かと聞かれれば、可能です。ですが!」
オーナーが立ち上がる。ステッキを勢い良く突き、私達の間に緊張が走る。
「ここまで完全に変わってしまった時間の分岐は、最早決定事項です。修正は困難、或いは不可能と見做され、それに介入する事は原則禁じられています」
「そんな……」
「それでも!」
オーナーは再びステッキで床を突く。
「それでも分岐点を元に戻す事を望むのであれば……それは時間の改変、最大の、禁忌を犯す事になります」
オーナーはステッキをひょいと持ち上げ、先端で私を差した。そしてこれまでより一層深刻な表情で私に問いかける。
「君に、その覚悟がありますか?」
「時間を、変える……」
繰り返した私の言葉をかき消す様に、電車は警笛を鳴らした。
時の列車、デンライナー。
次の駅は、過去か、未来か——。