Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚 作:葛轍偲刳
ひとまず手持ちにストックを貯めていても仕方ない状況のため、出来た分だけでも投稿します
「土御門泰広、か」
木板から鑿で大雑把に削り出した、腕というより皿に近い形状に盛られた海苔巻きをつまみながら伊織は呟いた。
「それが此度の騒動の要か」
「ツチミカドの名は聞いているわ。安倍晴明、だったかしら。この国ではつとに有名な伝説の術者の子孫だそうね?」
「そうだ。儀の見届け役でもある。盈月を編み上げた陰陽師として、儀の仕組みを誰より深く理解している」
「ハハハッ、そりゃ仕組みを作った人間がその穴を知らねえわけはねえよな」
「まさに。それどころか最初からイカサマの種を仕込んでおくことも容易かろう。今回の件も、おそらくはそれであろうよ」
車座となった五人がそれぞれに語る言の葉を、カヤは黙って聞いている。何も知らない自分が会話に加わることこそ出来なかったが、兄が何も言わずに輪の中に自分を入れてくれたことが少し意外だった。知らぬ方が安全ということもある。今までの兄なら、それとなく自分を遠ざけるなり外に出すなりして、話を聞かせることを避けていたはずだ。また、自分もそれで良いと思っていた。
だが、今回はドロテアが自分を隣に置いてくれたおかげで同席することが出来た。この国での食事の作法には明るくないから、不手際があればそれを指摘して欲しいとか言ってはいたが、それが口実に過ぎないことは自分でもわかる。
「土御門が拠るは寛永寺。この江戸八百八町においても指折りの霊地だ」
「サーヴァントを支配するほどの大魔術を行使するには、よほどの地の利を得ていなければ無理でしょう。でも、確かカンエイジと言えば、」
「徳川将軍家の菩提寺だ。如何に土御門が名家であろうと、易々と根を張るとは――」
顎に指を添えて思案する伊織が、数秒の間を置いてから真相に辿り着く。
「そうか。奴は、幕府と組んだか」
朝廷から日ノ本の政を委任された征夷大将軍、徳川家の後ろ盾を得ることは、そのお膝元である江戸ではほぼ万能の免罪符を手にしたも同然である。
客に間に合わせの木碗を出すわけにはいかないと、普段は伊織が使っている漆器の碗に躊躇いがちに口をつけて旬の青菜の味噌汁を啜った正雪は小さく頷いた。
「そも、この盈月の儀は『盈月は万能の願望機である』と、土御門が老中に取り入ったことに端を発する。欲に目が眩んだ幕閣どもは、盈月の献上と引き換えに土御門に助力を約した。後ろ盾を得た土御門は江戸に根差す霊脈を用いて支度を整え、己自らが見届け役となり、晴れて儀を執り行うに至った」
「事の初めから好き勝手のし放題とは、また随分と不公平なこったな」
「市中に千の軍勢を配するまでには至らないが、幕臣――御家人や徒の数百を与えられる程度にはな」
ドロテアや正雪も食べやすいようにとカヤが包丁で小さく切り分けたかんぴょう巻きを、二つ、三つと纏めて口の中に手で放り込みながら、美丈夫は鼻を鳴らしてみせた。
「土御門は連中を傀儡に仕立て上げ、本拠にいながらにして儀の監督を行っていた」
「監督ときたか。暗躍と悪だくみの間違いではないか?」
混ぜっ返す偉丈夫が箸休めの沢庵漬けを豪快に歯でバリボリと噛み砕く。それを嗜めるように正雪は横目で睨むと、軽く咳払いをして話の筋を元に戻す。
「…話が逸れたな。兎も角、此度の一件の裏にいるのは土御門家と断じていいだろう。土御門泰広は野心溢れる男だ。元より公正さなど求めるべきではない。たとえ儀の参加者ではないとしても、奴の立場なら盈月を掠め取ることもできよう」
「成る程。策士か。恐らく単独では立ち回るまい。いずれかの陣営に与しているかもしれん」
「いずれかの、ね? とは云っても、アーチャー陣営は既に脱落して、ここには三人のマスターが揃っている。残りは――」
「バーサーカーの姐さんはねえだろ。だったら神奈川湊で逸れのバーサーカーを止めに入らず、あそこで傍観してりゃ良かったんだ」
「残りはセイバーとキャスター。あるいは土御門自身がキャスターを従えているのやもしれん。むしろ、そうせぬ理由の方が無い。自らが盈月を手にするのであれば、戦力となるサーヴァントは手にしていて当然であろうからな」
大まかな事態の構図が誰の目にも明らかとなったところで、それぞれの膳に盛られた食事もほぼ空になった。
「あいにくと茶の用意はありませんが、白湯ぐらいはお出しできます」
立ち上がったカヤは人数分の木腕に湯を注ぎ、配る。
「気の回る、本当によく出来た妹さんね。なら、私が茶菓子ぐらいは出すわ」
そう言ってドロテアが金平糖を空の木皿に盛り、車座の中央に押し出した。
「カヤ、どうせなら一つ貰っておきなさい」
「いいの?」
「せっかく客が出してくれたものだ。ありがたくいただくのが礼儀だろう」
「うん。――レディ・ドロテア、ありがとうございます。あ、それに品川海苔も、あんなにたくさん頂いてしまって…お高かったのではありませんか?」
品川名物の板海苔は縁起物でもあり、それなりに値も張る品だ。この頃、養殖による大量生産は、まだ始まってはいなかった。当時の庶民からすれば、まだ手軽に買い求められるものではない。
「いいのよ。品川の名主から贈答品として試しに買ってみたはいいものの、湿気に弱いから船で遠くに運ぶには向かないし、カビが生えるとすぐダメになるから長期保存も難しい。それに、実際にどう使うかもよく知らなかったから、正直に言えば持て余していたのよね。でも、この海苔巻きというのは面白いわ。おむすびというのも食べてはみたけれど、食べた後で手が汚れるでしょう? これなら手軽に食べられるし、手も汚れない」
カヤに向かって微笑みかけるドロテアは、米粒一つついていない白く細い指を見せた。
「この国ならではの工夫かしら? 需要があれば、海苔ももっとたくさん生産しようとして、そのうち誰かが新しい方法を思いつくでしょう。この国の人達は誰もが勤勉で、利にも敏い。そのくせ律儀で約束は守る。実に手強い相手よね?」
ランサーとライダー、二人のサーヴァントとそのマスターに挟まれていながら、女魔術師は怖じることなく堂々としていた。正雪もまた、背筋を真っ直ぐに伸ばして応じる。
「言問いは終いか? ならば、これで…」
「待て待て。そう急くな」
立ち上がろうとした正雪を偉丈夫が押し留める。
「ライダー、話は終わった。ならば長居する理由など、」
「全く、せっかちな。せっかく出された菓子に手もつけずに去るつもりか? ほれ、試しに一つ」
ライダーの太い指が器用に金平糖をつまみ、大きな掌に乗せて正雪に差し出す。ニカッと笑う無邪気な表情に、正雪は諦めたように溜め息をついて座り直した。受け取った金平糖を口に運び、舌の上に乗せる。ゆっくりと溶けていく砂糖の甘みを感じながら、何の気なしに伊織を見遣る。
「正雪殿は、寛永寺については他に何かご存知か?」
「……。大規模な術を行使する以上、恐らく強固な結界を施しているだろう。容易くかの地を踏めるとは思えない」
こちらを見返してくる伊織の顔を何故か直視できず、正雪は思わず目を伏せて答える。
「私も同意見ね。それから――」
そこで、ふと言葉を切ったドロテアが長屋の外の方を見遣る。しかしそれよりも早く、ランサーとライダーは既に立ち上がっていた。一瞬遅れて、伊織は脇に置いていた二刀を腰に差す。
「土御門の追っ手、ね。浅草に辿り着くのは時間の問題と思っていたけど、意外と早かったわね」
「正雪殿、レディ・ドロテア。すまないがカヤを頼む」
「アナタ、私は今も一応は敵同士だってことを忘れてはいないでしょうね?」
「舟中敵国か。だが、呉越同舟ともいう。同じ舟に敵同士が乗り合わせるのも、ままあることだ。いずれまた敵に回るとしても、ひとまず外の敵を掃うまでは協力してもいいのではないか?」
入り口の木戸に手をかけたランサーが、無造作にそれを開く。外の空気と共に、肌が帯電するような明確な敵意と殺意が長屋の中にまで流れ込んでくる。
「由井正雪を渡せ、宮本伊織。さすれば、主は神田での愚行は問わぬそうだ」
土御門の手勢を率いる不遜な御家人の言の葉が鼓膜を震わせる。明らかな脅し文句を美丈夫は鼻で笑い、偉丈夫もまたつまらなさげに鼻息を吹く。
「それでは此方が義理を欠く。…随分と、見縊(みくび)られたものだ」
二騎のサーヴァントに対し、精兵ではあるのかもしれないが御家人と陰陽師が十数人ほど。なるほど赤坂でのアーチャーと死闘を繰り広げたランサーと、神田で孤軍奮闘したライダーには、それぞれ少なからず消耗が残っているとしよう。その傷の回復に、伊織と正雪の魔力が尽き果てているとしよう。で、それがどうしたというのか?
この程度の手勢で、この程度の数で本気で二騎のサーヴァントを討ち取れると思っているとしたら、土御門の策とやらもたかが知れている。おそらく、これは捨て駒の類い。正雪と伊織との間に楔を打ち込む布石の一つに過ぎないのだろう。もしかしたら伊織が見捨てるのではと正雪に不安と疑惑を抱かせ、不和の種を蒔くためだけの。
「よかろう。ならば、貴様らを討って奪うまで!」
この御家人が、それと知らずに操られているとも思えない。おそらくは知っている。知らずとも内心で半ば悟ってはいるだろう。おそらく自分達が生きては帰れぬであろうことも。知りつつも、あえてそれに従う。それが武士の忠義であり、奉公である。死ぬこともまた務めの一つ。死ぬことでしか、役目を果たせぬのであれば。
「サーヴァント二騎を相手に、よく云うたものだ。刺客には刺客なりの覚悟があるのであろうな。敵ながらあっばれの良き兵だ」
キュプリオトの剣を腰から引き抜きながら偉丈夫が呟き、槍を構えた美丈夫は鋭い目で敵を見据えた。
「ああ、その覚悟に敬意を表して――てめえらの心臓、この槍が貰い受ける」
そして。
予想に違わず、人の身では遠く及ばぬサーヴァントの前に御家人達は次々に斃れていった。
しかし、ただの一人も逃げることなく、ただの一人も命乞いを口にしたりはしなかった。
「…隆俊、様」
最後の一人となった陰陽師が、胸元を槍の穂先に貫かれて口から血泡を吐きながら言の葉の欠片を紡ぐ。
「我ら、未熟なれども…、御身に、倣い、…務めは…最後、まで…」
自分自身の血で朱に染まった呪符を手に握り締め、鬼気迫る表情で敵を睨みつけてくる。
「こやつら、まさか最初からあえて命を捨てるつもりで…」
顔をしかめた征服王が剣を握り直し、
「ああ、自分自身の命も含めて生け贄にするつもりだったわけか。そりゃ操り人形にした傀儡には出来ねえ芸当だろうよ」
槍兵もまた吐き捨てるように言いながら、引き抜いた槍を回転させて構え直す。
「貴殿ら、どうしてそこまでして…」
「土、御門家の、悲願、…お家、再興…の、為、…我ら、…礎、に。…ご、ふっ」
伊織の問いかけに、口から無念の呪詛と共に一塊の血を吐いた陰陽師が地面に倒れ伏す。その血が、呪符が、妖しげな朱く濁った光を放つ。
人の身では扱いきれぬ強大な怪異も、ただそこに召喚するだけであれば、餌となる魔力を用意して引き寄せるだけで良い。撒き餌を喰らった怪異は、次に目の前にある魔力の塊であるサーヴァントなり魔術師なりに襲い掛かるのは目に見えている。
陰陽師が使う式神の管狐よりも遙かに巨大な、高尾山薬王院にて祀られる飯縄大権現の使いとも言われる大妖、飯綱。
「シャァァァァァッ!!」
威嚇とも敵意ともつかぬ叫びを上げながら、周囲に無数の管狐を従えた飯綱が襲い掛かってくる。
「こいつが本命ってわけか。それでも足りねえがよ」
「うむ。余とランサーを相手にしたければ、せめてこの五倍は用意してもらわんとな!」
「他にも伏兵がいないとも限らん。手早く片付けるとしよう」