Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
「!…あれはまさか、南蛮船か」
江戸城が将軍家に海産物を献上する御菜八ケ浦の一つでもある品川浦。それらの漁船のみならず上方へ向かう廻船なども停泊している湊の一角に、遠く海を隔てた遥かな異国の船が堂々とその姿を晒していた。
帆柱の数は三本。そして船体の側面には砲列を備えてすらいる。おそらく用途としては商船ではあるのだろうが、はっきりと武装し、大砲を備えてすらいるガレオン船の入港を公儀が認めたという事実そのものが伊織にとって大きな驚きだった。
「あら、そこのサムライたち。ガレオン船を見るのは初めてかしら?」
うら若き、天鵞絨を思わせるしっとりとした耳通りの良い美声が港に響いた。
「貴殿は――」
「あの船の主人よ。オランダの商人といったところね」
赤みを帯びた濃い茶色の長い髪を港の潮風に揺らし、瑞々しい体の線が浮き出る異国の衣装を纏い、その短い裾からは伸びやかな長い脚が見えている。
光の加減で紫の彩りを帯びる聡明そうな茶色の瞳で伊織とランサーを等分に見据える女性の傍らには、長身の虚無僧が無言で控えている。
「貴殿、随分と日ノ本の言の葉を流暢に話すものだ」
「ローマではローマ人のように振る舞え…ジパングの言葉では『郷に入っては郷に従え』よね?」
「敵を知り己を知れば、か。見上げた心意気だ」
「孫子ね。そちらも流石はサムライといったところかしら」
「孫子を知るとは驚きだ」
「知は力なり、でしょう?」
伊織と女商人は軽く言の葉を交わし合う。大陸の古い軍略にすら通じる高い教養と機知に富んだ人物と見えて、また異国においても初対面の相手でありながら物怖じした様子もない。大海を越えて商いをするだけあって、その気骨もまた大したものである。
「姫、そろそろ商談の頃合いだが」
そうしているうちに、虚無僧の深編笠の下から低い声が響いた。
「あら、もう? 残念」
そう言いつつも、さして残念そうでもない辺り、これも一つの社交辞令か。まさか一介の浪人に過ぎぬ伊織との会話をそれほど惜しむとも思えない。
「ごめんなさい。そういうことらしいわ。――ところでアナタ。私はPrincess(姫)ではないと云っているでしょう? Ladyと呼びなさい、Ladyと」
「申し訳ない。異国の事情には疎いゆえ」
「言い訳はいいの。ほら、練習して。はい、Lady――ね?」
「れでい様」
「様は不要よ? Ladyにはすでに敬意が含まれているの」
「ほう…」
虚無僧と女商人は伊織とランサーのことなど忘れたかのように話し合っている。表情こそ初めと変わりないものの、むしろ伊織と話している時よりも楽しげにさえ見えた。
「……。商談の頃合い、なのでは?」
放っておくといつまでも続きそうな会話の流れに、なんとなく疎外感を覚えた伊織が肩を竦めたくなる気分を堪えて助け舟を出す。その隣では美丈夫が憚りもなく欠伸をしていた。
「あら、いけない。ふふふふ!」
伊織から指摘を受けた女商人は口元に手を当てて上品に笑ってみせる。
「では、ごきげんよう」
「ああ、――っと、レディ。これにて失礼する」
「ええ、縁があればまた会いましょう?」
早速、相手には何やら拘りがあると思しき単語を見よう見まねで使ってみせた伊織に、その拙い発音に女商人は仄かに微笑んでみせた。おそらくは、さして期待もしていないであろう再会を期する挨拶をそれでもしてくれたのは、彼女なりの礼の意味もあるのかもしれないが。
すれ違う際に、伊織の隣の美丈夫が間近から深編笠で隠された虚無僧の顔を暴こうとするかのように鋭い眼差しを投げた。が、長身の虚無僧は動じる気配すらも一切なく、無言でそれをやり過ごした。
二人の背中を見送った女商人は、誰に見られているかもわからない公共の場であるがゆえに、そしてこの地において自分が常に衆目を集める存在であることを自覚しているがゆえに、唇を読まれることすら警戒して口を動かすことなく問いを舌の上に乗せる。
「アナタにはどう見えたのかしら、アサシン?」
「…目障り極まりない。そして、惜しいな。同情すら抱く」
「ふうん…」
やや意外そうに横目で傍らの長身を見たのは、この気難しく無愛想な男がよりにもよって『同情』などという言葉を珍しく口にしたのが少しばかり気にかかったのだろう。
「どうあれ、退場してもらう必要があるようね」
尤も、盈月の儀において退場させずに済ませられるような生易しい相手など最初から一人もいないのだが。
「次に私たちのTerritoryへ足を踏み入れた時が、あのサムライたちの最期よ」
時計塔の魔術師。そしてスウェーデン貴族にして次の出島オランダ商館長の地位に就くことが内定しているフレデリック・コイエットが娘ドロテアは、不敵な笑みを浮かべて嘯いた。