Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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横須賀

「残念だったな、マスター」

「残念というほどのものではない。駄目で元々の勧誘だったからな」

 

 横須賀の湊を一望できる高台から、海沿いの街並みと停泊している南蛮船とを油断なく見晴るかしながら鄭成功とアーチャーは肩を並べていた。

 

「しかし、もうちょっとは思案してくれるものと期待してはいたのだろう?」

 

 アーチャーの問いに、その主は沈黙を以て答えに代えた。それは肯定するも同然だった。

 鄭成功が腹心の部下である蔡玉蓮を通じて伊織に稼ぎ口の紹介をしたのは、何も慈善事業が目的というわけではない。言葉を飾ること無く言えば、それは露骨な手の内の調査そのものだ。

 どんな怪異を討つのが得意なのか。逆に、不得手な怪異はどのようなものか。討った怪異の数と種別を集計すれば、自然と伊織とランサーの手の内は見えてくる。

 また、どこの霊地にはどのような怪異が湧きやすいかを調べておけば、伊織が討った怪異の数から、この地に湧く怪異の数はどれほど減ったのか、逆にどの地の怪異は、今は手つかずのまま放置されているのかといって情勢も見通しやすくなり、霊地を確保する上で戦力を配置しやすくもなる。

 

 ただでさえアサシンの操る妖蛇の群れによって配下の数を減らしてしまった鄭成功にとっては、金で伊織を使って各地の怪異の数を減らすことが出来、しかも伊織の手の内も調べることが出来、さらに少ない自分の戦力を効率よく運用できるようになると思えば、多少の出費など必要な経費の内である。

 が、蓋を開けて見れば伊織が討った怪異の数と種類は思いのほか多く、そして多様だった。餓鬼と赤鬼、一つ目入道、管狐に飯綱、幽鬼に鬼火、化け提灯、骸武者に妖鬼武者、妖蛇と大妖蛇、その他諸々。

 稼ぎ口を紹介してから、たったの二、三日でこれほどの数を討ったのかと驚くほどで、いっそ金を目当てに数を盛ったのではないかと疑いたくなるほど。

 

『なあ、伊織。うちの国に来る気はないか。勿論、互いにこの儀を戦い抜ければの話だが』

 

 だが、もしそれが本当の戦果であるならば、鄭成功としては是非とも明の復興に力を貸してもらいたいところである。

 俸給は幾らでも望みの額を支払うし、今の情勢では名誉職としての意味しかないにせよ、明の官職にだって推薦しても良い。何なら、伊織に蔡玉蓮を娶(めあわせ)ることまで視野に入れていた。有力な家臣に自らの親族ないし腹心を妻として送り込み、己が閨閥に取り込むなど政治の場ではむしろごく普通の事ですらある。

 

『それは出来ない。悪いな、鄭』

 

 江戸に伊織の義妹がいることも、その義妹が浅草の伊織の長屋に足繁く通っていることも既に知ってはいたが、まさかあれほどあっさりと即答で断られるというのは予想していなかったのも事実だ。

 

「あれほどの腕の持ち主をただの牢人のままにしておくなど、あまりに惜しいのは確かだがな」

 

 鄭家の私兵が今ほど数を減らしていなければ、あるいは伊織の義妹である小笠原カヤの身辺を探らせていただろう。

 二人は本当にただの兄妹なのか、あるいはもっと親密な関係でもあるのか。カヤ自身には何か弱みがないか。いざという時に、伊織に対する切り札として使えるのではないか、と、そこまで鄭成功の明晰な頭脳は算盤を弾いている。

 

「だが、今の段階ではそこまで手が回らん。儀が更に進み、情勢に何かしらの変化があれば、また話を切り出す機会もあるやもしれん」

 

 そんな後ろ暗い打算をしかし表には出さずに、あくまで快活に鄭成功は笑う。

 

「そうだな」

 

 そして、それが半ば演技と知りつつもアーチャーもまた気付かぬ振りを装う。

 

「…ん。あれを見ろ、マスター」

 

 ふとアーチャーが指差したのは、街並みの一角を封鎖していた結界陣の変化だった。

 跳ね橋の橋桁を上げて物理的に道を寸断し、更に魔力炉を結界の要として配置することで半ば迷宮化していた横須賀の街並みに先陣を切って突入した伊織達が、その魔力炉を破壊したか、あるいは停止させ無効化したのだろう。

 道を塞いでいた結界が消えていくのが、はっきりとアーチャーの眼には見えていた。

 

「かの諸葛亮めが使う石兵八陣には及ばないにせよ、霊体化したサーヴァントの侵入をも拒むそれなりに高度な術だろう。それを、これほど速く突破するとはな。あるいはランサーに、あのような術式への対抗手段があるのかもしれないが」

「どちらにしても、敵に回したくはないな」

 

 有能な味方として可能な限り敵を削ってもらい、最後は厄介な敵と相討ちになってもらうのが最善だ。無論、生き残ってもらった上で、もし可能であれば盈月を譲ってもらえるのであれば更に言うことはない。

 そこまで考えた鄭成功は、アサシンの次に厄介な敵になりそうな相手を探して顔を巡らせた。

 

「アーチャー、ライダーはどこだ?」

「あそこだ。見えるか?」

 

 高台から辛うじて見えるかどうかという沖合の方に、昼間とあって見難いが稲光が時折チカチカと閃く。

 

「どうやら海の上を走って陸を目指している海魔を片っ端から轢き殺して回っているようだな」

「…あの速さで、空と海と陸とを問わず走り、アーチャーの船より遙かに小回りの利く戦車か。――厄介な」

 

 思わずポツリと溢してしまった本心の呟き。それは、言ってはならないことである。少なくとも、アサシンを討つまでは秘め隠しておくべきことだ。にも関わらず、思わずそれを口にしてしまったのは。

 

「なんだ、マスター。まだ気にしているのか。ライダーが初対面でいきなり私に臣下になれと勧誘してきたのが、よほどに気に食わなかったのか?」

 

 アーチャーが海の方角から眼を離さずに言の葉を投げてくる。鄭成功は再び口を閉ざし、しかし即座に否定も出来ない。

 

「……。あのライダーは忠義をいうものを知らんのか」

「知らないわけではなかろう。知った上で、なお堂々と誘いをかけてくる。なるほど、征服王とはよく言ったものだ」

「自称ではないのか」

 

 西域の神話伝説にさほど詳しいわけでもないが、そんな鄭成功ですら名前ぐらいは知っている。西方では知らぬ者などいないほどに有名に過ぎる古の偉大なる王。

 希臘(ギリシャ)を手始めに強大なる波斯(ペルシャ)を打ち破り、埃及(エジプト)、印度(インド)までも足を延ばし、その大帝国は史上第二位の版図を誇る広大なものとなった。

 当然ながら、その威名に憧れ、それにちなんだ名前を名付けられた者は数知れないし、あるいはそれにあやかろうと自分がその再来だと嘯く者とて珍しくはないだろうが…。

 

「本気で言っているわけではあるまい? あの威風、あの風格、ライダーは紛れもなく大英雄だと、おまえもわかっているはずだ」

 

 アーチャーの指摘が耳に痛い。口元を引き絞る鄭成功は眉を寄せる。

 

「…伊織は、俺にライダーと同じ将帥の威風があると言ってくれはしたが、やはり本物は…違うな」

「おまえが将として偽物だとは誰も言わぬし、私が誰にも言わせはしないさ」

 

 さらりと言われた言の葉に、自分が思わず口にしてしまった弱音への激励を感じ取る。

 

「おまえもわかっているだろう、マスター。臣たる者が忠を尽くすのに、その主が誰かより優れているだの劣っているだのは関係ない。褒賞も恩義も縁故も、全ては二の次だ。『この人のためならば』と、そう思わせてくれる主だからこそ尽くすのだと」

 

 その指摘に、鄭成功の過去の記憶が刺激される。

 混血児であり、商人の皮を被っただけの海賊の息子であり、さらには明にとっては譜代の臣というわけですらなく、ただ一介の新参者でしかない自分に、事もあろうに国姓――『朱』の姓を与えようとしてくれた大恩ある主君、隆武帝。

 父に連れられて初めて目通りが許された謁見の場で、もし朕に公主(娘)がいたら娶せて義理の息子にしたかった、だが降嫁させる公主がいないから、と。その代わりに、これからは『朱』姓を名乗るのを許すとまで言ってくれた。東夷の血が混じった海賊の小倅が受けるにはあまりに畏れ多い玉音を賜った時、自分は『この人のためならば』と思った。

 

「ああ、わかる。全てを擲ってでも尽くしたいと、心からそう思える主に巡り会えたことは、それだけで一生を捧げるに足る幸運だ」

 

 あの時、自分は陛下の――明の臣下となって忠義を尽くすと心に誓った。陛下の為ならば何でもする。どんなことでもしてみせると。

 その、いわばもう一人の父親とさえ思っていた大切な主君が清の軍に捕らえられ、そして遂には崩御したと聞いた時、どれほど自分は嘆き悲しんだことか。あれほどに泣き叫び、慟哭し、哀惜の念に打ちのめされたことはない。そしておそらくは、これからも二度と無いだろう。

 

 だが、それによって実父は明に見切りをつけた。いや、そうではない。そもそもの最初から、父は出来るだけ鄭一族を高値で売りつけるつもりだったのだ。

 存亡の危機にある明であれば、藁をも縋る思いで鄭一族の武力と財力を高く買ってくれるに違いない。そして、そうやって明に厚遇された鄭一族でさえ清に降るのだという政治的な意味は絶大だ。その意味を知る清は、決して粗略に扱わない。

 目端の利く商人らしい身の振り方ではある。むしろ、鄭家にとって一族の存続をかけた生存戦略として見れば、実父の選択は極めて適切な判断であったとさえ言える。

 

 実際、当時の清で実権を握っていた摂政王ドルゴンは、実父を通じて自分を手懐けようとさえした。

 かつて、同じ女真族が建てた金王朝に対し果敢に立ち向かった抗金の名将・岳飛や韓世忠、あるいは史上最大の版図を誇り大元を号した蒙古の帝国にさえ帰順するのを是としなかった文天祥や張世傑ら南宋の遺臣達のようになるのを警戒したのだろう。

 逆に、自分を手懐けることが出来れば清は一兵も損なうことなく、かつての明の遺臣達が互いに血を流し合うのを傍観しているだけで良い。自らの甥を傀儡として専横をほしいままにしている、傲慢で冷酷だが辣腕の摂政王らしい遣り口だ。

 

 だが、鄭成功にとっては。自分にとって唯一無二の大事な主君を殺した清を、もはやどうあっても許すことは出来なかったのだ。

 

「マスター、おまえの気持ちはわかる。己が命を賭しても護りたいもの、その為になら己が身命を捧げても悔いは無いと思えるほどの主を失った時の絶望と悲哀を、かつての私も嫌と言うほどに味わったのだから」

 

 その秀麗な美貌に一抹の憂いを滲ませて、アーチャーは静かに生前の己を省みた。

 

「私の主にして義兄、孫伯符の父君を討った直接の仇は黄祖の部下だが、その死の原因となったのは劉表との諍いだ。伯符の父は、その義弟である私にとっても父も同然。だというのに、結局、私と伯符は最後まで劉表を討てなかった。その劉表と同族であり、その地盤を受け継いだ劉備に対して、例え曹操に抗する為に一時的に手を組んだとはいえ、私の中に蟠りと隔意が無かったかと問われれば否定は出来ない」

 

 実際、周瑜は主君である孫権に対し、劉備とその両翼にして義兄弟である関羽と張飛を分断することを献策さえしている。強大な曹操に対抗するためには内輪揉めをしている場合ではないと判断した孫権によって却下されたが。

 

「その心の隙を、あの合理の化け物――諸葛亮に突かれたのだ。いや、利用された。私が劉備に対して隔意を抱いていること、それゆえに劉備の力を十全に利用し尽くすことは出来ないであろうことを、あれは見切っていた。その結果として劉備は力を温存し、それが後々の荊州と巴蜀での蠢動を許すことにも繋がってしまった」

 

 海からの潮風に銀髪をなびかせて、アーチャーは痛みを堪えるような声で囁くように言った。

 

「私は、履き違えたのだ。王佐の才などと持て囃されていながら、その自分が護ることの出来なかった主が遺したものを、友の遺志を、自分が継がねばならないと、自分こそが孫呉を護らねばならないのだと。そうやって何もかもを、自分一人で背負おうとした。自分一人だけで、何もかもやろうとした。――私は、愚か者だった」

「…かの大軍師、赤壁にて勝利した名将、大都督・美周郎が愚かだとしたら、俺の立つ瀬が無かろうよ」

「そうではない。そうではないのだ、マスター。軍師だの、都督だの、そんなことはどうでもいいのだ。私は忠臣のつもりではいたが、賢臣ではなかった。本当に賢い者は、自分の限界を知っている。自分に無理なものは他人に任せ、頼り、そして適切に仕事を割り振ればそれで良い」

 

 小さい溜め息を一つ漏らし、アーチャーは傍らのマスターの肩に手を置いた。

 

「おまえは私の轍を踏むな、マスター。私が犯した過ちを繰り返すな。おまえは一人ではないのだから」

 

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