事件から一夜明け、キリトは待ち合わせ場所へと時間通りに赴いた。
すでにそこにはユーマとアスナが揃っており、待たせたことにジト目を向けるユーマを見て苦い顔をしながら席につくと、昨夜のことを話す。
「シュミット? DDAの槍使いだったっけ。割と最近上がってきた元「黄金林檎」のメンバー」
ユーマは紅茶を口にして戻す。妙に説明的なのは名前から容姿が思い至らなかったアスナのためである。
「そういえば、よく黄金林檎のこと知ってたな。中層のギルドを網羅してるわけじゃないだろ?」
「シュミットは最近上がって来たからね。身辺調査の一環だよ。だから、ヨルコさんやカインズさんまでは手が届いてなかったけど」
「そのシュミットさんが犯人って線はないわよね?」
「ないだろうね。聞いた限り、カインズ殺害の動機は「処刑」だと思う。その原因にシュミットも関わっていて、怯えているっていうのが本線かな。まあ、決めつけは良くないけど」
アスナの確認にユーマも否定を返す。
事件前後の状況をヨルコに聞くための約束の時間まではしばらくあるため、手口について話しながら時間を過ごすのだった。
情報屋として顔の売れているユーマが同席するのはいらぬ警戒を生むのではと心配していたが、最終的に共有するのだからいらない手間だと説得され席につく。
カインズの死亡を報告し、何も知らない体でグリムロックとシュミットというプレイヤーについて訪ねると、元ギルドメンバーである確約が取れた。
下手人が処刑としか言えない殺害方法をとった理由について訪ねると、ヨルコは震えながら話しだした。
半年前に解散した《黄金林檎》はその直前にレアモンスターに遭遇し、苦労の末に幸運も重なり倒すことに成功した。
ドロップしたのは地味な指輪だけだったが、鑑定の結果は敏捷力を二十上昇させるというものだった。
装備することにも効果自体にもデメリットなくステータスを大幅に上げるアクセサリーは最前線にも存在していない。
効果を聞いた瞬間、ユーマの肩が跳ねたがキリトたちは気にせずヨルコの話を聞く。
指輪の処遇についてはギルド内でも売却と使用で喧嘩に近い雰囲気になるまで紛糾し、最終的な多数決で売却と決まったらしい。
中層の商人プレイヤーに扱い切れる代物ではないためギルドリーダーであるグリゼルダが前線の競売屋へと委託するため泊りがけで出かけたが、帰って来ることはなかったという。
死亡時刻が夜中であるため睡眠PKと見込まれるが、ちょうどレアアイテムを持っているときに偶然狙われるとは考えづらく、必然として残りのギルドメンバー同士で疑い合う事になり、そのままギルドは崩壊した。
指輪の売却に反対していたのはカインズとシュミット、そしてヨルコの三人。
前者の二人は自分が使いたいから、ヨルコは当時付き合い始めていたカインズに味方する形で反対に票を投じたという。
しかし、ヨルコ達の関係はギルド崩壊と同時に消滅し、久しぶりに合うことにした日に事件が起きたということだった。
グリムロックだが、ギルドのサブリーダーであり、グリゼルダと結婚していたらしい。
そのためか事件直後から荒みがちで解散後は連絡も取れないという。
キリトがグリムロックによる復讐の可能性を挙げるとヨルコも同意し、指輪売却反対派の三人がグリゼルダ殺害の犯人と考え、殺害を企てている可能性もあるという。
それを最後に聞き取りは終わり、血盟騎士団本部での保護を固辞したヨルコを宿まで送り、情報の精査に戻る。
「そう言えば、細かい仕様までよく網羅してたよな。情報屋のラインナップにあんなの覚えがないんだが」
「大体はヒースクリフの雑談だよ。実証はピトを検体に色々とね」
キリトの疑問にユーマは何のこともないかのように答える。
相変わらずの扱いの悪さにそれ以上の質問を控え、思考を回す。
しかし良い知恵は浮かばず、時間が無為に過ぎていく。
「グリムロックを探すのは非効率だし、元《黄金林檎》メンバー探しも時間がかかる。となると、まずはシュミットかな」
「当事者に話を聞くってことか。でも、DDAは狩りに出てるんじゃないか?」
時刻はまもなく正午。
聖竜連合が攻略組であることを考慮すれば、朝からフィールドに出ていても不思議はない。だが、ユーマは首を横に振った。
「指輪事件を考えればシュミットはカインズ同様に自分が狙われていることを考えると思う。なら、まず圏外には出ない。その上、カインズが圏内で処刑されたんだから不特定多数がいる街にもでないはず。となると」
「本部に籠城ってわけか」
言葉を引き継いだキリトにユーマも頷きを返す。
同時に正午を示す鐘が鳴り、食事を挟んで行動に移るのだった。
やってきたのは五十六階層。
市街地から少し離れた聖竜連合本部の建物付近へとたどり着くと、ソロプレイヤーとして評判の良くないキリトを残して姉弟が門へと近づく。
予想通り引きこもっていたシュミットは「指輪の件で話がある」と伝えられると即座に駆けつけ場所を変えるように要望する。
アスナが了承するやいなやシュミットは全身鎧の重量を感じさせることなく高速で進み、市街へと入るとキリトへと詰問する。
「誰から聞いたんだ」
「へ?」
「ヨルコさんだよ。安心した?」
随分と省略された質問へ思わず聞き返しかけたキリトに代わり、ユーマが答える。
挑発じみた回答に睨むでもなく息を大きく吐く姿は心底から安堵しているように視える。
シュミットも反対派に対する復讐という可能性を信じていることを確認し、グリムロックの所在を訪ねるも、返ってきたのは激しい否定だった。
アスナがグリゼルダ殺害の犯人探しではなく圏内殺人の手口を突き止め圏内での安全性を保つという前提を押し出しても中々口をわろうとしないシュミットだったが、ユーマが手を出す前にボソボソと話し始めた。
「……居所は本当にわからない。でも、当時、グリムロックが異常に気に入っていたNPCレストランがある。ほとんど毎日のように行ってたから、もしかしたら今でも……」
「場所と名前は?」
焦れたユーマがシュミットへと詰め寄る。
その圧にのけぞったシュミットだったが、絞り出すように口を開いた。
「条件がある」
「何かな?」
「ヨルコに会わせてほしい」
「なぜ?」
ユーマの追求にシュミットは答えない。
暫く目を合わせていた両者だったが、ユーマがため息とともに一歩離れた。
「姉さん、ヨルコさんに確認を取ってくれない?」
「わかった」
ユーマの判断にメッセージを送り始めたアスナの横からキリトは眉根を寄せていた。
「大丈夫なのか?」
「僕はそう判断する。武器はすべてしまうこと、そしてウィンドウを展開しないこと。文句はないよね?」
「解っている」
キリトに端的に返し、シュミットへと確認する。
やや苛立った様子で返すシュミットに頷きを返したところでヨルコから承諾のメッセージが戻ってきたため、四人でヨルコの宿まで移動するのだった。
ヨルコのいる部屋に入る前に今一度確認を取り、ヨルコとシュミット双方から承諾を受けて元《黄金林檎》メンバーの二人が対面する。
有事に備えてユーマが剣に手をかける音が響くも誰も言葉を発することなく沈黙が続く。
最初に口を開いたのはヨルコだった。
「……久しぶり、シュミット」
「……ああ。もう二度と会わないだろうと思ってたけどな。座っていいか?」
微笑むヨルコに対し、シュミットはかすれた声で答える。
鎧を着込んだまま座るのは窮屈そうだったが、除装する様子はない。
フレンド以外には解錠できないように設定されている扉が施錠されたことを確認して、キリトが東側に立つ。反対側にはアスナが立ち、その前にユーマがいつでも割り込めるよう僅かに構える。
南に面した大窓は開かれているが、システム的な保護で侵入はできず、飛び道具も弾かれる。そのためユーマもちらりと外を確認しただけでヨルコとシュミットの様子を見ていた。
「シュミット、今は聖竜連合にいるんだってね。すごいね、攻略組の中でもトップギルドだよね」
「どういう意味だ。不自然だ、とでも言いたいのか」
「まさか。ギルドが解散したあと、凄く頑張ったんだろうなって思っただけよ。私やカインズはレベルアップに挫けて上に行くのを諦めちゃったのに、偉いよね」
そう言ってヨルコが肩にかかる髪を払うとショールに阻まれて見えなかった装備がユーマに見える。
厚手のワンピースに皮の胴衣。そこに紫のベルベットの
「オレのことはどうでもいい! それより……、聞きたいのはカインズのことだ。何で今更カインズが殺されるんだ!? あいつが……指輪を奪ったのか? グリゼルダを殺したのはあいつだったのか!?」
興奮した様子のシュミットだったが、ユーマが鍔を弾いて音を鳴らすのを聞き、座り直す。
低い叫び声を聞いたヨルコは正面からシュミットを睨みながら答える。
「そんなわけない。私もカインズも、リーダーのことは本心から尊敬していたわ。指輪の売却に反対したのは、お金に変えてみんなで無駄遣いしちゃうよりも、ギルドの戦力として有効活用すべきと思ったからよ。ほんとはリーダーだってそうしたかったはずだわ」
「それは……オレだってそうだったさ。忘れるな、オレも売却には反対したんだ。だいたい……指輪を奪う動機があるのは、反対派だけじゃない。売却派の、つまりコルが欲しかった奴らの中にこそ、売り上げを独占したいと思った奴がいたかもしれないじゃないか! なのに……、グリムロックはどうして今更カインズを……売却に反対した三人を全員殺すつもりなのか? オレやお前も狙われているのか!?」
頭を抱え、怯える様子にユーマは演技とは思えなかった。キリトも同様らしく、真相を掴みかねているようだった。
「まだ、グリムロックがカインズを殺したと決まったわけじゃないわ。彼に槍を造ってもらった他のメンバーの仕業かもしれないし、もしかしたら……リーダー自身の復讐かもしれないじゃない? 圏内で人を殺すなんて、普通のプレイヤーにできるわけないんだし」
ヨルコの言葉に全員が絶句する。
それぞれが思考を巡らせる中、シュミットが呆然としたまま呟くように言う。
「だって、お前さっき、カインズが指輪を奪ったわけがないって……」
ヨルコはすぐに答えず立ち上がるとそのまま右にズレ、後ろ向きに歩いていく。その足音に合わせて、細かく切られた言葉が響き始めた。
「私、ゆうべ、寝ないで考えた。結局のところ、リーダーを殺したのは、ギルメンの誰かであると同時に、メンバー全員っでもあるのよ。あの指輪がドロップした時、投票なんかしないで、リーダーの指示に任せれば良かったんだわ。ううん、いっそ、リーダーに装備してもらえば良かったのよ。剣士として一番実力があったのはリーダーだし、指輪の能力を一番活かせたのも彼女だわ。なのに、私達はみんな自分のよくを捨てられずに、誰もそれを言い出さなかった。いつか《黄金林檎》を攻略組に、なんて口で言いながら、ホントはギルドじゃなくて自分を強くしたいだけだったのよ」
そこでヨルコは大窓の枠までたどり着く。そこに腰掛けるようにしながら、視線を彷徨わせた。
「ただ一人、グリムロックさんだけはリーダーに任せると言ったわ。あの人だけが自分の欲を捨てて、ギルド全体のことを考えた。だからあの人には、多分私欲を捨てられなかった私達全員に復讐して、リーダーの敵を討つ権利があるんだわ……」
ヨルコの言葉が切れるとともに沈黙が降りる。
わずかな風の音に小さな金属音が混じり始めた。
音源はシュミットの鎧。
頑強な鎧に包まれたトッププレイヤーは震えながら蒼白となった顔を俯け、うわ言のように呟く。
「……冗談じゃない。冗談じゃないぞ。今更……半年も経ってから、何を今更……」
そこまで呟いてから、上体を勢いよく上げ、叫ぶ。
「お前はそれでいいのかよ、ヨルコ! 今まで頑張って生き抜いてきたのに、こんな、わけも解らない方法で殺されていいのか!?」
全員の視線がヨルコへと集まる。
当のヨルコは視線を彷徨わせたまま、暫く黙り込み、ようやく口を開きかけた。
その瞬間。
とん、という乾いた音が部屋に響き、ヨルコの眼と口がぽかんと見開かれた。
続いて、細い体が大きく揺れ、前に倒れそうになった体を立て直すように窓枠へと手をつく。
ちょうどその時、大きく風が吹き、ケープがその下を晒す。
ヨルコの背には、小さな黒い棒状のものが生えていた。
混乱するユーマ達の前で、貫通継続ダメージの発生を示す赤いライトエフェクトが舞う。
それを見て、黒い棒の正体を認識した。
おそらくは
刀身は当然、ヨルコの背に埋まっている。
つまり、窓の外から投げ込まれたということであり、ユーマの視線が外へと向く。
窓とアスナの間に入りつつ外を伺っているとアスナが小さく悲鳴を上げた。見れば不安定に揺れていたヨルコの体が外へと投げ出されそうになっていた。
同時にキリトが駆け出すが一歩遅く、指先でショールの端をかすめるにとどまった。
キリトは届かなかったヨルコを追うように身を乗り出し、石畳にバウンドしたヨルコが破砕音とともにポリゴン片と青い光へと拡散するのを見届けることになった。
眼の前で起きた光景にキリトが硬直する。
様々な考えを巡らせる中、ユーマの声が届く。
「いた!」
何がとは聞かない。
ヨルコが刺された時点で姉をかばうように位置取りしたユーマが探すのは下手人以外にないからだ。
一瞬後ろに視線を送り、即座にユーマの視線をたどる。
二ブロックほど離れた建物の屋根にそれはいた。
漆黒のフーデッドローブに身を包み、逆光で顔は見えない。
死神と呼べる風貌の何者かを確認するや、キリトは飛び出した。
「キリトくん!」
アスナの制止を込めた声を無視し、そのままキリトは飛び出していく。
そのまま逃げていく黒い影を追っていくのを見送り、他に屋根に立つ人物がいないことを確認してユーマは窓とカーテンを閉める。
アスナとついでにシュミットを窓から射角が取れない場所へと移動させ、ダガーの回収へと向かう。
ヨルコに刺さっていたダガーはカミソリのように薄く、刃には逆棘がびっしりと生えていた。カインズと殺したものと同一と思われる意匠のそれをユーマは何の気もなしに手へと突き刺すが、いつも通りの紫のウィンドウに阻まれて刺さることはなかった。
眉を顰めながら遮蔽に身を隠してメッセージを送り、返事を待つ。
そのうちにキリトが悄然とした様子で戻り、ひとまず部屋へと入る。
「それで、どうだった?」
「テレポートで逃げられた。鐘の音でかき消されて声も聞き取れなかったから、性別の判断もつかない。あれがグリムロックなら男だろうけど……」
SAOでは同性婚ができないため女性であるグリゼルダと結婚していたのならグリムロックは自動的に男となる。しかし、プレイヤーの大多数を男が占める環境でこのフィルタリングは意味をなさないため情報の整理以上の価値はもたないはずだが、震えていたシュミットが反応した。
「違う……」
「違うって……何が?」
訪ねるアスナを見ることなく呻くように答える。
「違うんだ。あれは……屋根の上にいた黒ローブは、グリムロックじゃない。グリムはもっと背が高かった。それに……それに、あのフード付きローブは、グリゼルダのものだ。彼女は、街に行くときはいつもあんな地味な格好をしていた。そうだ……指輪を売りに行く時だって、あれを着ていたんだ! あれは……さっきのあれは、彼女だ。俺達全員に復讐しに来たんだ。あれはグリゼルダの幽霊だ」
シュミットは壊れたように笑いながら続ける。
「幽霊なら何でもアリだ。圏内でPKするくらい楽勝だよな。いっそグリゼルダにSAOはのラスボスを倒してもらえばいいんだ。最初からHPがなきゃもう死なないんだから」
ヒステリックに笑うシュミットの額にダガーがぶつかる。
紫のウィンドウに弾かれ鈍い音とともに転がったダガーを数秒凝視して悲鳴とともにのけぞった。
「それは普通のオブジェクトだよ。幽霊になれば簡単に攻略できるなら、疾うの昔にやっている。そのグリゼルダが如何に不正に厳しく、復讐に取り憑かれるような人物でも、無念のうちに死んだ人は三千五百を超えているんだ。その一人も化けて出られていないのに、グリゼルダだけが例外なんてあり得ない」
ぶつけられたことでダガーには何の仕掛けもないことを実感しつつ、シュミットは反論しきれずに黙り込む。
「まぁ、あんたの考えはどうでもいい。約束通り、グリムロックの行きつけだったっていう店について教えてもらう。それと、念の為ほかの《黄金林檎》のメンバーの名前も書き記してもらう。生きているなら他のメンバーも標的になっているかもしれない」
ユーマの声に応じ、シュミットは羊皮紙へとペンを走らせる。
それを押し付けるように差し出すと、重たげに口を開いた。
「……攻略組プレイヤーとして情けないが……オレはしばらくフィールドに出る気にはなれない。ボス攻略パーティーは、オレ抜きで編成してくれ。それと……これから、オレをDDAの本部まで送ってくれ」
虚ろな目で護衛を頼むシュミットにユーマも無言で首肯し、そのまま先頭で歩いていのだった。