Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
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「ご苦労、これが褒賞だ」
等々力不動尊。正式名称は瀧轟山明王院。その境内にたむろしていた栄二なる怪しげな忍者の扮装をしていた曲者を捕らえた二人は、おっとり刀で駆け付けた同心に取り巻きのごろつき連中ともども引き渡した。
「悪くはない稼ぎだったが、これがキルケーの言う『力』ってわけじゃぁ、ねえよな…」
「そうだな。だが、せっかく訪れたのだ。騒ぎを起こした詫びも兼ねて参拝ぐらいはしていこう」
二人が受け取った褒賞の一部を賽銭箱に投げ込んで本殿に拝礼すると、その様子を山門の陰から眺めていた付近の住民と思しき人々が恐る恐る境内へと入ってきて、二人の後に続いて参拝を始める。どうやら曲者たちがたむろしていたせいで、住民たちも立ち入れずにいたようだった。
「ありがとうございます」
「おかげで助かりました」
そんな言葉を口々に投げてくる住民たちに軽く頷きかけてから、伊織たちは境内から出ようとした。
「待ちな」
境内の隅に立つ巨木の陰に立つ一人の青年が、ひどくぶっきらぼうで伝法な声を投げてきた。
美丈夫や伊織には背丈で及ばぬにせよ、中肉中背の体はよく引き締まり、左肩から腕にかけてを射籠手で覆っている。赤い短髪は髷すら結っておらず、琥珀とも鈍い金色ともつかぬ双眸は、伊織の腰の二刀へと向けられていた。
「お前さんの腰のもの、随分とくたびれてきているようだな。放っておいたらそのうち折れちまうぜ」
思わず刀の柄に手で触れた伊織は、ここのところの激戦を経て摩耗が進んでいた佩刀の状態に思い至り、とっさのことに二の句が継げなかった。
「貴殿、わかるのか」
「応さ。儂(オレ)はこう見えても刀工だからな。随分と気を遣って手入れもしているようだが、それもそろそろ限界だろう。ここらできっちり打ち直してやらねえと、肝心な時にお釈迦になっちまっても知らねえぞ」
近付いてきた青年が、伊織に向かって手を突き出して見せる。
「ほれ、寄越しな。そんなになっちまった刀を酷使するなんざ、よぼよぼの爺を無理くり戦場に引っ張り出すようなもんだ」
有無を言わさぬ強い語調に逆らえず、腰から鞘ごと抜いた二刀を相手に渡す。鯉口から少しだけ抜いた刀身を吟味するように見下ろすと、青年は微かに鼻を鳴らした。
「へっ、こいつはまた」
「何か?」
「無銘だが、儂(オレ)の弟子筋か誰かの作だな。悪かねぇ刃文だ。折れず曲がらず、基本に忠実に打ち上げてやがる」
その物言いは見かけにそぐわぬ老成した翁の如く無愛想だが、どこか温かみが感じられた。
「てめえ、セイバーか」
端的な美丈夫の言の葉に、伊織は思わず目を見開く。等々力の地に紐づけられた逸れのサーヴァント。なるほど霊験あらたかな不動尊が祀られたこの場所に英霊が喚び出されたとしても、何ら不思議ではない。
「おうよ、儂(オレ)は村正。千子村正。伊勢国、桑名の刀工だ」
何の衒いもなく名乗りを上げた青年に、伊織は再び驚愕する。
「村正!? あの村正なのか、貴殿は!」
「お前さんの言う『あの』村正とやらが、どの村正なのかは知らねえが、村正派の初代──ってことになるんなら、そいつは儂(オレ)のことだろうよ」
「それほど驚くほどの有名人か、マスター」
伊織の刀を手に提げたまま歩き出す村正の背を追って歩を進める美丈夫が問いかけると、伊織は興奮を抑えかねる様子で潜めた声を上ずらせる。
「かつての戦国の世において名刀妖刀の類いは数多くあれど、その中でも最高峰の一振りと称えられるのが妙法村正。およそ剣に関心を持つ者であれば誰もが一度は耳にし、一度は目にしてみたいと願うだろう」
「へぇ、それほどのものか」
「以前に一度、貴殿にも話したことがあったろう。古今独歩の勇士、本多中務大輔忠勝殿が愛槍『蜻蛉切り』の話を。あれも村正の衣鉢を継いだ鍛冶師の作だ」
雨の中を渓谷へと降りていく青年の背は、そういった世に名を馳せた著名人としての自覚も気負いもなく、ただ端然と、そして堂々としていた。
神変大菩薩と諡(おくりな)された、役行者もしくは役の小角として知られる修験道の開祖を祀った神変窟へと足を踏み入れると、村正は腰を下ろして目を閉じる、
洞窟内に満ちた魔力が形を成していき、工房――すなわち鍛冶場となる。
「そういや、まだお前さんの名を聞いていなかったな」
「申し訳ない。貴殿の名乗りに対してあまりに驚いてしまって、すっかり忘れていた。俺は伊織。宮本伊織だ」
「……」
その名乗りを聞いて肩越しに振り向いた村正は、まじまじと伊織の顔を見つめる。
「宮本…ってぇと、あの宮本武蔵の弟子か」
「師匠をご存知か」
「ああ、知ってるよ。男じゃなく、女のだがな」
「は?」
思わず唖然とする伊織に構わず、独り合点がいったように頷く村正は、どこか懐かしむように呟いた。
「やかましいが肝の据わった、凛と咲く花のような剣士だった。この村正が座に持ち帰った、数少ない活動記録だ。風来坊め……最後に行き着く場所に辿り着ければいいんだが」
「詳しくはよくわからんが、ここじゃねえ何処かで、今じゃねえ何時の日かに、よほどの事があったんだろうよ。この仮初めの体が消え去っても忘れられねえくらいに印象に残るような出来事が、な」
同じサーヴァントである槍兵が付け加えると、仔細がわからないなりに事の次第を伊織は飲み込んだ。
「二天一流を使う女の宮本武蔵が貴殿と出会い、そして浅からぬ縁を結んだということか」
「そういうこった。お前さん、飲み込みが早ぇな」
「盈月の儀などという世にも奇妙な儀式に巻き込まれた身だ。多少の不思議や不条理にも慣れるというものだ」
「よく言うぜ。ある日いきなり喋り出す本に話しかけられても驚かなかった野郎が」
美丈夫が混ぜっ返すように軽口を叩くと、伊織もそれに応じた。
「俺でも驚くことぐらいはある。例えば、そう、逸れのセイバーがあの千子村正だと知ったら驚くに決まっている」
それを聞き流しながら刀鍛冶が工房に腰を据えて鞘から刀を抜き、懐紙で軽く刃を拭う。
「悪かねえ。いい出来だ。きっちり打ち直せば、もっと良くなる」
細かい刃毀れや傷で摩耗しつつも、年輪を重ねたような刃文の美しさは損なわれていない。
「お前さん、これを振り始めた時よりも随分と腕を上げたろう。使い手の腕についていけてねえからって、刀が悔しがってやがる」
「……」
村正の肩越しに己の愛刀に見入る伊織は、ぶっきらぼうでありつつも温かいその言葉に、思わず涙がこみ上げてきそうになった。
自分の非力に歯噛みしているのは、何も使い手だけに限らなかった。世に名だたる名刀には遠く及ばずとも、かつての未熟者だった自分と共に修羅場を潜り抜けてきた無銘の刀もまた、使い手のそんな心情を感じ取ったかの如く、僅かに震えた。
「いいぜ。儂(オレ)がその想いを焼きに入れてやる。鍛造ってのは、ただ石を火で焼くだけじゃねえ。そこに籠める理念があって、はじめて真髄に至る。焼いて、叩いて、冷やして、また焼べる。何度も、何度もだ」
工房に入った火は、等々力不動尊が祀る不動明王の背負う迦楼羅炎(かるらえん)の如く燃え盛る。その中に刀身を差し入れた刀工・村正は、そこで思い出したように二人に告げた。
「こいつは長くなる。良かったら一晩ここで休んでいきな。何もねえが、握り飯と水ぐらいなら出せる」
「かたじけない。どうかよろしく頼む」