Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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本日は二話連続投稿です。
お気に入り登録をしていただいて更新履歴から直接最新話に飛んでこられた数少ない奇特な御方は、お手数ですが一度目次に戻って未読部分を確認なさってから続きをお読み下さい。

原作本編でも伊織の知らぬ間にタマモアリアやキルケ―と仲良くなってたカヤちゃん。
ドロテアとはあまり接点はなかったけど、これぐらい仲良くなってくれてたらなー、という願望も含んでいます。

次回投稿は25日頃の予定です



四章:修羅の道行
壱:束の間の休息


「ん…」

 

 由井正雪は、いつの間にか休眠状態に移行していた自分に気付いた。

 重い瞼を開き、動作確認をするように目を何度か瞬かせる。

 

「あら、起きたの? 他人の工房で堂々と寝入るなんて、見かけによらず随分と大胆なのね」

 

 まるで揶揄するような言の葉を、しかしその顔には本気で感心しているようにも見える表情を浮かべながら、昨夜の雨で濡れた帽子と外套を外した軽装で畳の上に横座りをしている女魔術師は軽い口調で投げかけた。

 

「貴殿は――」

「ドロテア・コイエットよ。今はアサシンの支配権を敵に奪われた間抜けな『元』マスターといったところね。よろしく、ライダーのマスターさん?」

 

 そこでようやく正雪は昨夜の経緯を思い出す。

 神田明神から浅草までどうにか逃げ延びた後、かなりの傷を負っていたライダーの治療のためにありったけの魔力を費やした自分は昏倒するも同然に寝入ってしまって、助けてくれた相手に自己紹介をしている暇すら無かった。

 

「失礼した。私は、」

「由井正雪。江戸に名高き軍学者。――…そして、錬金術の秘奥によって造り出された人造人間(ホムンクルス)」

 

 さらりと何気ない口調で軽く投げられた自身の秘密に、正雪は思わず目を見開く。

 

「…な、」

「何故それを、と? 魔術の気配には敏感でなければ魔術師の家系に長年にわたって仕えるなんて出来ないのよ。鈍感な者は早々に死んで次の者と交代することになるから。そういう意味でも、私の爺やでもあるコイエット家の家宰はとても優秀なの」

 

 謀略と奸計が渦を巻き、他派閥との暗闘と自派閥内での足の引っ張り合いが日常茶飯事の時計塔で生き抜いてきた貴族の令嬢らしく口元に手を当てて華やかに笑ってみせながら、ドロテアは自分の側近が手に入れてきた情報を明かした。

 

「アナタ、各地に派遣した自分の教え子が傷を負って帰ってくると、手ずから治療もしていたそうね? 魔術師は弟子を大切にするものだから、その考え自体はわからないでもないけれど。神秘は隠匿するものよ? 魔術について何も知らない人間相手に治癒の魔術を何度も施すのを影から監視していれば、アナタの魔術回路が普通の人間とは異なるのに気付くのは時間の問題でしかないわ」

 

 その指摘に正雪は内心で臍を噛む。魔術の心得もない張孔堂の門下生が各地に出没する怪異と出くわせば、対抗手段など持ち合わせているはずもない彼らが傷を負うのは当然のことだ。そして、その傷が一刻を争う重篤なものであったならば、治療を躊躇っている場合でもない。居合わせた門下生達には絶対に口外しないよう厳しく言い聞かせていたし、周囲の目には十二分に注意していたつもりだったが、それでもまだ足りなかったらしい。

 

「安心なさい。この件を知っているのは今のところ私と家宰の爺やのみ。もちろん、ここの家主にもまだ教えてはいないわ」

 

 そう言われて、改めて正雪は長屋の中を見回す。

 

「ライダー」

「ようやく余に気付いたか。一体いつまで素知らぬ振りをしていれば良いのかと思っておったぞ」

 

 畳の上では無く土間に直接あぐらをかいて座り込んでいる偉丈夫は、いつもと変わらぬ磊落な笑顔を返してきた。

 

「傷の具合は?」

「貴様がありったけの魔力を譲渡してきたからな。もとより余の耐久ステータスは高い。すっかり元通りよ。心配には及ばん」

「そうか。…伊織殿は?」

「日課の型稽古をすると言って、先ほどランサーと一緒に外に出ていきおった」

 

 逞しい顎で肩越しに背後の木戸を指し示し、軽く肩を竦める。

 

「呆れたものよね。魔術師が自分の工房に赤の他人を招き入れておきながら、その他人を放置したまま家主が留守にするなんて。甘いとかいう以前の問題だわ」

 

 嘆息するように溜め息をつくドロテアに、正雪は改めて向き直る。しかし、口を開く前に外から声高な叱責の声が聞こえてきて会話の糸口を掴み損ねてしまう。

 

「兄ちゃん! また稽古してる! ああ、もう、そんなに着物もあっちこっち焦げてボロボロになるくらい昨日も何処かで戦ってきたばかりなんでしょう!? 昨日の今日で何やってるの!?」

「そっちこそ、まさか小笠原の家を黙って抜け出してきたわけじゃないだろうな?」

 

 快活な少女の声に、穏やかな伊織の声が応える。

 

「そんなわけないじゃない。兄上が荒事に巻き込まれていたので、武家の娘としてそれを支えるのは当然のことですって、きちんと説明してきたもん。心に恥じるようなことは何一つしていません、って。…ただ、それならそうと、最初から何故ちゃんと言わなかったのかって、お仕置きとして稽古の量を普段の倍に増やされはしたけど」

「そうか。それで、それを終わらせてから来たのか?」

「そうだよ! 今日は陽が昇るよりも前に早起きして、全部終わらせてから来たの!」

 

 はぁ、と、小さく溜め息をつくのが木戸に貼られた障子紙越しにも聞こえてくる。

 

「全く…そこまでして俺のところに来ようとしなくても、」

「来るよ! 兄ちゃんを放っておけないもん! 危なっかしくて!」

「わかった、わかった」

 

 兄妹の仲の良さが聞いているだけでも理解できる遠慮のないやり取りに、正雪とドロテアは無言のまま互いの目を見交わして、同じように目を逸らした。

 もとよりホムンクルスとして生み出された正雪に他の兄弟や姉妹といった存在は無く、またドロテアにしても表向きの貴族にして交易商人という立場をいずれ父から継ぐことになる兄こそいるものの、基本的に一子相伝を旨とする魔術師としての立場を継ぐ妹とは、受け継ぐべき知識の中身も父子の間の立ち位置にも大きな隔たりがある。別に嫌っているわけでもいがみ合っているわけでもないが、こんな風に気兼ねなく会話できるほど心から打ち解け合っているかと言われれば疑問符がつく。

 

「カヤ、今日は複数の客が来ている。この辺りでは見ない相手だから顔を見たら驚くかもしれんが、礼儀正しくな」

「うん!」

 

 カラリと音を立てて木戸が開かれ、家主たる伊織が顔を出す。その後ろに続いた少女は長屋の中にいる三者三様の取り合わせに思わず声を上げそうになった口元を両手で押さえ、目を丸くした。

 明らかに異国の生まれと思しき見慣れぬ髪と目の色と服装をした妙齢の女性に、どっかりと土間に座り込んでいてさえその筋骨逞しい巨躯の存在感と威風で周囲を圧する偉丈夫。そして畳の上に折り目正しく正座しつつ、凛とした真っ直ぐな眼差しで兄妹を出迎える白髪緑瞳の若武者。

 

「目を覚まされたか、正雪殿」

「ああ、つい先ほど目が覚めた。昨夜のご助勢への礼もせず、それどころか家主の寝床を奪って寝入るなど烈士にあるまじき所業。平にご容赦願いたい」

 

 深々と頭を垂れた正雪の謝辞に、伊織はかえって恐縮したように首を振った。

 

「いや、こちらこそ正雪殿ほどの高名な軍学者をお泊めするには粗末な荒(あば)ら屋で申し訳ない」

 

 伊織と正雪が相互に頭を下げ合っている間に、最後に入った美丈夫が後ろ手に木戸を閉め、一歩脇にずれて土壁に背を預ける。

 

「カヤ、おそらく一度ぐらいは名を聞いたことがあるだろうが、こちらは由井正雪殿だ。神田の私塾で、数多くの門下生に軍学の講義をなさっている」

「初めまして。カヤと申します。ご高名はかねがねお伺いしております」

「いや、虚名ばかりが先立って実の伴わぬ未熟者と、どうか笑っていただきたい。由井正雪と申す」

 

 礼儀正しく挨拶を交わし合った二人が頭を上げる。カヤが口元を僅かに緩めると、正雪も同じく小さな微笑みを返した。少なくとも互いに悪印象は持たずに済んだようだと、内心で伊織は微かに安堵を抱く。

 

「それから、此方は異国の貴族――日ノ本で言えば公家衆に当たる方の娘で、レディ・ドロテア殿だ。姫君と呼ばれるのは好まれないとのことで、呼びかける際は頭にレディを付けて、様付けは省略するのが先方の礼儀だそうだ」

「ドロテア・コイエットよ。よろしくね、可愛らしい妹さん?」

 

 畳の上に立ち上がった女魔術師は、軽く膝を折って上品かつ見事なカーテシーを披露してみせた。日ノ本においては見慣れぬ作法ではあったが、その気品といい優雅な物腰といい、見る者の感嘆を誘うに相応しい立ち居振る舞いであるには違いない。

 

「それにしても、品川湊でたった一度話しただけのことを、よく覚えているものね。物覚えの良い兄を持つ妹の身としては、そんなことまで別に覚えていなくてもいいのに、と言いたくなることも時にはあるのではなくて?」

「! はい、とてもよくわかります! もしや、レディ・ドロテアにも兄君が?」

「ええ、数字に強くて細かいところまで気の回る優秀な兄がね。そのせいで、出来ればさっさと忘れて欲しい昔のことまでも、いつまで経っても蒸し返されるのだから困ったものだわ」

 

 わざと大仰に頭を振って、大きく両手を広げるボディランゲージ。それもまた日ノ本では奇異な目で見られるであろう仕草ではあったが、年若く思考も柔軟な少女にとっては逆に新鮮で目新しく感じられたらしく、カヤは目を輝かせて何度も頷く。

 

「はい、はい! 本当に兄上は昔から物覚えが良くて、まだ私が小さかった頃のことも未だに――」

「カヤ。なんで今ここで俺のことを蒸し返す必要があるんだ。そんなことまで言う必要はないぞ」

「あら、利発な妹の話を、無粋な兄が途中で遮るものではなくてよ」

 

 義妹を窘めようとする伊織に対して、しかしドロテアは露骨にカヤの肩を持つ素振りを見せた。

 時は封建の世であり、長幼の序と家父長の権が殊更に重視されることは言うまでも無い。奥向きを取り仕切る女の立場が常に弱いと決まっているわけではないが、男に向かって物怖じせずに堂々と女の側に立って反論するということが果たして世間一般に歓迎される振る舞いかと言えば疑問である。

 

「兄上、レディ・ドロテアはとても素敵な方ですね! 私、腕によりをかけて朝餉の支度をいたします!」

 

 すっかり心を許してしまった義妹の様子に、逆に伊織の方が頭を抱えたくなった。これは貴族ならではの人心掌握術というべきなのか、よほど二人の馬が合ったのかはわからないが、ほとんど一瞬でここまで仲良くなるなどと誰が想像するものか。

 

「いえ、結構よ。昨日も言った通り、別に私はアナタたちの仲間になった覚えはないもの。これで失礼させてもらうわ」

 

 が、当の女魔術師は淡々とした語り口で生温い融和の空気を一瞬で切り捨ててみせた。

 

「妹さんはともかく、アナタと私はいずれ決着をつけねばならない敵同士。半分は成り行きで同行することになったとはいえ、必要以上に馴れ合う必要も無し。おかしな情が移る前に距離を置いた方が、お互い気も楽でしょう?」

「確かに、それも道理ではあるな」

 

 その冷徹な論理に、伊織も小さく頷いてみせる。尤も、その横から縋るような目で見つめてくる妹を無下にも出来ないが。

 

「だが、ここで立ち去っては貴殿にとって大きな損になるぞ」

「ふぅん? それはどういう意味かしら?」

「ライダー」

 

 女商人らしく、損得の話から切り出してきた伊織に軽い興味の色を顔に浮かべるドロテアから視線を偉丈夫に移せば、征服王は器用にも片方の眉を上げてから、磊落に一笑してみせた。

 

「今度は余をダシにする気か?」

「そうは言わない。先だって俺たちは張孔堂で一宿一飯の恩義を受けた。それをそのまま返すだけのことだ」

 

 そう返されると、偉丈夫が今度は正雪に目を向ける。

 

「…確かに、そうだったな。であるならば、この恩に報いるためにも今度は我らがキャスターとそのマスターについて知る限りのことを話すのは道理か」

 

 あれもこれも方便に過ぎないと見え透いた逃げ口上を弄するのは、烈士たらんと志す潔癖な正雪にとっては許し難い所業である。

 

「と、言うわけだ。ドロテア殿、せっかく正雪殿が提供して下さる情報を手にする無二の機会を見逃す手はあるまい」

「…意外と口が巧いのね。お侍さんよりも商人になった方が良いのではなくて?」

 

 婉曲な言い回しながらも、女魔術師が朝餉を共にすることを了承すると理解したカヤが目を輝かせる。

 

「では、すぐに取りかかります!」

「私も手伝おう。この人数分を一人で用意するのは手間も時間もかかり過ぎる」

「ありがとうございます。ですが兄上、椀の数が足りないので取り急ぎ作っていただきたいのですが」

「わかった。すぐに彫ろう。間に合わせで良ければすぐに出来る」

「むう、ならば余はその横で薪でも割るとするか」

「ランサー、私は食材の買い物をしてくるから、ちょっと付き合いなさいな」

「あ? なんでオレなんだよ」

「私はこの辺りの店をよく知らないもの。アナタなら、監視と護衛のついでに道案内ぐらい出来るでしょ?」

 

 狭い長屋の中が一斉に騒がしくなる。

 喧噪の中で起き出した紅玉の書がフラフラと宙を漂いながら、その朱い瞳を微笑ましげに細めた。

 

「――…これはこれは、なんともはや。伊織と儂と、そしてカヤだけのつましい暮らしに、まさかこんなにも騒がしい日々が訪れることになろうとはのう」

 

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