「「アッハハハハハハ!!」」
決闘の翌々日。
五十層のエギルの雑貨屋の二階で男女の笑い声が響いていた。
笑っているのはユーマとアルゴ。その要因はキリトの服装だった。
装備の形状自体は変更前とそう変わらないが、その色は元の黒を基調とした着古したものとは真逆である純白の新品のコート。両襟に二つ、背に大きく一つ、真紅の十字架が描かれた血盟騎士団のユニフォームを着せられたキリトは、これまでの印象もあって似合うとはとても言えなかった。
「よく似合ってるゾ、キー坊……っくく」
「ほんと、こんなに似合わないとは思わなかった……くふっ」
「お前らな!」
息ぴったりに真逆のことを言う二人にキリトは思わず声を荒げる。がしかし自分でも似合っていないと思っているため強く言うことはできず、この装備を持ってきたアスナへと視線を向けた。
「地味な奴って頼まなかったっけ……」
「これでも十分地味なほうだよ。似合う似合う!」
がっくりとうなだれたキリトをよそに、再びアルゴとユーマが笑い始める。アスナも微笑みながらキリトの座り込んだ揺り椅子の肘掛けに座り揺られていた。
「はぁ~、笑った笑った……くひゅ」
「リアルだったら確実に筋肉痛だナ……っく」
たっぷり十数分笑った頃、二人はようやく笑いを収めつつ立ち上がった。
もはや怒る気も起きないキリトだったが、ユーマは咳払いをして意識を切り替えた。
「改めて、血盟騎士団への入団おめでとう、キリトくん。このゲームの攻略のため、君の活躍に期待する」
ヒースクリフに似た厳しい言葉遣いとは裏腹に口元が僅かに歪んだユーマにキリトは深いため息を吐いた。
翌日―キリト入団初日。
本部に顔を出したキリトを待っていたのは訓練を行うという指示だった。
血盟騎士団では基本的に五人一組で攻略にあたる事になっている。しかし今回は副団長の強権発動でキリトとアスナの二人ないし、ユーマもついて三人というのが基本となっていた。
だがしかし、訓練を指示したゴドフリーはフォワードを預かる立場である以上、攻略に参加する人員の実力を見ておかなければ納得できないと言い張る。
ヒースクリフとのデュエルを見れば実力は保証されているようなものだが、新参者が自分より強いと言われたのが腹に据えかねるのか頑なに訓練を実行すると断じた。
食ってかかろうとするアスナをユーマが抑え、キリトが進み出る。
「実力が見たいというなら見せるさ。ただ、今更こんな低層の迷宮で時間を潰すのはごめんだな。一気に突破するけど構わないだろう?」
不遜な物言いにゴドフリーは不愉快そうに三十分後に街の西門へ集合ように告げ、去っていった。
「なあにあれ!!」
ゴドフリーが見えなくなった後、アスナは憤慨して傍らの鉄柱を蹴り飛ばした。ユーマはそれを身振りでなだめつつキリトへと振り返る。
「面倒だと思うけど、ゴドフリーに付き合ってやってよ。あんまり時間かけないようにね」
「わかったよ。すぐ終わらせてくる」
「気をつけてね」
アスナの心配にキリトは手を上げて返すとギルド本部を出ていった。
念の為消耗品の確認をし、集合場所の西門へ向かうとそこにはゴドフリーとともに待つプレイヤーがいた。
その人物を見てキリトは目を見張る。なぜなら、ゴドフリーとともに待っていたのはクラディールだったのである。
「……どういうことだ」
キリトからすれば、つい先日公衆の面前で叩きのめした相手である。その前後に撒き散らした悪意も考えるとまだ少数の状態で顔を合わせるのは時期が早いと考え、あえて引き合わせた理由を聞きたかった。
「うむ。君等の間の事情は承知している。だがこれからは同じギルドの仲間、ここらで過去の争いは水に流してはどうかと思ってな!」
わざわざ小声で聞いたキリトにゴドフリーは大笑いしながら返す。キリトが愕然としてゴドフリーを眺めていると、クラディールがのっそりと進み出てきた。
先日の去り際が頭を過ぎり、キリトは身体を緊張させる。
何かあってもすぐに動けるようにしていると、クラディールは頭を下げた。
「先日は……ご迷惑をおかけしまして……二度と無礼な真似をしませんので……許していただきたい……」
「あ……ああ……」
ぼそぼそと顔を伏せたままの謝罪に呆気にとられつつもキリトはなんとか頷きを返す。
それを見たゴドフリーが一件落着だと笑うのを聞き流しつつ信じられないものを見るような目で見ていたキリトだったが、最後の一人が到着したことで訓練を始めようとした。
だが、出発しようとしたキリトをゴドフリーが呼び止める。
「待て。今日の訓練は限りなく実戦に近い形式で行う。危機対応能力も見たいので、諸君らの結晶アイテムはすべて預からせてもらおう」
ゴドフリーの言い分にキリトは絶句する。確かに頼りすぎはよくないが、生存率に直結する結晶アイテムがあるのとないのとでは精神的な余裕が違ってくる。余裕があるほうが対応力が上がるのは明白だ。
そもそも各員のストックが途切れないようユーマも調達部と協力していることを知っているキリトからすれば、状況を実戦からから離す行為ではと思っていたが、クラディールともう一人が大人しく従ったのを見て渋々ながら結晶を取り出す。
ポーチの中身まで確認され渋面を作りつつもゴドフリーの号令に従い迷宮区へと歩き出した。
「よし、ここで一時休憩!」
ゴドフリーの声に従い、一行は五十五層のフィールドである荒野で立ち止まる。
現在の時刻は昼頃であり、キリトの敏捷度であれば迷宮区を突き進んでいてもおかしくない。にも関わらずまだフィールドにいるのは、ゴドフリーが徒歩での移動を断行したためである。
正直に言えば休憩もしたくなかったが、どうせ聞き入れないだろうと諦め、ゴドフリーの投げ渡した包みを開ける。
そこには水の瓶と堅焼きパンだけであり、今頃本部でアスナ作の食事でも食べているであろうユーマのドヤ顔が浮かんだことに苛立ちつつ水を呷る。
ため息を吐き出したところでクラディールが目に入り、そのニヤついた様子に全身が粟立つような感覚に襲われる。本能の鳴らす警鐘のままに瓶を捨てようとしたが、瓶は投げ捨てられることなくてから滑り落ち、それに続いてキリトも崩れ落ちた。
視界の端のHPバーはグリーンに点滅する枠の覆われており、麻痺毒の影響を受けたことを示していた。
視線を巡らせるとゴドフリーともう一人も地面に倒れており、無事なのはクラディールだけだった。
「クッ……クックックッ……クハッ! ヒャッ! ヒャハハハハ!!」
クラディールは狂喜の表情で天を仰ぎ哄笑する。それを見たゴドフリーは呆然とそれを眺めながら呟く。
「ど……どういうことだ……この水を用意したのは……クラディール……お前……」
「ゴドフリー!! 早く解毒結晶を使え!!」
キリトの声に従いようやくゴドフリーはポーチへと手を伸ばす。その手が結晶を掴み出す前にクラディールが奇声とともにゴドフリーの手を弾き、結晶を自分のポーチにしまい込んだ。
最早解毒の方法はなく万事休す。後はクラディールの為すがままという状況でもゴドフリーは事態の把握ができないでいた。
「クラディール……な、なんのつもりだ……? これも何かの……訓練なのか……?」
「バァ──カ!!」
クラディールがゴドフリーの口を蹴り飛ばし、僅かながらダメージが発生したのかカーソルがオレンジへと変わる。攻略組としては忌避するべき行為だったが、クラディールの笑みは止まらない。
「ゴドフリーさんよぉ、馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、あんた筋金入りの
そういいながらクラディールは剣を抜き、大きく振りかぶった。
「ま、まてクラディール! お前……何を……何を言ってるんだ……? く……訓練じゃないのか……?」
「うるせえ。いいからもう死ねや」
吐き捨てるようにいうとクラディールは剣を振り下ろす。
HPが大きく減少したことでようやく事態の深刻さに気づいたゴドフリーが大きく悲鳴をあげるが、あまりに遅すぎた。
哄笑するクラディールはHPが危険域の達したゴドフリーに向けて剣をゆっくりと突き刺していく。
剣がゴドフリーの身体を貫通し、地面へと到達するとともにHPがゼロになる。無数のポリゴン片が散っていくのをニンマリと見届けると、もう一人の団員へと首だけで振り返った。
目を向けられた団員は悲鳴を上げながら逃げようとするが、麻痺した身体では叶わない。倒れた団員に近づきながらクラディールは剣を振りかぶった。
「……お前にゃ何の恨みもねえけどな……俺のシナリオだと生存者は俺一人なんだよな……」
そして誰に聞かせるでもなく話し始めた。
「いいか〜? 俺達のパーティーはァー」
クラディールが剣を振り下ろす。
「荒野で犯罪者プレイヤーの大群に襲われェー」
大きく振り上げ、もう一度。
「勇戦空しく三人が死亡ォー」
一瞬ためを作り、もう一度。
「俺一人になったものの見事犯罪者を撃退して生還しましたァー」
再び振り下ろされた剣でHPがゼロになり、無数のポリゴン片が散っていく。クラディールはそれを恍惚とした表情で見届けたあと、キリトへと振り返ると、剣を引きずりながら歩み寄っていく。
「よォ……おめぇみてえなガキ一人のためによおぉ、関係ねえ奴を二人も殺しちまったよ」
「その割には随分と嬉しそうだったじゃないか」
キリトは会話をしながら左手を動かしていく。
「お前みたいなヤツがなんでKoBに入った。犯罪者ギルドの方がよっぽど似合いだぜ」
「クッ、決まってんじゃねぇか。あの女だよ」
キリトはクラディールの指すのがアスナだと気づき、激情のままに睨む。だがそれはクラディールを愉しませるだけだった。
「そんなコエェ顔すんなよ。おめぇの大事な副団長さまは俺がきっちり面倒見てやるからよ。これでも感謝してんだぜ? あの邪魔ばかりするクソガキをぶっ殺す手も教えてもらったんだが、実践する機会がなくてよぉ」
「教えてもらった……?」
クラディールは笑いながら左手のガントレットを外すとインナーをめくりあげる。そこに描かれていたのはニヤニヤと笑う両目と口が蓋に描かれ、隙間から白骨の腕をのぞかせた棺桶だった。
《
「入れてもらったのはつい最近だ。ま、精神的にだけどな。この麻痺テクもそん時教わったんだぜ」
「なるほど、さっきのメッセージはこのことか。『間に合うかな?』とか気取りやがって」
突然聞こえた声にクラディールが振り返る。
キリトもなんとかして視線を向けるとそこにはユーマが立っていた。
「な、なんで……?」
「ギルドメンバーの追跡をしてみたら謹慎中のはずのクラディールがフィールドにでてるって表示されるし、A班の奴を捕まえてゴドフリーの決めた訓練メンバーを聞いたら連れて行ったっていうじゃない。僕の裁量権を上書きする権限はゴドフリーにはないし、追いついて連れ戻そうとしたら二人も死ぬし、本当にやってくれたな、クラディール」
ユーマは据わった目で剣を抜く。
その迫力に気圧されたクラディールはキリトの首へと剣を向けた。
「それ以上近づくんじゃねえ! こいつを殺すぞ!」
「で?」
「へ?」
短い問いかけにクラディールが間の抜けた声を出す。
問いかけの意味を理解できていないクラディールにユーマが切っ先を向ける。
「キリトがどうなろうが、お前の結末は変わらない。キリトを殺す方に意識を割くより防御したほうがいくらか長生きできるかもな?」
「え? な……」
脅しが意味をなさないと気付き、クラディールが動揺する。
本気で助ける気がないと理解したキリトも、命の危機に一矢報いようとピックに延ばしていた手を止めて、なんとかクラディールの剣から逃げようとしていると、身体が引きずられ始めた。思わず声を上げかけたが口を塞がれそのまま引きずられる。
手の主に視線を向けると隠密効果のあるマントを被ったアルゴが笑顔を向けていた。
動けば効果が激減する隠密効果だが、アルゴのスキル熟練度の高さとクラディールの動揺により気づかれることなくキリトの首は剣先から離れる。
それを確認したユーマは一気に駆け出した。
防御をするか一瞬迷ったクラディールだが、キリトを殺すことでユーマが動揺することを願って剣を振り下ろす。しかしそれは岩肌に突き刺さるだけの結果になり、なぜそうなったのか理解する間もなく両腕が切り飛ばされた。
ポカンとした表情のまま尻もちを吐いたクラディールは自陣を見下ろすユーマを視界の中央に捉えると、ようやく理解が状況に追いついたのか怯え始めた。
「わ、解った!! わるかったよ!! 俺が悪かった!! も、もうギルドは辞める! あんたらの前にも二度と現れねぇよ!! だから」
必死の命乞いにもユーマは応対することなく剣を構える。
だが、それが振り下ろされることはなくユーマは苦虫を噛み潰したような顔で剣を頭上に放り投げるとクリスタルでクラディールを回復させた。
「姉さんとの約束だ。今、この瞬間だけは見逃してやる。さっさと尻尾巻いて逃げることだね」
それだけ言ってユーマはクラディールへと背を向けた。
クラディールは傍らに落ちていた自身の剣を拾い、あろうことか振り上げる。甘さを嘲笑う様子のクラディールを見たキリトが警告しようとするも最早遅く、ライトエフェクトを伴って振り下ろされようとしたその瞬間、クラディールの頭上から剣が降ってきた。
「残念だ、クラディール」
落ちてきた剣に頭を割られたクラディールが硬直した隙に、ユーマはいつの間にやら取り出していた二本目の剣を心臓へと突き刺す。
「この……人殺し野郎が」
「その鎖じゃ、僕は縛れないな」
頭を剣に貫かれながらも呪いを残そうとするクラディールへユーマは淡白に返す。クラディールがポリゴン片へと変わり、落ちていく剣を受け止めるとユーマは何の感慨もなさそうに剣を格納した。
人一人分のポリゴン片が風に乗って消えた頃、凄まじい速度で風を切る音を引き連れてアスナが到着した。
「キリトくん! よかった……よかったよぉ……」
アスナは到着するなり麻痺が抜けて身体を起こしていたキリトへと飛びかかるように抱きしめる。
嗚咽をあげながらキリトを抱きしめるアスナを邪魔しないよう、ユーマ達は少し離れて警戒を始める。
「ユーくん的には嫌な展開カ?」
「いや? 僕はシスコンだけど姉さんが望むことを否定はしないよ。キリトが気に入らないのは姉さんの気持ちを察していても何もしないところだし」
ユーマの物言いにアルゴは苦笑する。アスナが落ち着くにはもうしばらく掛かりそうだった。
消沈した様子のキリトと妙に顔を赤くしたアスナを転移門まで護衛し、ユーマは本部へと戻ってきた。
飛び出したにも拘らず一人で帰った事を訝しむ団員を適当に誤魔化してさっさと奥へ進んでいく。
目的の部屋の扉を一応ノックすると返事を聞くことなく入室する。そこにはヒースクリフが待っていた。
「ひとまず、報告を聞こうか」
「はい。結論から告げますと、今回の一件で攻略組に組み込めるプレイヤーを三名、失うことになりました」
「そうか」
ユーマの言葉にヒースクリフは僅かに目を伏せた。
それを見ながらもユーマは淡々と報告を続ける。クラディールの言葉を先行していたアルゴが聞いていたのでそこから動機と麻痺に関する一連の行動についての報告が詳細に出来た。一連の報告を終えヒースクリフの結論を待っていると僅かな時間で顔を上げた。
「ゴドフリー達の犠牲は痛いが、一人でも生き残ったことを喜ぶとしよう。クラディールが粛清されたことで、獅子身中の虫となる輩も動きづらくなるとして……後はキリトくんか……」
そこで言葉を切り、ユーマへと視線を送る。意図を察して少し考えると口を開いた。
「おそらく、改めての休暇申請となるかと。今のキリトにはPTSDの兆候が見られます。クウォーターポイントである七十五階層の探索に組み込むにはパーティーでの攻略の経験の薄いキリトを、不調をおさせて強行させると危険が大きすぎる。ある程度攻略が進むまでは外しておくほうが効率よくことが進むかと」
「……なるほど。承知した。では、そのように進めるとしようか」
「ありがとうございます」
ユーマは一つ礼をして部屋を後にする。後には考え込むヒースクリフが残された。
翌朝。
アスナとキリトからギルドへの不審を理由に一時退団が申請され、ヒースクリフは受諾。
二人は第二十二層の南西にログハウスを購入して移り住むことにした。それに伴い結婚をしたのだが、その報告の際にユーマから「姉さんに何かあったらぶっ殺す」という実に物騒な祝福の言葉を受け取り、常に前線を走っていた二人は一時的とはいえ戦線を離れる事になった。
家のシスコンは狂っていますが多少は分別のあるシスコンです。
キリトが動かなかった理由?もちろんシスコンです。それぐらいの脅威も克服できない相手に任せることはできません。