Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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短いので、今日も二話連続投稿します


伍:助言

「……うん、これでいい。体に妙なところはないかい?」

 

 採取した薬草を届けた途端、瞬く間に調合した薬を魔女が飲ませると、豚は一瞬にして元の美丈夫の姿に戻った。

 

「応よ。むしろ豚になる前よりも調子が上がったような気がするぜ」

「そうだろう、そうだろう。当然さ! 何しろ、この私の作った霊薬だからね」

 

 右腕を軽く回して調子を確かめた槍兵の答えに、有翼の魔女は得意げに笑う。

 その脇で浮遊する紅玉の書に、伊織は問いかける。

 

「爺さん、話は終わったのか」

「うむ、何とかな。流石は神話に名高き大魔女じゃ。むしろ儂の方が勉強になったわ」

「私も知らない術を教えてもらったのは楽しかったよ。長く生きているだけあって、なかなか物知りじゃないか」

 

 手にした杖を軽く撫でるように紅玉の書に触れさせる魔女は、伊織に向かって無邪気に笑いかけた。

 

「今回は、あくまで傍観者に徹するつもりだったけれど……。何事も適度に楽しむのが大事というからね。大魔女キルケーの力を頼りにしてくれよ」

「キルケー。それが貴殿の真名か」

「知らないって顔だね。まあ、無理もないか」

 

 ギリシャ語で『鷹』を意味するその名の通り、クルリと鳥のように軽く身を翻した魔女は、そのまま一歩、二歩と歩を進め、サンダルを履いた足の爪先で軽く地面を突いて見せた。

 

「地中海から遠く離れた極東に私が喚ばれる、なんて、そもそもおかしな話だ。触媒どころか、土地や人との縁(ゆかり)もない英霊を、霊脈を要石にしてぽんと召喚したってことだろ?」

 

 その一動作だけで、地脈から溢れた僅かな魔力が形を成して小さな翼を持つ豚の姿となった。簡易召喚の術式なのだろうが、その手並みは大魔女を称するに足る見事なものだった。

 

「随分とまあ魔力を費やしたものだ。到底、効率的とは言えないね」

「……ふむ。盈月の儀とは、それほど奇妙な儀式なのか」

「そりゃあそうさ! 無駄が多いし、元にした儀式とも大きく違う。何だろう、随分と荒い未来視をしたのかな」

 

 嘆息とも軽蔑ともつかぬ吐息を漏らして、有翼の魔女は吐き捨てた。その吐息一つで、足元に召喚された豚が掻き消える。

 

「理論をきちんと構築しないまま、枝葉のかたちだけを模倣した、出来損ないだ」

「出来損ない――」

「願望機として多少の力はあるようだけど、とかく無駄が多い! 美しくない! 整ってない!」

 

 魔女としての誇りにかけて、あまりに杜撰な儀の運用には一言あって然るべきなのだろう。

 

「ま、私にはさして関係はないけどね。所詮は逸れだもの」

 

 マスターがいれば、さらなる忠告なり助言なり、あるいは儀そのものに関わるということもあるかもしれないが。

 

「さて、大切な妹の行方だっけ? 私の占星術でならわかるかもしれないよ」

「本当か。是非、ご教授願いたい」

「お爺さん、地図を出して」

「うむ」

 

 紅玉の書が広げた地図に、杖の先に天球儀にも似た形の複雑かつ精緻な術式を展開させた魔女が次々に指を差す。

 

「うーん、…うん、うん、南の方角だね。ここと、ここ…最後に、ここだね」

「等々力、川崎大師、神奈川湊…このいずれかにカヤがいるということか?」

「少し違う。まず等々力で力を得て、次に川崎大師で情報を得て、そして最後の神奈川湊で尋ね人を見つけることになるだろう。どれか一つでも省いたら、きみは望みを果たすことなく――死ぬことになる」

 

 さらりと軽く言われて、思わず伊織は硬直した。

 

「信じるか信じないかは好きにするといい。私は助言はするけれど、強制はしないからね」

「信じよう」

 

 即答した伊織を、有翼の魔女は目まぐるしく色合いを変える双眸を何度か瞬かせてから見上げた。

 

「へえ?」

「紅玉の爺さんが大魔女と敬うほどの術者の言を信じぬなど、愚かの極みだ。他に頼るべき手がかりもない中にあって、貴重な助言を頂いた。心から感謝する」

 

 真剣な顔で低頭した伊織の頭部を見る魔女は、ややあってからそっぽを向くように明後日の方に顔を向ける。

 

「そ、そう。なら、さっさと行きなよ。これ以上ここに留まる理由もないだろう?」

「行こうぜ、マスター。ここにいると、またキュケオーンを食わせられちまいそうだ」

「ああ」

 

 先を促す槍兵の言葉に頷き、伊織が背を向ける。そのまま立ち去ろうとする二人を一瞬だけ横目で見やって、魔女は少しだけ迷い、そして口を開いた。

 

「も、もし! ……もしも、また困ったことがあったら、来るといい。少しなら、力を貸してあげなくもないからさ」

「重ね重ねのご厚意、誠にかたじけない」

 

 その背中を追いかけた声に、律儀にも立ち止まった伊織は再び振り返り、丁寧に一礼した。両手で杖を握りしめた魔女は、口元だけで微かに笑う。だが、先を急ぐ伊織がそれに気づくことはなかった。

 

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