Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
江戸城
「…今朝、夢を見た」
夜の小道を歩きながら陰鬱な声で独り言を呟くように、地右衛門が低く吐き捨てる。
「幼い頃から剣の天才なぞと持て囃されて、いい気になって、しかし自分では何も考えずに、ただ言われるがままに誰も彼もを殺して、殺して、殺して…」
ドロドロとした粘ついた情念に爛れた声が、地面に垂れていく。
「その挙句、病に冒されて刀も握れなくなり、自分が一番大切にして慕っていたはずの男の訃報にも何も出来ないまま、無様に死ぬ夢だ」
「……」
病み衰えたセイバーは、口元に微かな苦笑を浮かべたまま、何も言わなかった。
「寝床が真っ赤に染まるほどに血を吐いて、息も出来ぬ苦しみにのたうち回って、それでも痩せ細った手を愛刀に伸ばして、しかし柄に手をかけても抜くことすら出来ない。指に、手に、体に力が入らない。自分の無力さに啜り泣いて、悔やみに悔やんだ。もっと早くに医者にかかっていれば、と」
まるで我が身に降りかかったことであるかのように、地右衛門が忌々しげに、憎々しげに吐き捨てる。
「――…いっそ、もっと早くに死んでいれば、とさえ。そうすれば、せめてこれほど自分の無力さに歯噛みすることもなかったろうに」
「ええ、そうですね」
陰鬱な声に応える声もまた、幽鬼の如くにか細く、囁くように小さかった。
「本当に、悔やんでも悔やみきれない。どうして自分だけが、と。どうせなら、同じ死ぬのなら、せめて近藤さんと一緒に、近藤さんの横でこの痩せ首を刎ねられたかった。なんで、こんなところで自分一人だけが無様に寝ているだけなのか。土方さんは、永倉さんは、斉藤さんは、それでもまだ北で戦い続けていたのに。どうせ死ぬのなら、弾除けでもいいから、囮でもなんでもいいから、連れて行って欲しかった。せめて戦場で死にたかった。仲間と一緒に、仲間のために死にたかった」
自責と悔恨に満ちた声に、しかし応える声はなかった。
「……」
ふと立ち止まる主に従い、剣士もまた足を止める。肩越しに振り向き、汚れた布を巻いて面相を隠した横顔を嘲笑にも似た形に歪めた地右衛門は、しかし確かに共感と憐憫を滲ませた目で己が従者を見ていた。
「…ああ、そうかよ」
「ええ、そうですとも」
二人の間に交わされた言の葉は、それだけだった。それだけで十分だった。
再び歩き始めた地右衛門と剣士は、やがて勝手口と思しき小さな木戸に行き当たる。断りもなく、何の遠慮も無くそれを押し開き、中へと入る。
木戸の向こう側は何処かの屋敷と思しき建物の裏口となっていた。手入れされた木々の間を無遠慮な足取りで進み、玉砂利が敷き詰められた庭に汚れた土足で踏み込む。
「来たか」
「呼び出したのはそっちだろうが」
屋敷の縁側に立つ、顔を雑面にも似た覆面で隠した狩衣姿の陰陽師。
盈月の儀の裏で暗躍する土御門泰広は、仮にも従五位下の官位たる陰陽頭に任ぜられた歴とした貴族の嫡男に対して無礼千万の物言いをする地右衛門に対し怒りを露わにすることなく、覆面の下がどうあれ少なくとも声は平静を保ったまま言葉を接(つ)いだ。
「今日は浦賀の湊で少しばかり騒ぎがあったようだ」
当事者たる伊織から聞き出した話を右から左に流した高尾太夫からの通報によって、土御門は横須賀での経緯を極めて正確に把握していた。
「アサシン一騎に対し、手を組んだ三騎による共同戦線。随分と念入りに準備と仕込みを整えていたようだが、必殺の罠に誘い込んでおきながら一騎たりとも落とせずに取り逃がすとはな。所詮は異人の小娘、詰めが甘い」
ドロテアの手際を手厳しく批評する土御門であったが、それはあくまで結果論としてであることは言うまでもない。
「とはいえ、攻め手も無様なことに変わりはない。三騎がかりで攻めておきながら、何の収穫もなく追い払われたわけだからな」
「……。で、俺を呼んだのは、わざわざそんなつまらない与太を聞かせるためか?」
むっつりと表情を変えずに吐き捨てる地右衛門に、土御門はこれ見よがしに嘆息して見せた。
「貴様は馬鹿か? アサシンを相手に成果も無く手ぶらで引き返してきた三騎が、今度は小石川に攻めてくるとは思わぬのか? 貴様程度の未熟な術者と、そこな脆弱な剣士とで、それより上手の術者が仕掛けた小癪な罠からも生き延びて見せた三騎を相手に持ち堪えられるとでも?」
明らかに自分を見下す上から目線の物言いをする傲慢な陰陽師に、しかし地右衛門は薄ら笑いを浮かべて返す。
「俺を雑魚と見下すのはいいが、その雑魚の手も借りねばならない自分の無様さを棚に上げるのはどうなんだ?」
「――…いいだろう。貴様に似合いの仕事を一つくれてやる」
続け甲斐の無い舌戦の前置きを早々に切り上げて、時間の無駄を悟った土御門は本題に入った。
「間もなく、各地の霊地にいる逸れどもは我が支配下に入る。貴様はその隙に、儀の仕上げとなる最後の15騎目を確保しろ」
「……」
「盈月の器は我が手にある。あとは最後の鍵さえ手に入れれば――」
「で、その鍵とやらはどこにある?」
「…浅草だ。ランサーのもとにいる」
それを聞けば他に用は無いとばかりに、無言で背を向ける地右衛門を見送ると、土御門は背後を振り向いた。
「隆俊。…隆俊、いるか?」
「はい、兄上。こちらに」
縁側に姿を現した弟が片膝をついて頭を下げる。
「私は上野の寛永寺に移る。術の仕上げをするためにな。留守は任せる」
「はい。どうか兄上、無事に大願を果たされますよう」
「任せておけ。――…だが、もし私に万一のことがあれば、その時はお前が土御門の家紋を背負って立て」
「兄上?」
驚いたように顔を上げる弟に、手を上げて顔の覆面を取り払った兄は安心させるように軽く笑いかけた。
「勘違いするな。私は必ず勝つ。だが、江戸の八百八町の全てを舞台とした我が一世一代の大秘術、果たしてそれによって如何なる副作用が生じるかは当の私自身にも予想がつかぬ。何しろ、キャスターめが私の目を盗んで色々と細工を仕込んでいるようでもあるしな」
「…申し訳ありません。たびたび行動を共にしながら、キャスターの蠢動に全く気付かなかった己の未熟さに恥じ入るばかりです」
「気にするな。お前を責めているのではない。お前は己の未熟さを知りつつも腐ることなく実直に、機転を利かせて務めを果たせる。私のように策や謀を巡らせずとも、自然と人の信望を集めることが出来る。それがお前の強みだ」
公平に見て、一人の術者としての弟の技量は二流がせいぜいと見切りをつけていながらも、それでも重用し続けているのは何も兄としての贔屓などではない。
「つまらぬ汚れ仕事は私が片付けておく。お前はその後を、誰に恥じることなく正道を以て進め。土御門が晴明紋に、再び日の目を見せるのがお前の仕事だ」
「…この隆俊、兄上のお言葉、しかと胸に刻みます。どうか後顧の憂い無く事に当たられませ」
術者としては自分など足下にも寄れぬ偉大なる兄が、それでも自分に目をかけてくれている所以を知り、胸に当てた手を握り締めた弟は再び深々と頭を下げる。
「始めるぞ、隆俊。いよいよ、盈月の儀の本番はここからだ」