Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
浅草から一路南下した二人は柳原土手で陰陽師らしき謎の一団と遭遇したものの、式神の足止めにより手がかりらしきものは得られず。
しかし、その次に訪れた日本橋で遭遇した異国の船乗りを追って、今度こそと意気込む二人は追撃の足を速めた。
「こっちだぜ、マスター。連中の匂いは独特だからな。わかりやすい」
「そうか。せめて一人は捕らえて、何を目的としているのか仔細を聞き出したい。吉原について聞き込んでいたというなら、狙いは高尾太夫やもしれん」
「あるいはバーサーカーの方かもな。あの婦長とかいう姐さんも、見た感じこっちの人間じゃなさそうだったし。真名が知れりゃ弱点なり得意不得意なり、何にせよ対策もしやすくなる」
猟犬の如く鼻の利く槍兵が先導し、増上寺の敷地に足を踏み入れる。徳川家の菩提寺である増上寺には二代将軍秀忠とその正室である崇源院の亡骸も葬られている。こんな時でもなければ要らぬ騒ぎを起こしたことを参拝して詫びるところだが、今は境内の一角で集まっている船乗りたちの方が優先だ。
「くっ、もう追いつかれたか」
「観念したらどうだ? 逃げ続けるのにも疲れるだろう」
「誰が貴様らなどに…! 今ここで片付ける!」
「やはりそうなるか」
「だろうな。見た感じ、誰かの指図で動いてるだけみてえだしな。大人しく飼い主のところまで案内してくれるんなら、そう手荒な真似をするつもりもねえんだが」
どうあっても降参はしてくれそうにない相手の剣幕に、伊織もやむなく刀に手をかける――が。
「剣呑だな。死者の眠りを妨げるとは、双方にとってそれほど重大な用件なのか」
その、静かで端的でありながらも何故か聞く者に耳を傾けさせるような不思議な声音。
白い、全ての汚濁を断ち切った汚れなき純白の髪に研ぎあげられた名刀の如く鋭利な青い目、神々しささえ感じられる黒と黄金の具足。一見して戦に臨む武人めいた風体にもかかわらず、その落ち着いた静謐な佇まいは三昧の境地にも達した古刹の高僧の如く。
「な…何者だ、貴様!」
異国の船乗りが誰何の声を上げるところを見る限り、この青年は少なくとも彼らの側に立っているわけではないらしい。
「何者、か。ここに暫し間借りさせてもらっているだけの、無宿人だ」
無宿人を自称する青年は、しかし拠り所を失った人間によく見られる荒廃した心を窺わせる無頼漢めいた雰囲気とは無縁だった。むしろ気高さすら漂わせる高潔な武人めいた雰囲気に、これならば増上寺の僧たちもおそらくは喜んで受け入れるのではないかとすら思わせる。
「こいつは…」
美丈夫が目を見開いた。目の前の青年を一瞥しただけで、それ以外の全てに興味をなくしてしまったようにその顔を凝視している。
「知り合いか、ランサー」
「知らねえ相手だ。初対面には違いねえ。だが、見りゃわかる。こいつは、とんでもねえ。わかるだろ、マスター」
「ああ、武者震いしそうだ」
伊織らが青年に向き直ると、異国の船乗り達は互いの顔を見合わせ、頷きを交わす。
「新手のサーヴァント、情報にない個体か。散開!」
「散開しろ、情報は必ず持ち帰れ!」
叫び合いながら四方に散って逃亡を開始する船乗りたちを、しかし伊織らは追わなかった。追えなかった、と言うべきだろう。
「悪ぃな、マスター。ここは今すぐ連中を追うべきだ、と、オレも頭じゃわかっちゃいるんだがよ」
「そうだな。そうするべきなのだろうな」
長身を撓ませて身構える槍兵の謝罪に、しかし伊織はそれを咎められない。
「気にするな、ランサー。俺も、ここで下がれば悔いが残ると感じている」
「へぇ? そいつは嬉しいねえ。理解のあるマスターを持てたオレはツイてるぜ」
満身に戦意を滾らせる美丈夫を前に、白髪の青年は無言で手を虚空に翳す。槍兵の真紅の魔槍も身の丈を超えるほどの長柄武器だが、それをすら上回る長大な、神々しいほどに眩い黄金と黒の巨大な槍。
「逸れのランサー…!」
むしろ、この武装を前にそれ以外の可能性など考えられない。
「お前たちが何者であれ、紛れもなく一廉の戦士であり、その邪念なき純粋なる闘志に敬意を表し、オレも全力で応えよう」
「応とも! 余分な言葉は要らねえな! オレたちのような馬鹿は死んでも治らねえんだからよ!」
飛び出した美丈夫が突き出した朱槍と、応じた黄金の槍が火花を散らして打ち合わされる。さながら気心の知れた戦友同士が挨拶を交わすが如く。
かつての戦国の世においては騎馬ごと甲冑を纏った乗り手を切る斬馬刀なる刀剣が存在したというが、それをすら上回る超重量武器であろう黄金の槍を手足も同然に自在に振り回す白髪の青年は、神速をもって駆け回る美丈夫が繰り出す刺突の雨に広い間合いを制圧する薙ぎ払いをもって応じる。
「ヒュゥッ! こいつはすげえ! 一撃を喰らったらオレでも死ぬかもな! マスター、間違っても前に出過ぎるなよ!?」
「承知!」
広い境内でなければ、ただ振り回すだけでも周囲を巻き込みかねない長大な武器でありながら、しかし白髪の青年は寺の瓦の一つ、立木の一本にすら傷をつけぬように精密に間合いを測り、その槍を丁寧に操っていた。その技量は紛れもなく達人の域に在る。
「良い主従だ。限りなく似た者同士が巡り会ったと見える」
「おいおい、マスターをオレと一緒にしてくれるなよ? これでもマスターは江戸の民草の平穏を守るために戦ってる人格者だぜ?」
二人の槍兵が互いに技の応酬を繰り広げながら、鋭い言の刃を交わし合う。
「…破魔の力よ、仮初めの一時なれど、この身に宿れ」
前衛の美丈夫が相手と打ち合ってくれている間に、伊織は懐から赤い貴石を一つ取り出し手の中に握りしめて呪の文言を唱え、握り砕く。
逸れのライダーであるタマモアリアの呪術に比べれば効果も貧弱でその持続時間も短いが、全身に巡らせた魔力は神秘の具現たるサーヴァントにすら届くものとなる。若旦那から貴石を補充できなければ、こういった戦闘補助に消費するのも叶わなかっただろう。
「ふっ…!」
白髪の青年の背後に回り込み、その意識を幾ばくかでも前面の美丈夫から逸らそうと一刀を撃ち込む。
背を向けたまま槍を独楽のように回転させ、まるで背中にも目があるかのように打ち込みのことごとくが受け流される。
「……! やるな」
しかし、その程度の反応は予想している。仮にもサーヴァントたる英霊ならば、その程度の芸当は目を瞑っていてさえ苦も無くこなすだろう。ゆえに、伊織に動揺はない。防がれることは承知の上で打ち込み続ける。
「ハッ! マスターを働かせておいてオレが怠けるわけにゃいかねえよな!」
後背からの伊織の間断なき攻めによって、白髪の青年の鉄壁の防御がほんのごく僅かに開く。針の穴にも等しい極小の隙を、しかし美丈夫は見逃さなかった。
「オラオラァ…っ!!」
振り回した真紅の魔槍が黄金の槍に叩きつけられる。金属と金属が激しく衝突し、火花が散り、灼けるような焦げ臭い匂いが立ち込める。防御の上から無理やり相手を押し込むような、流れるような連続攻撃。一つ、二つ、三つ、そして四つ。乱打されるのは、全てが全て全身の膂力を振り絞った全力攻撃。
「ぬっ…」
一撃目は防げても、二撃目で腕が上がる。三撃目で槍が浮く。そして、四撃目で青年の足が僅かに下がる。嵩に懸かって美丈夫が更に踏み込む。跳ね上がった足が黄金の槍を持ち主である青年ごと押し込む。そこは、青年の背後に回り込んでいる伊織の間合い。
右手の一刀を構えた伊織が、赤の貴石を握った左手を己の背後に回す。
「ぬおおおっ…!!」
魔力を故意に暴走寸前まで増幅させ、自らの背後で貴石を炸裂させる。その爆風が、衝撃が、伊織の背中を押す。かつて緊急の回避の手段として活用した爆発を己の推進力に転化した伊織が文字通りに自身の体を爆発的な勢いで突進させる。
「ぐっ…!」
突き出された一刀を黄金の槍で受けるも、ほんのごく僅かに防御が遅れた。伊織の切っ先を逸らしきれず、その一刀が白髪の青年の頬を薄く切り裂く。ただの浪人が、生身の人間でしかないはずの伊織の剣が、マスターを持たぬ逸れとはいえサーヴァントに。その身に、確かに届いた一瞬だった。
「…や、った…!」
剣士の端くれとして、紛れもない歓喜と達成感に胸が満たされる。その情念に囚われ、思わず追撃の手を止めてしまっていたことに気付いたのは、白髪の青年が体勢を立て直してからのことだった。
「やるじゃねえか、マスター。…ま、それがあのクソ野郎から手に入れたブツのおかげかと思うと少しばかり複雑だがよ」
「…まだ、それを言うのか。ランサー、貴殿が若旦那を嫌うのは筋金入りだな」
隣に並んだ美丈夫の悪態に、伊織は微苦笑を禁じ得なかった。その二人と向き合う白髪の青年は、頬の傷を指先で確かめていた。それは傷とも言えないような小さな切り傷だ。サーヴァントではなくても、生身の人間でさえ何もせずとも数日もあれば治る程度のもの。
「…非礼を詫びよう」
しかし、それを紛れもなく己の落ち度だと謙虚に認める青年は、まっすぐに伊織を見つめた。
「おまえは戦士(クシャトリヤ)だった。にもかかわらず、オレは正面から向き合わなかった。戦士に対し侮辱に等しい。すまなかった」
「……!」
認められた。
英霊として座に招かれるほどの、歴史と人理にその名を刻むほどの偉業を成した相手に、自分が。
伊織は一刀を握る右手に満身の力を籠める。そうでもしなければ、この胸に滾る想いを抑えきれない。
「と…んでも、ない。貴殿こそ、まさに英雄そのものだ。その槍、その腕、その技。見ただけでもそうだろうと思ってはいたが、刃を交えて、改めて確信した。貴殿は、まさに英雄と呼ばれるに相応しい」
「同感だ。てめえが何処の英霊かは知らねえが、さぞ名のある大英雄なんだろうぜ。てめえがもし主持ちだったら、こうもあっさりと防御を崩せたとは思えねえ」
「過分な評価だ。オレは、どこにでもいる、ただの男だ」
掛け値なしに心からの賛辞を贈る伊織たちに対し、青年は驕ることなく阿ることなく、あっさりと言ってのけた。これだけの黄金の具足と黒金の槍を保持する大英雄が、奇を衒うことすらなく、真顔で。
「…他のヤツが言えば嫌味か皮肉かと思うところだけどよ。こいつが言うと本気でそう言っているようにしか思えねえから不思議なもんだ」
「全く同感だ。こういう人格者だから英雄と呼ばれるのか。あるいは、これほどの人格者であってさえも、戦いにかける想いからは逃れられんと嘆くべきか。迷うところだな」
三人はつい今しがたまで激しく刃を交わしていたとは思えぬほどに穏やかに会話を交わす。そこで白髪の青年は、何気なく小首を傾げた。
「それはそうと、おまえたちが追っていた連中は放っておいていいのか?」
「あ、いや、そうだった。すまん、ランサー。今からでも匂いで追えるか?」
「さすがに今からではちょいと無理だな。だが、オレたちが北側から追いかけてきたってのに、あえてまた北に戻るってのは考えにくい。となれば――」
「南か。ここからだと海沿いに行けば品川に出るな」
東海道沿いの巨大な宿場町であり、港を抱える品川は昼夜を問わず常に多くの人間が出入りしており、外からの人間も紛れ込みやすい。追っ手から逃げ込むのであれば、真っ先に考え付く場所だ。
「そうか。邪魔をしたな」
「気にすんな。むしろオレたちが勝手に挑んだだけだしな」
「そうだな、ここは俺たちの方が非礼を詫びるべきところだ。謝罪する、逸れのランサー」
「それには及ばん。おまえたちのような悪意なき真正の戦士と立ち会えたのはオレにとっても幸運だった。感謝しよう」
そう言った青年は伊織の顔を改めて見つめる。
「ランサーのマスター。おまえは戦士としての己を恥じているのか?」
「…っ!?」
何の脈絡もなく。そして何の悪意もなく。ただただ、それは純粋な疑問としての短く静かな言の葉。
「…俺は」
そして、その端的な問いに対して、伊織は己の内心を上手く言語化することが出来なかった。
己の内面を鋭く突く、その問いに。自分は、どう答えるべきなのか。どう答えるのが正解なのか。
「……」
「答えたくなくば、別に答えずとも構わない。不躾な問いだった」
「いや…」
「おい、マスター。大丈夫か?」
「ああ。問題は無い」
ひとまず、それについて考えるのは後回しにして、伊織は先を急ぐことにした。そうして、問題を棚上げにする自分から目を逸らした。
「いずれまた、会うこともあるだろう。再会を楽しみにしている。ランサーと、そのマスター」
「はははっ、そいつはオレの台詞だぜ。是非ともまたやりあいてえから、その時はよろしく頼むぜ、逸れのランサー!」
「…今日のところは、これで失礼する。申し遅れたが、俺は伊織。宮本伊織だ」
「イオリ、か。覚えておこう」