Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
捌:山吹
「高尾の姐さまより話は伺っていんす。あちきが依頼の仲立ちをいたしんす。お賃銀の支払いも任しておくんなんし」
吉原遊郭、大門。両開きの観音扉を欲望に目を輝かせた男達が潜り、目当ての店や女郎へと向かっていく。
その中にあって、護衛と監視を兼ねた男衆を脇に控えさせた三浦屋の格子女郎、山吹は伊織たちを出迎えた。
かつて揚げ代を客に踏み倒されかけたところを札差に頼ったところで伊織らとも顔見知りになり、その縁で高尾太夫と顔繫ぎの役目を任されるようになったのだろう。
「太夫からは稼ぎ口としか聞いていないが…具体的には、どのような依頼なのだ?」
「ぬしさまは江戸中を歩いて、その中で物珍しい話があれば、あちきに聞かせておくんなんし」
「…? それだけで…いいのか? もっと、こう…用心棒か何か、荒事に関する依頼かと思っていたのだが」
戸惑ったように伊織が確認すると、山吹は口元に手を添えて優雅に笑う。
「はい、それだけでありんす。あちきはその話を纏めて、吉原の女衆に読み物として回すのでありんすよ」
「読み物?」
「ぬしさまもご存知の通り、吉原の女が門の外に出ることは御法度。あちきらは狭い吉原の中でしか生きられぬのでありんす」
その優雅な笑みに一抹の悲哀を滲ませて、山吹は続けた。
「ゆえに、下は年端もいかぬ禿から上は太夫まで、吉原の女衆は皆が吉原が外の話を知りたがるのでござりんす。自由など許されぬ吉原で、それだけが数少ない娯楽でありんすえ」
娯楽。その単語に、ふと伊織は懐に入れたままの折り畳んだ紙片を取り出した。それは、若旦那の店に持ち込みながらも突き返された町の瓦版であった。
「娯楽…というと、こんなものでも良いのか?」
「まあ…! まあまあ、読み売りの絵草子でありんすか?」
風雨に晒され、刷られた文字すら薄れかけたそれに目を輝かせて見入る山吹は、しっかとそれを胸に抱き締めた。
「これを、あちきに? よろしいのでありんすか?」
「構わない。拾い物だ」
「ほんにありがとうござりんす!」
それと引き換えに手渡された金子を見て、伊織は思わず目を見開いた。
「…こんなにもらえるのはありがたいが、少しばかり多すぎるのではないか?」
「もし吉原の女衆が一人で一文ずつとしても、それが全員分ともなれば、それもまた塵も積もれば…でござりんすよ。手垢で汚れ、きっと紙が破れて読めなくなるまで皆で読み回すでありんしょう」
愛おしむように瓦版を眺める山吹の横顔に、伊織は何も言えなくなった。まさかとは思うが、若旦那はここまで見通して瓦版を引き取らずに伊織へと突っ返したのだろうか。だとするなら、まさに世の全てを見通すが如き恐るべき千里眼だが。
「その、山吹殿。実は、稼業とは別に太夫の耳に入れておいて欲しい話がある」
「まあ、なんでござりんしょう」
「これが太夫の事とまだ決まっているわけではないが、しつこく吉原の話を聞き出そうとしている異人がいると日本橋で耳にした」
さっと山吹の顔色が変わる。白粉で肌を塗っているとしても、その雰囲気が明確に変わるのがわかる。
「あるいは婦長のことを探っているのかもしれんが。どちらであっても放置は出来んと思い、早急に伝えておくべきだろうと判断した」
「かしこまりんした。あちきが必ず姉さまにお伝えしんす。その他には?」
「その連中は、どうやら南方から来ているようだ。俺たちもこれから南に向かい、引き続き異人たちの本拠と狙いを探るつもりでいる。それも伝えて欲しい」
大きく頷いた山吹は伊織とその傍らの美丈夫をかわるがわる見上げてから、深々と頭を下げた。
「ぬしさま、どうか…どうか、姐さまのことをよろしくお願いしんす」