ダンジョンに強すぎる冒険者がいるのは間違っているだろうか 作:マイペースライター
更新遅くなったので迷ったんですが、こっちも少し書きたかったので…
すみません、本編はもう少々お待ちください
24 sidestory
目をゆっくりと開いたベルは、ぼんやりとした視界の中で見慣れた天井を見つけた。
少しひび割れた廃教会の天井だ。
その光景に胸が僅かに安堵する一方で、全身に残る痛みがすぐに現実へと引き戻した。
彼は自分がベッドに横たわっていることを認識し、声にならないほど小さく呟く。
「……ここは……」
その言葉に反応したかのように、すぐ近くから明るい声が響いた。
「…ベルくん!起きたのかい!」
その声を聞いて驚いたベルは、視線を声の方に向ける。
そこには、自分を心配そうに覗き込む己の主神、ヘスティアの姿があった。
彼女の表情には焦りと安堵が入り混じり、その小柄な体が微かに震えているように見えた。
「神様……?」
ベルはかすれた声で彼女に問いかけ、同時に体を起こそうとした。
しかし、その瞬間、ヘスティアの手が彼の肩を優しく押さえた。
「まだ寝てなきゃダメだよ!」
彼女の声には叱咤ではなく、彼を気遣う優しさが込められている。
その言葉にベルは無理に起き上がるのをやめ、素直に体をベッドへ戻した。
ヘスティアはそのまま彼の隣に腰を下ろし、そっと息をつく。
「……僕、ダンジョンにいたはずなのに、どうしてここに……」
混乱するベルは、自分の中にぽっかりと空いた記憶の穴を埋めようとするように問いかける。ヘスティアは一瞬彼の顔を見つめ、すぐに答えた。
「エルくんが連れ帰って来てくれたんだ」
「エルが……そう、だったんですね……」
その言葉にベルは小さく頷き、視線を伏せた。すぐに頭の中で状況を整理する。
きっと自分はダンジョンで意識を完全に失ったのだろう。その後、エルが自分を助けてくれた、それ以外に考えようがない。
彼の胸には次第に申し訳なさが募り、瞳に浮かんだ影が深くなる。
「神様……ごめんなさい……僕、悔しくて……」
ベルの声は小さく震え、涙が込み上げているのがはっきりと伝わった。
彼の告白に、ヘスティアの表情もまた悲しみに沈む。
彼女はそっと彼の手を取り、指先で包み込むように優しく握り締めた。
「ベルくん……」
ヘスティアは心底悲しそうな声を漏らしたが、次の瞬間、彼女の瞳には温かく力強い光が宿った。
「無事で良かった。君が戻ってきてくれて、僕は本当にほっとしてる」
その言葉は、ベルの心の奥深くまで響いた。
頑なに堪えていたものが一気に崩れ落ち、彼の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「神様……僕……」
ベルは嗚咽混じりの声で続けた。
「自分が情けなくて……僕みたいな弱いやつが、アイズ・ヴァレンシュタインさんの隣に立ちたいだなんて……ロキファミリアの人に言われた通り、僕は弱い駆け出し野冒険者で…自分が恥ずかしくなったんです……」
彼の震える声には、悔しさと自分への嫌悪が混じっていた。
その姿を見て、ヘスティアは少しだけ眉を寄せたが、すぐに真剣な表情で彼を見つめ、言葉を投げかけた。
「ベルくん、何を言っているんだい!」
彼女の声が響き、ベルは驚いて彼女を見上げる。
その瞳に宿る怒りではなく、彼を奮い立たせようとする強い意志を感じた。
「君の夢は、君が目指したいと思ったものは、そんなにすぐ諦められるものなのかい?」
ベルは戸惑いと驚きが入り混じった表情で言葉を失う。
ヘスティアはそのまま続けた。
「僕は君がいつも頑張っていることを知ってる。だから僕は君を応援する。他人に言われた言葉がなんだって言うんだ!今は確かに弱いかもしれない。すぐに辿り着くのは無理かもしれない。でも、これから強くなっていけばいいだけじゃないか!」
その言葉に、ベルの胸はじんわりと温かさで満たされていく。
彼女の優しさと信頼が、自分を取り巻いていた暗い霧を晴らしていくのを感じた。
「神様……」
ベルは涙を拭いながら、初めて微かに笑みを浮かべた。
それを見てヘスティアもまた、安心したように微笑む。
「さっ!まだ疲れが残ってるだろうし、もう少し寝るんだ。説教は夜にたっぷりするから、覚悟するんだよ!」
彼女の明るい言葉に、苦笑いしつつもベルは小さく頷いた。
「は、はい……」
彼の答えに満足したヘスティアは、その場で少しだけ安堵の息をついた。
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夜になり、ヘスティアはベッドにうつ伏せになった状態のベルの背中に跨り、彼の背中に刻まれた神聖文字を通してステイタスの更新をしながら、溜めていた思いを吐き出すように言葉を紡ぎ出した。
「本当に心配したんだぞ!君が傷だらけの状態でエルくんに抱えられながら帰ってきた時、僕は心臓が止まりそうだったよ!あの後も君が目を覚まさなかったらと思って……」
彼女の声には震えが混じり、怒りと悲しみが交錯しているのがわかる。
ベルはその言葉を聞きながら小さく謝罪の言葉を発する。
「ごめんなさい」
「本当に君ってやつは……」
ヘスティアは言葉を続けようとしたが、ふとステイタスに目を落とし、言葉を詰まらせた。
「……早すぎる……」
ヘスティアはベルのステイタスの上昇が異様に早いことに驚いていた。
成長があまりにも早すぎる。
これじゃあ『成長』と言うよりも寧ろ『飛躍』だ。
そしてその原因がベル本人にも秘密にしているレアスキル、『憧憬一途』によるものだともこの時に気づいていた。
その効果は『早熟』。
そしてその憧憬の対象に対する想いの丈によって効果がさらに上昇するというもの。
憧憬の対象…つまりはベルが憧れているロキファミリアの団員、アイズ・ヴァレンシュタインに対する想い。
そのことで頭がいっぱいになったヘスティアは、ベルのステイタスの異様さよりも嫉妬が次第に大きくなり、ベルの背中をぺちぺちと叩く。
「何が憧れだ!ヴァレンシュタイン何某め~!」
「か、神様!痛い!痛いです!」
「知るか!ベルくんの浮気者!」
しばらくその騒ぎが続き、ようやく平常心を取り戻したヘスティアは、深呼吸をしてベルに向き直った。
「ベル君、今日は口頭でステイタスを伝えるけどいいかい?」
「は、はい!」
ベルが頷くと、ヘスティアは彼のステイタスの内容を慎重に伝えた。
その内容にベルは驚きの声を上げる。
「えぇ!?ぼ、僕のステイタス、そんなに上がってるんですか!?」
ベルの目が驚きに見開かれる。
ヘスティアは彼の反応に微笑みながら軽く頷いた。
「ああ、君は成長が早い。言ってしまえば、成長期ってやつだろうね」
「成長期……ですか」
ベルは少し戸惑ったように口元を押さえる。
自分でも、成長しているのは感じている。
それでもヘスティアからそう言われると、どこかくすぐったい気分になる。
「うん。でも全員がそういう成長期を迎えるわけじゃない。君には冒険者としての才能があるんだと思うよ」
「僕に……才能が?」
ベルは呟くように言いながら、自分の手を見つめた。
ダンジョンに挑み始めた頃、この手で何度も苦戦を味わったことを思い出す。
その時の自分を思えば、今の成長は確かに異常だ。
しかし、それを才能だと言われると、どこかむず痒い気持ちもあった。
「君はきっと、もっともっと強くなる。そして何より、君自身がそうなりたいと願っている。そうだろ?」
「はい!」
ベルは真剣な眼差しで答える。
その決意に満ちた声に、ヘスティアは小さく頷き、微笑んだ。
「君が強くなりたいってことに対して、僕は否定しない。応援するし、協力もする」
その言葉の温かさに、ベルの胸はさらに熱くなった。
しかし、次の瞬間、ヘスティアの表情が少し曇る。
「でも、これだけは約束してくれ。もう無茶はしないって。ベルくん。僕を一人にしないでくれ」
その声には、どこか哀しさと切実な願いが込められていた。
ベルはその真摯な眼差しを受け止めながら、しっかりと頷く。
「神様……僕、もう無茶しません!もちろん強くなるために頑張りますけど、神様を絶対、一人にはしません!」
ベルの力強い言葉に、ヘスティアの表情が明るさを取り戻す。
「そうか!それなら安心だ!」
彼女の笑顔を見て、ベルもまた自然と微笑む。その場に漂う空気が、どこか柔らかく温かいものに変わっていくのを感じた。
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その後、ヘスティアとベルはしばらく他愛ない話を続けていたが、やがてベルはふと思い出したように口を開いた。
「そういえば僕、思い出したことがあるんです。ダンジョンで倒れた後、意識が朦朧としていたんですが……光を纏った人影が見えて……あれってエルだったんですね」
その言葉に、ヘスティアは驚いたように目を瞬かせる。
ベルの記憶が意外にもはっきりしていたことに驚きながらも、彼女は小さく頷いた。
「そうだろうね。エルくんが君を守ってくれたんだ。あのままだったら、危なかったって言ってたよ。」
その事実を改めて聞いたベルは、申し訳なさと感謝が入り混じった表情を浮かべた。
「ご、ごめんなさい……」
「まあ、もうそれはいいさ。エルくんにはちゃんとお礼を言うんだよ」
「はい!」
ベルはその言葉に強く頷く。
そして、エルの存在の大きさを改めて感じると同時に、彼にどうやって謝り、感謝の気持ちを伝えるべきかを考え始めていた。
「それとね、ベルくん。エルくんについて君に伝えておかなきゃいけないことがあるんだ」
突然の真剣な口調に、ベルの表情が固まる。
彼女の言葉に嫌な予感を覚えながら、静かに続きを待った。
「エルくんは、君とパーティを組むのを辞めるそうだ」
「え……」
ベルはその言葉に一瞬息を呑んだ。信じられない気持ちが胸の中を渦巻く。
「僕、失望されたんですね……」
その小さな声は自分でも驚くほど弱々しいものだった。
しかし、ヘスティアはすぐに首を横に振り、否定する。
「いいや。そういうことじゃないんだよ」
「……どういうことなんですか?」
ベルの問いに、ヘスティアは一度息をつき、静かに答える。
「僕も最初は驚いたけどね……エルくんは言っていたんだ。『ベルの戦う姿を見て、目標を思い出した』って。そして去り際にこう言っていたよ。『お互いに強くなって、また二人でパーティを組もう』ってね」
「エルが……僕の戦いを見て……」
ベルはその言葉を何度も反芻し、心の中にじわじわと広がる感情を感じた。
エルが自分を否定するのではなく、自分を見て新たな決意を抱いてくれた。
その事実が、彼の心に熱を灯す。
「ベルくん、いいかい?」
ヘスティアがそっとベルの肩に手を置き、真剣な瞳で見つめる。
「エルくんは君に絶望なんてしていない。それぞれの道で目標を追いかけて、強くなって、また一緒に冒険をしたい。そう思っているんだよ」
「…はい」
「だから、君もエルくんの想いを無駄にしないためにも強くならなきゃいけない。もちろん無理はしちゃダメだけどね」
「……神様……僕、強くなります。目標にたどり着けるように。そして何よりも、エルにまた強くなって会えるように」
ベルの決意に満ちた言葉を聞き、ヘスティアは満足そうに微笑んだ。
「ああ!それでこそベルくんだ!」
彼女の声に、ベルもまた小さく笑みを浮かべ、静かに頷いた。
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しばらくの静寂の後、ヘスティアがふと思い出したように口を開く。
「あ、そうだ!ベルくん?僕はこれから二三日留守にするけどいいかい?」
その唐突な話題に、ベルは少し驚きつつ尋ね返す。
「それは構わないですけど……何をするんですか?」
「実はね、他の神様が主催する宴に誘われているんだ。断るのも失礼だから、顔を出そうと思ってるんだよ」
「なるほど……わかりました!」
ベルは納得したように頷く。
ヘスティアはそれに満足したように微笑みながら続ける。
「それじゃあ、支度をしたら行ってくるけど、戸締りをちゃんとすること!それと、僕が帰るまではダンジョンも深くは潜っちゃダメだからね!」
「わかりました!気をつけて行ってきてくださいね」
そのベルの言葉に、ヘスティアは明るい笑みを浮かべて立ち上がり、準備のために寝室へ向かった。
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ヘスティアが去り、一人残されたベルは、静かな部屋の中で改めてエルの言葉を思い返していた。
「お互い強くなろう、か……」
その呟きには、新たな決意が込められていた。ベルはゆっくりと拳を握りしめ、これからの冒険者としての日々に思いを馳せるのだった。