ダンジョンに強すぎる冒険者がいるのは間違っているだろうか 作:マイペースライター
今回はちょっと切ると中途半端になりそうだったので長めになってます〜
それではどうぞ〜
「思う存分──斬れ!」
椿の力強い声がエルの背に届いた。
「──はいっ!!」
返事は鋭く短く。それでもエルの胸に宿る熱は、刀を抜く動作と共に燃え上がるように膨れ上がっていく。彼の両足は迷宮の地面をしっかりと踏みしめ、腰を落として構えを取る。滑るように抜かれた月虹霧雨は、空気を裂く音すら立てずに鞘から解き放たれた。
月の光を宿したような白銀の刃が、エルのスキルによって淡く虹色に輝き始める。光のベールが刃を包み込むように走り、彼の気配が変わった。肌に触れる空気すら緊張する。呼吸すら、静寂の中に沈むような錯覚。
「グアアアッ!!」
その瞬間、地鳴りが響いた。地面を揺らす重たい足音、震える草原。視線の先で姿を現したのは三体のハードアーマード──まるで動く岩塊のような姿をして地面を這っている。甲殻は分厚く、以前はその防御に武器のほうが悲鳴を上げるほどだった。
だが、今のエルの手にあるのは以前の武器とは桁が違う。
月虹霧雨──切れ味、そして耐久性に特化された、最高の鍛冶師の技術の粋が込められた“刀”。
エルの瞳に、迷いはなかった。
一歩、踏み出す。
その足取りは軽く、それでいて確かな意志を帯びていた。狙いは最前のハードアーマード。突進してくるその体が目前に迫った瞬間、エルの身体がわずかに沈み、刃が水平に構えられる。
そして──
一閃。
風が、鳴った。
いや、風ですらない。斬撃は音を立てることもなく、まるで刀が空間ごと“切り裂いた”ような、完璧な一太刀。硬質な甲殻など、何の意味も持たないかのように、ハードアーマードの体が縦に割れた。
斬られたという実感すら怪物には残らなかったのだろう。断面すら美しく、剣圧による余波で草がなぎ倒され、そして……崩れ落ちると同時に、魔石を残して粒子となって消えていった。
「すごい…なんの抵抗もなく斬れた…」
残る二体が、わずかに動きを止めた。モンスターに意思があるのかは定かではないが、同族が倒されたことで本能的に何かを察したのかもしれない。
が、エルは待たなかった。
「これなら…いける!!」
次の瞬間、二体目のハードアーマードが咆哮と共に巨腕を横薙ぎに振るう。しかし、その爪が届く前──
エルの姿は既にその間合いの内側にいた。
「──はっ!」
月虹霧雨が斜めに閃く。鋭く、深く、しかしそれはまるで風が滑るように、肉を、骨を、甲殻を、そして命を貫いた。裂けた体が左右に分かれ、地に倒れることなく、宙で霧散する。
続いて三体目が突進してくる。その瞳に恐れも戸惑いもない。ただ“獣”としての習性で目の前の敵を狩ろうとするが──
すでに勝負は、終わっていた。
エルはその突進に対して一歩も退かず、静かに刃を下から突き上げる。刀がハードアーマードの胸甲を突き破り、核である魔石を貫いたと同時に、エルの身体が宙へと跳ねた。斬撃ではない、“一点突破”の突き。
手応えはない。刀は、あまりにもあっさりと通った。
「……すごい、こんなにあっさり倒せるなんて」
静かに呟く声が、霧の中に吸い込まれていく。頬に流れる一筋の汗。それは恐怖の証ではなかった。極限まで高まった集中、加速する心拍、そして──
刀を振るう快感。
エルは自らの右手を見つめた。
かつての武器では斬る度に手に伝わっていた“悲鳴”は、もはやどこにもない。刃はしなることなく、負荷に歪むこともない。どれほど強く、速く斬っても、月虹霧雨は応えるように斬り裂くだけだった。
(まだ、いける。もっと、斬れる──)
興奮が、胸を満たす。
広がる霧の奥、次なる咆哮が響いた。
エルは再び刀を構える。呼吸は整い、鼓動は静かに高鳴る。彼の中にあるのは、一つだけ。
ただ斬ること。
その刀に込められた力を、この身の奥底にある“全て”で引き出すこと。
⸻
「まだまだこれからだ! もっとお主と月虹霧雨の力を見せてくれ!」
椿の声が、戦場に響く。静かだった霧の空気を突き破り、エルの背中を押した。
「は、はい!」
その言葉に応じながらも、エルの瞳にはすでに戦いへの飢えが宿っていた。否、椿の激励がなくとも──いや、むしろ言葉など必要ないほどに、今の彼の胸中には、噴き上がるような衝動が渦巻いていた。
(もっと、もっと……どこまで斬れる? どこまで、この“刀”はやれる?)
ただの検証ではない。ただの戦闘でもない。
これは、月虹霧雨という新たな相棒と、己の限界を知るための、試練であり挑戦だった。
そして、まるでその願いに応えるかのように──
洞窟を震わせる咆哮が轟いた。
「グウォオアアアアッ!!」
霧の奥、地面を打ち鳴らすような足音。見えぬ視界の先から、二体のシルバーバックが飛び出してくる。白銀の体毛に魔石の光を宿した瞳、巨躯から放たれる殺意は、獣のそれとは思えぬほど明確で苛烈。
「行こう、相棒──!」
エルの足が自然に動く。左のシルバーバックが先陣を切り、巨体を地面すれすれにまで沈めて突進する。
もし、これが以前の武器であったなら──この質量の衝撃に触れた瞬間、刀身は砕け、エル自身も巻き込まれていただろう。
だがこの月虹霧雨なら。
「……はぁっ!!」
エルの体が疾風のごとく駆け出す。足音すら残さずに地を滑り、霧を切り裂くように飛び込んだ。シルバーバックの拳が地を砕く寸前、エルの身体は跳ねるように横へと舞い、同時に刀が返された。
刃が閃く──
風が叫ぶ。
月虹霧雨が左脇腹から右肩へと斜めに駆け抜け、厚い筋肉と骨をもろとも断ち割った。まるで抵抗がなかった。まるで紙を斬るような、完璧な一太刀。巨体は動きを止め、悲鳴すらあげる間もなく、崩れ落ちる。
「次……!」
残る一体が背後から咆哮する。音圧が耳を震わせるよりも早く、エルは体を半回転させ、刀を振るった。
再び、風を裂く音。
宙に走った斬撃の軌跡が、虹のように残像を描く。その美しさとは裏腹に、斬られた巨猿の体は、静かに膝から崩れ落ち、そして断たれた断面を残して二つに分かれた。
──静寂。
濃霧の中に、エルの荒い息だけが響く。だが、肩で息をしながらも、彼の右手に握られた刀には一切の負荷も傷も感じられなかった。
「……疲労してるのは、体だけ。刀は、まだ……」
エルは静かに刀を見つめた。まるで意思を持っているかのように、月虹霧雨はうっすらと光を帯びながら、静かに佇んでいる。再びの斬撃を、淡々と待っているように。
椿が、腕を組みながら小さく笑った。
「やはり……物足りないな」
「……はい」
戦いの余韻を味わうには、あまりにも一方的だった。かつては恐怖の対象だった12階層のモンスターが、今や布切れのように斬れてしまう。
「今のお主であれば中層、いや、下層へすら降りてもいいと思うのだが…」
椿の言葉には冗談の色はなかった。本気だ。だが、エルは小さくうなずきつつも、一歩踏みとどまる。
「下層は分かりませんが、せめて中層には行ってみたいです。でも……ギルドで探索アドバイザーの方と一度相談をしておいた方がいいかなって……」
「……お主は真面目だな。まあ、確かにダンジョンは危険が伴うからな。エルの言う通り、一度話しておくのがいいだろう」
そう言って椿は口元を緩める。
「では一度戻ってギルドに行くか。手前も同行しよう。」
「いいんですか?」
「どうせモンスターの素材を換金しなければいけないしな。お主だけで許可が降りなければ、手前が説明しよう」
「ありがとうございます!」
エルは、今の自分に満ちた自信と手応えを、胸の奥にそっと仕舞いながら──月虹霧雨を鞘に収める。金属音は鳴らず、まるで刀が空気の中に溶けたかのように静かに収まった。
その重みが、心地よかった。
⸻
迷宮を抜け、椿とギルドへの道を歩いている時、エルは自分が思った以上に汗と疲労にまみれていたことに気づいた。それでも、心の中はどこか清々しい。月虹霧雨が描いた斬撃の余韻が、まだ手のひらに熱を宿している。
そしてしばらくして二人は目的のギルドに到着した。
「さて、お主のアドバイザーとやらはどこなんだ?」
椿が、肩を軽く回しながら問う。彼女はダンジョンでの戦いの疲れを微塵も感じさせず、上機嫌で辺りを見渡している。
「えっと……」
エルはギルドの建物に足を運びながら、小さく首を傾げた。
ギルド本部の受付には、よく見知った優しげな顔は見当たらない。エルの担当アドバイザー、エイナ・チュールの姿がないのだ。周囲を見渡してみても、眼鏡をかけた女性の姿は見つからない。
「ちょっと受付の人に聞いてみますね」
「うむ」
椿が腕を組み、その場にどっしりと佇んだまま頷いた。
エルは小走りにカウンターの方へ向かい、近くで書類を整えていた受付嬢に声をかける。
「あの……」
「こんばんは!本日はどういったご要件でしょうか?」
声をかけた女性は明るい表情で振り返った。艶のあるピンクがかった髪を肩で跳ねさせ、白い制服に身を包んだその女性は、どこか人懐こい笑顔を浮かべていた。
「エル・フィリウスと言います。担当アドバイザーのエイナさんを探してるんですけど……」
「――あー! エイナの担当の子ね!」
「あれ、僕のことを……?」
思わず聞き返したエルに、受付嬢はいたずらっぽく微笑んだ。
「うん! ミィシャ・フロットよ。エイナとは同僚っていうか、ほとんど友達に近いの。君のことも、それはもう色々聞いてるからねぇ~……。ふふっ」
その笑みに、エルは戸惑い半分、照れ半分。
「エイナなら、今は説教中……かなぁ」
「説教……ですか」
苦笑いを浮かべるミィシャ。その口調に、親しみと若干の呆れが滲んでいる。
「そうそう。もう一人の担当の子にね……確か“ベル”って言ってたかな?」
(ベル……?何したんだろう)
エルは小さく首を傾げながら思案する。真面目そうに見えたあの少年が説教される姿は想像しにくい──いや、また血だらけで街を走って怒られたのでは、と少しベルとの出会いを思い返してみる。
「それで、君はどんな用事だったの?」
「あ、はい。中層の探索許可を貰いたくて……」
「なるほどねぇ。君、レベルは?」
「レベル3になりました」
「レベル3!?第二級冒険者じゃない!あれ? でも君の名前は見たことないな…」
「えっと、実は先日ランクアップしたばかりで報告がまだで」
「そういうことね!でもレベル3で中層の許可を貰いに来るって、随分慎重ね。エイナに厳しく言われてたの?」
「えっ?」
ミィシャの言葉に、エルは思わず目を丸くした。
「レベル2になったらすぐ中層に行っちゃう冒険者は多いんだよ? まあエイナはそういうの良く思ってないみたいで、君にも慎重に探索するようにアドバイスしてたと思うけどね」
確かに。中層の適正はレベル2からだと、エイナからも教えられていた記憶がある。
ミィシャの予想通り、慎重に探索するようにとも口酸っぱく言われていた。
「あ、えっと……実はエイナさんに報告する機会がなくて。レベル2にランクアップした時も、報告できずに中層への許可をもらいそびれちゃってて……」
「そっかぁ、タイミングが合わなかったんだね」
ミィシャは納得したように頷いた。
そして、ふと視線を横に流し、驚く。
「し、失礼ですが、もしかして、貴方はヘファイストス・ファミリア団長の椿・コルブランド氏では……?」
エルの隣に立っていた椿が、どこか誇らしげに胸を張る。
「うむ! そうだが?」
「あ、あの…どのようなご要件で…」
「エルの付き添いだ」
「え!?えっと…エル・フィリウス氏とはどのようなご関係で?」
「鍛冶師の専属契約をした。そして今は手前が打ったエルの武器の性能を確かめるために、一緒にダンジョンに潜っている」
「せ、専属……!?」
エルは思わず椿を見上げた。そんな話、この間も今回も一度たりとも聞いていない。だが椿の言い方は、それがすでに当然であるかのような確信に満ちていた。
ミィシャは目を丸くしたあと、すぐに頷いて笑みを浮かべた。
「なるほど、それなら中層も全く問題ありませんね」
「え?」
「エルくんのレベルも適正範囲を超えているし、椿・コルブランドが同行しているなら、ギルドとしても安全性の確認は十分。それに、エル君の話からしてエイナともいつ会えるか分からないし……私が代わりに許可を出しておくね」
「い、いいんですか!?」
「うん! ただし――」
ミィシャは少しだけ表情を引き締めた。
「エイナの教え通り今後も変わらず慎重に探索すること。それとランクアップの報告書類の提出がまだなら、早めに持ってきてね。遅くなると色々面倒なことになるから」
「分かりました!ありがとうございます!」
エルは深く頭を下げ、椿も満足げに頷く。
そして、椿がエルに声をかける。
「エル。無事許可も出たことだし手前は帰るとしよう。明日の早朝、いつも通りバベルの前で待ち合わせでいいな?それから早速中層にいくぞ」
「はい!椿さん、今日は何から何までありがとうございました!」
「気にするな!ではまた明日な」
「はいっ!」
月虹霧雨の斬れ味恐ろしや…
そしてベル君説教中途のことで、可哀想に。
エイナさんとエルくんの絡みもまた書きたいですね〜