Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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短いので、今日はもう一話連続投稿します


参:捜索

「…そうか、カヤが拐かされたか」

 

 雨の中、辛うじて火は消し止められたものの、無残に焼け落ちた後の長屋の前で、痛恨の声を漏らす紅玉の翁は意気消沈していた。

 何も知らずに惰眠を貪っているうちに全ては終わっていて、気付いた時には遅かったのだ。

 

「くう、なんと無様な体たらくよ。儂が意識を保っておれば、このような事態!」

「……」

 

 だが、今の伊織に比べればそれでもまだマシではあるだろう。自責の念に押し潰されそうになっている伊織は、まさに手負いの獣のように無言のまま爛々と目だけを光らせていて、傍らの美丈夫ですら迂闊には声をかけられずにいる。

 

「なんだ、これは。何が一体どうなっている?」

 

 だからこそ、そこに現れた善意の第三者である鄭成功の声は救いですらあった。この重苦しい空気を変える意味でも、また事態を打開するという意味でも。今は口が重い伊織に代わって、美丈夫が手早く経緯を説明する。

 

「――…なるほどな。そうだったのか。道理で、先刻から幾ら呼びかけても連絡に応じないわけだ」

「すまん、鄭。…全ては、俺の油断が招いた結果だ」

「そう自分を責めるな。それに、今はそんなことをしている場合でもなかろう。何よりもまず妹御を救ってからだ。反省も後悔も、全てが終わった後で好きなだけすればいい」

 

 快活に、そして自然に伊織の肩に手を置いて励ます鄭成功の態度は、例えそれが精魂を込めた演技だとしても場の空気を和らげ、凍り付いた雰囲気を融かすには十分に事足りた。それは、確かに人の上に立つ将帥たる者として必須の素養だった。

 沈みかけていた気を取り直し、伊織が顔を上げて頷くのを見て槍兵も紅玉の翁も内心で安堵に胸を撫で下ろす。

 

「俺も妹御の捜索に手を貸そう。いいな、アーチャー」

「無論」

 

 その上で、事情を聞いて即座に助力を申し出てくれるのは伊織にとってありがたい。そこに口には出さぬ下心や打算があったとしても、今は猫の手も借りたいほどであるのは事実なのだから。

 

「で、どこから手をつける?」

「俺は小石川に向かう。地右衛門の本拠地だ。もしそこにいなくても、何某かの手がかりはあるかもしれん」

「うむ、承知した。だが、俺が逆の立場ならまず間違いなく罠を仕掛けているところだ。重々、気をつけてくれよ」

 

 この場合、当事者たる伊織が大人しくしていられるわけもないのは明らかだったので、鄭成功も何も言わなかった。

 

「では、俺たちはそれ以外の場所を探ろう。――…ああ、そうだ。もし神田と吉原に入る時には、おまえの名前を使わせてもらっても構わないか?」

 

 さりげなく、そして何気なく、何食わぬ顔で鄭成功は伊織に切り出す。

 

「何しろ、俺の配下は玉蓮も含めて日ノ本には馴染みのない人間が多くてな。おまえの名前を借りれば出入りもしやすい」

「確かにそうだな。すまんが、頼めるか」

「もちろんだ」

 

 快活に笑う鄭成功は、そうすることで伊織の名義を借りることに成功する。以後、鄭家の私兵は実質的に伊織が出入り可能な場所にも入り込めることになる。

 カヤの捜索のため、という理由付けがあれば伊織も拒否はすまいという計算あってのことだが、もしカヤを見つけた後でも、それが使えぬ理由はない。それこそ、伊織と鄭成功の仲が決定的に決裂でもしない限りは。

 

「それから、この家も焼け落ちたままにはしておけないだろう。おまえさえ良ければ再建に手を貸しても構わないが…」

「それはありがたいが、いいのか? そちらの手が足りなくなるのでは…」

「そんなことを言っている場合か? 妹御を取り戻したとして、その後はどうする? 塒もなしに戦うわけにはいかないだろう。もちろん、タダでと言うつもりもない。かかった金は例の妖物退治の報酬から差し引くということでどうだ?」

「…すまん、鄭。恩に着る」

 

 深々と頭を下げた伊織に、鄭成功はわざとらしく悪ぶった笑みを浮かべて見せた。

 

「応、どんどん恩に着てくれ。なんなら、その恩を返すために明まで着いてきてくれても構わんぞ」

 

 冗談に聞こえるようにと軽い口調を装ってはいたが、しかし伊織はその誘いには乗らず、言質も与えなかった。

 

「いずれ、この借りは必ず返す」

「…そうか。ならばその時には利子を多少上乗せしてくれることを期待しているぞ」

 

 再度の誘いにも素気なく頷くのみで、伊織は美丈夫と共に小石川へと向かった。

 

「マスター。あまりしつこく誘うのは良くないぞ」

「わかっている」

 

 アーチャーの忠告に小さく頷いてから、鄭成功は背後を振り向いた。

 

「玉蓮」

「はっ」

 

 少し離れた別の長屋の軒の下から、他の私兵らも引き連れた腹心の道士が姿を現す。

 

「再建の前に、灰の中から燃え残ったものがないかを探しておけ。特に杯珓は絶対に見落とすな。あれを今ここで無くすのは惜しい」

「かしこまりました」

「それから、今回のような火急の際にわざわざ駆けつけねばならないのは手間だ。呼び出す信号か何かを音か光で知らせるような調整は出来ないか?」

 

 蔡玉蓮は僅かに考え込む。

 

「…可能かどうかはわかりませんが、やってみます」

「ああ。無理なら無理で構わん。ついでに、万一の時に伊織の方から通信を繋げられなくなった場合に備えて、こちらから向こうの声だけでも聞き取れるように出来ないかも試してみてくれ」

 

 さりげなく。何気なく。しかし抜け目なく盗聴の実現可能性を試験するよう指示をしてから、鄭成功は他の私兵達に向き直る。

 

「よし、神田のライダーと吉原のバーサーカーにも繋ぎを取るぞ。伊織の名前を使える場所は使って構わん。入れる場所には全て入って可能な限りの情報を漁れ。こちらには拐かされた伊織の妹御を救助するという大義名分がある。遠慮はするな」

「はっ」

 

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