Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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幕間
或る英雄の末路


 夢を、見た。

 それは、死に瀕した英雄の今際の際の夢。

 

 腹から、出てはいけないものがズルズルと流れ出る。

 普段は腹腔の中に押し込められている、糞の詰まった腸が残らず全部腹の外に出てしまえば、ずいぶんと体は軽くなるはずなのだが。だというのに、実際にそうなってみれば何故か体が重い。

 こんな状況にあってさえ、奇妙なおかしみを覚えながら重い体を折り曲げ、地面に落ちた己の腸を拾う。流れ出た血で泥濘と化した土で黒く汚れた腸を、さすがにこのまま戻すのはまずかろうと適当に水で洗い流してから、元通りに腹の中に無理やりに押し込める。

 

 ああ、これで大丈夫だ。――無論、そんなわけはないが。それでも、まだ、自分は立っている。立っているのなら、戦える。

 

 例え、半身が麻痺し、片方の手と足がピクリとも動かずとも。例え、塞ぐことすらできない腹の傷から腸が再び飛び出たとしても。例え、心臓を愛用の魔槍で刺し貫かれているとしても。

 まだ、立っていられる。自分はまだ、倒れていない。倒れていない限りは、まだ、戦える。

 

「…ま、だ…まだ、だ…」

 

 そう、まだ終わらない。この程度で終わってしまったら、自分が討ち果たしてきた数多の勇士達が嘆くだろう。この程度で倒れるような情けない男に自分達は討たれたのか、と。

 生まれてこの方、ずっと背負い続けてきたものがある。それを重荷だと思ったことはない。それが英雄というものだ。

 自分は赤枝の騎士。栄えあるアルスター王国の護国の勇士。まして、自分の父は光の神。母は王の妹。生まれから言っても、騎士の役儀からしても。英雄の責務として、断じて、ここで倒れるわけにはいかない。

 

 死に対する恐怖はない。自分は影の国の女王を知っている。世界の終わりまで、誰と寄り添うことも出来ずに孤独に過ごすしか無い女を知っている。あれに比べれば、死ぬことすらも出来ずにずっとそのまま在り続けねばならない哀しい女に比べれば。

 神の血を引きながら人として生まれ、英雄として死ぬことが出来る自分はまだしも恵まれているとさえ思える。

 ただ、自分はまだ死ねないというだけだ。

 

「そう、だ。まだ…終われ、ねえ…」

 

 崩れそうになる膝を掴む。その手すら無様に震えている。腕に力が入らない。なんと情けない。それでも騎士か。それでも英雄か。

 自分の不甲斐なさに苦笑し、仕方なく寄りかかった太い石柱に自分の体を縛り付ける。

 絶対に解けないよう、雁字搦めに己の体を縛って、ようやく息をつく。周囲を見回す。いまさらのように周囲を全て有象無象の敵兵が十重二十重に取り囲んでいることに気付く。

 

「…遅ぇよ。ったく、さっさと…かかって、きやがれ」

 

 半面に力の入らない顔を歪めて、歪な笑みを無理やり作る。

 怖じ気づいたように互いの顔を見合わせる敵兵に、こんな時だというのに腹が立つ。

 

「なに、やってやがる。敵を前に、竦んでんじゃ、ねぇ…!」

 

 こんな雑兵どもに、自分が討たれる?

 断じて、そんな末路は認められない。

 開いたままの傷口から再び腸が半ば以上もはみ出て、ほとんど空っぽの腹腔に怒りの熱が灯る。その熱を頼りに、恐る恐る突き出された手槍を無造作に掴み取る。出来の悪い、手入れすらも怠りがちな粗末な槍。師から授けられた魔槍とは比べ物にもならない。だが、別に何でも良かった。手を伸ばしても届かない敵に穂先が届きさえすれば。

 

「どう、した…もっと、殺しに来い…殺して、やるから、よ」

 

 どうせ殺されるのなら、こんな雑魚に殺されるなど真っ平だ。そんな無様な死に様など断じて受け入れられない。

 こんな弱兵どもに殺されてなるものか。こんな臆病者どもに殺されてやるものか。

 英雄たる自分が討たれるのであれば、もっと名のある勇士に。これならば己の首をとる誉れに相応しいと、自分が認めるほどの戦士に。

 

 どの口で、と内心で囁く声がする。

 コノートとの戦で、アルスターの戦士達は呪いによる業病によって衰弱し動くどころか立ち上がることすら叶わなかった。戦えるのは、故国を守れるのは自分一人だけだった。

 では、その敵陣に参じた名だたる勇士のほとんどを討ち取ったのは一体誰か。

 その多くは正々堂々の尋常なる一騎打ちによってのものだが、自分が仕掛けた罠に引っかかって命を落とした者、遠くから石を投げて撃ち殺した者、闇討ち同然の奇襲で首を取った者もいる。

 孤立無援の状況で故国を守るためには致し方なかった。自分の動きが封じられている間に故国が襲われれば、それで戦は終わってしまうのだから。

 が、それはあくまで彼の理屈だ。戦士の誉れを得る事も出来ず、獣のように罠で殺され、石で頭を砕かれ、あるいは草を刈るように首を狩られた勇士達にしてみれば。さぞ許し難いものであったに違いない。

 

 そうであるならば、こうして無数の羽蟲どもに集られるように少しずつ、少しずつ傷を負い、徐々に死へと近付いていく無様で醜い死に様も、当然の報いなのか。

 

「まだ…死ねる、かよ…こんな、っ…ところで…、この、オレ、が…!」

 

 半神として、王族に生まれついた血に縛られ。

 民を守るため、赤枝の騎士としての役割に縛られ。

 国を救うため、英雄としての責務に縛られ。

 

 勇敢なる戦士として、戦う相手を選ぶ自由もなく。

 誉れある勇士として、戦い方を選ぶ自由もなく。

 人として、死に方を選ぶ自由さえもなく。

 

 ありとあらゆるしがらみに縛り付けられて、ただただ孤独に、たった一人で戦い続けることを強いられた。その短い人生の、その最後の時の、その最期の一瞬まで。

 

 ――…そんな、哀れなほどに孤独で孤高なる英雄の夢を、視た。

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