次回投稿までには一話に加筆していると思います。
まだ話数も少ないのに修正が多くて申し訳ありません。
SAOにおいてポーションによる回復は即時にゲージが戻るのではなく、いわゆる
そのためポーション一本分のダメージを負うごとに交代して回復するのがSAOのレイドにおけるセオリーとなっている。
現在十分にHPがある部隊は前線に出ているB隊と後方にいたE隊、比較的被害が少なく済んだG隊なのだが、後者二つの部隊は四体に増えて再び湧き始めたセンチネルの相手をしており身動きが取れなかった。
回復を待ちつつそれを確認したキリトはボスに全神経をコボルドロードの予備動作から攻撃の軌道を見切ることに使い始めた。
B隊はキリトの指示通りに相殺へと挑むことはなく、盾や武器でのガードに徹する。エフェクトとともに少しずつ彼らのHPが減っていく中、アスナが舞うように攻撃を仕掛けていく。
攻撃をしているのが一人だけであるためコボルドロードの
ユーマはコボルドロードの視線がアスナに向くたびにジリジリと近づきつつも、十分にHPが回復する前に飛び出さないよう歯を食いしばって耐えていた。
ユーマにとって理性を火鉢で炙るかのような時間を過ごす中、事件が起きる。
コボルドロードのHPバーの最期の一本が三割を切り、ゲージが赤く染まった直後、それを確認して気が緩んだのかB隊の男の一人がソードスキルを受けてたたらを踏む。
無防備な姿を晒すまいとなんとか体制を立て直したものの、隊列の端にいた彼はそのままコボルドロードの後ろまで進んでしまった。
「早く動け!!」
キリトは体制を立て直した男に叫ぶがそれは僅かに遅く、コボルドロードが獰猛に吠えると垂直に飛び上がった。
それを見て、前線の全員が呆気にとられる。
前線崩壊のきっかけとなった全方位攻撃《
ユーマが飛び出しアスナをかばう位置取りをする中、キリトが短く吠えながら飛び上がる。
システムのアシストを受けて加速したキリトの剣がコボルドロードの左腰を捉え、《旋車》の発動をキャンセルさせる。
空中で体制を崩したコボルドロードはそのまま床に叩きつけられ、わめきながら手足をばたつかせる。人型モンスター特有のバッドステータスである《
「全員―
それを聞き、エギル達がガードに専念せざるを得なかった不満をぶちまけるように叫び、縦斬り系統のソードスキルを発動させて振り下ろす。
色とりどりのライトエフェクトとともにコボルドロードのHPが勢いよく削れていくが、HPが全損する前にコボルドロードが立ち上がり始める。
「アスナ、最期の《リニアー》、一緒に頼む!!」
「了解!!」
コボルドロードのHP残量を見て一瞬歯噛みしたキリトの決断にアスナが即応し、その反応の速さにキリトは片頬で笑う。
その直後、エギル達のソードスキルが再び炸裂するが、それらのライトエフェクトが消える前にコボルドロードは雄叫びとともに身体を起こし切り、《転倒》状態からの回復モーションでノックバックが無効化されたのか滑らかな動きで《旋車》の発動モーションに入る。
エギル達は技後硬直で動けずその表情は悔恨に満ちていた。
「行っ……けえッ!!」
そんな彼らの脇をすり抜け、キリトとアスナが突進する。
アスナがわずかに早く《リニアー》をコボルドロードの左脇腹に撃ち込み、とづくキリトの剣が右肩から腹までを切り裂く。
それでも僅かに残るHPを見てキリトは手首を返し、剣を振り上げてV字の軌跡を描く。
片手剣二連撃技《バーチカル・アーク》
今キリトが出来る最大限の攻撃が決まり、コボルドロードがノックバックするが、そのHPは無情にも数ドットだけ残っていた。
それを見て、キリトの表情が凍りつく。対してコボルドロードはニヤリと笑ったような気がした。
(だめだったか……)
「いいや、終わりだよ」
キリトを始めとした八人が技後硬直で動けないうちにコボルドロードは飛び上がり身体を捻り始める。後は落下と同時に周囲を薙ぎ払うだけとなったタイミングでキリトの背が踏まれる。
見上げると先程キリトが《旋車》を阻止したときのようにユーマが剣を叩きつけ、キリトの付けたV字の傷を両断するかのように振り抜いた。
その勢いに押されるままにコボルドロードの身体が後方へと傾ぎ、再び背から着地する。
しかし、今度は暴れることなく細く高く吠えると全身にヒビが入り、握り込んでいた武器が床に転がる。直後、アインクラッド第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》は、その身体をディアベル同様に無数の硝子片へと変えて盛大に四散させた。
部屋の主の消失と同時にキバオウ達と対峙していたセンチネルも四散していく。
続いて壁に掲げられていた松明が暗いオレンジから明るいイエローへと色彩を変え、どこからともなく吹いた涼しい風が部屋の雰囲気を一変させる。
直前までの激戦が嘘のように静まり返る中、ユーマが長く深く息を吐く。
動かない周囲を他所に、コボルドロードの消滅と同時に視界へ映った【You got the Last Attack!!】の正体を探ろうとユーマがメニューを呼び出した鈴のような音が響く。
それに合わせたかのように全員の視界に獲得経験値と分配されたコル、そして獲得アイテムが表示され、それを認識したことでクリアの実感が湧いたのか一瞬のためのあと歓声が弾けた。
歓喜の声が部屋を満たす中、ユーマはアイテムストレージを探り、見覚えのないアイテムの詳細を表示するとその性能に瞠目する。
今表示している装備の性能と第二層以降の装備の性能を比較するためキリトにも見えるようにしたシステムウィンドウを向けようとしていると、半ば裏返った、ほとんど泣き叫ぶような声に硬直する。
「なんでだよ!! なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!!」
声をあげたのはC隊のシミター使いだった。見れば彼だけでなく他のC隊の面々も沈痛そのものといった表情であり、泣いている者もいる。
そんな彼らを見てもユーマは言葉の意味がわからず、その疑問は無意識のうちに口をついて出た。
「見殺し?」
「そうだろ!! だって……だってそいつは、ボスの使う技を知ってたじゃないか!! そいつが最初からあの情報を伝えていれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!!」
ユーマのつぶやきに反応し、シミター使いが叫ぶ。
その声にユーマは呆れたような目をするが、キリトを睨むシミター使いは気づかなかった。
「昨日配布された攻略本はベータテスト時代の情報と明記されていたじゃないか。製品版での仕様変更は普通のゲームでもよくあることだ。なのに攻略本が絶対に正しいと信じ込み、初見のボスに突撃を決め込んだ作戦に何の問題もなかっとでも?」
「何だと!! ……ああ、そうか! お前はあの情報屋の使いっ走りだもんな! どうせあの嘘つきを庇うために適当こいてるんだろ!」
「はあ?」
この一月でアルゴの情報屋として真摯に取り組んでいることを知っているユーマは目を細める。ユーマが緩めていた手の力を込め直し、切っ先が徐々に持ち上がる。
一触即発の空気のなか、ユーマの後ろから手が伸び、開きっぱなしになっていたアイテムウィンドウを操作するとユーマの身体を押しのける。
後ろを意識していなかったユーマがたたらを踏み、下手人を確かめると、そこにいたのはキリトだった。
キリトはシミター使いを冷ややかに眺め肩を竦めると、無感情な声で告げる。
「俺を元ベータテスターと勘違いしてるみたいだな。……俺を、あんな素人連中と一緒にしてもらっちゃ困るな」
「な……何だと……?」
「いいか、よく思い出せよ。SAOのクローズドベータテストはとんでもない倍率の抽選だったんだぜ。受かった千人のうち、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う。殆どはレベリングのやり方も知らない
侮蔑極まるキリトの言葉にいきり立っていたシミター使いも含めて黙り込む。
「でも、俺はあんな奴らとは違う」
敵意と悪意が混ざる中、キリトはわざとらしく冷笑を浮かべた。
「俺はベータテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知ってたのは、ずっと上の層でカタナを使うMobと散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぜ、アルゴなんか問題にならないくらいな」
「……なんだよ、それ」
キリトの言葉を聞き、キリトに敵意を向けていた内の一人が呆然と呟く。それに続くようにC隊のメンバーを筆頭にチートだなんだと口々に言い始める。
ユーマの眉間にシワが寄っていき再び切っ先が持ち上がり始めたのをアスナがそっと抑えた。
「《ビーター》、いい呼び名だなそれ」
キリトはにやりと笑うとぐるりと周囲を見回してはっきりと告げる。
「そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは、元テスター如きと一緒にしないでくれ」
誰かが呟いた「ベータのチーター」を縮めたようなビーターという名称を名乗って偽悪的に振る舞うキリトにユーマは剣をしまう。
蒼白になって黙り込む者達から視線を外し、キリトがウィンドウを操作すると装備していたダークグレーの革コートが艶のある漆黒のロングコートへと変わる。
膝下まである裾を翻すとキリトはボス部屋の奥にある小さな扉へと向き直った。
「二層の転移門は、俺が
そう言い残してキリトは扉を押し開けてその奥に消える。
何も言うこともできず、悔しそうな顔で引き返していくC隊に続き、身を翻したエギルをユーマは呼び止めた。
「エギル、キリトに何か言っておきたいことってある? 今から追うから伝言ぐらいなら届けるよ」
「来るなって言ってなかったか?」
不思議そうにするエギルにユーマは肩をすくめて小声で話し始める。
「さっきのコート、多分ラストアタックボーナスってやつだと思うんだよね。ビーター様に性能の如何を聞こうと表示しっぱなしになってたのをかすめられたんだ。さっきので助けられはしたけど、取り返してもあんな黒コート着れないし、代金の請求ぐらいはしないと」
「そうか、なら「二層のボス攻略も一緒にやろう」と伝えておいてくれ」
「承ったよ。じゃ、追いつかないと困るからもう行くよ。姉さんをよろしく。もし何かあったら外壁から突き落とすから」
「私も一緒に行くからね。一人で帰るなんて許しません」
「は~い」
ニッコリと笑ったままエギルに脅しをかけるユーマの頭をはたき、アスナは怒ったように告げる。ユーマが嬉しそうに叩かれた頭を抑え、二人がキリトの消えた扉を目指し始めると、キバオウがそれを呼び止めた。
「ジブンら、あいつを追うんやろ。なら、わいの言葉も届けろや」
「千コル」
「は?」
キバオウは端的に返すユーマにポカンと口を開ける。
間抜け面をされすキバオウに一つため息をつくと、言い聞かせるように話し始める。
「人に仕事を頼むんだから報酬くらいあって然るべきでしょ?」
「なんやそれ! そっちのエギルの伝言はタダで届けるんやったら、ワイのもタダでええやろうが!」
「僕が「鼠」の使いっ走りなのは知ってるよね? 攻略本の設置とか内容の裏付けとか色々やってるのに、それをないものとして扱ったあなたのことは正直あんまり好きじゃない。だから善意の行動じゃなくて仕事なら引き受けてあげるよ」
一度は激昂したキバオウだったが、苛立ちを隠しもせずに頭を掻くと、ウィンドウを操作してコルを実体化させる。
それをユーマに投げ渡すと伝言を告げた。
「……「今日は助けてもろたけど、ジブンのことはやっぱり認められん。わいは、わいのやり方でクリアを目指す」や。一言一句間違うなよクソガキ」
「確かに。では、私はこれにて。今後とも「鼠」の情報屋をご贔屓に」
金額を確認して恭しくお辞儀するユーマにキバオウは鼻を鳴らすとドスドスと音を立てるように大股で去っていく。それを見送るとキリトを追って扉の奥の螺旋階段を登っていった。それにアスナも続き、二人で階段を登っていくと、しばらくして僅かに開いた扉が現れた。
ユーマが扉を押し開くと、そこは断崖の中腹だった。
周囲を見回すと様々な地形が存在した第一層と異なり岩山が連なる第二層を一望できるテラスの端にキリトが座っていた。
「……来るなって言ったのに」
「人のアイテム掠めておいてその言い草?」
第二層を眺めたままのキリトだったが、こぼしたつぶやきにユーマが不機嫌を隠そうとせずに返すと、バツの悪そうな顔で振り返った。
「まぁ、演出のために必要な絵ではあったし、あれがなかったらアルゴにもいらぬ火の粉が降りかかるから助かったっていえばそうだけどね」
「何が目的だ?」
「曰く付きの装備なんて着たら大変な事になりそうだからね。《
「……」
キリトは苦虫を噛み潰したかのような顔になるとシステムウィンドウをいじり、コルを実体化させる。
ユーマはそれを指で弾きながら数えると顔をあげた。
「これだけ?」
「少しぐらい斟酌しろよ……何かクエストの検証があったら俺も参加する、それでどうだ?」
「しょうがないなぁ、これ以上請求したら装備更新が遅れてせっかくの《ビーター》知識も宝の持ち腐れだし、これぐらいで勘弁してあげるよ」
「……それはどうも」
笑顔でコルをしまい込むユーマに対し、キリトは憮然とした表情で肩を落とす。
「あぁ、それと」
「まだなにかあるのか?」
「ただの伝言。エギルとキバオウからね」
げんなりした様子だったキリトは伝言を聞き、受け止めて僅かに俯く。用向きは果たしたと言わんばかりに振り返ったユーマにキリトは声をかけた。
「一応言っておくけど、信頼できる人にギルドに誘われたら、断るなよ。ソロプレイには絶対的な限界がある」
「ソロプレイオンリーの人に言われてもねぇ」
「だからこそだよ。俺の経験則だ」
キリトの言葉に肩を竦めると今度こそ身を翻し、階段へと戻っていく。
「用事は終わった?」
「うん。戻ろっか、姉さん」
ユーマは待っていたアスナとともに階段を下り、第一層のボス部屋へと戻る。
そこに待っていたエギル達にユーマは苦笑すると、ともに迷宮区を下りて行くのだった。