時間は流れ、十月―最前線は七十四層。
じきにSAOのサービス開始から二年が経とうとする頃。ユーマは団員を伴った狩りを終え、五十層へと赴いていた。
部隊を任されている訳では無いが、ボス戦などで指揮を取ることはある。そのため団員をユーマの指揮に慣れさせるため時折フィールドでの狩りを命じられているのだった。
五十層まで降りてきたのはドロップアイテムの整理を終え、不要と判断されたモノを売りに来たのである。
目的の店にたどり着き、扉を開ける。
その中では店主のエギルの前でキリトがアスナの両手を握りしめていた。
「あ……」
「手を離せ。今すぐ」
ユーマの殺気に圧され、キリトがゆっくりと手を離す。それを確認しゆっくりと息をして感情に蓋をした。
「それで? 一体何があったの?」
にっこりと笑顔で、剣の柄に手を添えることで偽証は許さないと言外に伝えながら問う。
しどろもどろになったキリトの説明によると、偶然手に入れたS級のレア食材アイテム―《ラグーラビットの肉》の調理が可能と思われるプレイヤーの登場にこれを逃す手はないと考えて咄嗟に手を取ったらしい。
「それで、アスナは今料理スキルの熟練度ってどれぐらい何だ?」
キリトの問いに情報屋が染み付いたユーマは眉をしかめる。
しかし、不敵な笑みを浮かべたアスナを見て肩をすくめた。
「少し前に《
それを聞いてキリトは絶句する。
各種スキルは熟練度が千に達することで完全習得となる。しかしその上昇速度は遅々としたもので、最前線で戦い続けたキリトでもメイン武器である片手直剣と索敵、武器防御という三つしか完全習得に至っていない。
料理スキルは戦闘に関連性のないスキルであるため、アスナが戦闘以外の時間の相当量を料理に費やしていることを示しているのだ。
「それで、姉さんに調理を依頼したいってこと? 報酬は?」
「調理してくれたら一口―なんてケチなことは言わない。三人で食おうぜ」
キリトは途中まで自分本位な交渉をしようとしていたが、鯉口を鳴らされたことで白旗をあげる。
確証のない情報は売らないのが「鼠」の情報屋のポリシーではあることは知っているが、自身への好感度を鑑みて攻略に直接関係ないところで偽情報を掴まされる可能性を捨てきれなかった。ただでさえ負債が残っているのにこれ以上不安を抱え込むのはごめんだった。
「まぁ、いいかな。料理は二人で食べていいよ。今日は用事があってさ」
「保存用アイテムを使えば少しは保つぞ?」
「レア度の高い食材は無駄に足が早いから、あんまり保たないよ」
ユーマの言葉にキリトが慌ててストレージを確認する。
今すぐに駄目になるような状況ではないが、保存用アイテムでもよほど高性能なものでない限り二日と保たない耐久度にラグーラビット本体のレア度もさることながら、肉が市場に出回らない理由を察する。
「そういうわけで、ごゆっくり。姉さんになにかしたら殺す」
「お、おう……」
「じゃあ、行きましょう」
ユーマから朗らかに物騒な忠告を受けて、頬を引きつらせるキリトをアスナが引っ張って店を出ていく。
残されたユーマはエギルへ向けてトレードウィンドウを差し向けた。
「そういうわけで、買い取りをお願いします。予定があるので交渉は手短に」
「はぁ、わかったよ……」
ため息を吐き、エギルはウィンドウを確認していくのだった。
そしてその夜。
アスナからメッセージが届いた。
『ソロのキリト君が心配なので、パーティーを組むことになりました』
「は?」
夜半であるためアスナへとメッセージを送ることはせず、キリトへと問い詰めるメッセージを送る。しかし要領を得ない返答ばかりで両者にとって長い夜が始まるのだった。
翌朝。
早朝から詰めかけたユーマの相手をしながらキリトは七十四層の転移門前にいた。
ユーマは最初期からアルゴを頼っていたためアスナと二人っきりでの攻略はしたことがない。そのあたりもあってブツブツと文句をつけ続けるユーマをあしらっていると、転移門から少し浮いた場所で転移が始まった。
「きゃあああ! よ、避けて──!」
「危ない!」
飛び込んできた人影の進路上にいたキリトはユーマに突き飛ばされ石畳を転がる。ユーマが自分を庇ったことに戦慄しつつ顔を上げると、ユーマはアスナの下敷きとなっていた。
「ユーマ、大丈夫?」
「大丈夫。姉さんが無事で良かった」
つまり、「危ない」とはアスナがキリトに接触するかもしれないということであり、キリトを気遣ったものではなかったらしい。
事情を理解したことで苦笑しながらとりあえず立たせようと近づくと、再び誰かが転移してくる。
その光を見てアスナがキリトの後ろへと回り込み、それを見たユーマが柄へと手を走らせる。
現れたのは血盟騎士団の制服を着た長身の男だった。
「クラディール」
同じギルドのメンバーであるはずだが、ユーマの表情は険しい。
というのもこの男、ギルドの方針としてアスナにつけられた護衛であるのだが、端々から感じる嫌な気配のせいでユーマからの評価は低かった。
「アスナ様、勝手なことをされては困ります……! ギルド本部まで戻りましょう」
「嫌よ、今日は活動日じゃないわよ! ……だいたい、アンタなんで朝から家の前に張りこんでるのよ!?」
「こんなこともあろうかと思いまして、私一ヶ月前からずっとセルムブルグで早朝より監視の任務についておりました」
クラディールの返事にキリトとアスナが凍りつく。
こっそりとユーマへと視線を送るとすでに抜刀の体勢に入っていた。相手が血盟騎士団員であることがギリギリで踏みとどまらせているようだが、その表情からしてストーカーじみた行動の全貌までは把握していなかったようだった。
「そ、それ、団長の指示じゃないわよね……」
「私の任務はアスナ様の護衛です……それには当然ご自宅の監視も」
「ふ……含まれないわよバカ!!」
「聞き分けのないことを仰らないでください……さあ、本部に戻りますよ」
そう言ってクラディールへアスナへと歩み寄り、手を引こうとする。その手は抜剣したユーマに弾かれ、キリトに掴み取られた。
「悪いな、お前さんのトコの副団長は、今日は俺の貸切なんだ」
「貴様ぁ……!」
クラディールはキリトの手を振りほどき睨みつける。
「ユーマがいるし、アスナの安全は俺が責任を持つよ。別に今日ボス戦をやろうって訳じゃない。本部にはあんた一人で行ってくれ」
「ふ……ふざけるな!! 貴様のような雑魚プレイヤーにアスナ様の護衛が務まるかぁ!! わ……私は栄光ある血盟騎士団の……」
「あんたよりはマトモに務まるよ」
その言葉に蒼白となったクラディールだが、ウィンドウを操作するとキリトの視界にデュエル申請のメッセージが開いた。
キリトがチラリとユーマに視線を送るとクラディールの死角で首切りからサムズダウンをきめる。それを見て悪いことにはならないだろうとデュエル申請を《初撃決着モード》で受け付けて剣を抜いた。
クラディールも剣を抜き、構える。
キリトのシンプルな片手直剣に対し、クラディールは装飾がふんだんになされた両手剣。一見するとクラディールの武器のほうが制作者の力のこもった力作といった風体だ。
デュエルが開始され、まずキリトが剣を上段に構えながら突っ込む。
直前まで剣を持った右腕を下段に構え、受け身の姿勢で切り上げを狙うように見せていたため、クラディールは面食らったようにしながらも迎撃のソードスキルを放つ。
一瞬の交錯のあと、半ばからへし折れたクラディールの両手剣の剣先が石畳へと突き刺さった。
傍目には両手用大剣の上段ダッシュ技《アバランシュ》と片手剣突進技《ソニックリープ》が衝突し、偶然武器破壊が起こったようにに見える。
しかし、実情は違う。
キリトが《アバランシュ》の出始めの攻撃判定の存在しない瞬間に《ソニックリープ》をぶつけることで意図的に発生させたのである。
へし折れた剣が消失するとともにクラディールがうずくまる。
細かく慄えるクラディールにユーマはわざとらしく足音を立てながら近づくと沙汰を下す。
「勝負あったな。クラディール、血盟騎士団団長ヒースクリフより与えられた裁量権を持って命じる。本日を以て副団長アスナの護衛役を解任とする。罪状を告げるのは勘弁してやるが、当分はギルド本部で謹慎していろ」
顔を上げたクラディールの瞳は憎悪を宿していた。
それを見て一歩引いたキリトと、冷たく見下ろし続けるユーマに呪詛のような言葉を呟いていたクラディールだったが、暫くして転移結晶を掴みだすとグランザムへと転移していった。
クラディールの呪詛に当てられていた見物人達もゆっくりと捌けていき、最後にはユーマ達だけが残された。
「お疲れ様。いい仕事だったよ。たまには役に立つね」
わざとらしく笑みを浮かべ、ユーマが明るい声を発する。
寸の間呆気にとられたキリトだったが、苦い顔をするとユーマの頭を抑え込む。
「お前なあ、なんとなく知ってたんじゃないのかよ」
「練習するのに何本僕の予備武器をへし折ったと思ってるのさ。必要経費ってやつでしょ?」
「お前も何本も折っただろうが!」
いつものように口論を始める二人にきょとんとしていたアスナだったが、苦笑混じりにため息を吐くと仲裁に入る。
一見すると仲のよさそうな喧嘩の様子だったが、指摘すれば即座に否定が入るのだった。
そうして訪れた迷宮区ではユーマを盾役に危なげなく進んでいく。
キリトのデータ上ではすでに大部分がマッピングされているため未踏破部分であった上層部分を順調に進んでいき、ボス部屋と思しき巨大な二枚扉があった。
「キリト、マップデータは?」
「この先をボス部屋とするならかなり広いけど、他に道はないだろうな」
「なら、ここか……せっかく着いたんだし、中身ぐらいは見ておかないとね」
そう言いながらユーマは扉へと近づいていく。
まるで警戒していない様子に慌ててキリトがその手を掴んだ。
「待て待て待て! いきなり開けようとするなよ!」
「ボス部屋からは出てこないって」
「いいから、転移結晶の用意ぐらいしなさいよ!」
二人がかりで説教され、ユーマは大人しく転移結晶の用意をして扉へと手をかける。
緊張した面持ちの二人の間でユーマが軽く扉を押すと、滑らかに扉が開き、その先の暗黒を晒してきた。
入口からの光では奥まで見通すことはできず、ユーマが一歩踏み出そうとした瞬間、扉のすぐ近くで青い炎が灯った。
その音に身体をすくませ、アスナとキリトが最寄りのユーマの手を取ったことで前進は止められた。
ユーマがキリトの手を振りほどくか迷う内に部屋の中央に向かって炎の道ができていき、最後にひときわ大きな火柱が吹き上がる。
緊張からか、圏内であればコードにより弾かれるのではないかと思えるほどに握り込まれる手にユーマがダメージが入ったりしないか不安に思う前で、火柱の奥から巨大な影が現れる。
見上げるほどの体躯は分厚く盛り上がった筋肉と深い青の肌に包まれ、その頭は山羊のものになっていた。
頭に生えた角は太くねじれた形状をしており、足は獣のそれであった。
悪魔と形容するべきと思われるその頭上に現れたカーソルに示された文字は《The Gleameyes》。定冠詞が付いていることからボスモンスターであると断定できた。
偵察を行うには三人と少なすぎる人数であるためせめて見た目だけでも記録を取ろうとキリトの手を振り払って記録結晶を取り出そうとした瞬間、青い悪魔は轟くような雄叫びを上げ、右手の大剣をかざして入口に立つ三人へと突進する。
ユーマが迎撃のため二人の手を振り払う前に身体が後方に加速し、足が床から離れた。
「うわあああああ!」
「きゃあああああ!」
左右の腕が後方へ引かれ、急速にボス部屋が遠ざかる。
これまでの通りに部屋の外には出ずに中央へと去っていく青い悪魔を眺めながら、現実であれば両肩はとんでもないことになるのだろうとどうでもいいことに思考を回すのだった。
二人が落ち着いたのは安全地帯に飛び込んだ後だった。
ユーマが妙な角度で引かれ続けたことで残った違和感を解すべく肩を回していると、冷静に先程の事態を思い返したのかアスナとキリトが笑いをこぼす。
二人が互いの慌てぶりを話していると、六人のプレイヤーが入ってきた。
先頭に立っていた男は先客の姿を確認すると笑顔で手を挙げる。
「おお、キリト! しばらくぶりだな」
「まだ生きてたか、クライン」
入ってきたのは《風林火山》の面々だった。
ユーマも四十層で世話になったカルーとオブトラに軽く会釈し挨拶する。
面識はあるものの話をしたのは攻略会議の時ぐらいなので改めて自己紹介をした。
「それにしても、どういう取り合わせだよ」
「色々あってな。パーティーを組むことになったんだ」
「お前も大変だな……」
キリトが質問に端的に答えると、クラインに気遣わしげな目を向けられた。それを大げさと切って捨てる事はできず、苦笑をこぼす。
互いに休息のため来たのもあって空気は緩んでいたが、クライン達の後方から金属音が届き始める。規則正しく鳴り響く音にユーマが手を上げ、全員を下がらせる。
二列に並んで入ってきた十二人の集団は一様の防具に身を包んだ重装兵といえる風体だった。
彼らはユーマ達と対面するように安全地帯の端に並ぶと、先頭の者が「休め」と命じる。途端に命じた本人以外は倒れるように座り込んだ。
隊長格と思しき男の装備は他の十一人と比べ高品質で胸部分には紋章が描かれている。
男は進み出るとヘルメットを外し、ユーマ達を睥睨する。
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」
「血盟騎士団所属、ユーマ。今日はプライベート」
アインクラッド解放軍は二十五層での壊滅以来、低層での治安維持と勢力拡大を続けていた。
最近は方針転換し再び攻略を目指して精鋭を送り込むという話が出ており、彼らはその第一陣と予測される。
コーバッツはユーマの名乗りにわずかに眉を動かすと横柄な態度で詰問する。
「この先の攻略はしているのか?」
「ボス部屋までのマッピングはしたよ」
「ではそのマップデータを提供して貰おう」
要求に今度はユーマの眉が動く。しかし、真っ先に口を開いたのはクラインだった。
「提供しろだと!? 手前ェ、マッピングする苦労が解って言ってんのか!?」
未踏破区域のマップデータは貴重な情報だ。特にトレジャーボックス狙いのプレイヤー間では高値で取引されており、当然「鼠」の情報屋でも取引している。ユーマからすれば商品をただでよこせと言われているようなものなのだ。
だが、コーバッツはクラインの声を聞くと目を怒らせ、威圧的に大声を張り上げた。
「我々は君等一般プレイヤーの解放のために戦っている! 諸君が協力するのは当然の義務である!」
傲岸不遜に言い切るコーバッツにユーマの手が剣へと伸びる。キリトはそれを抑えると前に出た。
「どうせ街に戻ったら公開しようと思っていたデータだ、構わないさ」
「おいおい、そりゃあ人が好すぎるぜキリト」
「マップデータで商売するつもりはないよ」
クラインの呆れ声に答えつつキリトはトレードウィンドウを呼び出すとコーバッツへデータを送信する。それを受け取ったコーバッツは形式だけの礼を述べると、いまだ座ったままのパーティーメンバーに振り返った。
「ボスの姿を確認したら一度戻ることだね」
「挑むかは私が判断する」
ため息混じりに声をかけたユーマにコーバッツは首だけで振り返った。その態度に目を細めながらユーマは続ける。
「七十三層での攻略もフルレイドで攻略した。十二人じゃどう考えても手に余る。消耗した状況ならなおさらだね」
「私の
コーバッツは部下という部分を強調しながら苛立地を隠しもせずに怒鳴る。一方の部下達は反論することもなく悄然とするだけだった。
「貴様等さっさと立て!」
指示に十一人はよろよろと立ち上がると入ってきた時と同じように二列に並ぶ。コーバッツはその先頭に立つと片手で指示を送り、行進が再開された。
「……大丈夫なのかよあの連中……」
行進の音が聞こえなくなった頃、クラインが気遣わしげに呟く。HPは満タンだが、明らかに前線慣れしておらず精神的に消耗しているコーバッツ以外の十一人を心配してのことだった。
「多分突っ込むんじゃないかな。攻略組に返り咲いて影響力を増したい軍からすれば目の上のたんこぶである攻略組がボス攻略に手を出す寸前まで行っていたら、あの中佐殿は強行軍に走りそうな気がするな」
「いや……そこまで馬鹿じゃないと思うが……」
肩を竦めるユーマに難しい顔をしながらキリトが否定する。しかし否定し切る事はできず、最終的に様子を見に行くことになるのだった。
追いかける道中でエネミーの集団に遭遇し、最上部の回廊にたどり着く頃には軍を追い始めて三十分以上が経過していた。その間に軍の姿を見ることはなく、すでにアイテムで帰還した可能性もあったが、全員がそうではないだろうという確信を持ち始めていた。
不安が足を急かす中、ボス部屋までの回廊を半分ほど進んだところで悲鳴が聞こえてきた。
顔色を変え顔を見合わせる八人を置いてユーマはため息を一つ吐いて全速力で飛び出した。
石柱が後ろに流れるたびに悲鳴と金属音が大きくなる。その先には開け放たれた扉があり、入口に背を向けた悪魔が十人のプレイヤーを蹴散らしていた。
悪魔の体力は七割以上残っているが、すでに軍は壊滅状態であり全員がすでにHPバーを黄色に染めていた。
状況を確認している内にキリトとアスナが追いつき、ちょうど薙ぎ払われてHPバーを赤く染めたプレイヤーへと叫ぶ。
「何をしている! 早く転移結晶を使え!!」
「だめだ……! く……クリスタルが使えない!!」
絶望の顔で返ってきた答えにキリトが絶句する。結晶無効化空間の厄介さはよく理解している。キリトが嫌な思い出を思い返している間に悪魔の向こう側で一人のプレイヤーが剣を掲げて怒号を上げる。
「何を言うか……ッ!! 我々解放軍に撤退の二文字はありえない!! 戦え!! 戦うんだ!!」
聞こえてきたコーバッツの声にキリトが歯噛みする。
そこにクライン達が追いつき、手早く情報を伝えられると顔を歪めた。しかし、離脱が難しい以上救援に入るのもためらわれるところではあるため逡巡する内にどうにか部隊を立て直したらしいコーバッツの声が響く。
「全員……突撃……!」
立ち上がっていたのは八人。彼らは四人づつ二列に横並びになると悪魔へと突撃する。
この場での最善は防御主体でスイッチを行いつつ少しづつダメージを重ねていくことだが、前線での指揮経験の乏しいらしいコーバッツではそれを選択することはできなかった。
対する悪魔は地響きを伴う雄叫びとともに口からまばゆい噴気を撒き散らした。
噴気によるダメージ判定により鈍化した突撃に巨剣が振り回され、そのうちの一人がすくい上げられるように切り飛ばされてユーマ達の間近へと落下する。
落ちてきたのはコーバッツ。HPバーが消失し、自身に何が起きたのか理解できないといった表情のなか、無音のまま口を動かし、ポリゴン片となって爆散した。
指揮官を失った軍はもはや烏合の衆であり、眼の前の悪魔から逃げ惑う。
その光景に飛び出そうとしたアスナの腕をユーマが掴む。
「風林火山は軍の連中の運び出し! その間は僕を
端的に陣形を伝え、まっすぐに悪魔を目指す。無警戒な背中に剣を突き刺すと、悪魔は怒りの声を上げながら振り返り、大剣を振り下ろした。
大剣は盾によって受け流され、出来た隙にアスナとキリトが順に剣技を見舞う。ヘイトが移動する前にユーマが切りつけ、悪魔の前に立った。
戦線こそ成立したものの、部屋の中央で戦っているため救出は遅々として進まない。数人を運び出したところでユーマのHPも半分を切って色を変える。
視界の隅でそれを捉え、キリトは選択する。
「ユーマ! 十秒頼む!」
「過ぎたら殴る!」
打てば響くように返ってきた返答にキリトは少し下がるとメニューウィンドウを呼び出し操作していく。
指定された時間に万が一にもキリトの方を向かせないため、ユーマは吼えながら武器を振るう。
「ユーマ!」
稼いだ時間はきっかり十秒。
「姉さん!」
準備が整ったと見てアスナに声をかけるとユーマはソードスキルを発動し悪魔の大剣にかち合わせる。大音響とともにノックバックし、アスナも引いていたことで距離が空く。
「スイッチ!」
声とともに位置が入れ替わり、キリトが飛び込む。間近に迫った剣士へと硬直の抜けた悪魔が大剣を振り下ろした。
キリトはそれを右手の剣で弾くと、先程までは背負っていなかったもう一本の剣を左手で抜き放ち斬りつける。
憤怒の声をあげて再び切り下ろしを放とうとした悪魔だったが、顔面に剣が飛来しのけぞった。アスナが剣の出どころを見るとユーマが腕を振り切った姿となっていた。
受け止めようとしていたキリトはわずかに笑うと裂帛の気合とともに連撃を開始する。
右の剣で切りつけ、間をおかずに左の剣を突き入れる。右、左と同じ方向に切り払い、その勢いを載せたまま回転し水平に二刀を構えて一閃。剣を交差させるように切り下ろし、その軌跡をなぞるように切り上げた。
怒涛の連撃を悪魔はただ受けるのではなく反撃をしようとするが、飛来する武器にそのことごとくを阻まれ、キリトの攻撃を止められない。
連撃が終わるとともに悪魔の動きも硬直し、一拍置いて爆散した。
キリトは両手に持った剣の澱を払うと背に吊った鞘へと戻すとそのまま背中から倒れ、アスナが駆け寄った。
パーティーメンバーであるユーマからはまだ多少余裕のあるHPバーが見えていたが、肩を竦めると二人へと歩いていった。
前回投稿からさらに評価が追加されていました。
感謝の念に堪えません。ありがとう御座います。