Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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ちょっと早いですが箱イベ告知とサンタアビーちゃん宝具演出にテンション爆上げだったのでフライング投稿

ストックが出来たので、金曜までは毎日投稿予定です
なお、今後の予定を先に申し上げておきますと、水曜からFGOで箱イベが開始されるので、来週と再来週の更新はおそらく週一程度まで低下するかと思われます
去年は何とか200を超えられたので、とりあえず今年は300を目標に走ります


当初の予定(プロット)には無かった殺処分先生の指導で一足早く伊織が前のめりになります


拾二:朧月(表)

 月の光が降り注ぐ『張孔堂』の庭で、伊織はゆっくりと二刀を振っていた。

 薄い雲が流れる夜空に浮かぶ月にはぼんやりと暈がかかり、玲瓏なる光もどこか朧に霞んでいる。もしかすると雨が近いのかもしれない。

 

 明日は朝一番に浅草に戻り、鄭成功と連絡を取り合った後は即座に横須賀に取って返す予定となっている。ライダーの戦車あってこその強行軍ではあるが、さすがに日課の型稽古をしている暇はないだろう。

 まして、今日は逸れのアサシンの技を間近で目にすることが出来た。拳と剣の違いこそあれ、あの技を目にしていながらそれを学ばぬということなどありえない。

 老いた身でアレを可能にするのは、ただひたすらに長い時を研鑽に費やしてきた技術の極み。今から伊織が追いつけるかどうかはわからないが、かといって怠けるなど更にあり得ぬ話である。

 

「呵々、精が出るな」

 

 薄雲を透かして柔らかく降り注ぐ月明かりを頼りに、剣舞の如く音もなく二刀を振り、己の体を丹念に確認していた伊織の耳を、飄々とした声が打つ。

 

「すまない。邪魔だったろうか」

「いいや? そもそも儂の庭というわけでもなし。家主たる娘が何も言わぬのであれば、儂が口を挟むことではなかろうよ」

 

 手を止めることなく、ゆっくりと二振りの刀が空を斬り、薙ぐ。

 

「よく練り上げられておるな。その若さには些か似合わぬほどに技が磨かれておる。余程に幼くして修練を始めたと見える」

「貴殿ほどの達人に、そう言われるのは面映ゆい。俺は未だ道半ばの未熟者だ」

「呵々、こう見えても何人かの弟子を育てたこともあるでな。多数の技を身につけるより、ただ一つの技を練り上げよとよく言い聞かせたものだ」

 

 老爺が見守る中、伊織はひたすらに型を繰り返す。何度も何度も、飽きること無く、ただひたすらに。

 

「――…ふむ。迷い…ではないな。惑い、か?」

「!」

 

 だが、ポツリと呟かれた小さな声に、思わず手を止めてしまう。

 

「…慧眼、恐れ入る」

「言うたであろう? 弟子の面倒を見ていたこともあると。どうだ、この老骨に心の内を吐き出してみては」

 

 老爺の促しに、伊織は静かに二刀を鞘に納めた。鍔鳴りの音が微かに響くほどの静けさ。

 

「――…セイバーのマスター。地右衛門という男に言われた。あの男と俺は、同類だと。人がましい振りをしてはいるが、中身は違う。血に飢えた獣、畜生の類いだろう、と」

「……」

「そして、増上寺の逸れのランサーにも言われた。俺は、戦士である己を恥じているのではないか、と」

 

 伊織は月光を浴びる自身の手を広げ、頭上に翳す。

 

「そして、先ほどは貴殿にも言われた。強い者と見れば牙を剥く、命を賭しても死合わずにはいられぬ野生を持て余している、と」

「ああ、儂は確かにそう言うた」

 

 月光を遮る手の下で、伊織の目が爛々と輝いている。

 

「俺は、幼い頃に一振りの剣を見た。月の如き剣だった。あの美しくも凄まじい剣に、魂を奪われた。一生をかけても、あの剣を目指すと心に誓った」

「……」

「そんな俺を引き取って育ててくれたのは、その生涯において六十余度の立ち会いに臨んで、遂に負けを知らぬ日ノ本で随一の大剣豪、新免武蔵守藤原玄信。師匠は若き頃、戦に赴いて幾人もの人を切り捨て、それによって腕を磨いた」

 

 月光を手の中に握り込もうとするかのように、伊織は拳を握った。

 

「畢竟、剣とは切った人の数でしか強さを計れぬもの。武とは、所詮は積み上げた敵の屍の数を競う血塗られた道。――…そうではないか?」

「違わぬ。儂も若い頃は能(よ)く敵と立ち会い、能く敵と戦い、能く敵を殺した。儂の生涯を顧みれば、なるほど紛れもなく『悪』であろう」

 

 老兇手は淡々と己が為してきた過去の凶行を認めた。

 

「であるならば、正しき人の道を規範とするべき太平の世において、俺の本質もまた貴殿と同様に紛れもなく『悪』である。…それを肯(がえ)んじるなど、俺には出来ない」

「呵々…――ぬし、なかなかの君子よな」

 

 老爺は口元に微笑を浮かべ、理性と本能、良識と欲望の狭間に立つ若き剣士を見据えた。

 

「ああ、しかしわからんでもない。そう、かつての儂もそうだ。己は強い敵を求めて戦い、強い敵を見つけては戦い、そして次の敵を探してまた戦った。しかし、だ。その儂も、最初から相手を死なせるつもりで戦ったわけではない」

 

 思索しつつ散歩するような軽い足取りで一歩、二歩と踏み出し、三歩目で足を止める。

 

「――…ふむ。強いて言うなれば、こうだ。『殺すつもりで技を当てたが、別に死んで欲しかったわけではない』と。むしろ生き延びて欲しかった。その方が、それくらい強い敵である方が、儂にとっては望ましい」

 

 思わず唖然とした伊織は、しかしすぐに深々と頷いた。

 

「明らかに矛盾はしているが、わかる。それは、貴殿にとって、紛れもなく本心なのだろう」

「そうとも。しかして、ぬしはどうだ? ぬしにとって、なるほど際限なく強さを求める己が本性は『悪』だとしよう。が、ぬしが求める『剣』は、果たして『悪』なるものか?」

「!?」

 

 伊織は絶句した。

 

「…それは、」

 

 あの夜。あの湊で。あの名も知れぬ剣聖は、湊の夜盗をことごとく切り捨てた。――幼き伊織、ただ一人を除いて。それは何故か。

 

「それは、あの時の俺が弱かった、から…」

「ふむ? ぬしが今ほどに強ければ、その『剣』に殺してもらえたのか?」

「っ…!?」

 

 再び、伊織は絶句した。果たして自分は、あの時に死ぬことを望んでいたのだろうか。あの美しい、月のような剣に斬られて死ぬことを。

 

「……」

「まあ、それもまた一つの幸福ではあるのだろうがな。己が焦がれた美しいものに討たれ、それを目に焼き付けながら死ぬ。少なくとも、当人にとってはさぞ満ち足りた最期を迎えられようさ」

 

 色眼鏡を傾けた老爺は、炯々と光る眼で伊織を見据えている。

 

「しかし、ぬしが本心からそれを望んでいるとも思えん。かつてはどうあれ、今は、な」

「…恐れ入った。俺のことをそこまで見抜く眼力、まさに紙背に徹すが如しだ」

「呵々、そう恥じ入ることもなかろう。儂にしてからが、かつては通った道でもある。迷いつつも、惑いつつも、しかし己の本性は遂に曲げられなんだ。誰彼構わず噛みつくからと、狠子などと呼ばれてな。今になっても、何ら変わらぬ。まさに三つ子の魂は何とやらよ」

 

 泰然と語る逸れのアサシンは、顔を夜空の月へと向ける。暈がかかり、どこかぼんやりとくすんで見える月を。

 

「ぬしは、今の儂と同じく陽を以て陰を内に秘め、笑いの裏(うち)に刀を蔵(かく)す術を知る。その若さで兵法の第十計、笑裏蔵刀の理を体現しておるわけだ」

「…俺は、」

 

 伊織は思わず口を開きかけて、しかしその先を続けられなかった。

 普段の柔和な、人としての正道を規範とする人当たりの良い態度は全て擬態。周囲を油断させ、観察するための演技。いずれはその喉に牙を突き立てようと隙を狙う血に飢えた獣が、表面上は羊の皮を被っているだけ。

 そう言われれば、完全には否定し得ない。だが、本当にそうなのか。それが自分の全てなのか。

 

「ふむ。…もう一押し、か」

 

 再び伊織に向き直った老爺は低く独りごちながら顎を撫でて、ゆっくりと握った拳を胸の前に突き出した。

 戸惑うようにその拳を見る伊織に色眼鏡越しに眼で促すと、伊織もまた握った拳をそれに合わせる。

 

「先だっては、かの征服王とも言を以て論を交わしたのだがな。ぬしにも一つ吹っ掛けようか。…作麼生」

「せ、説破」

「ぬしにとって、『剣』とは何ぞや。拳は生まれながらにして人に備わりしもの。世人は、儂を凶拳と評する。されど儂にとって拳は手放せぬ。それ以外に生き方を知らぬゆえ。武もまた然り。儂にとって血肉も同然に分かちがたきもの」

 

 老いて力も衰えているはずの拳が、じりじりと少しずつ前に突き出される。伊織もまたそれに応じて力を篭めるが、全く敵わない。堅城の石壁に手を突いて満身の力を篭めても押し返されるように、幾ら伊織が押し返そうとしても体ごと押し戻される。その様は、さながら万の年月を経た巌の如く。

 

「して、ぬしにとっての『剣』とは?」

「俺に、とって…『剣』とは、」

 

 腰を深く落とし、腕だけの力では無く体幹の芯で肩を支える。押し切れず、押し返されず、拮抗する二人の拳が月の光に照らされている。

 

 ――伊織は自問する。否。型稽古の間も、ずっと自問し続けていた。

 

 自分は何なのか。何を求めて二刀を振っているのか。自分にとって、二天の道とは何なのか。

 

「…俺の『剣』は、すなわち我が骨子だ」

「その心は?」

「その身を支える骨が無くば、人は二本の足で立つことも叶わぬ。俺が『剣』を失えば、立つべき指針を失うも同じこと。陸の海月が如くに、そよ風にすら耐えられずに倒れ伏すだろう。『剣』あればこそ、俺は人として真っ直ぐに立てる」

「であるならば、ぬしは何ぞ? その身の内に『剣』を蔵(かく)し、何を求める?」

 

 ただ胸の前に突き出した拳を互いに当てて押し合っているだけにも関わらず。伊織は全身の骨が軋むほどに持てる力を振り絞らねばならなかった。

 その体は、ほとんど微動だにせずにいるにも関わらず。伊織の額から幾つもの汗が頬に伝い、顎の先から滴る。手首が震え、腕に滲んだ汗が珠を結んで地に落ちる。

 食いしばった歯の隙間から、伊織は唸り声にも似た声を紡ぎ出す。無心のままに腹の底から湧き上がってきた答えを、そのまま言の葉にして吐き出す。

 

「我は、己が全霊を以て極限の道のみを求め、天に奉る」

「天か。ぬしの『剣』は、天を凌駕し月へと至るか」

 

 伊織の拳にさらなる力が宿る。

 

「違う。我は、二天を掴めと定められたる者也」

「誰に? ぬしの『剣』は他人に決めてもらわねばならぬものか?」

 

 握り込んだ指の爪が掌に食い込むほどに、強く。ただ強く。

 

「違う。我は、二天を制すと師父に誓いし者也」

「むっ」

 

 前のめりになった伊織の額が老爺の額に激突する。

 

「我は、二天の果てに零と無限の螺旋を見出す者也」

「……」

 

 老爺の色眼鏡がずり落ち、互いの目が、その心の底を覗き込もうとするように間近で睨み合う。

 

「俺は、宮本伊織。我こそは、二天一流――宮本伊織、なり!!!」

 

 裂帛の気合いと共に突き出した拳が、虚空を抉った。突き出した拳の先が、落雷に打たれたかの如く激しく痺れる。

 

 ――…いま、自分の手は確かに何かを掴みかけた、ような。だが、掴もうとした何かが、手の内からするりと抜けていった、ような。

 

「呵々、呵々々――」

 

 一瞬にして姿を消し、そして再び伊織の背後で姿を現した老兇手は、息一つ乱さず穏やかに伊織の肩に掌を置いた。

 

「どうだ? ぬしの悩みは失せたか?」

「……。ああ。随分と肩が軽くなったようだ」

 

 拳を突き出したまま、静かに息を整えた伊織は、やがてその拳で額の汗を拭った。胸の内に鬱積していた何かは、確かにその重さを減らしていた。

 

「感謝する。貴殿の導きがなくば、俺はまだ迷い続けていたままだった」

「呵々、せいぜい感謝するが良い。そして、その迷いの消えた剣で儂と死合ってくれれば、それで良い」

 

 首尾一貫として泰然とした答えに思わず苦笑する。

 

「貴殿に期待に沿えるかはわからないが、俺もその機会を楽しみにしておこう」

「そうか、そうか。その機会がなるべく早く来てくれることを願っておる」

 

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