Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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ストックが切れたので土曜と日曜は投稿をお休みします



当初の予定(プロット)には無かったシーン
どうも幕間:張孔堂と前回の玉縄の引きからAIさんが気を利かして新たな場面を生成してくれた模様
こちらの想定していない文面が生成され、新たな場面が話を膨らませてくれる
これだからAI生成はやめられない



拾一:碁石

 赤坂で饗された大陸風の宴席とは打って変わって、神田の『張孔堂』で出された膳は質実剛健そのものだった。

 相模産の鯵の干物と竹串に豆腐を刺して焼き、赤味噌を添えた味噌田楽。天日干しの沢庵漬け。味噌汁は納豆汁であり、そこに炊いた白米が加わる。

 一汁三菜の膳そのものは、庶民の多くが口にする一汁一菜の食事に比べれば豊かであると言えなくもないが、これだけでは贅沢と言えるほどのものではない。せいぜい富裕な有力町人や上級武家の日常的な食生活とほぼ同じくらいか。

 

「正雪殿はいつもこのようなものを食しておられるのか」

「そうでもない。普段なら雑穀や大根の葉を混ぜた飯や、麦や玄米なども普通に食べている。菜も、普段はもっと少ない。私は日々を暮らすのに困らぬ程度にゆとりはあるが、我が門下生達はそうではない。また、虐げられし者達の貧苦を忘れぬよう常に自分を戒める必要もある。今日は伊織殿とランサーを招いたため、少しばかり見栄を張った」

 

 きちんと背筋を伸ばして正座をし、礼法に則って淡々と箸を動かして膳を黙々と口に運ぶ正雪は、食事の時ですら至って生真面目だった。

 

「全く、こやつはいつもいつもこんなでなぁ。人生の楽しみというものを教えてやろうと余がどれほど言ってやっても、まるで聞こうともせん」

 

 その傍らであぐらをかいて、その大きな手のせいで妙に小さく見える碗から箸で飯をガツガツかっ込んでいる偉丈夫は嘆かわしそうにぼやいた。

 

「呵々、食事のたびに毎度毎度このような塩梅でな。儂としても見ていて退屈はせんので結構なことだ」

 

 そんな二人を微笑ましげに眺めながら逸れのアサシンは悠々と沢庵漬けをコリコリと歯で噛んでいる。

 

「ま、そういう嬢ちゃんなのはよくわかった。真面目で潔癖症、純真無垢で一途で理想主義ってヤツか。…なんだろうな、オレの知り合いにそんなヤツはいないはずなんだが、妙に覚えがあるっていうか、どっかで聞いたようなことがあるような気がする為人だな、おい」

 

 鯵の干物を骨や皮ごとムシャムシャと咀嚼しながら美丈夫は横目でライダーを見遣る。偉丈夫と槍兵が共に目を見交わして、そして同時に肩を竦めた。伊織にはさっぱりわからないが、この二人にはそれで通じ合うものがあったらしい。

 

「だが、馳走になっている身で偉そうに講釈を垂れるつもりはない。どれも大変に美味だが、もしや名のある板前でも――」

 

 そう言いかけた伊織は、思わずと言った調子で箸を動かす手を止めてしまった正雪が顔を背けてしまったことで、己が失言に気付いた。そもそも虐げられし者達の救済を望む正雪が、自分のために専門の料理人などわざわざ雇い入れるはずもない。自分が日常的に義妹に食事を作ってもらっている身のせいで、半ば無意識に料理とは誰かに作ってもらったものを食するもの、という固定観念に囚われていたのかもしれない。

 

「――…そ、そうか。私が手掛けたものを、そのように評されるのは光栄なことだ」

 

 気を取り直すように軽く咳払いして、正雪は答えた。その様子をライダーが妙にニマニマとした生温かい笑顔で見ている。

 

「どうした? もっと素直に喜べば良かろうに。料理の腕を褒められて悪いことはなかろう?」

「黙れ、ライダー」

 

 正雪は納豆汁の碗に顔を伏せて、仄かに染まった頬の色を隠した。自分が何故こうも動揺しているのかもわからない。ライダーの言う通り、別に阿りで口にされた心無い修辞の類いというわけでもない。相手からの素朴な賛辞を素直に受け取るぐらいのことは、別に気にするまでもないはずなのに。

 

「すまない。正雪殿の清心を貶す意図は無かった」

「っ…」

 

 おまけに、まるで見当違いのことで伊織に謝罪されてしまって、逆に自分が悪い事をしてしまったような気分になる。むしろ自分の方こそ狭量だったと詫びるべきではないかと。

 

「呵々、娘よ。今宵も馳走になった」

 

 が、その呼吸を読んだように老爺が静かに膳の上に箸を置いたので、おかげで気まずさを感じずに空気を流すことが出来た。

 

「ああ。口に合ったのなら何より」

「では、儂は茶でも淹れてくるとするか」

 

 ゆるりと立ち上がったアサシンが姿を消す。霊体化したのかと見紛うほどだが、次の瞬間には膳を並べた道場の戸が音もなく開いたので、単にアサシンの歩法によるものだとすぐに知れる。

 

「ひょっとしてオレたちは気を遣われたのかねえ? あとはマスターと主持ちのサーヴァントだけで話せ、ってこったろ?」

 

 美丈夫が納豆汁を飲み干した碗を膳に戻しながら呟くと、伊織に目を向ける。

 

「やもしれん。自分が逸れの身であることを気にしているようには見えないが、私もどこか一線を引かれているように感じるところもある」

「気にする、しないの問題ではなく、そういった筋道を尊んでおるからであろうよ。あれは意識してのことではなく、もはや性分であろう」

 

 ライダーの主従がそれぞれ感想を述べて、それぞれに箸を置く。

 

「爺さん、地図を頼む」

 

 期せずして場の雰囲気が整ったところで、伊織が声をかけると、その懐からふわりと出てきた紅玉の書が無言で頁を捲り、江戸の地図を広げる。

 各々が自分の膳を脇に置き、地図を中心にして車座となる会議の場が整った。

 

「では、始めるか。どこから話せばいい?」

「まずは状況を整理しよう」

 

 口火を切った伊織に、正雪が静かに応じた。

 

「伊織殿がランサーを召喚した夜。その場にいた私とライダー。そして地右衛門を名乗るセイバーのマスター。これらが儀における参加者の中で現在のところ最も活発に動いている陣営であろう。伊織殿は浅草、私は神田、そして地右衛門は小石川を根拠地としている。ここまでは良いか?」

 

 地図の上に碁石を置きながら正雪が説明する。浅草と神田には白の石を。小石川には黒の石を置く。

 

「さて、それ以外のマスターについてだが。まずは吉原。ここにバーサーカーがいるのは有名だ。もし遊郭で狼藉を働く不届き者がいれば、恐ろしげな咆哮を上げる鬼神と見紛う巨人が鎮護していると、つとに知られている」

「……」

「伊織殿、何か知っておられるようだな」

 

 正雪に水を向けられた伊織は美丈夫と目を見交わしてから、小さく頷いた。

 

「確かに、吉原にはバーサーカーのマスターがいる」

 

 嘘ではない。そのバーサーカーが誰の事で、マスターが誰かを口にしていないだけだ。

 

「…良かろう。その言の葉を信じよう」

 

 吉原にも白の石を置いた正雪は、次に赤坂を指さした。

 

「そして、ここ。赤坂近辺にもサーヴァントがいるものと思われる。小石川でライダーが確認した空に浮く船が、この辺りで姿を消している。吉原にバーサーカーがいるのであれば、残りはアーチャー、アサシン、キャスターのいずれか。しかし、果たして空を飛ぶ船などをアサシンやキャスターとして招かれた英霊が持つものであろうか。絶対にありえぬとまでは言わないが…」

 

 淡々とした論理で、さながら真綿で首を締めるように正雪は遠回しに回答を伊織に迫っていく。

 

「…流石だ。そこまで言うからには、もはや正雪殿には答えも知れているのではないか?」

「赤坂の唐人屋敷。そう呼ばれているらしいな。唐など、既に滅びて久しいというのに」

 

 真っ直ぐに伊織を見据える正雪は、暗にマスターの見当すらついていると告げていた。

 

「…やれやれ、敵わないな。確かに俺は赤坂のマスターと協力している。ゆえに、仔細を口にするのはご寛恕願いたい」

「それで十分だとも。伊織殿がそれを認めただけで、私としても後顧の憂いが一つ減る」

 

 一つの推察が確定したことで、正雪もそれで良しとする。赤坂にも白の碁石が置かれる。

 

「残りは、二騎。アサシンとキャスター。現時点では、特に問題となっているのがアサシンか」

「そうだな」

「異論はねえ」

「余も同感だ。あれはすこぶる厄介だ」

 

 この場の全員が認識を一致させる。

 

「神出鬼没で現れる蛇の大群。一騎にして軍を率いる魔の将。しかも補給も兵站も不要。軍学や用兵術など全く無視している。おまけに、どうやら蛇に噛まれた者は毒にやられるのみならず操られることもあるらしいな」

「そこまで調べがついているのか」

 

 感嘆の呟きを漏らす伊織に、正雪は真っ直ぐな目を向ける。

 

「はっきり言おう。伊織殿、この情報は『張孔堂』の門下生が――私の教え子が、己が命と引き換えに持ち帰ってきてくれたものだ。そして、私は決してその犠牲を是としているわけでもない」

「……。失礼した。俺も決して、それを軽んじるつもりはない」

 

 謝罪する伊織から視線を切って、僅かに瞑目した正雪は黒の碁石を横須賀に置いた。

 

「ここだ。おそらく、アサシンとそのマスターが根拠地としているのは横須賀と見て間違いない」

「アサシンのマスター。その名はドロテア・コイエット。名の響きからして異人であり、そして江戸の各地に姿を現している異人の船乗り達の元締めでもあるのだろう」

 

 地図を囲む四人はそれぞれの碁石の位置を確認する。

 

「小石川と横須賀、すなわちセイバーとアサシンが手を組んでいる可能性は?」

 

 征服王が軍略家としての見地から、白の碁石に対抗する同盟ないし協力関係の有無を話題に提示する。

 

「絶対にありえぬ、とは言わない。特に地右衛門は、どうやら私にも同盟を持ちかける心積もりであったようだからな。…誰かが私に断わりもなく、勝手に追い返したようだが」

 

 正雪がジロリとライダーをねめつけるも、当の偉丈夫は素知らぬ顔で頬を掻いている。

 

「だが、小石川にも妖蛇の大群を引き連れて現れたアサシンにまで、地右衛門が協力を持ちかけるだろうか。しかも、相手は日ノ本の人間ですらない異国のマスター。どこまで話が通じるものかは、はなはだ疑問だ」

「対して、こちらは同盟とまでは言わぬにせよ、ある程度までの協力が出来る関係を築けている。早期にアサシンを排除する、という一点のみであれば、共闘も不可能ではないと思われるが、どうか?」

 

 伊織が正雪の存念を問うと、胸の前で腕を組んだ軍学者は暫し黙考し、そして頷いた。

 

「…良かろう。横須賀の攻略には私も賛同する」

 

 犠牲となった門下生に報いるためにも、正雪は伊織の提案に乗ることを選んだ。

 

「だが、対アサシンの協力については赤坂のマスターの方が先約だ。そっちにも話を通す必要があると思うが、どうするよ?」

「浅草に戻れば、すぐに連絡しよう。アサシンに対して当初の予定の二騎ではなく、三騎で攻められるとなれば、先方も否とは言うまい」

 

 あくまで鄭成功とアーチャーの名は出さずに話を進める伊織たちに対し、正雪は僅かに目を細めた。

 

「ライダー、横須賀への攻め手は貴殿に任せても良いだろうか」

「うむ、構わぬが。そちらはどうする?」

「私は小石川への牽制と監視の目を緩めるわけにはいかぬゆえ、ここに残る。もし何かあっても逸れのアサシンがいれば、ライダーが戻ってくるまでの時を稼ぐ程度のことは出来る」

 

 ライダーの主従もまた、すんなりと分担を決める。普段がどうあれ、軍略家としての征服王と軍学者である正雪は、こと戦に関しては相性の良い組み合わせではあった。

 

「…話は纏まったかな?」

 

 そして、機を見計らっていたかのように、老爺が悠々と茶を乗せた盆を手に戻ってきた。

 

「ああ。いつもながら気遣いのできる協力者を持てているおかげで、私は恵まれている。何しろ、一番頼りになるはずの肝心要のサーヴァントが好き勝手に動いて、ちっとも言う事を聞いてくれないのでな」

「むう。そんなに余は扱いづらいかのぅ?」

「胸に手を当てて考えてみたらどうだ?」

「うむ。…考えたが、特に問題はないと結論が出たぞ」

「……」

 

 臆面もなく言ってのける偉丈夫に、老爺から差し出された湯呑みを手にした正雪は深々と溜め息をついた。

 

「呵々、全く気苦労が絶えぬ娘よな。まあ、甘いものでも口にして少しは気を楽にするがいい」

 

 小皿に切り分けた外郎を配りながら、老爺は穏やかに笑う。その裏に隠された獰猛にして非情なる牙を知らねば、いかにも心優しい好々爺然とした笑顔にしか見えないほどだ。

 

「ところで、残るキャスターについては、正雪殿は何かご存知か?」

 

 その疑問は、伊織にとってさほど重要な話題と思って切り出したものではなかった。文字通りの茶飲み話、軽い雑談程度の話題のつもりだった。

 

「……」

 

 湯呑みを傾け、ゆっくりと茶を啜って間を空ける正雪が答えを口にするまで、偉丈夫も老爺も口を閉じていた。妙に据わりの悪い時間に、伊織は思わず槍兵と顔を見合わせる。

 

「――…さて。私としてもあれこれと探りは入れているのだが、今のところは、まだ尻尾は掴めていない」

 

 あえて主語を省略した正雪の答えは、その微かな疑念を打ち消すよりもむしろ増幅した。キャスターについて何かを知っているのでは? 知っていて、それを黙っているのでは?という疑惑を。

 

「……。そうか。正雪殿がそう言うのであれば、俺はそれを信じよう」

 

 が、あえてそれを棚上げすることに決めて、伊織はそれについては追及しなかった。

 

「では、明日。横須賀で」

「うむ」

「だな」

 

 その代わりに槍兵とライダーに目線を合わせ、それぞれに頷き合う。今はまず、目下の脅威であるアサシンに集中するべきだと判断したのだった。

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