Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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肆:小石川

 御徒町から上野、水道橋、そして小石川へと探索の手を伸ばす。

 あちらこちらを探っては歩き、時に因縁をつけてくる牢人やらごろつきやらを返り討ちにし、また時には街の裏側に潜む怪異を討ち、そして時おり休憩をとりながらである。二人が小石川の地に辿り着いた時には既に日も落ちて、とっぷりと夜も更けていた。

 

「…ん、こいつは…当たりを引いたか?」

「これほどまでに堂々と、往来を怪異が闊歩しているとは…」

 

 赤々と燃える鬼火が廃村の広場をふらふらと行き来している。果たしてこれが篝火か松明の代わり、と言うには、いささか以上に物騒すぎる光だが。

 その脇では粗末な胴丸と血錆びた刀で武装した、見るからに落ち武者の末路と見える異形の兵が虚ろな眼窩と歯抜けの口蓋を晒してぼんやりと立ち尽くしている。

 それだけならまだしも、怪異の脇で夜盗の連中が焚き火の傍で声高に笑いながら酒を喰らっているというのは明らかに異常事態だ。怪異が人を襲わず、人が怪異を恐れず、双方が同じ場所にたむろしているとは。

 

「化け物どもを操って、ついでに悪党どもも雇い入れて配下にしているマスターが根城にしてる、ってトコか…」

「ランサー、やれるか?」

「やらいでか、って言うべきところだろ、こいつは」

 

 長柄の朱槍を手にした美丈夫が怪異を蹴散らし、伊織は夜盗を切り捨てていく。数こそ少なくないものの、探索の途上で幾度も小競り合いを繰り返す中で連携し、互いの呼吸も合ってきた二人にとって、それは難敵と言うほどに手こずる相手ではなかった。

 

「へえ、…宮本伊織。随分とまぁ、戦を楽しんでいるじゃねえか」

 

 粗方の敵が片付いたところで、夜闇の分厚い帳の奥から顔を出した男が、昏い情念に満ちた粘着質の声を吐き出した。

 

「何の話だ」

「とぼけるなよ、宮本伊織」

 

 油断なく二刀を構える伊織に、男は下卑た笑いに口を歪めて吐き捨てる。

 

「俺は地右衛門――喜べ、此処も地獄だ」

 

 それは紛れもない笑顔でありつつも、憎悪と、憤怒と、そして満面の苦痛に彩られた悪鬼の貌だった。

 その陰から滲み出るように、病み衰えた剣士の瘦身が姿を現す。優美な弧を描く一刀を鞘から引き抜き、正眼に構える。

 

「待っていたぜ、セイバー。オレはてめえとの再戦の機会を楽しみにしてたんだ。今度はあっさり血を吐いてくれるなよ?」

 

 それに相対する槍兵は、歓喜に満ちた声で呟いた。剣士は無言のまま、しかしその殺意の切っ先を鋭く研ぎ澄ませる。

 両雄が今にも激突しようとする、まさにその瞬間――

 

「…っ!?」

 

 辺り一帯を、低い地鳴りが襲った。すわ地震かと疑った伊織だったが、それにしては奇妙にも地鳴りの音に比して揺れが小さすぎた。何よりも、己の直感はこれが単なる天災などではないと告げている。

 

「ランサー!」

「気をつけろ、マスター! 下から何かが来やがるぞ!?」

 

 声高に警告を発した槍兵は、しかし正面の剣士から目を逸らさない。これが地右衛門の仕組んだ術の類いではないという保証はないからだ。

 サーヴァントに代わって周囲を警戒する伊織の背に、長い影が伸びた。

 

「くっ…!?」

 

 それは、長い胴体を持ち、人の頭さえ軽く一呑みにしてしまいそうなほど大きく顎を開いた妖蛇(くちなわ)だった。

 咄嗟に身を翻して背後からの奇襲から身をかわし、即座に左の刀で蛇の太首を一息に切り落とす。毒々しい色合いの血を撒き散らしながら地面に倒れ込む蛇に目を向ける余裕など、伊織には無かった。

 右から。左から。前から。後ろから。次々に、新手の妖蛇が姿を現す。包囲されたと伊織が内心で歯噛みすると同時に、視界の隅で異変を認める。

 

「チッ、…俺の邪魔をするな」

 

 地右衛門が、古いボロボロの旗指物の先端に括りつけた粗末な穂先を振って妖蛇の顎を刺し貫く。同時に、剣士が一刀を振って二匹の妖蛇の胴体を横一文字に輪切りにする。

 

「向こうさんにも襲い掛かってるってことは、こいつらは別口だな」

「幸い、一匹一匹はさほど手強くはないが…」

 

 セイバー陣営が妖蛇の群れへと意識を振り向けた隙に、後退してきた槍兵が即座に伊織を狙う三匹ばかりを蹴散らした。とはいえ、それも焼け石に何とやらだ。潰しても潰しても、切っても斬っても終わりの見えない敵の群れは、まるで無尽蔵に湧いて出るかのようだった。

 

「この数は、さすがに面倒だな!」

「ああ、まったくだ! だがよ」

 

 襲い掛かる妖蛇の牙を刀で受け流しながら叫んだ伊織に、同じく朱槍を振り回して妖蛇を両断した槍兵が叫び返す。

 

「ここで退くって手はねえな!」

「同感だ。だが、どうする?」

 

 ただでさえ、今日は半日近くも動き回り続けているのだ。途中で幾度かの休憩も挟んではいるとはいえ、疲労と消耗が少なからずあるのは否定できない。このまま先の見えない長丁場になればなるほど不利になるのは目に見えている。

 

「なら、ちと小細工をするか」

「何か手があるのか?」

「ある。だが、それにはマスターにオレを守ってもらわにゃならん。サーヴァントが守ってもらうなんぞ本来は立場が逆だが、どうだ?」

 

 伊織が純粋な魔術師であるならば、それは無理難題だったろう。しかし、伊織の本分はあくまで剣士。

 

「やるとも! やってみせるとも、ランサー!」

 

 何よりも、目の前の美丈夫が自分を信じてくれるというのであれば、その信頼に応えぬなどありえない。

 

「そんじゃ、まあ、頼むわ」

「承知!」

 

 一瞬、棒立ちになった槍兵を狙って、妖蛇が一斉に襲い来る。すかさず伊織がそこに割って入り、二刀をもって妖蛇を次々に切り払い、あるいは突き殺していく。

 

「Berkana」

 

 マスターに護りを委ねた槍兵が、その魔槍の先端で大地にルーンを刻む。

 神代における18の「原初のルーン」を師である影の国の女王その人から伝授された大英雄は、ランサーの霊基で召喚されてなお、その腕前は一流である。

 

「そこか!」

 

 青く、『ᛒ』の形に光り輝く刻印が廃屋の屋根の上を指し示す。

 

「…気取られたか」

 

 ゆらりと陽炎のように影が揺らぎ、姿を見せたそれは、灰色の外套と覆面で長い手足を隠した怪人だった。

 

「完全に気配を消してりゃ、探索のルーンにも引っかからなかったかもな。だが、この数の蛇どもを操りながらじゃ、さすがに気配を消しきれなかったんじゃねえのか?」

 

 すかさず地面から引き抜いた槍の切っ先でアサシンを狙う槍兵に、灰色の怪人は鋭く目を細めた。

 

「その血の色をした魔槍の達人は、異国の魔術まで使うか…厄介な相手だ」

 

 覆面で顔を隠した怪人は低い声を漏らし、その長く伸びた手の爪で廃屋の屋根を掻き毟る。

 

「……おまけに、今宵は闖入者に事欠かんと見える。長居は無用か」

 

 そして、その視線を夜空へと向けた直後、雷鳴のような轟きが周囲を揺るがす。

 

「AAALaLaLaLaLaie!」

 

 それは、見るからに神々しいほどに勇壮な二頭の牛が曳く巨大な戦車であった。平安の御代において京の都では牛に車を曳かせる公卿は珍しくなく、また荷車を牛に曳かせるのは時に江戸でも見かけることはあるが、これは明らかにそれらと用途が異なる。

 戦の為に、敵を蹂躙し制覇する為だけに使われる兵器であった。

 

「ライダー!?」

 

 征服王の宝具たる『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』の名を知らずとも、これが英霊が乗るに相応しいものであることは誰の目にも明らかで、そしてそれを駆るに最も相応しいサーヴァントの名を伊織が叫ぶ。

 

「はははっ! よぉ、ランサーとそのマスター。そして、セイバーとそのマスターも。奇遇だな」

 

 ひとしきり戦場と化した廃村を荒らして粗方の妖蛇を轢き潰した後、偉丈夫は戦車の上からヒョイと片手を上げて軽く挨拶をする。まるで緊張感のない飄々たる言動に、思わず伊織はあっけにとられ、地右衛門は忌々しげに舌打ちする。

 

「…ライダー、またも俺の邪魔をするか」

 

 呻くように低い、憎々し気な声を上げる地右衛門の目は赤く血走り、その瞋恚は敵を焼き尽くさんと鬼火の如く燃え上がっていた。

 

「む? 邪魔だてなぞ余がすると思っておるのか?」

 

 が、偉丈夫は臆面もなく言い放ってみせた。

 

「戦場の華は愛でるタチでな。むしろ、余はセイバーとランサーの果し合いを邪魔する奴ばらを制止しに来たまでのこと」

 

 戦車の上から、堂々たる征服王の眼差しが頭上のアサシンを睨む。

 

「どうやって我の動きを察したか、気になるところだ」

「余のマスターは用意周到でな、地脈を通じて各地の情勢を仕入れる手立てを整えておる。コイシカワなる、この地で蠢く妖しい気配にも気付いておったのだ」

 

 無愛想な怪人の問いに、偉丈夫はあっさり答えたが、それは嘘ではないにしても真実の全てというわけでもない。土御門家と裏で密かに情報をやり取りをしている正雪は、それだけでも情報戦で他のマスターより一歩先んじている。それは同じく土御門と通じている高尾太夫が吉原の外に出ることも叶わず、また現在は明らかに守勢を意識していることによって特に際立っていた。

 

「……」

 

 それ以上の会話を続けようとはせず、アサシンは素早く両手で隠形の印を結ぶ。闇に溶け込むようにその姿が薄れて消え失せ、瞬く間にその気配もまた何処かへと去って行った。

 

「ふぅむ、向こうの手は一切明かさず、最小限の被害で退いたか。あれは相当に手強いと見たぞ」

 

 逞しい顎を一撫でして、偉丈夫は怪人の冷静かつ沈着な立ち回りを評した。そして、伊織と地右衛門に向かってニカッと笑いかける。

 

「さあ、これで邪魔者は消えたぞ? セイバーとランサーの果し合い、存分に余の目に見せてくれ!」

「ハッ、ご丁寧に御膳立てを整えてもらったんだ、これで逃げたら戦士の名折れってもんだ。そうだろ、マスター」

 

 真っ先に応じた槍兵が不敵に笑って朱槍を構え直す。

 

「全くだ。今回は俺も貴殿の足を引っ張る恐れはない。存分にやってくれ、ランサー」

 

 が、そう言った伊織は、じっとりとした視線を頬に感じてそちらに顔を向ける。

 

「楽しそうだな、宮本伊織」

「何?」

「戦が。殺し合いが。敵と刃を交えることが。楽しくて、楽しくて仕方ない。そんなツラをしてやがるぜ」

 

 薄笑いを浮かべた地右衛門が低い声で言う。

 

「……」

 

 思わず伊織は無言で自分の顔を刀を持ったままの手で撫でる。今、自分は笑っていたか? 戦を楽しんでいたか? 傍らの美丈夫と同じように?

 

「ク、ハハ、ハ…おいおい、なんだよ。自覚してなかったのか? お前は、俺と同類だろう?」

「何だと…?」

「人がましい振りをしてはいるが、中身は違う。血に飢えた獣、畜生の類いだろうって、そう言ってるんだよ。宮本伊織」

 

 ほんの一瞬、だが確かに気圧されて、伊織は僅かに息を飲む。違う。それは気圧されたのではなく、自分が自分に引け目を感じてしまったからで――

 

「ったく、このくらいの安い言葉にいちいち動じてるんじゃねえよ、マスター」

 

 その肩を槍兵が軽く叩く。美丈夫の顔に浮かぶのは、獰猛な笑顔。紛れもない修羅の笑み。

 

「売られた喧嘩は高く買うもんだ。あんな安っぽい言葉に乗せられんな」

「そうか」

「そうだぜ。てめえは血が見たくて剣を振ってんのか? 血を見て興奮するタチか? 敵を殺して酔っ払う特殊な体質でもあるのか? 違うだろ?」

 

 快活な笑顔の美丈夫は、伊織の背を軽く肘で小突く。

 

「つまんねえ話術に呑まれんな。オレはてめえが、そんな下らねえ下衆野郎じゃねぇって知ってる。それで充分だろうが」

「……。すまん、ランサー。感謝する」

 

 落ち着きを取り戻し、二刀を握り直した伊織を、地右衛門が睨む。その拳を握りしめる。強く。

 

「セイバー」

 

 主の命を受けた剣士が一刀を携えて無言で進み出る。それに応じて、槍兵もまた一歩前に出る。

 再び対峙する両者を、征服王は戦術家としての視点で冷静に俯瞰する。戦場は最初の時と同じ、目につくほどの遮蔽物のないほぼ平地。天候と気温もさほど変わらず。強いて言えばセイバーの地元であることで、その地脈の後押しを受けられるという違いはあるだろう。が、長期戦となればセイバーの病弱スキルが再発する恐れがある。果たして地脈の援護は、弱体化の影響をも上回るほどのものだろうか。

 

「…既に互いの手の内はある程度まで見えておる。その上で、どう戦う? そして各々のマスターはどうする? これはなかなかに見物ではあるな」

 

 そう呟く偉丈夫の目の前で、両者は静かに間合いを測る。

 槍兵の敏捷と持久力による疾風怒濤の攻めが圧倒するか。剣士の精緻かつ鋭利な技量がそれを凌ぐか。

 そして、地右衛門が握った左手の拳を前に突き出し、口を開いた。

 

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