Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
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ゲーム内での時系列
・カヤ誘拐→小石川でセイバーと分断→合流して浅草に戻り一泊
・翌朝に鄭成功からの情報で等々力か川崎大師かのルート分岐→神奈川湊へ
本作での時系列
・カヤ誘拐→小石川で逸れのキャスターと接触→等々力で逸れのセイバーと接触し一泊
・等々力から川崎大師へ移動しドロテアと邂逅→神奈川湊へ
…という流れなので時系列的に矛盾はないはず
神奈川湊の西側の権現山の山中に築かれていた権現山城。かつての戦国の世において、小田原北条氏と上杉氏の関東の覇権を巡る争いの嚆矢となった戦乱の舞台となり、今や城主たる一族も北条氏と共に没落し、築かれた石垣には蔦と苔が蔓延り、朽ち果てた砦は放置されたまま風化が進んでいる。
そんな廃城に幽鬼の如く独り佇む剣士は、辿り着いた伊織たちに静かな眼差しを向ける。
「来ましたか」
「…? セイバー、てめえ一人だけか。マスターはどうした?」
「さて。私は何も伺っていませんが」
怪訝そうに尋ねる槍兵に、剣士は韜晦するように微笑むばかりで答えない。
「カヤはどこだ?」
腰の刀の柄に手を乗せながら伊織が問いかける。しかし、剣士は答えずに伊織の二刀に目を向ける。
「…その二刀。拵えこそ同じでも、以前とはまるで別物ですね。一体どんな伝手が…」
「そんなことはどうでもいい。カヤはどこだ? 答えぬのなら…」
露骨に殺気立つ伊織に、剣士は僅かに嘆息した。
「あちらに」
ついと頬骨が浮き出た細い顎をしゃくって、広場の隅の壁が崩落した穴を示す。それを聞いた途端、脇目も振らず伊織が駆け出し、美丈夫がそれに続く。
穴の向こう側は、元は小さな庭か何かだったのか地面から生えた木々がつっかえ棒となって斜めに倒れ掛かった壁を支え、その壁面が雨風を凌ぐ天井の代わりとなっていた。そして、その下には粗末な筵が敷かれ、そこにカヤが寝かせられていた。
「カヤ…!」
伊織が見たところ衣服に乱れはなく、体にも傷一つない。
「ああ、その手の傷は我らが何かをしたわけではありませんよ。火が燃えていた竈の灰を掴み取ったせいで火傷を負っただけですので。雨の中を出かけていた誰かの為に白湯でも沸かしていたのかもしれませんね」
背後からの剣士の声に伊織がカヤの手を検めると、ありあわせではあるが掌には薬草が押し付けられ、その上から布が巻かれ、雑にではあるが最低限の手当てはされていた。
「…どういうことだ?」
伊織は思わず呟いた。地右衛門の狙いがわからない。伊織を釣り出す餌にするのなら、どうしてこれほど簡単にカヤの身柄を引き渡す?
確かに神奈川湊の街中から廃城への道中まで雇われたと思しき浪人や夜盗紛いのごろつきには何度も襲われたが、その程度の連中に伊織たちを本気でどうにか出来ると思っていたわけでもないだろう。
まして、これまで何度も何度も伊織を面罵し挑発して来た地右衛門が、この期に及んで顔すらも見せずに伊織たちの相手をセイバーに任せて自分だけ何処かに隠れているというのか。確かにマスターとして自らの身の安全を最優先にするのは間違いではないが、明らかにこれまでの地右衛門らしからぬ行動だった。
「セイバー、これは一体…」
その声に答える者はいなかった。いつの間にか霊体化して姿を消していたセイバーを探して視線を巡らせるも、気配すらも消えていた。
「マスター、今は敵の狙いを詮索している場合じゃねえだろう。いつまでもこんなところにカヤの嬢ちゃんを寝かしっぱなしにもしておけねえ」
「あ、ああ。そうだな」
美丈夫の促しに頷いて伊織が義妹の体を抱え上げる。呼吸に乱れはなく、その体にも異常は見当たらない。改めて安堵の吐息を漏らす伊織が穴から出ると、槍兵は朱槍を手にして周囲を警戒した。
「…?」
鋭い眼差しを右へ、左へと巡らせ、微かに低く鼻を鳴らす。
「どうした、ランサー」
「わからねえ。わからねえが。…どうにも気に入らねえ。静か過ぎる。妙な空気だ」
即座に臨戦態勢に入ったサーヴァントに一瞬遅れて、伊織も周囲を警戒する。
「セイバーの…もしくは地右衛門が何か罠を仕掛けていったということか?」
「…こいつはオレの勘だが、おそらく違うだろうな。この空気、この悪寒…もっとやべえ、何かだ」
じり、じりと摺り足で少しずつ広場を進む槍兵が先導し、伊織は腕の中のカヤを庇いながらそれに続く。
「……。おい、てめえ」
広場から出ようとした伊織たちは、しかし崩落した石壁の陰からふらりと姿を現した影に気付く。
それは、伊織にとっても槍兵にとっても見覚えがあり過ぎる相手だった。
「…アサシン?」
白毛皮の襟飾りがついた長外套を袖も通さず肩に羽織り、夜にも関わらず目元に黒い色眼鏡をかけた白髪の老人。それは、神田の地にいるはずの逸れのアサシンその人だった。
――だが。
「気を抜くな、マスター!」
鋭く叱咤する槍兵の声に、伊織は警戒心を取り戻す。ゆえに、辛うじて次の反応が間に合った。
初めての邂逅の時と同じく、真っ直ぐに突っ込んでくる兇手が突き出した拳から素早く身を引き、その分だけ開いた間合いの横から差し込まれた魔槍の穂先が拳の一撃を逸らす。
「アサシン、何を…」
「悠長に問い質している場合かよ!」
伊織の声を掻き消すように、立て続けに槍と拳が打ち合う音が連鎖する。
こちらが枷となる少女の体を抱えていようが一切の容赦も躊躇もない怒涛の攻め。いかにも逸れのアサシンらしいようで、しかし奇妙に違和感を覚える挙動。その違和感が正鵠を射ていたことを証明したのは、拳を掻い潜って槍兵が繰り出した槍の刺突がその顔を掠め、色眼鏡を弾き飛ばした次の瞬間だった。
「なんだ…!?」
そこにあるのは老いてなお炯々と光る眼光などではなく、白目の部分までもが赤く、毒々しい血の色に染まった異形の眼球だった。
「呆けてんじゃねえぞ、マスター! カヤの嬢ちゃんを抱えたままじゃ邪魔になるだけだ! さっさと行け!!」
「…すまん!」
逡巡は一瞬の事だった。このままここにいても義妹を巻き込む危険が増すばかりであり、そうである限り今の自分は足手纏いでしかない。事の仔細こそ不明だが、一刻も早く安全な場所にカヤの身柄を移すことが最優先だった。
「ったく、遅ぇよ。さっさと行けってんだ」
背中越しに山道を駆け下りていく伊織の足音を聞きながら、槍兵は小さく呟いた。
「今のオレは虫の居所が悪くてな。おまけに、時間をかけて正々堂々とやりあっている場合でもねえときた。そんなわけで、手段を選ばず手っ取り早く片付けさせてもらう。悪く思うな」
こちらの声が聞こえているとも思えない逸れのアサシンに向かって鋭く断ると、槍兵は手の中の槍を投擲した。一直線に顔面を目掛けて飛んで来た槍を当然のようにアサシンが半身になって避けると、槍は広場の反対側の壁に深々と突き刺さる。
再び前に向き直ったアサシンが見たものは、踵で足元の地面にルーンを刻みながら身構える美丈夫の姿だった。
「槍の間合いを知ってるてめえに、馬鹿正直に槍で付き合ってたら長丁場になるのはわかりきってる。だから――」
スッと下ろした左手の拳を腰だめに近い位置に、右手の拳を顎と胸元の中間の辺りに。それは拳闘で言う、デトロイトスタイルの構えにも似ていた。
しかし、アサシンは怯まず躊躇いもせずに前に出る。まるで、この場にはいない誰かにただひたすらに攻撃一辺倒のみを命じられているかのように。
「そうか。やっぱり正気じゃねえな、てめえ」
槍を使っていた相手があえて槍を捨てて拳で戦う構えを見せれば、少しは警戒し僅かにでも観察する間を取るのが当然だ。それをしない、あるいはそれが出来ないという時点で、今のアサシンが常の思慮深さを奪われているのは明白だった。
「ANSUR」
美丈夫の踵で地面に刻まれた『ᚨ』のルーン文字が光り輝き、そこから広がった炎が広範囲を薄く覆う。無論、その程度の火力ではサーヴァントに対しさしたる効果はない。が――
「ああ、見えるぜ。てめえの歩法は変幻自在、押すと見せては退き、引くと見せては押す攻防の切り替えこそが真価だったのによ。ざまあねえな、そのてめえの強みを活かせねえ雑な操られ方をしやがって」
例え霊体化しようとも、ルーンの魔力によって編まれた炎は対象の動きを残像の如く軌跡として残す。ゆえに、かつて見せた前足箭疾歩の動きで間合いを詰めてくるアサシンに、美丈夫は十分な余裕をもって向き直る。後ろ足で地面を蹴るのではなく体ごと前のめりに突っ込んでくるということは、逆に言えば方向転換をするべき前足がブレーキを踏んでも間に合わないということでもある。
「ハァッ!」
「グゥッ…!」
もとより美丈夫とアサシンの背丈には相当な差がある。まして、腕と足とでは比べ物にもならない。単純なリーチの差として、硬化のルーンによって鋼の硬度を得た美丈夫の爪先がアサシンの拳が届くよりも速くその脇腹に深々と突き刺さり、その体を吹き飛ばした。
「――…後より出でて先に断つもの(アンサラー)、とでも言えば良かったか? おかしなもんだな、こんな戦い方をオレはどこで覚えたんだか」
義理の祖父である海神マナナンが父親である光の神ルーに授けた魔剣フラガラックの別名を呟いた美丈夫は、確かに自らの記憶にはないはずなのに奇妙に体に馴染むカウンター戦術をどこか懐かしむように思い返しつつ油断なくアサシンへと近づいていく。
「神田を本拠地にしているマスターの由井正雪の協力があるならともかく、断りもなしに勝手に霊地から離れてこんなところまで引っ張り出されて来たんだ。余程の事が起きてるんだろうが…今は細かい事を調べている暇もねえ。とっとと片付けさせてもらう」
が、美丈夫が弱った敵にトドメを刺すべく手の中に槍を呼び出すより一瞬早く、アサシンの体が霊体化して消え失せる。低く舌打ちを漏らした槍兵だが、今は悠長に追撃をしている場合でもないのは明らかだった。
「敵がアサシンだけと限った話じゃねえだろうからな。まさか、あのキザ野郎までもって事は…」
そう危惧の声を漏らした槍兵は、すぐに身を翻して廃城を後にする。その危惧が的を外していることを願いつつも、ひどく嫌な予感に気を急かされながら。