Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
「鄭。此度の加勢、改めて恩に着る」
多事多難だった一夜が明けて。どうにか浅草に帰り着いた伊織らは、再建された長屋にカヤを寝かせてから赤坂の鄭成功に連絡をとった。
「こうして連絡を寄越したということは、そちらの工房は無事に修繕できたのだな?」
「ああ。それもこれも、そちらの助勢のお陰だ」
蔡玉蓮と鄭家の私兵たちが焼け落ちていた長屋の灰の中からまだ使えそうな素材や諸々の品を回収し、それらを万屋に売って当座の金を作り、木材を購入し大工を雇って長屋を再建してくれていた。本来であれば数日やそこらで元に戻るものでもないが、そこは人海戦術で無理を押し通したようだった。
「それで、逸れのバーサーカーは――」
「アーチャーが捜索してはいるが、依然として行方は知れん。そう遠くへは行くまいと思うがな」
「そうか…」
沈思する伊織の耳に、述懐するような鄭成功の声が届く。
「…俺には、あのバーサーカーが戦いを拒んでいるようにも見えた。やはり、何者かに操られていたのではないか」
その見解に伊織も同意を示す。
「俺たちも数騎ばかり目にした。アサシン、アーチャー、ライダー。いずれも、昨夜の戦いは本意ではないように見えた」
「逸れのサーヴァントばかりが揃いも揃って、それぞれの拠点から離れて神奈川に集まるなんざありえねえ話だ。大方、強制的な支配と操作といったところだろうな」
三人が意見を一致させたところで、鄭成功が議題を次に移す。
「さて。――果たしてこの状況、誰が仕組んだ? 本来、英霊たちは高位の存在だ。盈月の力なくしては魔術師とて従えられない」
「それを複数、しかも同時に操るか。凄まじい大魔術だな」
「ああ。よほどの難業であり、いっそ偉業と云ってもいい。無論、その手の宝具を持つサーヴァントがいる、とすれば話は変わってくるが…」
伊織は槍兵と目を見交わし、一つの情報を俎上に載せる。
「川崎大師でアサシンのマスター、ドロテア・コイエットと遭遇した。彼女はこの異変について、事前に勘付いている様子だった」
「ほう?」
「東から西へと地脈を流れる魔力に異変が生じており、その異常は間違いなく、盈月の儀を勝ち抜くためのモノだ、と」
「…キャスターか」
ここにきて、ようやくその存在が注目されることとなった謎の英霊。今の今まで表舞台には立つことなく陰に潜んでいた存在が、俄に脅威となって感じられるようになったわけである。
「おそらくは。他に下手人となりうる相手がいない」
「キャスターはキャスターでも、逸れのキャスターかもしれないぞ?」
「俺は小石川で逸れのキャスターと顔を合わせる機会を得た。彼女は盈月の儀を不完全な出来損ないと断じ、軽蔑さえしていた。あれが嘘とは思えない」
義妹を救い出すために訪れた地で思わぬ出会いに恵まれた伊織の幸運に、鄭成功は内心で低く唸る。
「だが、下手人はキャスターかもしれないが、昨夜の異変を事前に知っていたのではないかと思われる者が、もう一人いる」
「誰だ?」
「セイバーのマスター、地右衛門だ」
カヤの身柄を餌に権現山城に伊織を誘き寄せるような真似をしていながら、自分はその場に顔すら見せなかった男。その後、伊織たちを狙って次々に襲ってきた逸れの英霊達のことを考えれば、状況証拠は限りなく黒に近い灰色だ。
「キャスターとセイバーが手を組んでいる、か」
「ありえない話ではないだろう。そもそも、キャスターのマスターが誰なのかすら、俺たちは知らない」
もし知っている可能性があるとすれば、由井正雪だろうか。しかし、それは確証に欠け、半ば邪推にも等しいと云える。あの時、あの張孔堂で顔を合わせている間に、もっと追及しておくべきだったろうか。あくまで、こうなってしまったからこその結果論でしかないが。
「それも含めて、引き続き首謀の正体を探るとしよう。伊織、悪いがおまえも落ち着き次第――」
「ああ、無論だ」
「妹御の回復を祈っている。――では、またな」
如才なく売った恩の返済について遠回しに暗示しつつも、表面的にはそれとは窺わせない快活な笑みと共に鄭成功は通信を切り上げた。
「うう~ん…」
折りしも、寝かせていたカヤの声が長屋に響く。
「カヤ。体の具合はどうだ?」
「え? 兄ちゃん?」
布団から身を起こした義妹は、ぱちくりと目を瞬かせる。
「あれ、どうしたの? そんなに血相を変えて。ランサーさんまで、そんなに心配そうに」
「カヤ、おまえ…覚えていないのか?」
「覚えてないって、何を?」
小首を傾げ、朧げな記憶を辿るように視線を彷徨わせ、
「えっと、今日は…朝から雨で、兄ちゃんと一緒に長屋で内職して、それから兄ちゃんがランサーさんと一緒に出掛けて、それで…あれ?」
そこで記憶が途切れているのか、反対側に首を傾げて考え込む様子の義妹に、伊織は無言で槍兵と目を見交わした。
「――…あー、嬢ちゃん。実は、俺たちが帰ってくると、ちょうど長屋に押し込もうとする強盗連中がいてな。それどころか、あわや嬢ちゃんを拐かそうってところだったんだ」
「うそ!?」
「本当だ。もちろん、そいつらは俺たちで斬って捨てたが。肝を冷やしたぞ、カヤ」
「え、え、そんなことが…あったの?」
信じられない、とばかりに素っ頓狂な声を上げる義妹に、伊織は重々しくも深々と頷いて見せる。
「だが、今は長屋の周りも綺麗に掃除して、きっちり見回りもして、安全は確認済みだ。嬢ちゃんも無事だったし、本当に良かったぜ」
何食わぬ顔で話を合わせる美丈夫は、ポンポンと伊織の肩を叩いて見せる。
「尤も、そうは言っても大事な義妹の一大事だったから伊織もすっかり動転しちまってな。あれから一昼夜つきっきりで、ずっと嬢ちゃんの傍から片時も離れようともしなかったぐらいだ」
そう言うと、カヤは気まずそうに顔を俯かせた。
「そのぅ…二人とも、…迷惑かけて、ごめんなさい」
どうにか納得してくれた様子に、伊織は内心で胸を撫でおろす。嫁入り前の娘が不埒者に拐かされ、丸一昼夜も行方知れずのまま、しかも本人に当時の記憶すらないとなれば、もしやその間に何かあったのではと邪推する者が現れた時に申し開きの一つも出来ない。それこそ、武家の娘として厳しく躾けられているカヤであれば、いっそ自害して身の潔白を証明しようとさえするかもしれない。
もし万が一にもそのようなことになったら、一体何のために伊織と槍兵が必死になってカヤを救い出したのか。それくらいなら、いっそ本人には事の次第を偽り何も話さず、一連の経緯を全て無かったことにする方が遥かにマシだ。
江戸の市中で捜索の手を広げていたのも実質的には鄭家の私兵のみ。鄭成功が緘口令を布けば、それ以上は話が外部に漏れる恐れもない。小笠原家も家名に傷がつくよりは、一件を闇に葬って無かった事にする方を選ぶだろう。
「いや、俺も留守にしている間の備えが足りていなかった。もっと厳重に守りを固めねばならないだろう。その辺りも含めて、出来れば逸れのキャスターにも相談したいところだが…」
「それもいいが、だったら増上寺の逸れのランサーに用心棒を頼むってのはどうだ? オレとしちゃ、またキュケオーンを食わせられるかもしれねえあの魔女よりかは、あっちの兄ちゃんの方が頼りがいがあるんじゃねえかと思うが…」
「む、そうか。その手もあるな」
豚に変えられた経緯も含めて逸れのキャスターに対し微妙な苦手意識を抱いたらしい美丈夫の提案に、伊織は納得しつつ頷く。
「なら、まずは若旦那のところに顔を出そう。長屋の異変について警告してくれた礼も言っておきたい」
「…あの野郎が一体どんな得意げな面で見下してくるかと思うと胸糞悪いが、今回ばかりは仕方ねえか」
溜め息を一つ漏らして槍兵が首肯すると、伊織は手を伸ばして俯いたままのカヤの頭を優しく撫でた。
「何にせよ、カヤが無事で良かった。まず小笠原の家に戻って、ちゃんと事情を説明してくるといい。丸二日も戻らなかったのだから、さぞ向こうでも心配している事だろう。もしかしたら暫く謹慎なり外出禁止の沙汰を受けるかもしれないが、それは言いつけを破った罰としてきちんと受け入れるんだぞ?」
「うん。ごめん、兄ちゃん」
顔を上げた義妹が微笑んでくれたので、それでようやく伊織も愁眉を開いた。
三人揃って長屋を出て、屋敷の近くまで送ろうという伊織の申し出を謝絶して戻って行くカヤの背中を見送る。
「…なあ」
「どうした、ランサー」
「実はカヤの嬢ちゃんは何があったか全部覚えてて、だが俺たちに心配かけたくねえからって、わざと忘れた振りをしてる、ってことはねえか?」
「……。いや、それはあるまい。ああ見えても、カヤが嘘をつけば俺にはわかる。どうして覚えていないのかはわからないが、むしろその方がいい」
「そうか。…いや、そうだな」
肩を並べて『巴比倫弐屋』へと向かいながら、伊織の言葉に頷いた美丈夫は頭を掻く。普段は快活な笑みを浮かべているはずの顔に纏わりついている仄かな憂いの色は、まだカヤを拐かされた時の責任を感じてくれているのだろう。
「気にするな…と言っても、無理だろうが。だが、サーヴァントである貴殿はマスターである俺を守ることが第一のはずだ。身内とはいえ、儀とは無関係のカヤを巻き込んでしまったのは俺の手落ちだ。貴殿が必要以上に気に掛ける必要はない」
「そうは言うがな。だったら、嬢ちゃんを巻き込んじまった責任の半分はオレにもある。てめえに、とっとと諦めて事情を打ち明けろって言っちまった時点でな」
「ランサー。…貴殿は優しいな」
伊織が思わず口にしてしまった一言に、逆に美丈夫は傷ついたような表情を浮かべた。
「やめろよ。こういう時に気を遣われるのは、かえって辛ぇ。むしろ責めてもらった方が気が楽だ」
「貴殿に責を負わせるつもりはない。儀に参加するのを決めたのは俺だ。カヤを巻き込むと決めたのも俺だ。そのせいで何が起きたとしても、全ての罪は最終的に俺が一人で背負うべきものだ。貴殿は一時の客(まろうど)に過ぎない。そう自分で言っていたではないか」
静かな言の葉に、美丈夫は黙り込む。なるべくその心の負担を減らそうと、伊織は軽く笑って見せた。
「俺は未熟者で、貴殿に比べれば弱い。それは事実だ。だが、その貴殿に何もかも背負わせて一人で身軽になろうとするつもりはない」
「……。今のてめえは、決して弱くなんか…いや、なんでもねえ」
槍兵は咄嗟に否定の言葉を口にしようとして、しかし今の状況で何を言っても説得力に欠けると思い直したのか、舌を動かすのを途中で止めた。
「どうした、雑種ども。食うにも困り、我が蔵を満たしに来たか?」
「いや。――若旦那。まずは先だってのご助言に、改めて礼を申し上げたい」
そんな二人に常と変わらぬ尊大な物言いを投げてきた若旦那に向かって、伊織は威儀を正して頭を下げた。
「ああ、あれか。まあ、我が至高の肉体を形にして彫り上げてきた者に前払いの報酬をくれてやったまでの事。貴様らが必死に戦う様、なんとも愉快であった。見世物としてはなかなかのものであったぞ?」
せせら笑うように口元を歪める若旦那に、普段なら悪態を漏らす美丈夫も今回ばかりは沈黙を守る。
「一斉に狂を発した逸れども。英雄だの何だのと持ち上げられた雑種どもが、凡俗な市井の民と何ら変わらぬ無様さを晒してみせたのだ。彼奴等も我(オレ)との格の違いを思い知ったであろうよ、ふははははっ!」
「流石は若旦那だ。しかし、他にも若旦那と同じく昨夜の術を逃れていた逸れのサーヴァントが何人かいたようだが」
「おお、そう云えば――確かに、そんな魂も二つか三つ、蠢いていたか」
神奈川湊に現れなかった逸れのセイバーとランサー、そしてキャスター。数は合っている。
「俺たちはこれから増上寺に向かい、逸れのランサーの様子を確かめてくるつもりだ。…ああ、それと」
伊織が取り出したのは、若旦那の像と同時に彫っていた毘沙門天の像だった。長屋が焼け落ちた後も、奇跡的に燃え残っていたそれは、僅かに煤が付着しているものの、出来栄えそのものは見事なものだ。
「こちらは謝礼として、どうかお納め願いたい」
「礼など要らぬわ。我(オレ)にとって貴様らは、当世を飽かずに過ごすための玩具に外ならん」
それは照れ隠しでも何でもなく、若旦那にとって紛れもない本心であるのだろう。ゆえに、受け取った像に相応しい代金を無造作に支払ってきた。それもまた、王たる者の矜持なのだろう。
「貴様らは、せいぜい遮二無二足掻くがよい。この我(オレ)を愉しませよ」
背を向けて店に戻って行く若旦那を一礼して見送る伊織と、逆に見送ることすら嫌だと言わんばかりにさっさと踵を返す美丈夫は、店の前の大通りで合流し、次の目的地である増上寺へと向かうのだった。