Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
カヤに事情のあらましを掻い摘まんで説明し、魔術工房と化した長屋の留守を任せる。
ついでに鄭成功と念話礼装で打ち合わせを行い、今後の方針について話し合った。浅草を起点に西へ西へと足を伸ばした昨日とは異なり、今度は南に向かって捜索することになる。
今日の目的はアサシンの動きを探る、もしくはアサシンのマスターに関する情報を入手すること。
盈月の儀に参戦している主持ちのサーヴァントの内、既にセイバー(地右衛門)、ランサー(宮本伊織)、アーチャー(鄭成功)、ライダー(由井正雪)、バーサーカー(高尾太夫)の陣営については判明している。
残りはアサシンとキャスターのみ。しかし、その残りの二騎は片や気配遮断スキルによって所在を隠すことに長け、片や陣地作成スキルによって防護堅牢な工房を構えることが可能なサーヴァントである。
いずれも軽々しく外を出歩きその姿を衆目に晒すとは考えにくいだけに、捜索は難航が予想される。
「…だから、捜索に時間をかければそれだけ怪異やら何やらを相手にする回数も増えるだろうってのは、わかる。それに、昨日みてぇにアサシンが操る蛇どもに襲われた時に備えておく必要があるってのも、わかる。わかるが…だからって、あの野郎に協力を仰ぐってのは、なぁ…」
浅草の通りを歩きながら、ランサーは苦虫を噛み潰したような顔で愚痴をこぼす。
「そうは言っても、あの若旦那が色々な品を蔵に収めていると教えてくれたのは貴殿ではないか」
「オレはそういうつもりで言ったんじゃねえ。あの野郎には隠し球が幾らでもあるから気をつけろって意味だ」
そう言いながら二人が辿り着いた問屋街には、やはり場違いなまでに派手な店構えの縮緬問屋『巴比倫弐屋』が鎮座ましましている。
「なんだ、また来たのか。雑種。ここには貴様が口にするような餌など転がってはおらんぞ、狗」
「…やっぱ殺すか。ここで今すぐ」
「待て、ランサー。頼むから、今だけは堪えてくれ」
来店して開口一番に煽られた美丈夫がこめかみに太い血管を浮き上がらせる中、必死にそれを宥める伊織は若旦那に向かって深々と頭を下げる。
「連れの無礼はお詫びする。が、それを押しても貴殿にお願いしたき儀があり、推参した次第」
「ああ、そうか。よもや薄汚い蛇めの所在が知りたいとでも言うか?」
「っ…!? まさか、ご存じなのか」
「ハッ、笑わせるな。あの程度の毒蛇に、王たる我(オレ)がいちいち目を向ける価値すらもないわ」
「そ、そうか。これは失礼を」
「良い。雑種ごときに王の如き視座を持てと言うのも無理な話よ」
伊織の早合点を軽くいなした若旦那は、着物の袖口から幾つかの赤い貴石をこぼして見せた。
「雑種、貴様が欲しているのはこれであろう?」
「…流石のご慧眼、感服した」
紅玉の書が指南によって剣のみならず術にも心得がある伊織だが、半人前の術者の悲しさ、その行使には触媒となる貴石が絶対に欠かせない。しかも、これらの貴石は基本的に使い捨てであり、再利用が叶わない。かといって、それらの貴石は江戸の万屋になど流通してはいない。
他にも魔術工房で貴石を生成する設備を整えるという手もあるにはあるが、残念ながら今の時点では、そこまでの機能を長屋の工房に備えるまでには至っていなかった。
まとまった数の補充の目処を立てるため、あるいは若旦那なら仕入れることも叶うかと僅かな可能性に縋るつもりで訪れてみれば、まさかの現物を目の前に見せつけられるとは思っていなかった。
「ふはははは! 当然であろう? 我(オレ)の蔵に存在せぬものなどこの世に一つもありはせぬ」
「つっても、どうせ足元を見て値を吊り上げてくるに決まってるがな。王様気取りのくせに了見の狭い野郎だ」
「おい、ランサー」
聞こえよがしの悪罵を吐き捨てる美丈夫に、思わず若旦那の顔色を窺う伊織だが、思いのほか若旦那は怒りの色を露わにはしていなかった。
「物の道理を狗ごときに語り聞かせてやるのも勿体ないが、まあ所詮は路地をうろついては餌を探す程度の野良犬の視点では、世の理なぞわかるまい。そも、経済とは価値の交換である。王たる我(オレ)にとっては価値なき瓦楽多(ガラクタ)も、市井の雑種どもの目には至上の価値ある品にも映ろう」
堂々たる声で若旦那は一席をぶった。
「価値ある物と価値なき物を交換する。そしてまた、手に入れた物を別の物と交換する。貨幣とは、その交換を円滑に回す為の油の如きもの。質の悪い油、すなわち悪貨はその交換を逆に阻害し、歯車を錆び付かせその回転を止めるも同様に経済を停滞させる。そして戦はもっと悪い。油の代わりに血を流しているようなものだ。すぐに血脂で歯車はべとつき、使い物にならなくなるであろう。…わかるか、雑種」
「ご高説、真にご尤もかと」
「ふむ、多少は物の道理をわきまえていると見える。ゆえに、貴様が欲するものの値は極めて正当なものだ。金を払ってでも欲しがる者に、あえて安値で物を売っては商売にならぬからな。とはいえ――」
貴重な教授に真剣に耳を傾け聞き入る伊織の態度に満足げな若旦那は、しかしその隣で満面の殺意に顔を引き攣らせている槍兵を鬱陶しそうに見遣り、嘆かわしげに息を吐いた。
「そこな狂犬に噛みつかれて我(オレ)の手を煩わされることがあってはたまらん。こう見えても我は忙しい。いちいち狗の鳴き声になど、かかずらってはいられん。故に、雑種。貴様がいじましくもせせこましく手に入れてきた品を我に献上せよ。それで幾分かは割り引いてやる」
万屋に持ち込んで代金の足しにするつもりで、昨日の探索の途中で路地に落ちていたものや、あるいは襲ってきた牢人や怪異が遺したものなど、様々に種々雑多な品々を風呂敷に包んで持ってきていたが、これを若旦那が引き取ってくれるとなれば手間が省ける。
包みを開いた伊織がそれらを見せると、一瞥した若旦那は素早くそれを選り分けた。
「これと、これと…これ、あとはこれもか。これらは持って帰れ。我(オレ)よりも貴様の方が必要とするであろうからな」
「承知した」
「…まあ、残りのこれらは…ふむ、こんなものか」
正直なところ、流行りの絵師が描いたらしい浮世絵やら大吉の御神籤などはまだしも欲しがる人間もいるだろうが、粉々に割れて音の出なくなった風鈴やら、錆びついた永楽銭など、それを引き取ったところで一体誰が欲しがるのかと疑問に思うものまで含まれていたが、若旦那は構わずそれらの品々の隣に一掴みの赤い貴石を転がした。
「持って行け」
「! ありがたく頂戴する」
若旦那の気が変わらぬうちにと、素早く伊織が貴石を掴むと、静かに、しかしさりげなく貴人がその手首を軽く押さえた。
「…何か?」
「雑種よ。せいぜい我(オレ)を興じさせよ。道化の芸が我の目に適うほどのものとなったならば、さらなる褒美をくれてやろう」
囁くように低い声を伊織の耳に流し込むと、その謎めいた言葉の意味を問うよりも先に若旦那は手を振って退去を促した。
そして二人が並んで店を出るや否や、早速槍兵が気遣わしげに伊織に尋ねる。
「おい、マスター。あの野郎に何か妙なことを吹き込まれたりはしなかったろうな?」
「いや、何も。むしろ今後も精進しろと励まされたようなものだ」
「本当かよ、おい」
「ランサー、むしろどうしてそこまであの若旦那を毛嫌いするのか訊いても良いか? 確かに貴殿の言うとおり、とてつもなく気位が高い人物ではある。貴殿に対してもあまりにも暴言が過ぎると言われれば否定は出来ん。が、あの気配、あの見識、あの慧眼、どれをとっても尋常ではない。むしろ普段の幼子らに対する態度を見る限り、王を称するに相応しい貴人ではないか。まして、お互いに初対面の相手だろう?」
伊織の視点から若旦那を客観的に見れば、確かに傲慢な言動が目につくのは事実だが、その態度に見合うだけの非常に高い能力の持ち主だ。むしろ、あれだけの能力と見識、叡智と財力が揃っている人物にしてみれば、なるほど周囲の全てが愚かな小物に見えても仕方ないとさえ思える。
逆に、それほど全てに恵まれた人物でありながら、よくも市井の子供達の無邪気な無礼に対しても鷹揚に接していられるものである。幼子に対しての対応に限って見れば、それはいっそ慈悲深いとさえ言えるほど。そう思ってよく見てみれば、征服王を称するライダーのような磊落さとは別の意味で人間的な魅力もある。
そこまで考えれば単純に馬が合わないという以上に、この二人の間には妙に因縁めいた拗れた関係があるように伊織の目には映ったのも事実である。
「…あー、まー、そうだな。実際オレにもよくわからねぇが、半分は勘みてぇなもんだ。あの野郎は自分の愉しみのためなら、マスターだろうが誰だろうが平気の平左で殺しにかかるクソ野郎だってな」
「そ、そこまで言うほど…か?」
「応よ。言っておくが、脅しや物の喩えとかじゃねぇぞ?」
今にも道端に唾を吐き捨てそうなほどに口をへの字にひん曲げた槍兵は、伊織に心から忠告した。
「何ならオレからの頼みってことにしたっていい。とにかく、あの野郎にはなるべく関わるな。絶対に碌な事にならねえ。いいな、マスター」