Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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ストックが出来たので週末の金曜までは毎日投稿します


参:上野

「わたくし、この世で、いっとう美しいものを探していますの」

 

 蠱惑的な、どこか舌足らずなその美声。甘えるように、誘うように、惑わすように、鈴を転がすが如き柔らかな声が聞く者の頭蓋を震わせ、蕩かす。

 明らかに、人ならざると一目でわかる獣の耳と尻尾を備え、どこか眠たげな猫を思わせる金色の瞳。

 

「…あー、たまもありあ、殿?」

「まあ、そんな他人行儀な呼び方をされては悲しくなってしまいますわ。どうか、アリア、と。そう呼んで下さいませ」

 

 逸れのライダー。騎兵を意味するはずのそれは、しかし目の前の娘に限って言えば別の意味となるらしい。すなわち、彼女は何かを乗りこなすのではなく、誰かが乗り物になってくれる姫君。あえて低俗かつ下世話な言葉を選ぶのであれば、男を――

 

「お嬢ちゃん、オレのマスターを誑かすのはその辺にしてもらいたいんだがな」

 

 やれやれとばかりに苦言を呈した槍兵の言葉に、伊織は我に返った。いま、自分は何を考えていた?

 

「誑かすだなんて、人聞きの悪い。伊織さま、このような野卑な男を従えていては、美しい伊織さまが汚れてしまいます。どうか、わたくしをサーヴァントとしてお使い下さいませ?」

「ハッ、言うねぇ。てめえもやっぱり、どこぞの化け呪術巫女狐と同類かよ」

「ランサー? なんだ、その化け…なんとか、というのは。ただの化け狐ではないのはわかるが」

 

 朱槍の長柄でトントンと肩を叩きながら、美丈夫は何かを思い出すように苦笑した。

 

「キャスターのくせしやがって、浮気した男の股間を飛び蹴りで潰すのが大の得意っていうとんでもねえタマだ。タマモだけに、な」

「まあ! なんて失礼な! そして下品な! さらに失礼な男ですこと」

 

 一言ごとに地面を可愛らしく踏みつけるタマモアリアは、上目遣いに伊織を睨む。

 

「このような二股三股、略奪婚上等の浮気男の戯れ言を、まさか本気にされたりは…なさいませんわよね?」

 

 よよよ、とばかりに哀れっぽく泣き真似をしてみせる。

 

「……。ランサー? 念のため…そう、これはあくまで念のために尋ねるんだが…二股だの三股だの、あまつさえ略奪婚というのは…、事実なのか?」

「おい、マスター。てめえ、どっちの味方だ?」

「いや、もちろん俺は信じている。よもや、ランサーがそのような振る舞いをするはずがない、と。ただ、な? カヤに、まかり間違ってそのような所業をしかねない男を近づけるというのは…」

「勘弁しろよ、おい」

 

 げんなりとした美丈夫の両肩に左右の手を置き、伊織は真顔で言った。

 

「信じても…いいんだな?」

「オレがカヤの嬢ちゃんに手を出すと本気で疑ってやがるんなら、その前にまずはてめえの頭の病気を疑いやがれ、馬鹿兄貴が!」

 

 ガツン、と槍兵が思い切りぶちかました頭突きを喰らって、伊織の目の前に火花が散る。その衝撃が頭が冷えた。大きく首を振って、意識と思考を取り戻す。

 

「まあ、なんて野蛮な。それに全く美しくもない力業ですわ」

 

 つまらなさげに唇を尖らす逸れのライダーには悪意も邪気もない。だから、これはただ、人懐こい獣がじゃれつくようなものなのだろう。わざわざ意識してのことですらない。ただそこにいるだけで、ただその顔や目を見て言の葉を交わすだけで、ごく自然に、ごく当たり前に人を魅了する。その言の葉に聞き入らせる。女は魔性の類いだ、という俗説をそのままに体現した存在。

 

「伊織さま、やはり、わたくしと…」

「すまないが、俺に女人と寄り添う甲斐性はない。仕官もままならん未熟の身だ」

「残念ですわ。でも、無理強いはいけませんわね」

 

 タマモアリアはふわりと柔らかく微笑んだ。腰の後ろの金色の尾を軽く振って、可愛らしく「おねだり」をして見せる。

 

「じゃあ、代わりにわたくしと、『お友達』になってくださらないかしら~」

 

 まず最初に明らかに無理筋の要求を出して、それが断られると、次に本命の『お願い』をする。最初の要求を断った相手は、その引け目と実現難易度の比較で二番目の『お願い』は断わりにくくなる。交渉術の初歩ではあるが、とかく基本というものは何事につけても効果は確かなものだ。

 

「友人、か。…まあ、それくらいなら…」

「おいおい、マスター」

「逸れの英霊と友誼を結べるというのは悪いことではない。高尾太夫は逸れのバーサーカーと、正雪殿は逸れのアサシンと組んでいる。俺たちだけが戦力で劣っているというのは、いかにもまずい。わかるだろう?」

 

 道理で諭された槍兵が頭を抱えるのを楽しげに見上げながら、逸れのライダーは口元に手を当てた。

 

「本当ですの? ふふっ、嬉しい!」

 

 そこまでならまだ可愛らしい年頃の娘と言っても良かったが、続く次の言の葉には何とも穏やかならぬ成分が含まれていた。

 

「これから二人で、もーっといいことをして、もーっと仲良くなりましょうね、伊織さま~」

「……」

 

 もしや自分は、早まったのだろうか。伊織は内心で自問せざるを得なかった。

 

「ランサー、すまん。もし俺が判断を間違えたら、さっきのように頼む。貴殿の諫言にも耳を貸せなくなったなら、俺も終わりだ」

「遅ぇよ。そいつは、この嬢ちゃんの『お願い』を聞く前に言えってんだ」

「……。あー、その、…何だ。いずれ頼りにすることもあるかもしれない。その時は力を貸してほしい、ライダー」

「もう、伊織さまったら。アリア、ですわ。次はちゃんと、そう呼んでくださいましね? こう、二人っきりの時にでも、耳元で甘く囁くように…」

 

 寄り添うように身を寄せてくる逸れのライダーを拒むことも出来ず、それ見たことかとばかりに渋面を作る槍兵と顔を見合わせた伊織は思わず嘆息した。

 しかし、どれほど渋い溜め息を吐こうとも事態は変わらない。同時に、覆しようのない状況とはそういうものだ。ならば、どれだけ苦々しくともまずは向き合うしかないだろう。

 

「あ、ありあ…殿。今日のところは一旦これで失礼をさせてもらうが、…そうだ、ここに先ほど御徒町で買い求めた稲荷寿司がある。良かったら、これを貴殿に…」

「まあ、ありがとうございます。伊織さまからいただいたもの、よく味わって大切に食べさせていただきますわね」

 

 狐色の尻尾を愛らしく振って、タマモアリアは嬉しそうに微笑んだ。

 

「…ったく、なんでその気遣いをカヤの嬢ちゃんにしてやらねえんだ、てめえは」

「すまんが、説教は後で頼む。今は退くぞ」

 

 男二人は素早く囁き交わしながら、上野の街並みから離れるのだった。

 

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