ダンジョンに強すぎる冒険者がいるのは間違っているだろうか 作:マイペースライター
大変お待たせしました〜
湿った風が肌を撫でた。
現在の階層は十六階層。
薄暗い洞窟の壁面を淡く光苔が照らし、深海のような幻想的な光景を生み出している。
滴る水音だけが静寂を破り、そこに響く足音は二つ。
エルと椿は、順調に前へと進んでいた。
突如、奥から低い咆哮が響いた。地を震わせるような獣の声。
空気が一瞬にして重くなる。
「来るぞ、エル。構えておけ」
椿が低く告げる。
その姿が闇の向こうから現れた瞬間、エルは思わず息を呑んだ。
角を二本生やし、隆々とした筋肉を誇る人型の獣――ミノタウロス。
真紅の瞳が獲物を捉え、鼻息だけで岩肌が鳴った。
「これが……ミノタウロス……」
「ああ。中層の象徴のようなモンスターだ。腕力は凄まじく、並の冒険者は手段ですら手に負えないこともある。
レベル2が単独で出わせば、まず助からないような相手だな」
椿の声に、エルの背筋が伸びる。
しかし恐怖よりも、今は冷静さのほうが勝っていた。
エルは一歩、前へ出た。
『ブモオオオオ!!』
ミノタウロスが咆哮を上げ、巨大な腕を振り下ろす。
地面が爆ぜ、岩片が飛び散る。
だがその瞬間――。
「はあッ!」
月虹霧雨が閃いた。
刀身が月光のように光を放ち、次の瞬間にはミノタウロスの巨体が斜めに裂けていた。
鮮血が散るよりも早く、魔石の砕ける音が洞窟に響く。
一瞬の戦い。
ミノタウロスは、抵抗すらできぬまま灰へと変わった。
「……もう、終わった?」
「お主、少々力が入りすぎではないか?」
椿が苦笑交じりに肩をすくめた。
エルは息を整えながら、その場に残ったミノタウロスの魔石を見つめる。
その表情には達成感よりも、どこか戸惑いがあった。
(あれだけ恐ろしいって聞いてたのに……こんなにも、あっけない?)
自分の力が強くなっているのは確かだ。
だが今の戦いに“緊張”も“工夫”もなかった。
ただ振るえば敵が消える――そんな単調さに、胸の奥がざわつく。
それからの戦闘でも、先程まで苦戦していたと相手だとは感じられない程、アルミラージもヘルハウンドも瞬く間に灰となっていった。
敵の攻撃は掠りもしない。
呼吸も一切乱れてはいない。
しかし、その安定の中に、どうしても抜けない影があった。
(……本当に、これでいいのかな)
しばらく沈黙していたエルに、前を歩いていた椿が振り返った。
「どうした、お主。浮かぬ顔しておるな」
「……椿さん。僕、強くなってるんでしょうか?」
「ほう?」
椿が片眉を上げる。エルはゆっくりと続けた。
「モンスターを簡単に倒せているので、ステイタス上は強くなっているということは分かります。でもそのステイタスに頼っているだけのような気がして。……力に、振り回されてる感じがするんです」
椿は腕を組み、少し考え込むように顎に手を当てた。
「ふむ……なるほどな。そもそも中層のモンスターでは、お主の相手にならんしな。全力を出せば簡単に倒せるというのも仕方ないことだろう。そして確かにお主の言う通り、お主は力に振り回されている節がある。だが、それだけではない」
「え?」
「お主は自分の力を“意識的に“抑えることを知らないのだろう」
「抑える……?」
「ああ。先程の集団戦の時もそうだった。お主はモンスターそれぞれに対して全力で斬りつけておった。
それでは体力を無駄に消耗するし、隙も生まれる。それ故に余計に戦いが長引き、結果として苦戦していたんだ」
エルは目を見開く。あのときの疲労と混乱が蘇る。
「なるほど…」
「これからの戦闘では、モンスターを“全力で倒す”のではなく、“どう少ない力で倒すか”を考えるのがいいだろう。
力任せに叩き潰すのは簡単だ。だが敵に合わせて、必要な力だけを使う。
難しいことだが習得すれば、本当の意味での強さが手に入るだろう」
椿の声は静かに、しかし重く響いた。
それは叱責ではなく、職人としての確かな助言だった。
「……敵に合った戦い方を、ですか。一体どうすれば」
そして椿は少し間を置いて、口角を上げた。
「今のお主にちょうどいい課題をやろう!」
「課題…ですか?」
エルが首を傾げる。
「この先、十七階層には“
その言葉に、エルは小さく息を呑む。
「階層主…アドバイザーのエイナさんから聞いたことがあります」
エルは自身のアドバイザーであるエイナから教わったことを思い出す。
――階層主、正式には“迷宮の孤王”と呼ばれる存在はダンジョンが生み出す特別なモンスター。通常のモンスターとは違い、階層主はその階層に1体しか生み出されない。そして倒せば一定周期で生成はされるが、そのモンスターの強さによって再生成までの時間が変わる。
階層主の強さは通常のモンスターとは比べものにならず、大規模なパーティ、それも討伐適正レベルに達した冒険者が複数人いる状態で挑んでやっと勝てる存在であり、そのモンスターの討伐適正レベルより下、ましてや少人数で討伐することは不可能に近く、それを成し遂げることが出来ればまさに偉業と言えるだろう。
それ故に、階層主は冒険者にとっては試練であり、恐怖の象徴でもある。
「そいつを相手にしてみろ。階層主が撃破されたという話は最近聞かんし、今なら復活しているだろうからな!」
「階層主…スキルを使えば何とか勝てますかね…」
「スキルや魔法は使ってはならんぞ!訓練だからな!素の力だけで戦うんだ」
「なっ……!?」
エルの瞳が揺れる。
素の力だけ――それは、正面から己の“限界”と向き合うということだ。
しかし椿は笑みを崩さず、言葉を続けた。
「十七階層の主は、レベル4相当の実力を持つ。
だが、お主なら対応できるはずだ。本当に無理だと判断したら少しずつ力を解放していけばいい。
大事なのは、力の“使い方”を学ぶことだ」
エルは静かに息を吸い、そして吐いた。
胸の中に、恐怖と同時に燃えるような決意が灯る。
「……分かりました。挑戦します」
椿が満足げに頷く。
その瞳は、まるで弟子の成長を見守る鍛冶師のようだった。
洞窟の奥から、また低い唸り声が響く。
エルは月虹霧雨を抜き、静かに構えた。
今度は、力任せではない。
己の意志で、己の力を操るために――。
⸻
十七階層、そこは、他の階層とはまるで空気が違っていた。
湿気を帯びた風がひやりと頬を撫でる。
洞窟の奥へと続く道は徐々に広がり、やがて巨大な空間へと繋がっていた。
先程までの洞窟らしい姿は消え、結晶のような輝きを放つ壁面に覆われた空間が広がっていた。それはまるで、地下に広がる幻想の宮殿のようだった。
「……ここが、階層主が出現する場所」
エルは静かに息を吐き、目の前の光景を見渡す。
「エル、あの巨大な壁が嘆きの大壁だ。あそこから階層主が出現する。注意しろ」
椿が腕を組み、エルに注意を促す。
彼女の声が洞窟に反響し、静寂の中で何重にも重なって返ってきた。
17階層の最奥――そこは“嘆きの大壁”と呼ばれる巨大な壁がそびえ立っていた。
足を踏み出すたび、靴底に冷たく硬い地面の感触が伝わる。
壁の起伏はこれまでよりも滑らかで、自然の洞窟というより、まるで誰かが意図的に削り、磨き上げたような滑面だ。
天井から一面の結晶が淡い光を反射し、足元に淡い影を作り出す。
「あれが…」
エルは呟きながら、視線を奥へと向ける。
その大広間の先は、下の階層へ続くであろう階段が存在した。
エルは喉を鳴らす。
息を吸い込むたびに、胸の奥が締めつけられるような感覚がした。
不思議な圧迫感がある。
まるで空間そのものが、侵入者を拒むかのように空気を重くしていた。
「……空気が違いますね」
「ああ。階層主の部屋だからな。今までの階層とは違うだろう」
椿の声音が一段低くなる。
“今までの階層とは違う”――その言葉の意味を、エルは理解は肌で感じていた。
大広間の大壁。
そこから、階層主が現れるという。
けれど、今はまだ静寂しかない。
広大な空間に響くのは、自分たちの足音と呼吸の音だけ。
――まるで、嵐の前の静けさだ。
エルは刀・月虹霧雨の柄に手をかけた。
鞘の中で刀身が微かに震え、光苔の反射を受けて薄い虹色の光を帯びる。
刃が呼応しているように思えた。
「椿さん……僕、本当に素の力だけでやるんですよね」
「当たり前だろう。
お主が力をどこまで制御できるか、それを確かめるための試練だ。
純粋な己の肉体と感覚だけで挑め」
「……はい」
エルは深く頷いた。
恐怖は確かにあった。
だがそれ以上に、胸の奥で熱が灯る。
未知の領域へ踏み込む――その高揚が、全身を駆け巡っていた。
「焦るなよ、エル。
これは戦いじゃなく、“鍛錬”だ。
敵をただ倒すことが目的じゃない。
自分の力を知ること――それを忘れるな」
「はい!椿さん」
エルは一歩、前に進んだ。
足音が反響し、やがて消える。
その先に待つのは、試練の地。
冒険者として、そして“英雄を目指す者”として越えなければならない壁。
――十七階層の大壁が、静かにエルを迎え入れた。
⸻
――その瞬間だった。
バリッ……バキッ……。
乾いた音が、静まり返った空間を裂いた。
それは最初、どこか遠くから聞こえる岩の軋みのようだった。
だが次の瞬間、音は明確な“亀裂”へと変わる。
バキンッ! ガラガラガラ――!
エルは思わず足を止めた。
目の前の“嘆きの大壁”に、蜘蛛の巣状の亀裂が走っていく。
その裂け目から、鈍い灰褐色の影がじわじわと覗いた。
「……っ!?」
壁の奥から、何かが“生まれよう”としている。
圧倒的な魔力の奔流が、空気を震わせる。
洞窟全体が脈打つように揺れ、細かな砂粒が宙に舞い上がった。
ドン――!
壁の奥で何かが殴りつけるような音が響いた。
そしてもう一度、さらに強く。
ドガアァァンッ!!
衝撃波が襲いかかり、エルは思わず腕で顔を庇った。
空気が震え、重圧が肌を刺す。
壁面が砕け散り、岩片が雨のように降り注いだ。
「な、なんだ……!?」
次の瞬間――。
“それ”が現れた。
大壁の奥から、巨大な灰褐色の顔が覗く。
眼孔の奥で、真紅の光がぼうっと灯った。
人のような形をしていながら、明らかに“人ではない”。
その両腕が壁を押し破るように突き出されると、
轟音と共に結晶の破片が四方へ弾け飛んだ。
バキバキバキ――ッ!
嘆きの大壁が、音を立てて崩壊していく。
光苔の輝きが乱反射し、まるで光そのものが爆ぜているかのようだった。
そして、その瓦礫の向こうから――。
“巨人”が姿を現した。
その身長は七Mを超える。
灰褐色の筋肉が岩のように盛り上がり、肩の動きだけで空気が揺れる。
瞳は血のように赤く、ただ一瞥するだけで人の心を圧し潰すような重圧を放っていた。
両手を広げるたび、岩が砕ける。
その存在そのものが“破壊”だった。
そしてそれは、咆哮を放つ
「……くっ……!」
エルの喉が乾く。
息が荒くなり、心臓の鼓動が耳の奥で鳴り響いた。
全身が無意識に震える。
これまで対峙してきたどのモンスターとも違う。
“存在そのもの”が圧倒的すぎた。
「エル! ゴライアスだ、構えろ!」
椿の怒号が響く。
その声に背を押されるように、エルは一気に刀へ手を伸ばした。
「――はい!」
鞘走る音が空気を裂く。
月虹霧雨の刀身が抜かれ、その刀身はいつものエルのスキルによる虹ではなく、ダンジョンの淡い光を反射し輝く。
その光が、巨人の赤い瞳に反射する。
『グオオオオオオ!!!』
ゴライアスの咆哮が空間を揺らした。
地面が震え、足元の岩が砕ける。
エルは構えを取り、深く息を吸う。
恐怖は確かにあった。
だが同時に、それを上回る――“昂ぶり”があった。
(これが……階層主……!)
汗が一筋、頬を伝い落ちる。
そして、戦いの幕が静かに――開いた。
最近ちょっと色々考えてて、まだ確定では無いんですが今後原作を大きく壊すことになるんじゃないかなって思ったり…。
一応原作改変のタグは付けてるんですが、原作崩壊にした方がいいのだろうか。
まあそれは後々考えていきましょうかね!
次回は遂にエルきゅんが階層主と初戦闘!お楽しみに!