Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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陸:風の型

 品川から浅草に戻るついでに、美丈夫は夕餉を屋台のかけ蕎麦で、その隣で伊織はうどんを啜って手早く済ませる。

 それから長屋に戻ると、既に調査先から一足早く赤坂へと戻っていたらしい鄭成功が今日の成果を待ち侘びていた。

 

「等々力不動尊、か」

「ああ、そこで魔術行使の痕跡を見つけた。霊脈を利用して魔力を集めているのだろう。魔力の流れは南方へ続いているようだったが…、痕跡を探す過程で敵の妨害に遭い、それなりの犠牲が出た。それで深追いはやめて、引き返してきたところだ」

「霊脈の魔力か。それで何をするか心当たりはあるか?」

 

 伊織の問いにアーチャーが口を開いた。

 

「順当なところではサーヴァントの強化あたりか。或いは、結界の維持に充てているか」

 

 敵の目的を推察する弓兵の隣で、そのマスターがさらに踏み込む。

 

「等々力不動尊の南に何かがあるのは間違いない。手分けして、更に南を探ってみるか?」

「ああ。敵の本拠に至ればよいが」

「そちらはどうだった? よもや何の成果もなし、ということはあるまい?」

 

 期待とも挑発ともつかぬ問いに、伊織は傍らの槍兵と思わず目を見交わした。無言で軽く笑う美丈夫に頷きを返してから、伊織は口を開く。

 

「噂を聞いた。吉原の様子を探る異人がいる、と」

「ほう、吉原。バーサーカーの根城だと聞くが」

 

 そういう鄭成功も、おそらく一度は手の者を潜り込ませようとはしたのかもしれない。そして、あの巨人――逸れのバーサーカーに追い払われたと見るべきか。

 

「ああ、あちらのマスターには縁がある。明日にでも出向いてみよう。それと、一応伝えておこう。品川湊で――」

 

 そう言いかけた時、突如として通話が乱れた。

 

「どうした、――? 駄目だ、――な。――たか?」

「鄭? よく聞こえないが…」

 

 先方の声が途切れがちになり、やがて映像そのものもプツンと切れてしまう。

 

「ありゃ。あちらの礼装の問題ではないのか?」

 

 長屋の中を勝手にフラフラと動いている紅玉の書が呆れたようにぼやくが、立ち上がった槍兵はそれを否定した。

 

「それは無いだろうぜ。となれば話は簡単だ。――敵さんのお出ましってわけだ。マスター、寝る前に軽い運動としゃれこもうぜ」

「それはまた健康的で結構なことだ」

 

 二人は軽口をたたき合いながら長屋の外に出る。すると、既に塒の周りには怪異の群れが押し寄せてきていた。

 

「かーっ、こりゃまた随分とわんさか湧いてきたもんだ。ほとんど雑魚ばっかりだが、数だけは多いな」

 

 槍兵が真紅の魔槍で周囲を薙ぎ払いながら、しかし少しばかり数を減らしたところでその勢いは全く衰えない敵の様子に小さく舌を打つ。伊織も一対多数に向いた水の型で迎え撃つが、どうしたところでこちらは二人、敵は無数。多勢に無勢。このままでは守りを突破され長屋の工房にも被害が及ぶ。

 

「これでは、足りんか…?」

 

 探索の途上で遭遇した怪異をその場で打ち払うのと、向こうから群れを組んで襲ってくるのを迎撃するのとでは勝手も違う。槍兵は一騎当千、万夫不当の益荒男であり英雄に相応しい魔槍の達人だが、伊織は所詮一介の浪人に過ぎない。

 手にした二刀も業物ではあるが無銘であり、その刃は人斬り包丁とそう変わらない。つまり、人ならざる怪異を相手取るには効果が薄い。盈月の儀の影響か、刀の鐔や鞘、柄巻に目貫といった拵えに魔力を帯びた品を討たれた怪異が遺すこともあり、目ぼしいものが見つかれば交換したりもしてはいるが、それでもまだ足りない。

 

「伊織、伊織や」

「っ…、爺さん、今は忙しいんだが」

 

 攻め手の数に圧され、じりじりと長屋の目の前まで戦線を下げざるを得ない伊織は背後からの紅玉の書の声に振り向く余裕すらなかった。前方で槍兵は一歩も退くことなく敵に囲まれていながら孤軍奮闘してはいるが、情けないことに伊織がそれについていけていない状況である。

 

「慌てるでない。恐れ怯むでない。敵をよく見よ。相手は人ではないのじゃ。人と同じように斬ろうとしても、上手くいくはずがなかろう」

「それはわかっているが…」

「いいや、わかっておらん。五輪の書、風乃巻に曰く、『他流の道を知るべし。二天の見地より他流を見るが如く、他流の見地より己を省みよ。剣の理から柔の術を学ぶが如く、柔の真髄より剣の極意を知るべし』じゃ。伊織よ、儂から何を学んで来たのじゃ。剣だけが己の取り柄ではあるまいに」

「爺さん、こんな時にまで説教か?」

「この未熟者め。何のために儂が『南蛮外法』を指南してやったと思っておる? 剣術魔術を織り交ぜた刃魔綾なす至妙の兵法、今ここで開眼せぃっ!」

 

 声高に叱咤する老爺の声に、伊織は思わず苦笑した。何とも厳しい老師だ。

 

「委細承知。要するに、身体の力を抜けと」

「そういうことじゃ。ではまず目を閉じよ」

「……わかった」

 

 心を落ち着ける余裕など今はどこにもありはしないが、泥に塗れることを前提とするこの苦境の中にあって、心まで乱すわけにはいかないのも確かである。

 伊織はそう考え、目を閉じた。そして、ゆっくりと深く呼吸すると同時に意識を集中させる。

 

「息を吸え」

「ああ……」

 

 意識を集中した途端、周囲の音が遠ざかるのが分かった。それまで思考するまでもなく無心で繰り返してきた手足の動きを更に無意識の反射と本能的な回避に任せ、己の内面に意識の過半を向ける。

 全身を巡る魔力の流れを制御する。右手には刀。左手の指の間に赤い貴石を挟む。

 

「吸って、吐く。吸って、吐く。大地の霊脈より取り入れた魔力を己が身に通し、その一端を我がものとせよ。体内の経路より湧き出ずる魔力はその濫觴(らんしょう)なり」

 

 古刹、浅草寺は千年の歴史を誇る由緒ある観音霊場であり、古来から人々の信仰を集めてきた。その霊地に流れる莫大な地脈から、ほんの僅かではあっても力を汲み上げられるように工房を構えている伊織は、その恩恵を一身に受けている。

 本来であれば、その力を十全に扱えるほどの熟達した術者であれば、この程度の怪異に圧されるなどありえないのだ。

 

「良いか、伊織。怪異や英霊、神秘の類いには魔術の神秘を以て対すべし。されど力に驕るなかれ。未熟者ゆえ、魔力が尽きれば神秘の一刀は忽ち輝きを失おう」

 

 伊織は瞼を開く。

 目の前には殺到してくる怪異の群れ。其は、さながら雲霞の如し。

 なれども、雲も霞も荒れ狂う風の前には容易く吹き散らされるもの。

 

「二天一流、風の型――いざ、参る!」

 

 伊織はまず、右の一刀で群れの先頭を切っていた餓鬼を突いた。痩せ細った体から、そこだけは際立っている突き出た腹を突き刺された餓鬼がたっぷりと怨恨を練り込んだ苦鳴を漏らすが、伊織はさらに踏み込んで、二段目の突き。一体目の背中から突き抜けて、二体目の餓鬼の柔らかい腹を貫きながら刀身を捻る。

 

「グギャッ!」

 

 ビクリと体を痙攣させ、塵と化して消滅する餓鬼の末路には見向きもせず、左手で周囲に貴石を撒きながら右手の一刀で横薙ぎに回転切りを放つ。

 

「爆――!」

 

 斬撃で周囲を切り払いつつ、それと同時に貴石を一斉に起爆する。斬撃の間合いの外で広範囲に爆裂が連鎖し、攻め寄せていた怪異の群れを一気呵成に消し飛ばす。

 

「おおっ?」

 

 背後で戦況が動いたことに気付いた槍兵は思わず肩越しに背を顧みて、口元を愉快そうに歪める。

 

「なんだなんだ、こいつは一皮剥けやがったか」

 

 もとより素質はあった。というより、素質のないただの人が仮にもセイバーの霊基をもって現界したサーヴァントの襲撃から命を拾えるはずもない。

 元々の素質があり、そしてそれに驕らず日々の修練を続けてきた。長き研鑽が今ここに実を結び、目に見える一つの形となった。これはただ、それだけの話ではある。

 楽しげに頬を綻ばせる槍兵の視線の先で、伊織は刀身に紅蓮の炎を纏わせた一刀で大きく前方を薙ぎ払う。複数の餓鬼が吹き飛び、焼き尽くされ、灰になって消えていった。

 

「ランサー、俺が道を開く! 大将首を頼む!」

 

 群れなす餓鬼どもを従えた金棒を担ぐ一本角の赤鬼がガチガチと牙を鳴らして威嚇する。迂闊に前に出過ぎれば、その隙を突かれて本陣の長屋を陥とされる恐れもあって動けなかった槍兵だったが、その背後を伊織が固めてくれるとあらば応じない理由はない。

 戦いが長引けば伊織の魔力が尽きる恐れもある。ここで一気に決めるというのは的確な判断だ。

 

「任せろ! マスターの奮戦に報いるためにもオレが鬼の首を獲ってきてやるよ!」

 

 ここが勝負どころと朱槍を手に長身を撓ませる槍兵の前に立ち塞がる餓鬼どもの足下に、貴石が転がる。

 永遠に満たされることのない飢えに苛まれる餓鬼は、さながら餌を投げ与えられた池の中の鯉の如くに先を争ってそれらに向かって手を伸ばし――

 

「「「ギャァァアアアァァッ!!?」」」

 

 

 そして、突如として燃え上がった猛烈な火炎に包まれて口々に阿鼻叫喚を上げた。

 貴石に群がっていたために攻め手の足が止まり、さらに炎に包まれて悶え苦しむ中、その群れの最前列は束の間、完全に動きを止めた。

 

「すぅ…はぁ…」

 

 その隙に一刀を鞘に戻した伊織は気息を整え、間合いを測り。

 

「行け、ランサー!!」

 

 気合を放つと共に、居合切りの剣閃が敵の群れを文字通りに蹴散らした。

 

「おうさ!」

 

 この数日という短期間で新たな剣境へと達した若き剣士の成長ぶりを横目で見ながら、槍兵は敵陣の穴を一目散に駆け抜けて赤鬼へと飛びかかっていった。

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