Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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ぶっちゃけ逸れのアーチャーをこの人にしたのは、これがやりたかったというのが理由の半分です


玖:鶴翼対比翼

「…くっ」

 

 二刀と二刀が、互いに羽ばたくように優雅に、しかし内実は苛烈かつ獰猛に激突する。

 

「この……ッ!」

 

 その剣戟の速度と激しさは、伊織が今まで目にしたどの剣士とも比較にならないものだった。それも当然か。地右衛門に命じられたセイバーと初めて戦った時、伊織は全力を出し切るにも値しない弱敵に過ぎなかった。そして、病弱スキルによる弱体化の影響を鑑みてもセイバーは手数で敵を圧倒するというよりは、その技巧と精緻な剣技によって敵の隙を狙いすました華麗な一撃で葬り去る戦法を得意とするタイプだ。

 逆に、いま目の前で戦う二刀使いは一つ一つの手を積み上げて敵を崩し、誘い、確実に手傷を負わせて弱らせていく堅実な戦法を得意とするタイプだ。一見すれば地味で無難な華やかさの欠片もない面白みに欠けた戦いぶりだが、そこには付け入る隙というものが全くない。

 

「…ふ、うっ…!」

 

 ――だからこそ。伊織にとって今の状況は不思議で仕方がなかった。

 

 何故、自分はまだ生きている?

 何故、自分はまだ五体満足のままでいる?

 何故、こうも苦戦しつつも辛うじて持ち堪えられている?

 

 目の前にいるのが、アーチャーのクラスでありつつも何故か得物を二刀に持ち替えて戦ってくれているからだろうか。

 あるいは、かの名高き刀工、逸れのセイバーたる千子村正によって鍛え直してもらった二刀が今まで以上に手に馴染み、未熟な自分の腕を補ってくれているからだろうか。

 自分の後ろにいる守るべき義妹を背にしているがゆえに、これまで以上に負けられぬという決意が胸の内にあるからだろうか。

 そのいずれも、一つの要因としてあるにはあるのだろう。しかし、逸れのアサシンと同様に双眸を濁った赤色に染めた逸れのアーチャーに加え、その後ろで援護している逸れのライダーことタマモアリアという二騎のサーヴァントによる襲撃を、自分が一人で凌げている理由とするには足りない。

 

「っ…!」

 

 逸れのアーチャーが右手の白い剣を伊織が左手の脇差で受け流し、右手の太刀で斬り返した一撃はアーチャーの左手の黒い剣が弾き返す。両者が共に日々の修練によって積み上げた戦闘論理を重視するタイプの剣の使い手であるがゆえに、その戦闘スタイルは正面からがっちりと噛み合っていた。

 

「ぐっ…!」

 

 大上段から撃ち落された白い剣を頭上で交差させた二刀で辛うじて受け止める。あまりの力ゆえに、白い刀身が過負荷に耐え切れず砕けるほどだ。しかし、その一瞬の後には新たな剣がアーチャーの右手に握られている。もうこれで何振り目か数える気にもなれない。数打ちの大量生産品でもあるまいに、次から次へと新しい武器を無尽蔵に取り出してくるなど、武器破壊や武器を遠くに弾き飛ばすという戦法を無意味にさせる反則技だ。

 だが、アーチャーが新しい武器を取り出す間のこの一瞬だけが、この戦いにおいて伊織が息をつける貴重な瞬間だった。顎から滴る汗を拭う暇すらもなく、乱れかけた息を懸命に整える。

 

「ふー…っ」

 

 今にして、小石川で逸れのキャスターの助言の真価を改めて思い知らされる。

 等々力で逸れのセイバーに二刀を鍛え直してもらっていなければ、とっくに自分は死んでいる。

 川崎大師でドロテアから話を聞いていなければ、逸れのアサシンやアーチャーの異変に気付くのがそれだけ遅れ、おそらく最初の奇襲で命を落としていたことだろう。

 

 そして。

 

「アーチャー、貴殿は…」

 

 ようやく、伊織は気付いた。新しい剣を虚空から取り出す時、逸れのアーチャーの手が僅かに震えている。

 踏み出す脚が僅かに遅い。振り上げた腕が、ごくごく一瞬の間だけ僅かに痙攣するように止まる。

 

「タマモアリアも、か」

 

 そして、それは援護の呪法をかける逸れのライダーも同じだ。援護とはその時、その状況に応じた加護を選ばねば意味がない。

 例えば火を使う敵に相対する時に、風や地属性の攻撃から身を守る術を幾ら使っても意味はあるまい。

 タマモアリアは、そんな無駄とも思えるような加護の呪法を重ね掛けしている。伊織が魔術など使う隙も与えてくれない逸れのアーチャーに対して、わざわざ対魔術の術式や、明らかに過剰と思える筋力の上昇術式を重ねているせいで、かえってアーチャーの体に負荷をかけ、その動きを無駄に鈍らせてしまっている。

 

「…抵抗、しているのか。貴殿らは」

 

 何者かに、おそらくは遥か東の地にいるであろう術者の操作に対して、可能な限り。その英霊としての誇りに懸けて、彼らは痛ましいほどに必死に抗っていた。

 伊織の手に力が籠もる。自分はただ一介の浪人に過ぎず、また自分もまた数多くの人を切ってきた罪深き身の上ではあるが、それでもなお、この邪法とも言うべき大魔術には義憤と反感を覚えずにはいられない。

 

「許しは乞わない。これが、今の俺に出来る唯一のことだ」

 

 そうであるならば、ここでむざむざ自分が斬られるなど、むしろ目の前の英霊の懸命の努力を無にする愚行に他ならない。この大魔術をどうにか出来ないのであれば、せめて何としてもこの窮地を生き延びて、生を繋げることこそ彼らに報いる唯一の道である。

 

「来い。我こそは二天一流、宮本伊織。貴殿らに報いるため、何があろうとも絶対に生き延びて見せよう」

 

 啖呵を切った伊織に向かって、逸れのアーチャーは二刀を頭上で交差させた。

 

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎむけつにしてばんじゃく)」

 

 呪文の詠唱のように地を這う低い声と共に二刀が遠くへと投げ放たれる。

 

「―――心技、泰山ニ至リ(ちからやまをぬき)」

 

 新たなる二刀が両手に取り出され、それもまた投擲される。

 

「―――心技黄河ヲ渡ル(つるぎみずをわかつ)」

 

 そして、三対目の二刀を手に突進してくる逸れのアーチャーを前にして、伊織は自身の失策を悟る。

 背後に逃げれば、大きく回り込むような軌道で投げられた最初の二刀の餌食。

 左右のどちらに逃げても、挟み込むように投擲された二対目の二刀からは逃げられない。

 そして動かなければ前後左右から挟まれた六刀に囲まれ絶命するのを待つばかりとなる。

 残る逃げ道は頭上のみ。しかし、そうすれば最初からわかりきっている唯一の逃げ道を塞ぐために逸れのアーチャーも跳躍して地へと無様に叩き落されるに違いない。

 

 動きを、縫われた。忍びの術における苦無や手裏剣術においても、標的の回避する動きを読み切って自ら死地へと追い込んでいく影縫いなる術があるというが、それの亜種だろうか。

 これに対抗するのであれば、被弾を覚悟で前方の本体へと特攻するか、全周を囲う防壁の中に閉じこもるか。そのいずれも今の伊織には選び難い。背後には守るべき義妹がいて、未熟な伊織の魔術に一瞬で強力な障壁を全方位に展開できるようなものはない。

 

「…三対六本の腕を持つ、三面六臂の阿修羅でもなければ防げはしない必殺必中の絶技。凄まじいな。この技を編み出し、ものにするまで貴殿がどれほどの修練を重ね、研鑽を積み上げ続けたのかを想うだけで、俺は貴殿を心から尊敬する」

 

 伊織は小さく呟きながら二刀を下ろし、息を吸い、瞼を閉ざして瞑目した。

 諦めたか。命を捨てたか。もはや逃げられぬ、もはやここまでと観念したのか。

 

 ――否、否、断じて否!!!

 

「ゆえに、俺も。今の俺に可能な限り、最高の奥義で応えよう」

 

 大剣豪、新免武蔵守藤原玄信が死去した後、その墓前を訪れた一人の剣士がいた。その名は佐々木小次郎。巌流島における決闘で世に名を馳せた、宮本武蔵の宿敵とされた男である。

 

「―――唯名別天ニ納メ(せいめいりきゅうにとどき)」

 

 逸れのアーチャーが手にする三対目の二刀の刀身が長く伸び、巨大に膨れ上がる。人体など容易く両断するに足るであろう、恐るべき刃渡りと威力。

 

「…秘剣、」

 

 伊織が瞼を開く。既に逸れのアーチャーは目前に。背後から二刀。左右からも別の二刀が迫る。

 

「―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われらともにてんをいだかず)…!」

「燕返し、――…比翼の段っ!!」

 

 その刹那。壱、弐、参、肆、伍、陸――都合、計六度の斬撃が、全く『同時』に閃いた。

 かのセイバーの奥義『無明三段突き』と同じ、並列世界から呼び込まれる複数の異なる剣筋が僅かな時間差もなく、完全に同一のタイミングで相手を襲う秘剣。それは、あえて時間差をつけて二刀を次々に投げ放ち、タイミングを合わせて同時に着弾させることで回避する術を失わせる逸れのアーチャーの絶技、『鶴翼三連』とは似て非なる対人魔剣である。

 ゆえに、左右と後方からの投擲剣が着弾するタイミングと三対目の二刀の斬撃を合わせねばならない逸れのアーチャーよりも、ほんの僅かに、ごくごく少しだけ早く、その六度の斬撃は回り込んできた二対の二刀を同時に切り払い、そして突進してきたアーチャー本体をも切り裂いていた。

 

「鶴翼三連、ならず…か」

「――未熟にて、御免」

 

 残心のままに交差した二人のうち、逸れのアーチャーの長身が静かに崩れ落ちる。伊織もまた、過負荷に耐え切れず筋肉が断裂した両腕から二刀を取り落とし、倒れ込みそうになる自分の体を必死に叱咤することで、辛うじて持ち堪えているだけであった。

 

「おい、マスター! 無事だったか……っ!?」

 

 直後、山あいから駆けつけてきた美丈夫が、その光景を前にして信じられないとでも言いたげに、大きく目を見開く。

 地に倒れ伏した逸れのアーチャーと、立ったままの伊織。それは紛れもなく勝者と敗者を分ける明らかな差異であり、しかしマスターが生身でサーヴァントを退けるのみならず、その手で下したという信じがたい離れ業を成し遂げたという、それは証明だった。

 

「ランサー、そちらもアサシンを…ぐっ…」

 

 呼びかける声を詰まらせ、よろめく伊織の体を素早く駆け寄った槍兵が支える。

 

「ああ、こっちも何とか追い返したぜ。とはいえ、まだ安心はできねえ。早くカヤの嬢ちゃんを…」

「דְלִילָה――!!!」

 

 美丈夫の声を掻き消す咆哮が神奈川湊に響き渡る。一難去ってまた一難。二人を襲う苦難は、まだ終わってはいなかった。

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