Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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参:盈月の儀

「…どうあれ、俺は貴殿に救われたらしいな。礼を言う」

「律儀なマスターだな。オレは、何よりオレが戦いたいから目の前の敵を相手に好きに暴れただけだ。気にすんな」

 

 手にしていた朱槍を何処ともなく消え失せさせた槍兵が伊織へと歩み寄り、左腕の傷を素早く検めると何も言わずに伊織の着物の袖を破り、引き裂き、傷を縛って血止めをする。応急処置をするその手並みは思いのほか手際が良かった。仕上げに、伊織の左手を濡らす血を指先に掬い取ると傷口を縛った布の上に見慣れぬ文字とも紋様ともつかぬ印を描く。

 

「っ…!? これは…?」

「治癒のルーンだ。ま、今のオレはキャスターの霊基じゃねえから、気休め程度だがな」

 

 口では謙遜して見せる槍兵だったが、魔術の心得もある伊織からすれば傷の周りで淡い緑に光り輝くルーンの術式は、伊織自身の治癒力を底上げし、傷口を徐々に塞いでいくのがはっきりとわかった。

 

「傷は塞げても失った血がすぐに戻るわけじゃねえからな。あんま無理はすんなよ、マスター」

「ああ。…その、ますたー?というのは何だ?」

 

 伊織からすれば当然の疑問をようやく尋ねられた、ということに過ぎない。が、当の槍兵にとってはそうではなかったようで、何を言ってやがるんだコイツは、と言わんばかりの不躾な目で見返される。

 

「…なんだよ。よく知りもしねえでオレを喚んだのかよ」

「すまないが、俺は巻き込まれただけで貴殿を喚びつけた覚えは全くない」

「かーっ、そうかそうか、どうも見た感じ魔術師っぽくねえ兄さんだと思ったら、そういうことかよ」

 

 深々と溜め息をついた槍兵は伊織に肩を貸すと立ち上がらせる。

 

「そんじゃ、まあ自己紹介をしておくか。オレはランサー。こっちの言葉だと槍兵とか槍使いって意味になる。槍にまつわる逸話を持った英霊、ってこった」

「英霊?」

「おうよ。オレは生まれも育ちもこの国とは縁もゆかりもねえ。遙か遠い異国に生まれて、ずっと昔に死んでる身だ。…そうさな、この国にも槍を使った豪傑の一人や二人は話に聞いたことぐらいあんだろ?」

「ああ、いるな。神君家康公が股肱の臣、本多中務大輔忠勝殿は『蜻蛉切り』と謳われた豪槍を愛用し、生涯で数十回にも及ぶ合戦において一度の傷も負わなかったという古今独歩の勇士だ」

「おおっ、そりゃ大したもんだ。機会があれば是非とも手合わせを願いたいもんだが…っと、話が逸れたな」

 

 月に照らされながら男二人が肩を組んで歩いていく。槍兵の方が三寸ほども背が高いが、相手が歩幅を合わせてくれるおかげで、伊織もさほど苦労をせずに歩を進められた。

 

「英霊ってのは、大体がそういう歴史に名を残した英雄豪傑のことを言う。ただの人には出来ないこと、どうあっても成せないことを可能にする者ども。そういう連中に、無名のまま歴史の中に埋もれるしかない大多数の人間が向ける憧憬、崇拝、期待。そういった無数の願いの果てに生まれるのがオレたちだ。サーヴァント、とも言うな」

「……」

「まあ、なんだ。そういう連中がオレの他にも六人、全部で七騎いるわけだ。さっきのセイバー、そしてライダーも、だな」

「あの剣士と、偉丈夫か。どちらも尋常ではない相手なのは見ればわかるが…」

「で、そういう連中を喚んだのがマスターだ。あー、さっきのライダーの腕に抱えられてた嬢ちゃんもその一人だな」

「俺を敵だとか言っていたが…」

「そうそう、七騎のサーヴァントと七人のマスターが最後の一組になるまで殺し合う生存競争。――それが、オレが喚びだされるに至った『盈月の儀』っていう代物らしい」

「エイゲツノギ、か…」

 

 聞いたこともない単語を舌の上で転がすように呟く伊織は、横目で槍兵を流し見た。

 

「それで、生き残った最後の一組とやらは、どうなる?」

「願いが叶う、らしいな。儀によって祀られる盈月の力によって。どんな願いでも実現する力が得られる、とかいう触れ込みだ」

 

 月光に照らされた精悍な横顔は、胡散臭いにもほどがある与太話を笑い飛ばすように伊織を見返した。

 

「どうだ、興味が出てきたか?」

「貴殿にも、願いがあるのか」

「あー、まあ、そうだな。あるっちゃあるが、盈月そのものに叶えてもらわきゃならんほどのことでもねえ」

「なんだ?」

「戦いだ。国どころか時代を超えて、英雄と言われるほどの強い相手と死ぬか生きるかの殺し合いが出来る絶好の機会を見逃せるかよ」

 

 獣の牙のように鋭い犬歯を剥き出した、凄絶な笑みが月夜に浮かんでいた。そこには己の本心を偽り相手を煙に巻く外連味は微塵もなく、何よりも伊織の胸にすとんと落ちた。初めて出会った相手だと言うのに、不思議なほどにその言葉からは嘘を感じなかった。

 

「で、運がいいのか悪いのか、そんな御大層な儀式に巻き込まれちまったオレのマスターのねぐらはどこだ?」

「そこの角を曲がって、もう少し歩いたところだ。…ランサー、まさかとは思うが、」

「あん?」

「俺たちは今後、寝食を共にするのか?」

「そうなるな」

「………そうか、そうなるのか」

 

 何とも言えない顔で目を地に落とす伊織を横目に、槍兵は長屋の建ち並ぶ細い路地を曲がった。

 伊織の住処である長屋は他と比べて特に大きなわけでも、別に特別な何かがあるわけでもなかったが、それでも今は見ればすぐにわかった。障子紙の貼られた木戸は内側から蹴破られ、土壁には苦無やら手裏剣やらが突き立っている。とはいえ、争いごとの痕跡を隠せばまだ住めなくもないのが救いといえば救いか。

 

「何があった?」

「寝ているところを隠密らしい集団に襲われた。正確には、寝ているところで周りを囲む気配に気づいて、戸口を中から蹴破って逃げた」

「へえ…寝込みを襲われても冷静だな。普通はわけもわからず混乱しているところをそのまま…ってのがよくある話だが」

 

 そのまま木戸を踏みつけて中に入ると、六畳間に伊織を座らせて槍兵は軽く周囲を見回す。見るほどのものは何もない、よくある狭い長屋に過ぎないが。

 

「それで、ランサー。話の続きだが。儀について他にわかることはあるか?」

「悪いな。オレにわかることはこれぐらいだ。もうちょっと役に立つ情報の一つや二つも寄越せと盈月とやらに言ってやりたいのは山々だがな」

「いや、もう少し、こう…何かあるだろう…何か…」

 

 あっけらかんとした答えに思わず頭を抱える伊織に肩を竦めて見せると、槍兵は僅かに声音を改めた。

 

「その上で、だ。オレのマスターは盈月の儀をどうする?」

 

 戸口から差し込む月光を背負い、逆光になった槍兵の顔は影になって見えない。ただ、決断を迫るその紅い眼だけが、研ぎ澄まされた刃のような鋭い光を宿していた。

 

「わけもわからず巻き込まれちまったのは気の毒な話ではあるがな、そうは言っても敵さんは容赦もしてくれねえし待ってもくれねえ。他のマスターやサーヴァントを退け、最後の一人になるまで勝ち抜けば願いは叶う。どんな願いでも叶う、らしいぜ。見ようによっては、普通に生きてれば絶対に得られねえ唯一無二の機会が転がり込んできたわけだ」

「……」

「別にオレは自分が聖人君子だとは思ってねえし、マスターにそれを求めるほど高潔でもねえ。金に地位、女に力、男に生まれついたからには欲しいものだって一つや二つはあるだろう。それを凡俗だと言う気はねえよ。必要なのは覚悟だけだ。敵を殺し、敵に殺される覚悟はあるのか。そいつがねえヤツは戦場に出るべきじゃねえし、出たとしてもロクな死に方はしねえ。…どうだ?」

 

 伊織は目を閉じて、暫し沈思黙考した。

 

 英霊。サーヴァント。目の前の槍兵と同じ魔人豪傑が相争う盈月の儀。

 先程の熾烈な戦いですら顔合わせの挨拶代わり程度のものでしかないとすれば、その本領を発揮した全力での戦いは如何程のものか。

 ともすれば江戸の八百八町が火の海となるやもしれず、そうなれば民草の多くが死ぬだろう。

 あるいは義妹のカヤも、死ぬ。

 もしかしたら死なずに済むかもしれないが、死ぬ恐れがある事態に対して何もせぬというのは兄として、また人として悪しき事であり、許されぬ事だ。

 

「――。そう、江戸の町を戦火で焼くが如き所業は捨て置けぬ。それは人の道に反する行いだ」

 

 どこか自分に言い聞かせるように、礼法の教本を読み上げるような口調で言い終えた。

 

「そうか」

 

 鋭い弧を描く口許を満足そうに歪めて、ランサーは頷いた。

 

「じゃあ、改めて契約を結んでおくか。マスター、オレをサーヴァントとして共に盈月の儀を戦うか?」

「ああ。俺は宮本伊織という。ランサー、よろしく頼む」

 

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