Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
品川から更に南へと進んだ二人は六郷土手で仕掛けてきた異国の船乗り達を撃退し、逆にその後を追って川崎大師、平間寺へ。
そこで彼らの雇い主の名前がドロテア・コイエットであること、その本拠が横須賀にあることを知る。
「行くか、マスター」
「ここから浅草に引き返して、また改めてこちらまで足を延ばすというのは手間がかかり過ぎる。このまま行くべきだろう」
「だな」
海岸沿いに更に南下した二人は、神奈川湊で海魔とも言うべき異形の怪異と遭遇。これを打ち払うも、この怪異は次々に新手が湧き出してくる。
「――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)」
その海魔を、遠方からの狙撃が残らず消し飛ばす。否。空間ごとごっそりと抉り取った。
「…な」
アーチャーが遙か上空の楼船から降らせた火箭の雨も凄まじいものだったが、これはまた違う。かの美周郎の矢は広範囲に降らせて敵の逃げ場をなくし、その戦力を確実に削り取るものだった。しかし、この矢は機を十分に見計らっての狙撃。いや、この威力からすれば爆撃と形容するのが相応しい。
「こいつは…」
爆撃の中心点で、飴細工のように溶け消えていく鋼の矢。というより、捻れ歪みきった細長い剣にも似たナニカ。
それを見知っているように目を見開いて凝視した槍兵は、次の瞬間、視線を転じて憎々しげに彼方を睨み付けた。
「…どこのどいつが邪魔をしてくれたかと思えば、よりにもよっててめえかよ」
「奇遇だな。一体どこの野良犬が迷い込んで来たのかと様子を見ていれば、また随分と面倒な招かれざる客が土足で上がり込んできたものだと私も心底うんざりしていたところだ」
湊沿いに建てられた土蔵の上に、弓を手にして陣取っていた人影は一瞬だけ霊体化したかと思うと、すぐに伊織たちの前に姿を現した。
長身を赤い外套に身を包んだ、褐色の肌に白い髪の青年。その風体は明らかに異国風でありつつも、その精悍な面立ちはどことなく日ノ本の人間とも通じるものがある。
「へえ、そうかよ。だからって叔父貴の得物を矢にして使い捨てるってのは、つまりオレへの当てつけって事でいいんだな?」
「それは下衆の勘繰りというものだ。私は必要に応じて状況に最も適した矢を放ったに過ぎない」
互いの顔を近付けて間近で睨み合う二人の険悪なやり取りに、何故か先だっても似たような光景を目の当たりにしたばかりで激しい既視感に襲われつつも、仕方なく伊織は仲介に乗り出した。
「あー、ランサー。ちょっといいだろうか。ひとまず、そちらの御仁に俺もご挨拶をさせてもらいたいのだが」
「あ? こんな野郎に挨拶なんざ必要ねえぞ。どんな挨拶をしようが捻くれた皮肉と嫌味しか返さねえ野郎だからな」
「……。いや、それでも、だな。助太刀をしてもらったのは確かなのだから、一応は礼を言うのが正しい人の道というものだろう」
鳩尾、特に胃の腑の辺りに疼痛にも似た刺激を覚えつつも、伊織は辛うじて槍兵を引き離し、改めて向き直る。
「失礼した。自分は宮本伊織。こちらのランサーのマスターだ。先ほどはご助力をいただき感謝する」
「おや、随分と礼儀正しい御仁のようだ。こんな乱暴でがさつなサーヴァントを従えているのだから、てっきりもっと肉体言語でしか意思疎通のできない脳筋の類いかと思っていたが」
「おい、てめえ、オレに喧嘩を売ってんなら今すぐ買ってやるぜ」
口元に冷笑を浮かべる赤衣の青年は、軽い皮肉をこめて槍兵を軽く一瞥してから伊織に視線を転じ、
「私は主を持たぬ逸れのサーヴァント。この神奈川湊に召喚された。…というのは、まあ、見ればすぐわかることかな? わざわざ口にするまでも無かったか」
そして胸の前で組んでいた両腕を広げ、軽く肩を竦めて見せた。実に皮肉っぽく、それでいて様になっている仕草だった。
『斜に構えた赤いキザ野郎』
いつだったか、傍らの美丈夫がそう悪罵の声を漏らしていた当人ではないだろうか。まさかとは思うが、もし残りの一方が若旦那だとすると、槍兵が毛嫌いしていた相手が二人も共に揃ったことになる。
「そ、そうか。俺たちはここから更に南の横須賀に用があって、そちらに向かうところだ。この地に余計な手出しをするつもりはないので、出来ることならそのまま通していただければ幸いだ」
無論、本来であれば霊地の一つであるこの地を押さえることが出来れば良いのは言うまでもない。とはいえ、ここは伊織の本拠である浅草からあまりに遠く、今の段階でこの地を押さえたところですぐに横須賀にいるドロテアによって襲撃されるのは目に見えている。まともに維持することも出来ない飛び地を手にしたところで労多くして功少なしというものだ。
「南、か」
「何かご存じか」
「なに、大したことではない。先だってこの地に召喚されて以来、とかく余計なちょっかいを出してくる不届きな輩が多くてね。それらが多くやってくるのが南からというだけだ。つい今し方、君たちが相手をした海魔の類いも、そのほとんどが南からやってくる」
伊織と槍兵は互いの顔を見合わせ、そして小さく頷き合う。二人が川崎大師で情報を引き出したのは異国の船乗りだが、その前に尋問した別の一人は情報を敵に渡すことを拒み、服毒による自死を選んでいた。
命惜しさに情報を渡した船乗りが、あえて偽りの情報を流して敵を攪乱させることを狙っていた可能性も僅かながらあったものの、この逸れのアーチャーの言はそれを否定するものだ。
状況証拠と傍証という意味では貴重な証言になる。
「感謝する、逸れのアーチャー。貴殿の言を聞く限り、俺たちが向かう先がもぬけの殻ということにはならなそうだ」
「礼には及ばんよ。私が横須賀にいる何者かと手を組んで、君たちを罠に誘い込もうとしている可能性もあるのだからね」
その言葉には皮肉の棘が生えていて、しかもそこに嫌味の毒までもが漏れなく塗りつけられてはいたが、それでもこれは彼なりの忠告なのかもしれない。如何なる可能性も否定することなく用心しろ、とでも言うような。
改めて礼を口にしようとした伊織を片腕で制して、槍兵は呪いの魔槍を相手の喉元に突きつけた。
「ああ、そうだな。嘘つき、寝返り、イカサマ、何でもあり。てめえはそういう野郎だ。素知らぬ顔で他人を騙し、何食わぬ顔で罠を仕掛け、平然として裏切りやがる。そういうところが心底いけ好かねえ」
吐き捨てるように相手を罵るものの、まるで動じた様子のない赤い弓兵を前に美丈夫はその口をへの字にひん曲げて。
「だが、もしオレとマスターを謀りやがったその時は、すぐにでもここに戻ってきて、この槍でてめえの心臓を突き刺してきっちり落とし前をつけてやる。覚悟しておくんだな」
「もちろん覚えておくとも。不思議なことに君はそういう男なのだと、私は何故か既に知っているようだが」