Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
怪異の襲撃から一夜が明けて、しかしそれでも鄭成功との通信は繋がらず。
かといって原因が不明のまま手をこまねいているわけにもいかず、やむなく伊織らは予定通り吉原へと向かうことにした。
「昨日オレがあれだけ口を酸っぱくして言ってやったばかりだってのに、昨日の今日でまたあの野郎と顔を合わせなきゃならねえとか、これは何かの嫌がらせかよ、マスター?」
「そんなわけはあるまい」
ただし、昨日の探索と怪異の襲撃でやむなくとはいえ盛大に消費してしまった貴石の補充のために連日『巴比倫弐屋』に足を運ばなければならないという事態に、美丈夫は店の前まで来てもまだブチブチと文句を垂れていたが。
「嫌がらせでなけりゃ新手の拷問じゃねえか」
「それは違うぞ、ランサー。そんなに気が進まないなら、店の前で待っていてくれればいい。若旦那とは俺が話す」
「…そういうわけにいくかよ。昨日も言ったが、あの野郎は自分の愉しみのためなら、誰が相手だろうと殺しにかかる。しかもそのことに良心の呵責なぞまるで感じねえ、そんな野郎の前にむざむざ自分のマスターを一人で行かせるなんざ、底なしの馬鹿のすることだ」
苦渋の表情で伊織の後に続いた美丈夫は、店頭で若旦那が手にした素朴な造りの木像をしげしげと眺めているのを視界に入れた。
「うーむ…これは、なんとも…」
「失礼する。…若旦那。その木像、どこかで仕入れた品だろうか?」
「いや。これは飴の礼にと近所の子らから献じられたものだ。この我(オレ)に神仏の像とは。随分と肝が据わっているではないか」
伊織が怪訝そうにしているにも構わず、若旦那は手にしていた木像を何処へともなく消した。いや、仕舞い込んだと言うべきか。
「しかし、当世の者らはこのような木っ端に祈りを捧げるのか。つくづく、人間というものは…」
慨嘆とも呆れともつかぬ声を宙に零す若旦那は、そこでようやく伊織に向き直ると、胸の前で腕を組んだ。
「だがまあ、それはそれとして。この精緻な造りそのものであれば、なかなかどうして、悪くない。当代の民の手練、侮るべからずというところか」
仮にも客が訪れたとも思えぬ店主の態度だが、もはやこの程度では何ら違和感を覚えぬ程度には伊織も若旦那に慣れてきていた。むしろ。明らかに嫌な予感に背中に冷たいものが伝い落ち、思わず二歩ほど後ずさりしそうになった。
「宮本伊織よ。貴様は、こういったものは持ち歩かんのか?」
「ああ、俺は特段――」
「貴様、王に向かって虚言を弄するか。その罪、刎頸にも値するぞ?」
どうしてわかったと内心で戦慄を禁じ得ない伊織は、なんとかして若旦那を納得させねばならなかった。
「いや、あれは単に手遊びというか…」
「ほう?」
「昔、まだ幼い頃に師匠がしていたのを見て、見よう見まねで始めた素人の作だ。とても若旦那の目に適うようなものでは…」
「貴様、木彫りを嗜むか。ならば貴様に命じる。我の像を彫れ!」
気まぐれかつ我儘な命令は、仮にも店主が客に言い放って良い台詞ではないのだが、この店でしか貴石を手に入れられないとなれば、伊織に拒否権などない。
「な、何故、俺ごときにそのような…」
「愚問だな。そこらの神仏より我のほうが彫り甲斐があるからに決まっていよう!」
違う、そこじゃない。と、そう言えればどんなに良いだろうか。
伊織が言いたいのは、そういうことは年季を積んだ専門の仏師にでも言えば良いものを、どうして素人でしかない自分に命じるのか、である。
「無二の美丈夫、英雄王たる我を題材とできるのだ。ありがたく思え」
尤も、この傍若無人の四文字を具現化したような若旦那にしてみれば、結局のところ技量という一点でいえば誰が作ろうともさほどの差はなく、問題は誰がどのようにして作り上げるのか、という過程にこそ興味があるからなのかもしれないが。
「報酬は弾んでやろう。貴様にしか務まらぬ仕事ゆえな。どうする?」
「……解った。引き受けよう」
背に腹は代えられぬ。少なくとも吝嗇ではない若旦那が報酬を弾んでくれると言うのであれば、少なくとも断るという選択は無かった。
「それで良い。無事彫り上げた暁には、客引き像として店先に置いてやるぞ?」
「そりゃ良い。せいぜい魔除けになるような思いっきり恐ろしげな形相の像を彫ってやれよ、マスター」
ここぞとばかりに混ぜっ返してせせら笑ってやった美丈夫だったが、しかし言われっぱなしで終わる若旦那ではなかった。
「ほう? ならば我(オレ)の足下には餌を探して這いつくばる狗の像も追加するが良い。さぞ見栄えがするであろうよ。ふはははは!」
「っ…んの野郎ぉ、言うに事欠いて…」
「ランサー、待て、落ち着け。俺がそんな細かい注文に応じられるわけがなかろう」
ただし、その二人の間に挟まれる伊織の気苦労は増す一方だったが。
「本題に入ろう。若旦那、また貴石を譲ってはいただけないだろうか。幸い、昨日は品川まで足を延ばした際に色々と拾い集める機会もあって…」
「良かろう。残らず納めよ」
早々に商いの用件を済ませて、昨日は盛大に使った分の貴石を補充する。朝一番から精神的に疲弊させられた気分だったが、少なくともまた一つ新たな稼ぎ口を見つけ、しかも貴石が今後も安定して入手できるとわかったのは今後に向けて明るい材料の一つとなりうる。
「ランサー。待たせたな、さっさと吉原へ行こう」
「おう」
「――待て」
退店しようとした伊織たちを最後に呼び止めた若旦那は、しかしすぐには口を開こうとせずに不躾な眼差しでジロジロと伊織を眺めた。
「…若旦那? まだ、何か?」
「……。ふむ…」
無二の美丈夫を自負するだけあって、秀麗な顎を一撫でした若旦那は、口元を歪ませて軽く笑った。
「悪くない。貴様、また一つ道化として新たな芸を覚えたと見える」
「は…?」
「良い。今後も励め。…それからな」
軽く手を振った若旦那は、最後に一言だけ付け加えた。
「もし貴様が黒と黄金の鎧と槍を見つけたら、すぐに我(オレ)のところに持って来るが良い。アレは我の蔵に収めるべきものだ」