アスナに抱き起こされていたキリトはほんの数秒で目覚めたが、倦怠感からかぼーっとしていたためユーマは低品質のポーションを突っ込み意識をはっきりさせる。目を瞬かせたキリトの無事を確認したアスナが抱きつき、ユーマは一瞬の葛藤の後に先程放り投げた剣の回収を始めた。
「おまえ……なんでこんなの持ってるんだよ……」
「時々下に降りてるからね。助けたときにもらったりするんだよ」
久方ぶりの味にキリトが眉根を寄せていると状況確認を終えたクラインが近づいてくる。
ユーマ達の参戦以降は死者はおらず、結局三人の犠牲をもって戦闘は終結した。無謀な突撃をしたコーバッツに毒づいたクラインだったが、頭を振ると気持ちを切り替えたのかキリトへと質問する。
「そりゃそうと、オメエなんだよさっきのは!?」
「……言わなきゃダメか?」
「ったりめえだ! 見たことねえぞあんなの!」
キリトが周囲を見回すと全員が沈黙して答えを待っていた。ユーマなどホログラムキーボードを準備しており、この後のことを考えて無回答を貫くのも考えたが、ため息を吐くと口を開いた。
「……エクストラスキルだよ。《二刀流》」
その言葉に軍と風林火山の面々がどよめく。
通常系統的に習得ができるようになるスキルとは別に、出現条件の解っていないスキルが存在し、それらはエクストラスキルと呼ばれている。
ある程度予測されているものも存在するが、ヒースクリフのみが取得している《神聖剣》は出現条件も不明であり、《二刀流》もキリト本人にすらなぜ取得出来ていたのか解らないスキルだった。
「レベル? いや、確かに高レベルだけど二本目を入手した時期を考えるとそれはないか……前提条件の可能性はあるけどそれなら他にも条件は合って然るべき……パーティーをくんでいる時間とか? ボッチは特異な精神性とかそういう……」
キリトと他のプレイヤーとの相違点を探りながらキーボードを叩くユーマのつぶやきが少しづつ罵倒に変わっていくのを聞こえないフリをしつつ、話を進めていく。
軍のプレイヤーは帰し、本部に今日の出来事を伝えさせることにした。最前線へ送ることのできるプレイヤーを三人も失った軍がどうなるかは不明だが、助けられたプレイヤーは礼をいいつつ転移結晶で帰っていった。
クライン達は七十五層の転移門のアクティベートのために階段を登っていき、ボス部屋には三人が残された。
ユーマが武器の回収を終える頃にアスナも落ち着いたのかキリトから離れる。顔を伏せたまま手招きするアスナに不思議そうな顔をしながらユーマが歩み寄ると肩を捕まれ思い切り抱き寄せられた。
顔が胸に押し付けられそのまま固定される。
何時にない激しいスキンシップにユーマの脳がバグる。
漫画などであれば窒息するシチュエーションだが、SAOでその手の再現はされておらず、抵抗せぬまま抱きしめられていた。
時間にして数分そのまま固定され、唐突に解放される。
混乱したままへたり込んだユーマを置いてアスナはキリトへと向き直った。
「わたし、しばらくギルドを休むわ」
「まぁ、ずっと最前線にいたし、たまには休むのもいいんじゃないか?」
「うん、休んで、キリトくんとパーティー組む」
「は?」
予想だにしない言葉にキリトが呆気にとられる。僅かに時間を取ると絞り出すように口を開いた。
「いや、ユーマはどうするんだよ」
「別に普段からべったりってわけじゃないし、何でもかんでも反対しないわ」
「……わかったよ」
狙ったわけではないはずだが呆然と宙を眺めるユーマを尻目にキリトが頷く。
ユーマが復帰するのはそれから数分が経った頃だった。
攻略とも言えぬ攻略の翌日。
アインクラッド中がある話題でもちきりだった。
それは血盟騎士団の本部でも同様で団長たるヒースクリフの執務室の机上にもその話題が大きく一面を飾った情報紙が置かれていた。
「《軍の精鋭を全滅させた悪魔を単独撃破した五十連撃》、か……中々派手な見出しだな」
「お陰様で売れ行きは好調ですよ。まあ、本人は溜まったものではないでしょうが」
執務室にいるのはヒースクリフとユーマの二人だけだ。ユーマは机に歩み寄ると、情報紙の横に一枚の羊皮紙を差し出した。
「姉さんからの休暇申請です。いかがしますか、ヒースクリフ」
「ふむ……拒否する理由はないが、そろそろ攻略組をまとめていかなければならない。ここは出しに使わせてもらおうか」
「承知しました。では、そのように」
ユーマは一礼するとそのまま執務室を出ていった。
その数時間後。
定例会議に際してアスナの休暇申請が取り上げられ、ヒースクリフがキリトとの立ち会いを条件とする。
普段はギルドの方針に口出しをしないヒースクリフの突然の発言に困惑しつつもアスナ以外は反対することなく話は進む。
最期まで抵抗を示していたアスナは会議が終わるなり飛び出し、キリトを連れて戻ってきた。
ユーマはそれを窓から確認すると手配を済ませるために本部を出ていくのだった。
手配を済ませて戻る頃には話し合いも終わっていた。
結局のところヒースクリフの目論見通りデュエルによる決着ということになり、日を改めて七十五層での決闘が行われる。
ちょうど七十五層の主街区は古代ローマ風の造りとなっており、一角にはコロシアムのような建造物が存在する。
ユーマの手配とはその場を抑えておくことであり、他の仕込みも含めてうまくいっていることにユーマは笑みを浮かべるのだった。
そして決闘当日。
事前の告知もあり、七十五層主街区《コリニア》には攻略組に属さない観光目的のプレイヤー達も含め大賑わいとなっていた。
コロシアム周辺では軽食や飲料を売り出す屋台が多数並んでおり、血盟騎士団の団員が元締めとなっている。見物料も取っているため、売り上げをまとめればかなりの稼ぎが期待できる。
外から聞こえる賑わいにユーマが笑顔を浮かべていると、扉が勢いよく開かれ、主役の一人であるキリトが詰め寄ってきた。
「ユーマ! ダイゼンって人に聞いたぞ! このお祭り騒ぎの首謀者らしいな!」
「嫌だなあ、人聞きの悪い。キリトが七十四層のマップデータただでくれてやった補填をしているだけだよ」
笑顔を崩すことなく答えるユーマにキリトはセリフを失い口を開いたり閉じたりを繰り返していた。
その様子にユーマは顔を背けて僅かに肩を震わせると咳払いを挟んで真面目な顔で話し始めた。
「まぁ、流石に稼がせてもらうだけじゃ申し訳ないし、少しくらいは事前に還元してあげるよ―《神聖剣》について教えよう」
その言葉にキリトの抱いていた様々な感情が吹き飛ぶ。集中して聞く姿勢になったことを確認して話を続ける。
「実は血盟騎士団への参加から何度かヒースクリフとデュエルをしているんだ。もちろんただってわけじゃないけど。それにボス戦で横に立っていることも多かった。観察を続ける内に解ったことがいくつかあるんだ」
ユーマは得意げにしながら指を立てる。
「まず、ヒースクリフの盾―あれにも攻撃判定を発生させることができる。両手に持つ武具を余すことなく攻撃に利用できるんだ。これは盾持ちの片手剣使いと最も違うところだね。ただし、攻撃判定にはソードスキルの発動が必要になる。そこはちょっとした弱点かもしれない」
デュエルが始まればすぐに露見することではあるが、事前に心構えがあるのとないのとでは大違いだ。そのため情報に感謝しているとユーマは二本目の指を立てた。
「それと、これはアドバイス。キリトが勝てる要素は速度だ。《二刀流》の全速であればヒースクリフを追い詰める事ができる。HPがイエローになったことがない鉄面皮が綻べばそのまま押し切る目もあるかもしれない」
「それはお前の判断か?」
「ああ、僕の主観だ」
「なるほど、そりゃ参考になるな」
キリトは笑うとぐるりと肩を回す。
気合の入った様子にユーマは頷くと今度は剣と盾を構えた。
「後はソードスキルだね。見た限りだけど軌道を追えるようゆっくりめに振るからしっかり覚えること」
キリトが応じるとゆったりとした動きで両手の武具を振る。時間が迫っているため何度も繰り返すことは出来ず、それでもできる限り動きを頭に叩き込んだキリトは記憶を反芻するとふと顔を上げた。
「そういえば、なんで急に色々教え始めたんだ?」
「キリトは負けたら血盟騎士団に入るんだろ? なら、勝ってもらわないと」
あっけらかんと答えるのにキリトは寸の間呆気に取られ、苦笑を浮かべた。
「さ、そろそろ時間だよ。期待してる」
「わかったよ。期待して見てろ」
キリトは二本の剣をわずかに抜くと音を立てて納刀する。
直後に流れた試合開始を告げるアナウンスに従い、闘技場へと歩いていった。
観客席は満員となっていた。
キリトが首を巡らすとクラインやエギルの姿もあり、物騒なやじを飛ばしていた。
すでに中心部にはヒースクリフが待っており、キリトと視線を合わせると苦笑した。
「済まなかったなキリト君。こんなことになっているとは知らなかった」
「ギャラは貰いますよ」
「いや、君は試合後からは我がギルドの団員だ。任務扱いにさせていただこう」
そう言うとヒースクリフは笑いを収めると後退する。
応じるようにキリトも身構えながら後退し、彼我の距離は十メートルほど開いた。
ヒースクリフがウィンドウを操作し、キリトがデュエル申請を受諾すると、カウントダウンと同時に観客のボルテージも上がっていく。
【DUEL】の文字が閃くと同時に動いたのはキリトだった。一気の出足から地面スレスレを突き進み、ソードスキルによる連撃を繰り出すが、ヒースクリフは完璧に防御する。
ヒースクリフは後退したキリトへと詰め寄り、視界を遮るために盾側へと回避行動を取ったことを嗤うかのように盾による突きを入れる。
キリトは事前の情報からきれいに防御し、わずかに距離を取った。
その反応にヒースクリフは感心したような笑みを浮かべながら詰め寄り、連続技を繰り出していく。
高速の八連撃を捌き切ると、キリトはわずかな間隙にソードスキルを突き入れる。
盾こそ間に合ったが強烈な炸裂音とともにヒースクリフが跳ね飛ばされ、HPをわずかに削った。それを認識した観客が歓声を上げ、ヒースクリフがわずかに笑む。
「素晴らしい反応速度だな」
「そっちこそ堅すぎるぜ!!」
キリトはすぐさま距離を詰め、ヒースクリフも応じるように剣を構え、至近距離での連撃が打ち合わされる。
互いの剣が僅かずつだがHPを削っていき、徐々に終局へと向かっていく。
勝負の熱が高まっていくに連れ観客は静まり返っていき、その静けさを埋めるように剣が打ち鳴らされる音が激しく、疾くなっていく。
決着が間近となり、キリトの集中力が研ぎ澄まされていく。
その最中、ヒースクリフの動きが僅かに淀む。
その場にいる者のほとんどが気付けないほど僅かにだが浮かべた焦りの表情にキリトは違和感を抱きつつも、それを制するような裂帛の気合とともに連撃を放つ。
《スターバースト・ストリーム》
青眼の悪魔を屠った連撃がヒースクリフを襲い、その衝撃に盾によって防御が遅れていく。
最後の一撃を前にヒースクリフの身体が僅かに左へ泳ぎ、連撃の締めの突きが迫る。
まさに致命的。一見して打つ手のなさそうな状況であった。がしかし、ヒースクリフの盾は間に合った。
両手の剣をフルに攻撃に使った連撃の最後を受け止められその衝撃と技後硬直に動きを止めたキリトに、ちょうどデュエルを終わらせるだけの少量のダメージを与える突きが入り、決着する。
訪れた決着に忘れていた呼吸と取り戻すように上げた歓声に押されたようにキリトが倒れた。
そのまま呆然と宙を見つめるキリトをアスナが駆け寄って助け起こす。
勝利の余韻に浸るでもなく険しい顔をしたヒースクリフは、無言で身を翻すと闘技場を去っていく。
その姿をキリトはぼんやりと眺めていた。