SAOの万能者   作:篠白 春夏秋冬

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聖騎士の正体

「偵察隊が全滅!?」

 

 ヒースクリフの呼び出しを受け血盟騎士団の本部へと戻ったキリトとアスナは報告に唖然とした顔で返す。

 

 それに頷いたのは暫定的にゴドフリーの席へと座っているユーマだった。

 

「今回はクォーター・ポイントということで階層そのものも含め、難易度は高かった。それでもマッピング自体はなんとか犠牲者なしに抑えられたよ。ボスも同様に高難易度と想定していたんだけどね……」

 

 報告を続けるに連れ、ユーマは沈痛そうな面持ちとなる。

 

 アインクラッド解放軍が一度壊滅した二十五層とちょうど半分となる五十層は、直近の上層のいくつかは超えるとさえ思えるほどのボスモンスターが配置されていた。

 

 故に、同間隔の七十五層もそれに応じる難易度となるのは考えられる事である。

 

 そのため、偵察隊は五ギルド合同、二十人のパーティーを送り、物資も潤沢に持たせていた。

 

 さらに、偵察戦も慎重を期して行われ、前衛十人がボス部屋へと入るのを後衛十人がボス部屋前で待機して見守ることで不意打ちで全滅することへの警戒も行っていた。

 

 前衛が部屋の中央へと進み、ボスが出現した瞬間、入口は閉じた。扉は鍵開けや攻撃にもびくともせず、内部の情報を漏らすことはなかったのだ。

 

 そして、ようやく扉が開いた先には―何も無かった。出現したはずのボスも、突入した十人も、遺留品さえも残っていなかった。その後、誰一人戻ることはなく、念のため生命の碑も確認したが、無情な横線が十人の死を裏付けただけ。

 

 曲がりなりにも攻略組に名を連ねる十人がただの一人の脱出も叶わなかったことから、七十五層のボス部屋は結晶無効化空間であると推察できる。

 

 一つ前の青眼の悪魔が軍の無謀な攻勢で削れていたとはいえ、ほぼ三人での攻略が可能であったのは、ボス部屋での結晶無効化のチュートリアルであったために多少能力を抑え気味にされていたのかもしれないという仮説が立っていた。

 

「いよいよ本格的なデスゲームになってきたわけだ……」

 

 絞り出すようなキリトの言葉にユーマはヒースクリフを見た。

 

「だからと言って攻略を諦めることはできない」

 

 ヒースクリフは目を閉じると、囁くような、だがきっぱりとした声で言う。

 

「結晶による脱出が不可な上に、今回はボス出現と同時に背後の退路も断たれてしまう構造らしい。ならば統制の取れる範囲で可能な限り大部隊をもって当たるしかない。新婚の君たちを召喚するのは本意ではなかったが、了解してくれ給え」

 

「協力はさせて貰いますよ。だが、俺にとってはアスナの安全が最優先です。もし危険な状況になったら、パーティー全体よりも彼女を守ります」

 

 肩を竦め答えるキリトに、ヒースクリフは頷いた。

 

「我々攻略組は特定の個人を優先するがあまり単独行動をとる跳ねっ返りには慣れている。それが一人増えたところで動揺はすまい。君の勇戦を期待するよ」

 

 そう言ってヒースクリフはユーマに流し目を送る。当の本人は素知らぬ顔をしていた。

 

「攻略開始は三時間後。予定人数は君たちを入れて三十二人。七十五層コリニア市ゲートに午後一時集合だ。では解散」

 

 連絡事項を告げるとヒースクリフは立ち上がり、部屋を出ていく。ユーマもそれに続き、キリトとアスナを残して本部を後にするのだった。

 

 

 

 午後一時。

 

 七十五層の転移門から血盟騎士団の面々が姿を表す。

 

 決戦を前に過度な緊張を解していたプレイヤーの間に再び緊張が走る。

 

 ヒースクリフとそれに付き従う三名がプレイヤーの集団を横切っていく中、ユーマはアスナの後ろへと移動した。先頭に立つ位置まで進んでヒースクリフは振り返る。

 

「欠員はいないようだな。よく集まってくれた。状況はすでに知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。―解放の日のために!」

 

 ヒースクリフの声に集ったプレイヤーが鬨の声を上げる。落ち着くのを待ってヒースクリフはキリトへと視線を向けた。

 

「キリト君、今日は頼りにしているよ。《二刀流》、存分に揮ってくれたまえ」

 

 僅かな気負いも感じない低く柔らかい声にキリトは無言で頷く。

 

 余計な消耗を避けるため回廊結晶によりボス部屋前へと転移すると、そこは太い柱が列をなす広い回廊だった。鏡のように磨き上げられた黒石がレンガ状に敷き詰められた回廊で、各員が緊張の面持ちで装備の最終確認をする。

 

 準備が終わったのを見計らい、ヒースクリフが口を開いた。

 

「皆、準備はいいかな。今回、ボスの攻撃パターンに関しては情報がない。基本的にはKoBが前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に反撃してほしい」

 

 皆が頷くのを見て、ヒースクリフは振り返り、扉へ触れる。

 

「では―行こうか」

 

 扉が地響きとともにゆっくりと開いていく。それを見ながら全員が抜刀し、身構える。最後に、十字盾の裏側から長剣を音高く引き抜いたヒースクリフが、右手を高く掲げ、叫んだ。

 

「戦闘、開始!」

 

 構えを取り走っていくヒースクリフに続き、ボス攻略班全員が突入する。

 

 内部は広いドーム状の空間だった。三十二人全員が並んでも十分な空間が取れそうな経の円柱状の広間の上部は半球形の天井となっている。

 

 全員が入室し、陣形を組んだところで扉が轟音とともに閉まる。部屋の主か、侵入者か、どちらかが絶えるまで開くことはない。

 

 突入と同時に周囲を警戒するが、何も起こらない。ボスが出現することもなく、沈黙が続いた。

 

 ユーマは視線を巡らせ、全員がどこを警戒しているか確認する。大勢が床に注意を払うにも拘らずなにも見つからないため、まさかと考えながら顔を上げ、それと目が合った。

 

 骸骨の百足―それが第一印象だった。人間のものとは違う流線型の頭蓋骨には二対四個の鋭く吊り上がった眼窩を備え、その奥では青い炎が瞬いている。そこから伸びる脊椎のような節からは昆虫の足のような骨格を擁し、頭骨の両脇には一際大きい鎌足を構えていた。

 

 《The Skullreaper》―その名前が視界に表示された瞬間、反射的に叫ぶ。

 

「散開しろ! 上だ!!」

 

 ユーマの言葉に反応出来たのは少数。多くは頭上を見上げ、無数の足を蠢かせる骨百足を認識して凍りついた。その隙を突くように、骨百足は強襲する。

 

「固まるな! 距離を取れ!!」

 

 自由落下を始めた骨百足にヒースクリフが鋭く叫んで対応を促すと、我に返った者達が慌てて落下予測地点から飛び退る。しかし、骨百足の直下にいた三人は動く方向に迷い、僅かに出遅れた。

 

「こっちだ!!」

 

 遅れた三人はキリトが叫ぶのに反応して走り出す。だが、迷いの代償は重かった。

 

 地響きとともに百足が落下する。その衝撃に床が揺れ、三人の足が止まった。その無防備な背中に右の鎌足が横薙ぎに振り切られる。

 

 刃状の部分だけでユーマの身長を超える長大な骨の鎌が三人を切り払い、その身体が宙を泳ぐ。放物線の最高点を更新しながら空を切り、落下を始めたあたりでHPの減少が止まった。

 

「は……?」

 

 ゲームオーバーという下限値への到達によって。

 

 空中の三人の身体がポリゴン片へと変わり、破砕音を撒き散らす。

 

 それを見て、大多数が心身ともに恐怖に掴まれて硬直する。

 

 スキル・レベル制併用のSAOにおいて、基本的にHPの最大値はレベルの上昇に応じて上がる。要はレベルさえ高ければプレイスキルに拘らず死ににくい―はずなのだ。特に今回のボス攻略参加者のようにゲーム内でもトップクラスのレベルであれば。

 

 数発の連続技であれば持ちこたえられるという前提が崩され、多くのプレイヤーが戦慄する。

 

 初撃で三人を屠った骸骨百足は上体を高く持ち上げて雄叫びを上げると、周囲で最もプレイヤーが固まっている方向へと突進し始めた。

 

 目標となったプレイヤー達は恐慌の悲鳴を上げる。再び右の大鎌が振り上げられ、次の獲物を手に掛けようとした瞬間、聖騎士が致命の一撃を受け止めた。

 

 ヒースクリフの大盾が鎌を抑え、火花を散らしながら拮抗する。進行を止めた骸骨百足はそのまま左の大鎌を掲げ、硬直したままのプレイヤー達に振り下ろす。

 

 その一撃もまた、別の盾によって防がれる。

 

 ユーマの装備した盾が火花を散らしながら身の長以上の大きさの鎌を逸らし、誰もいない地表へと着地させる。その衝撃と轟音に負けないほどの大音声で叫んだ。

 

「鎌は受け持つ! 側面から攻撃を! ただし、こっちはヒースクリフみたいに受け止められないから近づきすぎないように!」

 

 最強の聖騎士に並び立つやや小さな背中を全員が忘我の視線で見つめ、再びの衝突音に我に返る。雄叫びとともに武器を構えて突撃し、骸骨百足のHPを僅かに減らした。

 

 その返礼は尾先の槍。数人が薙ぎ払われ吹き飛ばされたのを見て、抑えに向かうキリトとアスナの姿を最後にユーマは目の前の大鎌へと集中した。

 

 

 

 戦闘は、およそ一時間で集結した。

 

 無限にも思える激闘の果てにようやく巨体を伏せ、その身体を四散させるのを見届けた後で、歓声を上げることができる者はいなかった。ほとんどは脱力して座り込むか、仰向けに寝転がって荒い息を繰り返している。

 

 不規則に動く尾先の槍へ対処していた二人も座り込み、動く気力もない様子に、肩で息をしつつも立てているユーマは生存を喜びつつもウィンドウを開く。

 

 その鈴のような音に反応したのかクラインが呟くように訊いた。

 

「何人……やられた……?」

 

「…………十一人」

 

 ユーマから得られた答えに数人が息を呑む。

 

 残り二十五層。数千のプレイヤーが生き残っているとはいえ、最前線で真剣にクリアを目指しているのは一割にも満たない数だ。難易度の上昇で犠牲者が増える可能性を考えると、ゲームクリアへの不信感に暗鬱な空気が流れ出した。

 

 それを無視するようにユーマはポーションを取り出すと一息に呷り、空き瓶を放る。役目を終えた瓶が消失する音にキリトは顔を上げた。

 

 ユーマはウィンドウをいじりながら、一度ヒースクリフへと視線を向けた。それを追って、キリトもヒースクリフへと顔を向ける。

 

 背筋を伸ばして毅然と立つその姿に疲労の影はない。精神的なタフネスは十分に備えるユーマですら呼吸を整える必要があるのだが、聖騎士の表情は無言で、穏やかに、慈しむような視線を向けている。

 

 その視線にキリトは違和感を感じる。

 

 違和感が、普段であれば一笑に付すような突飛な発想を様々な要素で肉付けしていく。

 

 機械のように疲労を見せない姿

 

 周囲のプレイヤーを見下ろす視線

 

 先日のデュエルの最終盤―間に合わないはずのタイミングで間に合った盾

 

 違和感による疑念が確信に変わる。それを確かめる術はあるのか考えていると、ユーマが歩み寄っていた。

 

「へぇ、遅かったじゃん。先行するから合わせなよ」

 

 そう耳打ちするとウィンドウを開いたままヒースクリフへ足を向ける。まさに今後の動きをギルドリーダーに聞きに行くとでもいうような自然な動きで標的の前に立った。

 

「ヒースクリフ、転移門の有効化はいかがしますか?」

 

 攻略直後であれば当然の質問。放って置いても自動的に起動するとはいえ、早くの起動は士気を上げることにも繋がる。しかし、今回の損耗具合で新しい階層の主街区までの道程を進むのは難しい話でもある。

 

「ふむ……」

 

 そのためヒースクリフは僅かに考えるように顎に手をやり、視線を落とす。そんなやり取りで生まれた死角―ユーマの背後でキリトは身を低く構えた。

 

 後ろに回されたユーマの指がカウントを刻む。ゼロになった瞬間、キリトは駆け出した。

 

 およそ十メートルの距離を一瞬で駆け抜け、片手剣の基本突進技《レイジスパイク》を繰り出す。ユーマの背を貫く軌道だったが指示をした張本人であるため直前で躱され、その先のヒースクリフを目指す。

 

 聖騎士は流石の反応速度で防いでみせたが、その側方からの造反を受け止めるには手が足りなかった。

 

 【Immortal Object】―ユーマ達が見るのはこの世界で二度目となるプレイヤーにはありえない表示。

 

 目の前の男の真実をありありと示され、確信に至っていたはずのキリトでさえ瞠目した。二人の蛮行を咎めようとした他のプレイヤーにいたっては何が何やらという様子だ。

 

 しかし、秘密を暴かれたはずの本人は冷静だった。

 

「どこで来るか一応警戒はしていたのだが……まさかキリトくんを巻き込むとは思わなかった」

 

 動揺もなく平静に言う聖騎士にユーマが剣を引きながら答える。

 

「ちょうど気づいたようでしたので。やはり保護の発動が五十%以下は多すぎる」

 

「システム的にHPバーの色が変わらないようにする保護がプレイアブルアバターに付与する限度でね。最強の演出にはちょうどいいと思っていたが、誤算だった」

 

 聖騎士は肩を竦めて小さく首を振る。いつにない感情の発露にだれも反応できなかった。聖騎士は視線をキリトに移すと尋ねる。

 

「やはり、あの時かね?」

 

「切っ掛けはね。最後の一瞬、あんた余りにも速すぎたよ」

 

「そうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されて、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった。本来の予定がここまで狂うとは」

 

 聖騎士は苦笑するとプレイヤー達を見回して告げる。

 

「察しているとは思うが、私こそが茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」

 

「……趣味が良いとは言えないぜ。最強のプレイヤーが一転して最悪のラスボスか」

 

「なかなかいいシナリオだろう? 盛り上がったと思うが、まさか四分の三地点で暴露されてしまうとはな。まぁ。初見で気づいたユーマくんがいたのが運の尽きか」

 

 その言葉に全員の視線がユーマに集まる。すでに呼吸を整えたユーマは緊張する様子もなく首を鳴らすような仕草をした。

 

「そんな『もっと早く言えよ』みたいな目で見ないでほしいな。僕が突然「こいつが茅場晶彦です」とか言っても誰も信じないくせに」

 

 そう言いながらユーマはため息を吐く。ヒースクリフを見上げるとその眼前に切先を突きつけた。

 

「ヒースクリフ、ここで冒険は終わりだ。今日ここで全てを終わらせる」

 

 右手でウィンドウを操作するとヒースクリフの手元にウィンドウが表示された。デュエル申請を眺めつつ答える。

 

「ユーマくん、私がこれを受ける理由はないだろう。キリトくんには私の正体を看破した報奨(リワード)として戦うチャンスを与えるつもりだったが、君は過去幾度となく敗北している」

 

「いや、まだ一度だけ果たしていない約束がある。四十層攻略不参加によるデュエル権―あの後しばらくアルゴに捕まっておざなりになっていたあれを実行する最後の機会だ。これは果たしてもらわないと」

 

 ユーマの抗弁にヒースクリフは笑みを深める。左手を振ると新たに開いたウィンドウを操作する。直後、二人を除いた全員が崩れ落ちた。

 

「邪魔が入ってもらっては困るのでね。動きを止めさせてもらった。ああ、心配しなくとも、口封じなどという理不尽な真似はしないさ。ユーマくんとのデュエルとキリトくんの挑戦の意思の確認が終われば、私は最上層の《紅玉宮》に移動する。攻略を進めればまた出会えるだろう」

 

 勝利を疑わないヒースクリフの言葉にユーマは反応することなく麻痺の影響で落ちたキリトの剣を拾い、持ち主の身体を引きずっていく。アスナの横に放り出すと置こうとした剣の片方を握り直した。

 

「せっかくの報奨も受け取れないし、可哀想だから連れて行ってあげるよ。姉さん、この子も借りていくね」

 

 ユーマはアスナの細剣も拾い、軽く振って確かめて頷いた。

 

「おいっ! ユーマ!」

 

「死ぬつもりはないって言っただろ? だいじょうぶ、勝つよ」

 

 右手にアスナの細剣、左手にキリトの黒い片手剣を持つとヒースクリフへ向き直った。

 

 その間にヒースクリフは左手のウィンドウを操作していく。

 

 ユーマとヒースクリフのHPが全快し、次いでヒースクリフの頭上に【changed into mortal object】の表示がされた。

 

 不死属性を解除したヒースクリフは左のウィンドウを閉じると右のウィンドウを操作する。デュエルを《完全決着モード》受諾し、武器を構えた。

 

 カウントダウンが開始され、ユーマはキリトから離れていく。軽く息を吐きヒースクリフを見据える。

 

 カウントがゼロになると同時にユーマが駆け出した。

 

 




一ヶ月以上放置してしまい申し訳ありません。

なかなか先がまとまらず、挙句にあのようなことに…

次回も遅くなりそうです。
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