Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
お気に入り登録をしていただいて更新履歴から直接最新話に飛んでこられた数少ない奇特な御方は、お手数ですが一度目次に戻って未読部分を確認なさってから続きをお読み下さい。
瞼を開ける。二度、三度と目を瞬かせる。
夜空に浮かぶ月が見えた。
「――起きたか、ランサー」
契約を結んだ主の声がする。今もまだ、契約は有効のままらしい。
「おうよ」
「聞きたいことがある。聞かせてくれるか?」
「いいぜ。何が聞きたいんだ?」
地面に倒れたまま、夜空を見上げたまま、半ば投げやりに聞き返す。
「貴殿は…どうして、術に抗わなかった?」
やっぱり気付いていやがったのかと、賞賛半分、呆れ半分で溜め息をつく。
「気付いていたんなら、その時点で自害を命じろよ」
「するわけがないだろう」
憤慨したような声が返ってくる。
「貴殿が、何の所以も断りもなく俺に刃を向けるはずがない。そうしたいのなら、今の今まで何度でも機会はあったはずだ」
「……」
「それを、あえてそうしたというのなら、絶対に理由があるはずだ。それを聞くまで、自害など許すものか」
お人好しめと詰るべきか、そこまでサーヴァントの内面事情に斟酌してどうするのかと諭すべきか。
数秒ほど悩んだ後で、結局は正直に告白することにする。
「昔話を語り聞かせるなぞオレのガラじゃねえが。…てめえは見たんだろ、マスター。オレの昔のことを」
「見た。遠い異国に生まれ、戦いに生きて、死ぬまで戦い続けた英雄だ」
「よせよ、照れくさいじゃねえか。別に褒めて欲しかったわけじゃねえんだ。…だが、まあ、てめえがどんな感想を持ったかは知らねえが、そう悪い人生でもなかった」
魔槍の呪いによって孤独に生きるしかなく、最期まで孤独に戦うしかなかった己の人生を振り返って、別に深刻ぶるつもりもなく軽く笑い飛ばした。
「…ランサー。貴殿は…、あれで満足なのか? 貴殿は本当に、あのような人生で幸せだったのか?」
「そいつは価値観の相違だな、マスター。ケルトの戦士にとって、生きるってことは戦うことだ。逆に言えば、戦えさえすればそれで満足なのさ。オレたちは、そういう単純で実に傍迷惑な生き物だ」
言葉を失ってしまった主に、ついでに胸の内をもう少し明かしてやってもいいかと思う。
「だが、人の欲ってのは底なしだ。死ぬまで戦った。もう十分だろうと思う一方で、まだ戦い足りなかった。もっと戦いたかった。もっと色んな相手と、もっと心ゆくまで戦ってみたいと思った。まだ見ぬ強敵と、生きるか死ぬかのギリギリの戦いってやつをしてみたかった」
友を失ってからは、自分の周りにそういう強敵はいなかった。物足りないと言っては何だが、もっともっと血の滾る戦いをしてみたいという気持ちがあったのも嘘偽りの無い本音だ。
「だからな、マスター。もし昔のオレを見て、哀れんだり同情したりするってのはお門違いだ。友を殺そうが、自分の息子を殺そうが、オレの根っこは変わらねえ。英雄ってのは、大概そういう壊れた人間なんだ」
卑下でも自嘲でもなんでもなく、事実として変わらない自分の過去を端的に一言で言い表すのであれば、それが最も正確な表現だ。
「で、そんなオレがこの国に喚ばれて最初にマスターを見た時の感想は、『なんか弱そうな野郎だな』だった」
「……。ああ、まあ、そうだろうな」
「気を悪くしねえでくれ、っつっても無理か? 悪いが、それが正直なところでな」
片腕を怪我して使えず、あっちこっち服も破れてボロボロで、武器も持たずに地面に蹲っていたのを見れば、そんな感想しか浮かばない。
「そんなマスターだが、そこそこ気骨はあるみたいだったし。しばらく様子見ついでに面倒を見てやってもいいかと思ってな。街をあちこち見て回るのも悪い気はしなかった。生きてる間には口にする機会もなかった美味いものも食えたし」
その合間に襲ってくる連中やら怪異やらを軽くあしらったりもしたが、そちらにはさほど興味もそそられなかった。
「しかし、まあ…なんだ」
「どうした?」
「そうこうしているうちに、だな。思いのほかマスターが成長していくのを見るのが楽しくなった。最初は弱っちいと思っていたのが、みるみるうちに腕を上げていってな」
「世辞か?」
「そんなわけあるかよ。最初はセイバーにコテンパンにされてたのが、逸れのアサシンとやり合った辺りからはサーヴァントと曲がりなりにも打ち合えるようになりやがって。それも生身の人間がだぞ?」
そして、何よりもトドメになったのが逸れのアーチャー、あのいけ好かない赤い弓兵を下したという事実。
「その挙げ句に――…まさか、あのキザ野郎を打ち負かすとはな。あれには本気でたまげたぜ。生身の人間が、サーヴァントに競り勝ちやがった」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、色々な要因が重なった結果だろう。あれを実力だと言われるのは面映ゆい」
「馬鹿野郎。例え半分が運だろうが大したもんだ。…そうさ。全く大したもんだ、と、そう思っただけなら、まだ良かったんだろうがな」
はぁ、と小さく溜め息を一つ。
「そう、オレのマスターは、オレが思っていた以上に大したもんだった。だから、その時に思ったのさ。…思っちまったんだよ。『もしコイツと戦えたら』って」
魔が差した、などとは言わない。戦士として、強い相手と見れば戦ってみたくなる。それは腹が減れば飯が食いたくなるのと同じ、己に根ざした一種の本能だ。
「だが、オレはサーヴァントだ。戦士として最低限、通すべき仁義ってのがある。どんなに戦ってみてえ相手でも、マスターを裏切るなんて出来やしねぇし、そいつをやっちまったらオレはオレでなくなる」
「……」
「――…だけどよ、あの術にかかった時に、きっと心のどこかが囁いたんだろうな。『術に操られた状態なら、マスターに刃を向けちまっても仕方ねぇんじゃねえのか』って」
言い訳だ。どうしようもなく見苦しい言い訳だ。
どんな理由があろうと、どんな屁理屈を捏ねようと、一度は契約を交わした『主』を裏切るような騎士はもはや騎士ではない。誉ある赤枝の騎士として、そのような所業は到底許されるものではない。
「つまらねえ愚痴を吐いちまったな。悪い。どこまで行ってもオレの都合だ。てめえが気にすることはねえよ」
後は煮るなり焼くなり好きにしろとばかりに、大きく息を吐いて体の力を抜く。
「ランサー」
「ぁん?」
両手で襟首を掴まれて、ぐいと引き寄せられる。
「ふんっ!」
「ぉぐっ!?」
ガツン、と伊織が思い切りぶちかました頭突きを喰らって、目の前に火花が散る。
「とりあえず…これで、おあいこだ」
ガンガンと痛む額を手で押さえながら、伊織が軽く笑う。
「おい」
「いつだったか、上野で言っただろう。『もし俺が判断を間違えたら、さっきのように頼む』と。だから、お互い様だ。俺が間違えたら貴殿がそうしてくれるように、貴殿が間違えたら、俺もそうする」
そんな軽口で事を収めてくれようとする主に、美丈夫は苦笑した。
「ったく、この馬鹿野郎が」
「なんだ、今さら気付いたのか」
「…いや、だが、そうだな。このオレをサーヴァントにするようなマスターは、馬鹿野郎なくらいでちょうどいいのかもしれねえな」
月を見上げ、ひどく軽くなった自分の心に気付く。その軽さのままに、口を開いた。
「オレはクー・フーリン。アルスター王国の赤枝の騎士。セタンタって名前もあるが、この霊基ではクー・フーリンの方がしっくりくる」
「…そうか」
今さらのように知らされた槍兵の真名に、しかしやはり伊織は聞き覚えなどありはしない。だが、それは大した問題ではない。この美丈夫が、己の真名を明かしても良いと、それだけ自分のことを認めてくれたというだけで、それだけで十分だった。
「ランサー。これからも、よろしく頼む」
「ああ、こちらこそな。よろしく頼んだぜ、マスター」
二人は互いの手を握り合って、今ここに改めて主従の契りを交わしたのだった。