Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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調子に乗って朝投稿
地右衛門さんのツンツンぶりが好き


伍:令呪

「呪を以て命ずる」

 

 地右衛門が発した一言に、戦場が凍り付く。

 伊織の背に戦慄の悪寒が走る。三画の令呪。三度限りの、絶対命令権。サーヴァントに自害を命じることさえ可能な上意を発する、マスターのみに許された特権行使。そのうちの一画を、地右衛門は今この場で使おうとしている。

 

「セイバー、真の奥義を以てして、必ず殺せ」

 

 地右衛門の左手の甲に刻まれた令呪の一画が弾け飛ぶ。それと同時に莫大な魔力がセイバーに流れ込むのがこの場の全員の目にはっきりと映った。

 

「真の、奥義…?」

 

 かの剣士が最初に見せた三段突きの絶技を伊織は思い出す。あれは、およそ人の身で望める限りの極限にあると断言して良い。だが、まだ上があるというのだろうか? あの絶技をも上回る何かがあると?

 

「…一歩音超え、二歩無間、三歩絶刀…!」

 

 平晴眼に構えた剣士が、ゆらりと前に出る――と、そう見えた瞬間には、既にその姿は槍兵の目の前に在った。

 

「『無明三段突き』」

 

 セイバーの踏み出した足が大地を踏む足音と同時に、三つの刺突が全くの『同時』に放たれる。瞬く間に三度の突きを放つ、ではない。

 壱の突き。弐の突き。そして参の突きが、ただ一点を狙いすました三つの刺突が、刹那の差もなく『同時』に存在している。

 防御は不能。何しろ、壱の突きを防いだ時には弐と参の突きがその防御を突き抜けている。

 回避も不能。何しろ、技が放たれた時には既に剣士は目の前に、剣の間合いの中にいる。

 

 唯一の対応策は、そもそも技を出させないこと。奥義を披露する前に、当の剣士を討ち果たすこと。果たしてそんなことが出来るのであれば、の話だが。

 

「ランサー!!」

 

 伊織が声を上げるも、時すでに遅し。

 気付いた時には、突き出されたセイバーの一刀は、その切っ先は、確かに槍兵の心臓を刺し貫いた後だった。

 驚きの表情で、槍兵は自分の胸板に突き刺さった刀身を見下ろしていた。その口の端から細い血の糸が顎へと伝う。

 剣士は残心のままに細く息を吐きながら、静かに一刀を引き抜いた。正直、令呪の援護がなければ己の宝具たる奥義をさえ放てない自らの病衰ぶりには吐き気すら覚える。が、だからこそ、この魔剣を以てしても倒せない相手は存在しない。それだけの自信があった。

 

 ――そう。あった、だ。それは今や、過去形で語られねばならなかった。

 

「……ク、ク、ッ」

「!?」

 

 即死絶命の奥義。初見においてはほぼ絶対の致死性を誇ると謳ってよいであろうその一撃を正面から喰らってなお、その霊核を貫かれてなお、未だランサーは息を繋いでいた。

 

「ク、クク…大した、もんだ…てめえ、こんな切り札を隠してた、とは…やるじゃ、ねえか…」

 

 無言で、しかし目を見開いて、剣士は信じられないように一歩を退く。

 

「いやはや、全く…オレじゃなけりゃ、死んでた、ぜ。なあ、マスター…?」

「…っ! ランサー、『死ぬな』!!」

 

 反射的に伊織が左手を突き出し、叫ぶ。その声に応じて手の甲に刻まれた令呪の一画が弾け飛ぶ。やはり莫大な魔力が、今度は槍兵へと流れ込む。それは死者蘇生にも匹敵する、魔法の領域にも手が届く魔力の行使による強引な霊基の即時復元。

 

「…っ、ぷぅ…ありがてぇ。今のは助かったぜ、マスター」

「ランサー、それは構わないが、貴殿はどうやって生き延びた?」

 

 瀕死の状態から辛うじて息を吹き返した美丈夫に、伊織が問いを投げる。

 

「なぁに、オレはそう簡単には死なねえよ。そんな簡単に死ねるのなら、オレは英雄になんぞなっていねぇ」

 

 奸計によって己が誓約のことごとくを破らされて半身不随となってなお、そして己が魔槍で心臓を貫かれてなお、腹腔から腸(はらわた)を大地に溢して死の淵にその身を浸してなお、最後の最後まで倒れることなく戦い続けたケルトの大英雄クー・フーリン。

 その逸話が昇華された高い『戦闘続行』スキルは、霊核を潰されてなお即死せず、それどころか戦闘行動をすら可能にする規格外とも言うべき生存性を具現化する。

 

「とはいえ、あと一瞬でも援護が遅れてたらヤバかったかもな。いい判断だったぜ、マスター」

 

 令呪一画に対し、こちらも令呪一画。奥義の魔剣に対し、死に瀕することで初めて効果を発揮する隠し玉のスキルで対抗。戦況としては両者共に痛み分けではあるのだろう。

 

 ――だが。

 

「…っ、…んで…」

 

 血を吐くように、否、文字通りに口から血を吐きながら、剣士は怨念に満ちた呪詛を呟く。

 

「なんで、死なないんですか。なんで、そんなに…そんなにも、生きられるんですか…!」

「あ?」

「ああ、何故、何故、何故…! 何故、その体が、しぶとさが、生き汚さが、私には無いんですか…!?」

 

 病み衰えた己の体を憎む剣士の悲痛な叫びが木霊する。

 それは、嗚咽に満ちた悲嘆と、羨望と、嫉妬に満ちた絶望の慟哭だった。

 口からは血を吐き、目からは血涙を流し、鬼気迫る表情で剣士は吠える。

 

「…私に、それだけの力があれば…私に、それだけの体が、病に、死に抗う意思が備わっていたのなら…!!」

「あ? そんなこと、オレが知るかよ」

 

 その絶望を、しかし無情にも槍兵は一言で切り捨てた。

 

「戦場で泣き言を口にするような弱者が何をほざこうが、誰も見向きもしねえよ。てめえも戦士なら、言いたいことはその剣で語るんだな」

 

 その言葉に、鬼面夜叉と化したセイバーが再び一刀を構える。

 

「宮本伊織、どんな気分だ?」

 

 が、その背後の地右衛門は、あくまで伊織だけを見ていた。

 

「なあ、おい。サーヴァントが危うく死にかけて、あとちょっとで敗北するところだったっていうのに、テメエのその顔は、なんだ?」

「何?」

「恐怖したか? 次は自分が死ぬかもしれねえとは思わなかったか? セイバーの宝具を目の当たりにして、テメエが感じたものは…なんだ?」

「……」

 

 恐怖? 違う。

 戦慄? 違う。

 絶望? 否、否、否。

 

 人の身を越えた絶技。宝具の域にまで達するほどの魔剣を目にした若き剣士の胸に去来したものは、紛れもない歓喜の一念のみ。

 自分が目指したものの果ての果て。幼き日、あの月の夜に焦がれた剣の極み。かつてのそれとは別の方向性にあるものとはいえ、しかしそれを目にして、剣に生きて死ぬことを目指した剣士の端くれとして、どうして昂ぶられずにいられよう。憧れ、羨み、己もまたそれを目指さんとして手を伸ばさずにいられようか。

 

「ハハ! ヒィーハハハハッッ!! なんだ、なんだなんだ! 己の本性に嘘をついた善人面を、その腐りきった皮を剥ぎ取ってやるつもりだったが…」

 

 下卑た笑みを満面に浮かべた地右衛門は、地獄の果てに差し招くように伊織を挑発する。

 

「テメエ、実はもうわかってるんだろう? テメエは俺と同類だ。人の皮を被っているだけの畜生だ。さあ、その本性を俺に見せてみろよ、宮本伊織」

 

 思わず、伊織は自らの口元に手をやった。

 引き攣ったような笑みの形に歪みかけている口元の表情筋に、指先が触れる。

 

「……っ」

 

 自分の胸の奥に、ずっと仕舞い込んでいたもの。蓋をして、封をして、見て見ぬふりをし続けていたもの。

 それが、今にも顔を出そうとしている。表に出ようとしている。恐怖というのであれば、むしろその方が遥かに恐怖に値した。

 自分が、己が、何か本質的に、徹底的に、変わってしまうナニカ。

 

 ――それは。

 

「!?…おい! マスター、上だ!!」

 

 しかし。それは果たされなかった。

 剣士と対峙していた槍兵が身を翻して素早く伊織の前に立って盾になる。朱槍が振り回され、その目が頭上を仰ぐ。

 次の瞬間、空から雨あられと降り注ぐ無数の火矢。

 槍が矢を打ち払う。そこから漏れた矢も伊織が二刀で切り払う。セイバーもまた地右衛門と共に火矢の雨を逃れる。ライダーは戦車を駆って戦場を離脱する。

 

「な…なんだ…?」

 

 戦場の上空。月が浮かぶ夜空を背に、一隻の船が悠々と浮遊していた。

 日ノ本の船や南蛮の船とは明らかに造りの異なる、どことなく大陸のそれに似た古風な楼船。

 その縁に足をかけて弓を構える人影。それが何の躊躇いもなく虚空に身を投げ出し、飛び降りてくる。

 

「っ…来るぞ、ランサー!」

「ハッ、全くもって次から次へと。退屈しねえで済むのは良い事だぜ!」

 

 二人は声を投げ合って、油断なく身構えた。

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