Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
壱:赤坂
日ノ本の屋敷とは明らかに異なる、大陸風の意匠が各所に配された屋敷。そこに置かれた調度品。四つ足の机、優美な曲線を描く背もたれと手すりが備わった二脚の椅子。飾り棚には釉薬の掛かった陶器が置かれている。それもまた、形といい風合いといい日ノ本で使われるものとは意匠の異なるものだ。
「…この香り。この辺りじゃ嗅ぎ慣れねえ一風変わった匂いだな」
スン、と微かに鼻を鳴らして縁側に腰を下ろしている槍兵が呟いた。
「ランサー、気になるところはそこなのか?」
「あ? 他に何か気になることでもあるってのか?」
伊織は美丈夫の言の葉に軽く苦笑した。
「いきなり火矢の雨に襲われたかと思えば、隙を突かれ、あれよという間に連れ去られ、今や見知らぬ屋敷の見知らぬ座敷の中だ」
ここは敵地のど真ん中。それも、相手は相当の遣い手だろう。言ってみれば、首に縄をかけられた状態で喉元には刃が突きつけられているも同然だ。
「なんだ、そんなことか」
しかし、槍兵は軽く笑って伊織の懸念を流した。
「今更それを気にしてどうする。殺すつもりなら、わざわざこんなところまで手間かけてまで連れてくるものかよ。とっとと殺して死体はポイとそこらに打ち捨てちまえばいい」
「…まあ、そうだな」
「それをしねえってことは、だ。何かしら話したいことでもあるんだろうよ。向こうさんの狙いも素性も、それである程度は見えてくる。だから、今は腰を据えて待てばいい。勝手に向こうが出てくるまでな」
槍兵の的確かつ冷静な分析に、伊織は自分でも少し浮足立っていたことに気付き、静かに息を整えた。
「助かる、ランサー。少し動揺していたらしい」
「いいってことよ。…ほれ、折よくお出ましのようだぜ?」
横目で座敷の奥を指し示す槍兵の視線を追えば。
大陸風の仕立ての衣装を纏った二つの人影が静かに近づいてきていた。
「――俺の話をしているようだな」
逸れのバーサーカーよりも更に濃い色合いの、緑色の長い髪。そして高い知性と魅力に溢れた臙脂色の双眸。その態度は至って快活にして堂々たる青年。
その傍らで胸の前で両腕を組み、寡黙に口を閉ざしている眉目秀麗な若者は、しかし伊織とランサーに向かって上空から火矢の雨を降らせた張本人である。
玲瓏たる月光にも似た白銀の髪を頭の後ろで束ね、怜悧な金色の瞳の、その美貌は一見すれば美女と見紛うほどであった。しかし人は見かけによらない。こう見えても一廉の英霊であることは疑いの余地もなく明白である。
「挨拶が遅れてすまなかったな。間もなく膳が運ばれてくる。手際が悪くて恐縮だが、なにぶん人が少なくてな」
「貴殿が、この屋敷の主か?」
「いかにも!」
伊織の誰何に、将帥の威風を漂わせる青年は胸の前で掌を合わせる拱手の礼で応じた。
「俺は鄭芝龍が一子、鄭成功。そして我がサーヴァント、アーチャーだ。以後よろしく頼む。ランサー、そして…」
そこで鄭成功は僅かに一瞬の間を置き、眼光を鋭く研ぎ澄ませてから続けた。
「ランサーのマスター、宮本伊織と呼ぶべきかな?」
既に身許も、名もわかっているぞ、というわかりやすい威嚇。それ自体は不思議ではない。由井正雪も、地右衛門も、何故か既に伊織の名を見知っていた。とはいえ、別に伊織は世捨て人というわけではない。浅草に居を構え、知人の同心の紹介で用心棒やら借金の取り立てやら、いわば何でも屋のような雑用を働いて糊口を凌いでいた身である。少しばかり市井の噂話に耳を立てれば、宮本伊織という二刀流使いの浪人が江戸の町を動き回っていることぐらい、すぐに知れる。
「まずは、不意打ちの非礼を詫びておく。すまなかったな」
威嚇の次に、儀礼として詫びを入れてみせることで会話を円滑に進める。交渉術も達者な相手だと知れる。
「いや、我らは窮地を救われたも同じだろう。あの場でセイバーと戦い続けたとして、勝機はどれほどだったか。よしんば勝てたとしても、その後にはライダーも控えていた。連戦するには、こちらの消耗も大きかった。そうだろう、ランサー」
「まあな。そっちの兄さんにも害意は無かったみてえだしな。良い潮時と言えばそうだったろうぜ」
あそこから離脱するにしても、すんなり撤退できたかはわからない。ある意味、アーチャーの襲撃は文字通りの渡りに船であった、とも言える。
「鄭成功、二つほど尋ねたい。ここは何処で、貴殿は俺たちを何故ここに?」
「ここは赤坂の、とある屋敷だ。俺の隠れ家の一つでね。工房というよりは、塒か」
「唐土の者が江戸に暮らすとは驚きだ」
ご公儀は異国の者を厳しく取り締まっている。後の世に鎖国政策として知られるようになるそれは、天草島原にて乱が発する以前からの切支丹の取り締まりのみならず、異国との交易の制限、さらには日ノ本の者が海を渡る事、異国から戻ってくる事すら禁じるという徹底したものだ。
それら公儀の目を盗んで――どころか、こんな大きな屋敷を大名屋敷が軒を連ねる赤坂の地に堂々と構えているという事実そのものが驚きを禁じ得ない。
「しかし、貴殿は術者であるというよりも武人であり、それ以上に将帥の威風が感じられる」
「ほう? 何故そう思った?」
「見ればわかる。立ち居振る舞い、気配。剣客ではなく、多くの上に立つ威風。それは、かの征服王を自ら称するライダーには及ばずとも同種のそれだ」
「あはははは! 成る程、成る程。そうか、面白い」
愉快そうに笑う鄭成功は、改めて伊織を見据える。
「では、第二の問いに答えよう。端的に言えば――協力の提案だ」
伊織は無言のまま、目線のみで先を促す。
「無論、あくまで一時的なものではあるがな。最終的には一つきりしかない盈月を巡って、いずれ雌雄を決することにはなるだろう」
「……」
「が、そうは言っても俄に信用はされまい。まして俺は日ノ本の人間ではない。母は平戸藩士の娘だが、父は唐土の商人でね。その縁もあって明で仕官した。血はどうあれ、俺はもはや日ノ本の人間ではなく、明の人間だ。自分でもそう思っている」
混血児として、異なる国の狭間で心の比重をどちらに傾けるかは人それぞれだが、鄭成功の心は大陸を向いており、それを自ら認めていた。
「だが、それでもこの申し出は互いにとって意味がある、と考える」
「ふむ…」
鄭成功は僅かに目を細める。沈思する伊織の表情には少なからず迷いが見受けられた。それも、明らかにその心の天秤は否定の側へと揺れている。
伊織には既に吉原の高尾太夫との協力関係もあったし、ライダーを通じて由井正雪と交流の縁を結んでもいる。ここであえて、異国のマスターからの協力の申し出を受けるほどの理由があるだろうか。
「本気の程を見せようか。――アーチャー!」
ならばとばかりに、さらなる手札を切ることを決意する。
「ああ。宮本伊織、ならびにランサー」
「あん?」
「おまえたちが、申し出を受けるのならば――」
縁側に座って我関せずと月を見上げていた槍兵が呼びかけに応じて首を巡らすと、弓兵は瞼を閉ざし、爆弾にも等しい言の葉を投げ込んだ。
「私は、速やかに私の真名を明かす」
「!」
「~♪」
伊織は思わず目を見開き、そして槍兵は小さく口笛を吹いた。
「恩に着る、アーチャー」
「おまえの意を汲んだだけのことだ」
「見上げた忠義者だな、アーチャー。主の為なら、てめえの腹も割るか」
「ふ…そう言うおまえも似たようなものではないか。言動こそ軽薄野卑に見えるが、その信義は忠犬にも優ろう。ああ、私の知り合いにもよく似た男がいた。水賊上がりの、粗暴だが武勇と気骨に優れた闘将だった」
弓兵と槍兵は互いに不敵な笑みを見交わし合う。それを横目で見やって、伊織は再び問いかけた。
「鄭成功。俺たちと力を合わせ、何を為す?」
「蛇を倒す」
その答えは端的ではあったが、この場の全員にとって意味は明白だった。
「アサシンか」
「ああ、手練れの英霊だ。単独ではどうにも仕留め切れずに参っていた。そのために協力者が欲しい」
己は影に潜んで妖蛇を操り、標的が消耗しきったところで奇襲する。確実な戦果を狙い、不利と見れば即座に退く。そこには功名心や見栄の類いは存在しない。冷徹に、冷静に、ただ淡々と目前の任務を果たすだけの熟練の職人めいた手並み。
鄭成功は顔をしかめ、嘆かわしげに頭を振った。
「大量の毒蛇大蛇を操り、性質の悪いことに一匹一匹の蛇毒も強力だ。たった一騎に、俺の配下は大打撃を被った」
「奴は神出鬼没。単騎で各霊地に現れ、大蛇の軍勢をその場に顕す。あれを繰り返されては、何処の霊地にも手が出せん」
弓兵もまた、自らに打つ手がないことを静かに認めた。
「一度は刃を交えた。だが、九死に一生を得たのは俺の方だ。辛うじて退けはしたが、この首に手をかけられる寸前まで、まるで気配が無かった。微塵もだ」
あの一瞬は冷や汗をかいた、と鄭成功は大袈裟に首筋を拭ってみせる。
「この私でさえ、気配を察せぬ相手だ。私の首が狙われたのであればともかく、マスターを狙っての奇襲を防ぐのは容易ではない」
弓兵の述懐に、槍兵は沈黙を守る。自分ならば探索のルーンを使って居場所を探ることも出来なくはない――が、わざわざそれを教えてやる義理もない。
「兎も角、協力共闘を申し込む理由は以上だ。奴を倒すにせよ、正体を探るにせよ――或いはマスターの居所を探るにせよ、俺とアーチャーだけでは少しばかり荷が重い。何しろ江戸は広い! そうだろう?」
土地勘、という意味でも江戸の住人たる伊織の方が優位ではある。異国の血を引く鄭成功が、その土地の者に話を聞こうとしても、どこまで協力を得られるものか。確かに話の筋は通っている。
「だが、何故俺たちに話を持ちかける?」
「ああ、それか。――おまえを見て『これだ』と思った。おまえには、きっと俺と同じものが見えている。そう感じた」
「……」
「ま、単純に考えても敵が一組減り、味方は一組増える。いずれまた敵に回るとしても、それはそれだ。今の時点では悪い話ではない筈だが――どうだ?」
伊織は思案し、そして傍らの槍兵を見た。
「好きにしな。どっちにしてもオレがやることは一緒だ。敵は倒す。それだけだ」
美丈夫の放言に伊織は微かに笑い、そして頷いた。
「解った。その申し出を呑もう」
「応」
「…構わないな、マスター?」
協力関係を言い交した二人のマスターに続いて、弓兵が最後の確認をとる。
「無論。勿体つけずに教えてやるといい」
「では。――我が真名、周公瑾。孫家の臣だ。妄りに口にはしてくれるなよ?」
躊躇いもなく明かされた英霊の名乗りに、伊織は目を大きく見開く。
「…孫呉の軍師にして大都督・周瑜か!」
またの名を美周郎。孫呉三代に亘って仕えた無二の忠臣にして、遠く大陸から海を隔てた日ノ本においてすらその名を広く知られる、三国志における知勇兼備の名将である。
「ならば、あの船は…」
「アーチャーの宝具の一端、楼船だ」
「一端、か。それはまた、凄まじいな」
つまり、かの空に浮かぶ船ですら本気には程遠い、と。
「同感だ。まったく以て同感だとも。本来なら、アーチャーは俺のような若輩者が傅かせてよい相手ではない。詳しくは聞かないが、そちらのランサーもさぞかし名のある英霊なのだろう」
「……」
それに対して、伊織は沈黙のみを答えに代えた。自分は、槍兵の真名を知らない。生前の事績も、宝具も、逸話も、何も知らない――けれども。
「…ん? なんだ、マスター。オレの顔になんかついてるのか?」
その人となりは知っている。その心根は尊く、自分のような未熟者をさえマスターとして、主として立ててくれている。それ以上に何を望むというのか。
「いや、何でもない」
「そうか」
伊織に軽く笑いかけた槍兵は、ふと顔を上げて屋敷の奥へと目線を投げる。
「旦那様。夕餉の支度が整いました」
侍従と思しき老爺が姿を現して、丁寧に頭を下げる。
「おっと――丁度いい! 話もまとまったし、食事の支度も整った。今晩は宴といこう。今宵は美味い酒が飲めそうだ!」