Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
ストックが切れたので、次は16日ごろ投稿予定です
が、礼装のドロップ数次第では前後する可能性もあります
神君家康公が江戸に入城し、その後の幕府が開かれたことにより浦賀水道を行き交う船の数は飛躍的に増加した。
今や浦賀の港の岬の先端には燈明を灯す堂が築かれ、夜を徹して油を燃やし火を焚いて行き交う船の目印となっている。
湊には廻船問屋や干鰯問屋が軒を連ね、家康公から三浦按針の名と佩刀を授かり、更には250石の旗本として取り立てられた英人ウィリアム・アダムス以来、国が鎖される以前はしばしば南蛮船も来航し異人も商いをする国際色が豊かな街並みでもあった。
その浦賀の湊には船から陸揚げされた荷物を捌いて蔵へと収め、逆に蔵から出した荷を船へと積むために荷造りをするための広大な荷捌き場と、木材や石材といった風雨に晒されても比較的支障のない荷を一時的に保管する野積場とがある。
「ま、ここなら周りのことは考える必要はねえわな」
広大な荷捌き場の端の近くに立つ美丈夫は、軽く首を回して肩を鳴らした。商売に使う湊の施設が盛大に破壊されて問屋の商人達は後になって嘆くことになるかもしれないが、そこまでは知った事ではないし責任も負えない。せいぜい人的被害は皆無か、もしくはごく少数に留まったことで僅かな慰めを得てもらうしかないだろう。
「ランサー」
「おうよ、ちょっと待ってろ。すぐに終わらせて見せるからよ。その代わり、せいぜい目を見開いてしっかり見ておきやがれ。そう滅多にやれるもんでもねえんだからよ」
背後にいる伊織に声を投げる。本来ならとっくに昏倒していてもおかしくないはずだが、気力だけで意識を繋いでいると思しきマスターに軽く手を振ってみせながら、槍兵は鋭く目を細めた。
「さすがに釣るのが上手ぇな。ここぞって場所にきっちり誘き寄せてくれやがる」
南蛮船の甲板上からここまで伊織たちを運んできてくれた後は、大おろちを巧みに誘導して野積場へと釣り出してくれたライダーの手並みに賛辞を贈る。
「おーい、ランサー! この辺りで良いか!?」
「おう! それじゃ少し離れとけ! でねえと、うっかり巻き込まれても知らねえぞ!?」
「はははは! 余がそんなつまらぬ失態をするものか! 特等席で見物させてもらうぞ!」
すぐ背後から顎を大きく開いた大おろちの首が迫っているというのに、まるで危機感のない胴間声を返した偉丈夫は、しかしすぐに表情を変えて彼方を見遣った。
「む? あれは…」
真紅の魔槍を携えた美丈夫の全身から、目に見えるほどに濃密な魔力が立ち昇る。それほどの全力を振り絞る必要があるということか。
「そんじゃまあ、ここは一つ頼むぜ、マスター!」
「応! 貴殿の真の力を解き放て、ランサー!!」
槍兵の求めに応じた伊織の左手で、二画目の令呪が弾け飛ぶ。
「ハハッ! 行くぜぇっ!!」
右手で魔槍を肩に担いだ美丈夫が大地に左の手を突き、長身を屈めて両脚を撓める。大地を踏み締める右足の爪先が地面に深々と埋まり、そのしなやかに鍛え上げられた肉体を発射させる土台を形成する。
体幹をブレさせることなく背筋は真っ直ぐに伸ばしたまま、地に突いた左手よりも肩は前に。虎豹の如くに、その精悍な肉体美は大地を踏み締めて前へと駆け出す。
一歩、二歩。足裏が大量の土砂を後方へと掻き出すほどの強さで深々と地面を抉る。あくまで背筋は伸ばしたまま、前傾の体が速度を上げる。
三歩、四歩。肩で前方の大気の壁を押し退けるように、その紅い双眸は獲物たる大おろちへと真っ直ぐに向けられている。
五歩、六歩。右手が逆手に握り締めた魔槍を大きく振りかぶる。左手を前に、照準となる左の人差し指と親指が獲物との間合いを測る。
七歩目で、槍兵が大きく地面を蹴る。弓のように背を反り返らせる。高々と跳躍した体が、ほんの一瞬だけ大おろちの目の高さにまで届くほど。
「――突き穿つ(ゲイ)」
ランサーが、己の象徴にして彼の生涯にわたって愛用し続けた無双の魔槍の真名を告げる。
「死翔の槍(ボルク)!!!!」
伝説に於いて、足で打ち出すことで30の鏃に変わって敵陣を刺し穿つとされた対軍宝具。
投擲された真紅の魔槍が数十本に分裂し、大おろちへと降り注ぐ。
「■■■■――!!」
ぎょろりと見開かれた眼球へ、開いた顎の奥へ、槍の穂先が突き刺さり、抉る。否。着弾した部位を爆砕し、その速度と勢いを殺さぬままに更に奥へと潜り込む。大おろちの苦しげな咆哮と共に、その巨体が苦痛に身悶える。
多頭八岐の大蛇には、それぞれに心臓と脳があり、例え幾つかの心臓や脳が破壊されたところで魔力さえあれば幾らでも再生する驚異的な回復能力もあるのだろう。これを一撃で倒すのであれば、おそらく対城宝具に匹敵する、その巨体を一気に焼き滅ぼすほどの大火力が必要になるだろう。
――だが。しかし。
「てめえにゃ心臓がある。あるんなら、そいつを全部ぶち抜けば死ぬだろうよ」
幽鬼に鬼火、化け提灯といった、そもそも心臓が無いものや生き物の形をすらしていないもの。骸武者に妖鬼武者などの、既に死んでいて心臓が役目を果たしていないものにとっては効果が無いか、あるいはあったとしても薄いだろう。
だが、どれほどに巨大でも、恐るべき再生回復を可能とする旺盛な生命力を誇っていたとしても。大おろちは、蛇である。脳がある。心臓がある。生き物としての構造を模倣している。であるのならば――。
「■■■■――!!」
再び大おろちが吼える。しかし、今度の咆哮は苦鳴よりも悲鳴に近かった。
巨体に深々と突き刺さった数十本に及ぶ呪いの魔槍が、その体の奥深くで枝分かれし、体内で枝を広げていくように棘を殖やしていく。肉が抉られ、骨が裂け砕ける。臓器を喰い破られる。体の内側から、文字通りに枝分かれする棘に食い荒らされる恐怖と苦痛は筆舌に尽くし難い。巨体が右へ左へと身を捩じらせ、多頭が痙攣し、いっそ滑稽に思えるほどに苦痛に身悶える光景は戦慄の一言である。
これが、たった一本の槍を投げ放っただけの結果などと、その目で見ない限りは一体誰が信じようか。
「なかなかしぶてえな。やっぱり体がでけえと、刺さったところから心臓まで辿り着くのに時間を喰っちまうか」
それを、淡々とした醒めた目で冷酷なほど端的に評してのける槍兵の右腕は、しかし肘から先の肉がほとんど失われて白い骨が上腕部まで露出し、肩から半ば千切れかかってさえいるのを辛うじて腱が繋げているだけといった凄惨な有様だった。
「ランサー、その腕は…」
「ああ、これか。ま、これぐらい大したことじゃねえよ」
伊織の声を槍兵は一言で流す。
此処とは異なる時間、異なる国、異なる世界線において、とある女王によって喚び出された黒化した狂王が投げ放つ魔槍ゲイ・ボルク。単に敵軍に残らず刺さる、敵を逃さず命中する、稲妻のような速さで敵をまとめて貫くという伝承に基づいた必中能力のみならず、刺された者は必ず死ぬという必殺即死効果をも付与された鏖殺の槍。
それを、令呪による能力強化の援護があったとはいえランサーの霊基で放とうとすれば。むしろ片腕一本の犠牲は代償として安いものですらあった。
「奥の手(とっておき)っつっただろ? そう気軽に使えるんなら、オレも奥の手とは言わねえよ」
「■■■■――!!」
微かに口元に冷たい笑みを刻んだ美丈夫の言葉の語尾に重なって、大おろちが断末魔の叫喚を上げる。その巨体のあちこちが破裂し、血に濡れた赤い棘が顔を出した。獲物の心臓を喰い破った魔槍が、さながら凱歌を揚げているかのようだった。
「ランサーの秘奥の絶技、何とも凄まじいものだな。ますます余の配下に欲しくなったぞ!」
伊織たちの近くに戦車を着地させた征服王が放言し、二人は顔を見合わせて軽く肩を竦める。
「冗談は顔だけにしとけ。約束通り、その戦車でとっととオレとマスターを吉原まで送ってくれや」
「うむ、承知した」