そのため前回の投稿分から時間が飛んでいます。
申し訳ありませんが、今一度一話を閲覧して頂きたく存じます。
ソードアート・オンラインサービス開始から一ヶ月。
第一層に出現した生命の碑と呼ばれるプレイヤー全員のプレイヤーネームが刻まれた黒い岩のようなオブジェクトに二千近い横線が引かれていた。
横線が示すのはそのプレイヤーがゲームオーバーとなったという事実であり、実に悪趣味なモニュメントとして話が広がっていた。
そんな悪趣味なモニュメントにクリアは不可能なのではと絶望感を煽られる日々の中、迷宮区最寄りの《トールバーナ》の町で第一層の攻略会議が開かれようとしていた。
「はーい! それじゃ、五分遅れだけど、そろそろ始めさせてもらいます! みんな、もうちょっと前に……そこ、あと三歩こっちに来ようか!」
声をあげたのは長身の各所を金属製の防具で覆った片手剣使いだった。
整った容姿をウェーブしながら流れる青い長髪で飾る青年はそれなりに高さのある噴水の縁へと軽く飛び乗ると爽やかな笑顔で話し始めた。
「今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう! 知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! オレは《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」
その声に噴水近くの一団が野次を飛ばす。
SAOには職業のシステムはなく、生産系や交易系のスキルをメインにしている者がそのスキルに合った職業名で呼ばれるのが通例である。
ディアベルの装備は胸と肩、腕やすねをブロンズ系装備で覆い、左腰に大振りの直剣、背中にカイトシールドを背負っており、ナイト系の装備と言えるものだった。
「さて、こうして最前線で活躍している、言わばトッププレイヤーの皆に集まってもらった理由は、もう言わずもがなだと思うけど……」
ディアベルはそこで一度言葉を切ると、その後ろにそびえ立つ迷宮区である巨塔を指し示して続ける。
「……今日、オレたちのパーティーが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、遅くとも明後日には、ついに辿り着くってことだ。第一層の……ボス部屋に!」
ディアベルの言葉にその場に集まったプレイヤーの大半がどよめく。
そんな彼等をディアベルは手を挙げて制すと口を開く。
「一ヶ月。ここまで、一ヶ月もかかったけど……それでも、オレたちは、示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものもいつかきっとクリアできるんだってことを、はじまりの街で待ってる皆に伝えなきゃならない。それが、今この場にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!」
ディアベルの演説を聞き、プレイヤーたちが喝采をあげる。
先程野次を送った者達以外も拍手を送る中、低い声で割り込むものがいた。
「ちょお待ってくれんか、ナイトはん」
声をあげたのは小柄ながらもガッチリとした体格のサボテンのような髪型が特徴の男。
乱入によって止んだ喝采と割れた人垣を進み、男はディアベルの横までくると振り返った。
「わいは《キバオウ》ってもんや」
振り返ったキバオウはプレイヤー達を見回すとドスの利いた声で話を始める。
「こん中に、五人か十人、ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」
「詫び? 誰にだい?」
「はっ、決まっとるやろ。今まで死んでいった二千人に、や。奴らがなんもかんも独り占めしたから、一ヶ月で二千人も死んでしもたんや! せやろが!」
キバオウの言葉を聞き、その場にいる者達が押し黙る。
まるで反論すればそれが
「発言、いいか」
沈黙を破ったのは低いバリトンボイスだった。キバオウの声に圧されていた者達がハッと視線を向けると声の主が立ち上がる。
声の主は百九十センチはありそうな筋肉質の男であり、赤茶けた肌と彫りの深い顔立ちとスキンヘッドがよく合っていた。
男は前に進み出て他のプレイヤーへ軽く頭を下げるとキバオウへと向き合う。
「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、奴ら―元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーが沢山死んだ、その責任を取って謝罪・賠償をしろ、ということだな?」
「そ……そうや」
キバオウは身長差とエギルの堂々たる話し方から気圧されたように引きかけた足を戻し、エギルへと改めて向き合うと叫んだ。
「あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ二千人や! しかもただの二千人ちゃうで、ほとんど全部が、他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ! アホテスター連中が、ちゃんと情報やらアイテムやら金やら分け合うとったら、今頃ここにはこの十倍の人数が……ちゃう、今頃は二層やら三層まで突破できとったに違いないんや‼」
「あんたはそう言うが、キバオウさん。金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」
苛烈なキバオウの言葉にエギルは動じず、ポーチをまさぐると一冊の本を取り出す。そこには丸い耳と左右三本ずつのヒゲを図案化した鼠マークがある。
「このガイドブック、あんただって貰っただろう。ホルンカやメダイの道具屋で無料配布しているんだからな」
その本は表紙下部に書いてある【大丈夫。アルゴの攻略本だよ】という文言が示す通り、アルゴが発行しているものであり、一部のプレイヤーを除き、無料で手に取れるようになっていた。
内容は地形からモンスター、そのドロップアイテム、クエスト解説までなされたまさしく攻略本である。
「貰ったで。それがなんや」
「このガイドは、オレが新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。あんたもそうだったろ。情報が早すぎる、とは思わなかったのかい」
「せやから、早かったらなんやっちゅうんや!」
「こいつに載っているモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、元ベータテスター以外にはありえないってことだ」
エギルの言葉にキバオウはぐっと口を閉じ、事態を見守っていたディアベルが頷いた。
反論がないことを見て取り、エギルはキバオウから他のプレイヤーへ視線を向けると声を張り上げた。
「いいか、情報はあったんだ。なのに、沢山のプレイヤーが死んだ。その理由は、彼等がベテランのMMOプレイヤーだったからだとオレは考えている。このSAOを他のタイトルと同じ物差しで計り、引くべきポイントで見誤った。だが今は、その責任を追求している場合じゃないだろ。オレ達自身がそうなるかどうか、それがこの会議で左右されると、オレは思っているんだがな」
このエギルの演説を最後にキバオウはだまり、ディアベルにテスターの戦力が必要だと諭されて引っ込んだ。エギルもまた元いた位置に戻り、これを最後に会議は終了した。
そもそもボス部屋到達目前というだけであり、ボスの情報はなにもないからだ。
この場にいるであろうテスターも変に前情報を与えて実際の仕様との負符合で混乱するのを避けるためか何も言わず、あっさりと解散となった。
黒髪の少年―キリトは無事に終わった会議にホッとしながら日も落ち始めた町を歩いていた。
デスゲーム開始時に知り合いから可愛い顔と呼ばれた容姿は僅かに歪められており、不機嫌である事が伺える。
その原因をどう解消しようかと思案していたキリトの視界にフードのプレイヤーが映り込む。
先程の会議で近くに座っていたプレイヤーであったため、何をしているのかと興味を向けたところ、自身もよく購入している黒パンを持て余しているところだった。
基本的にソロプレイであるキリトは先程の会議でも一人であったフード姿に親近感を持ち、何の心の迷いか話しかけることにした。
「結構うまいよな、それ」
「本気で言ってるの? 現実でもこんなに硬いパンなんてそうそうお目にかかれないわ」
返ってきたのは棘のある声だった。
だが、それ以上にキリトを驚かせたのは声の主が女性であったこと。
会議の場にいた者の中で性別がわからなかったのはフードの少女だけであり、他は一見して男ばかりだった。
前線に女性がいた事に面食らっていたキリトだったが、自分から始めた会話であるため気を取り直して続ける。
「あ、ああ、もちろん。この町に来てから、一日一回は食べてるよ。……まあ、ちょっと工夫はするけど」
自身の言葉に答えない少女に言葉の意味がわからないのかと考えたキリトは少女と同じ黒パンを取り出すと、追加で小瓶を取り出した。
小瓶を少女のとなりの台に置き、蓋をタップするとパンを指定して使用する。
パンにたっぷりとクリームがかかり、それを一口食べると少女に同様の動作をするように視線で促した。
少女は僅かに迷ったように手を彷徨わせたが、結局パンにクリームを付け頬張ると、あっという間に食べきった。
「……ご馳走様」
「どういたしまして」
少女の礼にキリトは小瓶を仕舞おうとして、小瓶がなくなっていることに気づく。再取得をしにいかなければと考えつつ、それを少女にも共有することにした。
「さっきの小瓶だけど、一つ前の町のクエスト報酬なんだ。気に入ったのなら、やり方を教えるよ」
「そのクエストは知ってる。レベリングしてたら使い切っちゃったから困ってたの。今は弟が取りに行ってるから、戻ったらあなたにも分けてあげる。さっきので使い切ったみたいだし」
「ああ、そうなんだ……次に会った時に一回分使わせてくれればいいよ。じゃあ、俺はこれで」
少女の返答にキリトは頬を引きつらせながら返答する。
町を一つ戻って一回に二時間程かかるクエストを複数回こなす弟の存在に今日は見ない情報屋の下働きを幻視しつつ乾いた笑いを浮かべ、ひとまずその場を離れることにした。
実務的な会議は一切行われなかった会議だったが、その場にいたプレイヤーの士気を上げる効果はあったのかその翌日にはボス部屋が発見され、その姿が確認された。
ボスは二メートルほどの巨大なコボルドであり、名前はイルファング・ザ・コボルドロード。曲刀カテゴリの武器を持ち、取り巻きに金属鎧を着込み、斧槍を携えたルインコボルド・センチネルが三匹出現したと報告がなされた。
その報告がなされる最中に気づけばすぐ近くのNPCの露天商に新しい攻略本が置かれ、その中にはボスの詳細な情報とセンチネルが計四回、十二匹出現することが書かれていた。
その裏表紙には真っ赤なフォントで【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】という文字が並んでおり、アルゴ自身が悪感情を持たれているベータテスターであるという疑念を抱かれかねないものだった。それに気づいた何人かは周囲を見回したが、その場にアルゴの姿はなかった。
その場にいた全員が攻略本を熟読し、この情報をどう扱うべきかと現状リーダーシップを発揮しているディアベルへと視線を向けると、何かを考えるように俯いていたディアベルは顔をあげた。
「みんな、今は、この情報に感謝しよう!」
その言葉にプレイヤー達がざわつく。
それはディアベルの発言が悪感情を抱くものが多いベータテスターとの対立ではなく融和を選ぶとも取れるものだからだが、昨日飛び出したキバオウは大人しくしていた。
「出所はともかく、このガイドのお陰で、二、三日はかかるはずだった偵察戦を省略できるんだ。正直、すっげー有り難いってオレは思ってる。だって、一番死人が出る可能性があるのが偵察戦だったからさ」
広場のそこかしこで、色とりどりの頭が頷く。
「こいつが正しければ、ボスの数値的なステータスは、そこまでヤバイ感じじゃない。もしSAOが普通のMMOなら、みんなの平均レベルが三……いや五低くても十分倒せたと思う。だから、きっちり戦術を練って、回復薬をいっぱい持って挑めば、死人なしで倒すのも不可能じゃない。いや、悪い、違うな。絶対に死人ゼロにする。それは、オレが騎士の誇りに賭けて約束する!」
ディアベルの言葉に彼のパーティーメンバーらしきプレイヤーが囃し立て、拍手が飛ぶ。
ディアベルは場が纏まったのを確認すると、会議を進めるために指示を始めた。
「それじゃ、早速だけど、これから実際の攻略作戦会議を始めたいと思う! 何はともあれ、レイドの形を作らないと役割分担もできないからね。みんな、先ずは仲間や近くにいる人と、パーティーを組んでみてくれ!」
その言葉にそれぞれが動き出す。
SAOではパーティーの最大人数は六人。この場にいるのは四十五人であり、七パーティーと三人余りという人数だ。
あっという間に七組は完成し、キリトとフードの少女、昨日はいなかった黒髪の少年が残された。
「キリト、あぶれたの?」
「それはお前もだろ、ユーマ。昨日はいなかったよな」
「ちょっとクリームを取りにね」
そう言いながらユーマはパーティー申請を送り、キリトが受諾する。
キリトは視界に出現したHPゲージのプレイヤー名を確認し、少女の名前がアスナであることと、予想通りの関係性だったことに辟易していると、その間にディアベルはパーティーの再編をしていた。
最小限の人員配置の変更により、重装甲の
それぞれにA〜Gの部隊名が与えられ、壁部隊がボスの攻撃を受け止め、攻撃部隊の二つが攻撃。残った一部隊が取り巻きを攻撃し、支援部隊は長柄武器に多く設定されている行動遅延スキルで敵の動きを阻害する役目となる。
そして、再編もされなかったキリト達は取り巻き殲滅のサポートとなった。
ドロップの分配については
SAOでは誰がアイテムを手に入れたのか知ることはできないので、改めて分配しようとするとネコババによる雰囲気の悪化が起こる恐れがあり、それを防止するために設定されたと思われる分配方法にキリトは内心で舌を巻いていた。
会議は午後五時半に終わり、集団は三々五々にバラけていく。
キリトも姉弟と別れ、自らが寝床にしている建物へと向かう。
その最中にメッセージを受信し、その差出人を見て苦い顔をするのだった。
トールバーナ東の牧草地帯沿いの農家の二階。
それがキリトの借りている寝床である。
牧草地帯沿いというだけあって建物のオーナーであるNPCは家畜を飼育しており、ミルクが飲み放題で、ついでにかなり広い部屋だった。
INNの表示を掲げている宿屋が寝ることができるだけの個室であることを考えるとかなり贅沢な生活といえるだろう。
そんな部屋の扉から短く複数のノックが響く。
その音に反応し、キリトが扉を開くと、ユーマが立っていた。
「今日は何の用だ? 正直、明日に備えて早く寝たいんだが」
「鼠のお使いだよ。ご要望に応えて手早く済ませて上げる」
ユーマはそう言うとさっさと部屋に入り、遠慮なくソファへと腰掛ける。そうしてキリトが座る前に口を開いた。
「この前のキリトの剣を買いたいって話だよ。今日中なら三万九千八百コル出すってさ」
「さ⁉」
キリトはその値段設定に絶句する。
キリトの使っている剣―《アニールブレード》は店売りではなくクエストの報酬である。この剣の相場が一万五千コルであり、二万コルもあればほぼ失敗しないだけの素材を買い揃える事もできる。個体差というものもないため、総じて三万五千コルで同じ性能の剣が作れるというのにそれ以上の金を積む理由がわからなかったのだ。
「それ」
「言っておくけど、アルゴも僕も依頼人には再三説明と確認を取った。それでもというのが依頼なんだよ」
疑問を先回りするように潰され、困惑顔でキリトはソファへと座り込む。そうしてしばらく考えると顔をあげた。
「依頼人の名前の口止め料は千コルだったよな?」
「そうだね」
「なら千五百出す。積み返すか確認を取ってくれ」
キリトの言葉を聞き、ユーマは無言で頷くとメッセージを送る。すぐに返信があったメッセージに再度返信し一分ほどで回答が来た。
「積み返さないってさ」
弁護士等であれば依頼人の情報を売るのは守秘義務違反だが、そこは情報屋であるためアルゴは「依頼人の名前」も情報として売ってしまうため口止め料を提示されいる。
それ以上に金を出せば依頼人の名前も知れるというシステムをキリトが利用して「依頼人の名前」を買ったわけである。
キリトがウインドウを開き、実体化させたコルを検めしまい込むと、ユーマは口を開いた。
「キリトはすでに顔と名前を知ってるよ。昨日の会議で大暴れしたそうだね」
「……まさか……キバオウ、なのか?」
キリトの言葉にユーマは頷き、それによってキリトは困惑する。
なにせ、キバオウと初めて会ったのは昨日の会議であるにも関わらず、剣の購入の交渉は一週間前から行われていた。
キバオウの武器がキリトと同系統であることを考えても違和感の残るこの交渉にキリトが考え込んでいると、ユーマは立ち上がった。
「今回も取引不成立、でいいんだよね?」
「ああ……」
その言葉を受けてユーマはメッセージを送りつつキリトの部屋を後にした。
その夜はキリトにとってとても長い夜となった。