SAOの万能者   作:篠白 春夏秋冬

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※念の為の注意

オーディナルスケール特典のホープフルチャントの内容に触れています。

未読の方はご注意下さい


九死に一生

 時間も過ぎ、十月。

 

 現在の最前線―四十層の一つ下、三十九層主街区《ノルフレト》の外れにユーマの声が響いた。

 

「ヒースクリフ! ボス攻略班に僕の名前がないのはどういうことですか!」

 

 声と同時に手が叩きつけられ、机の上に乗っていた羊皮紙が転がり落ちる。

 

 机を挟んで対するヒースクリフは落ちていく羊皮紙には目もくれず、別の羊皮紙に目を通してホロキーボードを叩き続ける。

 

 この状況を見越して査閲の終わったものを外側に、まだのものを内側に置いておいたのだ。

 

 状況だけ見ればまともに応対していないが、ユーマは再度声を上げるでもなくヒースクリフの回答を大人しく待っていた。

 

「なに、単純に君の休暇とボス戦の日取りが重なっただけだ」

 

 ヒースクリフが答えたのはたっぷり二十分以上は過ぎてからだった。その間同じ体制で待ち続けたユーマは納得がいかない様子だった。

 

「その程度、いくらでも調整できます。強硬に休ませる理由はありません」

 

「それはたしかにそうだな」

 

 ヒースクリフが反発にも当然という様子で同意するのに、ユーマの気勢が削がれる。何を言っているのかわからないという様子のユーマにヒースクリフが続ける。

 

「如何に周囲に興味のない君とはいえ、情報を扱う以上自分の評価ぐらいは聞きしに及んでいるだろう? 細かな噂はともかく、“閃光”の金魚のフンという呼び名ぐらいは」

 

「姉さんを金魚呼ばわりするのは業腹ではありますが」

 

 現在の血盟騎士団の構成員は二十七人。

 

 まず団長たるヒースクリフ。

 

 団員の内十八人がA、B、Cの部隊に振り分けられ、それぞれの隊はゴドフリーという両手剣使い、アスナ、ウザーラという剣槍(グレイブ)使いが隊長を務めている。

 

 そして六人が参加から間もない二軍メンバー。

 

 物資管理を一手に引き受けるダイゼン。

 

 最後に団長直々に裁量権を与えられ自由に動いているユーマである。

 

 ユーマが血盟騎士団として動く時はもっぱらアスナの率いるB隊の援護か、ボス戦時にヒースクリフのバディとして最前線に立っている。

 

 それ以外の時間はアルゴとともに情報蒐集やダイゼンの依頼で物資の調達など実のところ多岐にわたって貢献しているのだが、それを知る者は多くない。

 

 そのため普段サボる割にアスナの弟というだけでオイシい思いをしている奴というのが周囲からの評価となっている。更に敬愛するヒースクリフがそれを許しているのも気に入らない原因なのか普段の動向を知らない血盟騎士団員からの評価は惨憺たるものだ。

 

 今回の攻略パーティーからの除名を知ったのもそういった団員からの嘲笑混じりの報告であり、アスナが止めなければ当の団員は圏内にも関わらずボコボコにされ、ボス戦前に要らない恐怖を味わうところだった。

 

 そんなことは露知らず、ユーマの物言いに苦笑していたヒースクリフだったが、真面目な顔で事情を話し始めた。

 

「今回はいい機会だと思っているんだ。君の重要性を知らしめるためのね」

 

「攻略の動機は知っていると思いますが?」

 

「攻略を円滑に進めるためには必要なことだということだ。今回の攻略ではユーマ君の回収した物資は使用していない。また、君の穴埋めもサンザが行う。彼がもっとも君を侮っているからね。そうして苦労を知ることで自由を許すのに十分な理由があるのだと理解させるというのが今回の目的だ」

 

「しかし」

 

「無論、アスナ君の安全には最大限配慮しよう。とはいえ、ただ待つだけというのも無念だろう。そこで、どうかな? 四十層の攻略が終わった後でデュエルというのは。君からすれば一階層のボス戦以上の価値があるのではないかね」

 

 ヒースクリフの言葉にユーマは眉間にシワを寄せる。そうして呻きながら考えること数分後、大きくため息を吐いた。

 

「わかりましたよ。今回は従います。姉さんのことは任せましたよ、ヒースクリフ」

 

「協力に感謝する。今後の攻略のためにも最善を尽くすとしよう」

 

 納得が言っているとは思えない表情ではあるが計画に同意を示し、ユーマはようやく机から手を離す。軽く頭を振って切り替えると話題を切り替えた。

 

「そういえば、ノーチラスの参加は何故見送ったんです? 実力は申し分ないと思いますが」

 

 ノーチラスは最近になって二軍から正規パーティーに組み込まれた男性のプレイヤーである。

 

 ユーマを下に見ることもなく真面目でプレイスキルも高い彼が外される理由には思い当たるところがなかった。

 

「彼にはFNCの疑いがある。状況からして行動しようとする理性を危険から遠ざかろうとする本能が上回っているようだ」

 

「最前線に移ったことで発覚した、と。攻略組である以上、プレイヤー一人のために出遅れるわけにはいかない、ということですか」

 

「彼に関しては四十層攻略以降に改めて、アスナ君主導で対策を講じる予定になっている」

 

「わかりました。こちらでも情報を集めておきます」

 

「そうしてくれたまえ」

 

 疑問を解消したユーマはそのまま団長室を後にする。

 

 それに合わせてヒースクリフも作業に戻り、静けさを取り戻した。

 

 

 

 そうして数日後―四十層ボス攻略の日。

 

 妙にニヤついた団員と何故か心配そうにする黒尽くめを見送り、ユーマは体をほぐすように大きく伸びをする。

 

 移動に使う回廊結晶の希少性と転移可能人数の関係で攻略レイドからあぶれた顔見知りに挨拶でもしようかと考えていると、街の西門から男が助けを求めながら駆け込んできた。

 

 話を聞くと、フィールドダンジョンのトラップでパーティーメンバーが閉じ込められ脱出できずにいるという。

 

 最前線にいるプレイヤーであれば即座に帰還が出来る転移結晶を持っているものだが、《沈黙》というデバフがかけられると発声ができなくなり結晶アイテムの発動ができなくなる。《沈黙》のデバフを解消するポーションも存在するのだが、駆け込んできた男のパーティーは持っていなかったらしい。

 

 ちなみに《沈黙》を付与するモンスターが出現するのは攻略本にも載っている情報である。そのため、ユーマの中では助ける気力がものすごい勢いで削られていた。

 

 しかし、近くにいたらしいノーチラスはそうではなかったようで、装備を血盟騎士団の正式装備である白地に赤い差し色の入ったものに変える。

 

 それを見たユーマは嫌そうにしていたが、後ろから頭を小突かれた。

 

「攻略本を読まなかったのはアイツラの落ち度だけどナ。ここで助けとけば常客が増えるってもんダ」

 

 後ろに立つのはアルゴ。なんのかんの言いつつも見捨てるのを良しとしない雇い主にため息で返すと、ユーマも装備を切り替え前に出た。

 

 最前線ギルドのメンバーが救援に出るということもあって盛り上がる周囲に構わず宣言する。

 

「ひとまず、今回の救援は僕が指揮を取る。異論のある人はいるかな?」

 

 そう言って参加を表明した面々を見回すと、同ギルドのノーチラスが同意したのを見て全員が首肯する。

 

 それを確認すると、ポーションを飲んで回復を待っている男へと近づき目を合わせた。

 

「聞いていたと思うけど、指揮は僕が取る。それに当たって先に言っておく。残りのパーティーメンバー五人の内過半数が死亡していたら、救出は断念する」

 

 その言葉を聞き、周囲がざわめく。男もユーマに掴みかからんばかりだったが、動く前にユーマが口を開いた。

 

「簡単に手に入る情報すら集めなかった落ち度は確実に君達にある。その救援に集まった皆をミイラ取りにするわけにはいかないんだ。最前線の圏外に出られるプレイヤーが守りを固めても壊滅する罠に飛び込めば全滅する可能性が高い。臆病者と罵られようと、無慈悲と詰られようと、そのリスクを僕と君以外の九人全員に飲めとはとても言えない」

 

 これを聞いて男は歯噛みするが、反論はせず俯いた。

 

 ユーマはそれを肯定と取ると全員を見渡し、見覚えのない少女に気づいた。

 

「君、レベルは?」

 

「え? 四十三だけど」

 

「なら、参加はさせられない。犠牲者を出すわけにはいかない」

 

「確かに戦闘はできないけど《吟唱(チャント)》スキルがあるの。私も役に立つから!」

 

「なおさら駄目だ。《吟唱》スキルは発声を伴うスキルだ。《咆哮(ハウル)》系のスキルと同じくヘイトを集める可能性が高い。前線をソロでくぐり抜けられるような腕ならともかく、前線に出ていないプレイヤーなら無駄死にになる」

 

 少女は問答に反論しきれず目を怒らせる。反論を飲み込んだ男と違い明らかに納得していない様子だが、ノーチラスが横から諌める。

 

「ユナ、ユーマさんの言う通りだ。《吟唱》は確かに凄いけど、もし本当にヘイトを集めるなら大変なことになる。大丈夫だ。僕達は負けない」

 

 ノーチラスはユナと呼ばれた少女と面識がある様子だったが、ユナは納得いかなそうに口を曲げるだけだった。

 

 説得はしつつも横目で男のHP状況を視ていたユーマは十分に回復したことを確認してため息を吐いた。

 

時間切れ(タイムオーバー)か。わかったよ、着いてきてもいい。ただし、罠の内部への侵入は認めない。罠の外で《吟唱》スキルを使うに留めること、わかった?」

 

「でも」

 

「聞き入れないなら圏外にでた瞬間に足を切り落として置いていく。救援の間はオレンジでも不都合はないからね」

 

「……わかりました」

 

 ユナは反論したかったが、ユーマから伝わる本気度合いに渋々ながら頷いた。

 

「よし、行くぞ!」

 

 ユーマの号令に応え、十二人が救援へと動き出した。

 

 

 

 十分弱走り続け、ユーマ達は現場へとたどり着いた。

 

 広い通路の突き当りで鉄格子に閉ざされたその場所では戦闘音が響いており、それを聞きつけた男が飛びつく。

 

 どうやら敵は無限湧きのようで、殲滅力と敵のリポップの間隔が釣り合ってしまっているのかモンスターが倒れた直後に再び湧いてきている。

 

 鉄格子の先は幅二十メートル、奥行き三十メートル、周囲を十メートル以上の壁で囲われ、奥に仁王立ちする影も相まってボス部屋と言っても過言ではなかった。

 

 そんな場所に不十分な準備で踏み込んだパーティーを助けるためのユーマのモチベーションが下がるが、五人全員生き残っている様子に救出の決行へと気持ちを切り替える。

 

 その間にも状況は動いており、ボスと思しきモンスターの後ろに開閉レバーがあることが伝えられていた。

 

「ボスを討伐して救出する。前線は僕とノーチラス、カルーとオブトラの二組で交代しつつヘイトを取って支える。攻撃はそれぞれ三人づつ参加、他のメンバーは無限湧きの敵の対処。余裕は出来るだろうけど追加の敵の可能性があるから油断しないように。ユナは《吟唱》スキルの用意を。中に入るのは駄目だからね」

 

「待ってくれ! 追加の敵? どういうことだ!?」

 

 ユーマの指示にユナは一瞬得意げな顔になったものの直後の念押しに口を尖らせる。安全策にボス戦に慣れていないメンバーも了承を示す中、救援を依頼した男が声を荒らげた。

 

「奥に鎮座するボスに対して部屋が大きすぎる。あいつは見た感じ体高二メートル強。攻撃可能な範囲はおおよそ五メートルってところのはず。なら、この部屋は広すぎる。追加のボスがでるなら少なくともあいつの倍はデカいやつが倒す寸前ぐらいにでてくる。敵なら今湧いてる奴等の倍は出るかな」

 

「根拠は!?」

 

「二層のボスは追加ボスの形式だった。それ以外にも何度もこういうパターンのボスは出現している。一体づつ列挙しようか? その間に手遅れになるかもしれないけど」

 

 付け加えるように言われた言葉に男は反論を飲み込むと、鉄格子の向こうへ声をかけて仲間を呼び寄せる。

 

 そこに《吟唱》スキルによる支援(バフ)がかかり、一時的に上がった殲滅力は敵を突破してボスをすり抜け鉄格子を開くに至った。

 

 待ちに待った瞬間に男が中へ踏み込む。それに続いてユーマ達が突入し、鉄格子が閉まり始めたのを確認してユナが滑り込もうとしたが、それは後ろから腕を取られて止められた。

 

「ヤレヤレ、待機って言われたダロ?」

 

 ユナが振り返った先にいたのはアルゴ。ユーマからアイコンタクトを受けて広場から隠れて付いてきていたのだった。

 

 ビルドが速度偏重とはいえ最前線組と同程度のレベルまで育っているアルゴを即座に振り切って進むことはユナにはできず、眼の前で鉄格子が閉まる。

 

 悔しそうに地団駄を踏むユナを尻目にアルゴは心配そうに中を見ていた。

 

 

 

 突入と同時に救援待ちだったプレイヤーたちへ作戦を伝え、早く状況を抜け出したい彼らから若干の反発を生みつつも、長時間の戦闘で消耗している当人たちの安全の優先を理由に押し切り戦闘に入る。

 

 ユーマは武器を盾と斧に切り替え、メイン盾として前線を張る。威力をとって斧を持っているが普段からヒースクリフの横でボス戦をするだけあって盾の扱いは堂に入っており、大きくHPを減らす様子を見せない。

 

 余裕のありそうな雰囲気に何人かは手が出そうになるも、出発前のユナへの発言が頭によぎって動くことができず、戦うこと十八分―とうとうボスのHPが赤く染まる。

 

 それを見て空気が弛緩するのを感じ、ユーマが声を張り上げた。

 

「油断するな! まだ終わってないんだぞ!」

 

 その声をかき消すように左右の壁から擦れるような金属音が響き渡る。

 

 壁に配置されていた鉄格子が開き、無限湧きしているモンスターと同種の敵が湧いて出た。

 

 その数十五。

 

 元々いた敵よりも禍々しい形状の武器を携えた敵が現れると同時に、殲滅力が勝り完全に消滅していた敵が全て復活する。これにより敵の総数は二十になり、ボス前に立っていなかった人数の倍となった。

 

 一気に状況が動き、前線の意識が後方へ向かう。だが、それは致命的な隙だった。

 

「範囲攻撃来るぞ!」

 

 ユーマの警告も一歩遅く、これまで範囲攻撃が来なかったことで警戒が解けていた四人はまともにくらう。

 

 即死したものはいなかったが、四人の体は薄い緑色のスパークに覆われており、麻痺を受けたことを示していた。

 

 麻痺の効果時間は六百秒とかなりの時間行動不能となるデバフで、回復には僅かに動く利き手でポーションを飲むか浄化結晶を使う必要がある。

 

 結晶の希少性から舌打ちしながらもユーマは近くにいたノーチラスへと浄化結晶を使用する。回復した同僚を背にかばいながら指示を送る。

 

「ノーチラス! 麻痺した連中にポーション! ……ノーチラス?」

 

 技後硬直から復活しつつあるボスに意識を向けつつも視線を後ろに向けると、ノーチラスは倒れた状況のまま動けなくなっていた。

 

 ユーマは一瞬困惑したが、すぐにFNCのことを思い出した。

 

 強大な敵から意識を向けられている状況で盾を持つ味方の後ろから出られなくなっていると知り、再び舌打ちするとポーションを手近なプレイヤーに投げ、ボスへ単身突撃した。

 

 吠え声を上げながら大きく斧を振り上げ大振りに攻撃する。

 

 大声と与えたダメージ、晒した隙に反応しボスの視線がユーマを捉える。

 

 単独のユーマには範囲攻撃は飛んでこず、これまでに近いパターンでの攻防が始まる。一見して安定して攻防を続けていたが、ユーマは次第に追い詰められていった。

 

 まず、人数が違う。先ほどまでは盾役二人、攻撃役三人で多少なりとヘイトは分散していたが、今はユーマ一人で全てをこなしている。如何にユーマのレベルがマージン基準を超える五十四に達していたとしてもまともな回復の暇もなくボスと戦っていれば危険になる。

 

 麻痺を食らったメンバーも安定しているように見えることで回復を優先してしまった上、追加の敵へと思考が割かれてしまい復帰には時間がかかる状況だった。

 

 そして最大の問題は回避ができないこと。

 

 すぐ後ろにいるノーチラスも実際に攻撃に晒されれば回避行動を取れるかもしれないが、確実性のない期待にすがる気にはなれなかった。

 

 結果としてボスを相手に両足をつけて両手の武具で応戦するしか無く、ユーマはジリジリと減っていくHPを尻目に盾を構えた。

 

 

 

 戦闘の激しさに反して戦場は静かだった。

 

 それはプレイヤーの大多数が《沈黙》を受けており、声を発せなくなっているためだ。

 

 意思の疎通を取れなくなったためにユーマの危機が伝えられることもなく、ひっそりとユーマのHPが赤く染まる。

 

 本人以外に気づけたのは恐怖に動けないノーチラスと入口から見ていたアルゴ。他のメンバーはこれまで通り無限湧きらしい敵にかかりきりで確認する余裕を失っていた。

 

 そして、余裕のなさはユーマにも当てはまった。

 

 回避を封じられてのボスとの単独戦闘は流石のユーマも経験がなく、精神的疲労は果てしない。普段であれば姉の存在がいくらでも力を出せる理由になるが、今回はモチベーションの下がった状態から始まった救出作戦。

 

 その違いはユーマ自身の見誤りという形で表出した。

 

「しまっ!」

 

 ボスからの横薙ぎの一撃を受け損ない、左手に持った盾が中を泳ぐ。それを引き戻す前にすくい上げるような攻撃が直撃した。

 

「ユー君!!」

 

 遠くなる意識の中でアルゴの声がうっすらと聞こえる。

 

 離れていく視界の中で、ボスが最も手近なノーチラスへと視線を定めるのが見えた。

 

「っあああぁぁぁぁあああぁぁ!!!!」

 

 声を上げるユーマに全員の視線が集まる。もはや死に体で落ちるのを待つだけの身体から吐き出される咆哮に敵味方問わず意識を奪われた。

 

 視線が集まる中でユーマは強引に身体をひねり、手に持った斧を投擲する。重心の偏った斧は不自然な程にまっすぐに飛び、ボスの頭部へ吸い込まれるように命中する。

 

 ユーマによって削られていたボスのHPが減少するが、ほんの僅かに残ったのか、衝撃から気を取り直すように頭を振る。

 

 注視しなければ見えない程度にしか残らないHPに歯噛みするでもなくユーマは声を張る。

 

「ノーチラス!!」

 

「うわあぁぁぁ!」

 

 何かに突き動かされるように剣を取り、無我夢中でボスへと差し出す。行動の直前に声を上げたことでボスは反応を示したが、ノーチラスの剣は導かれるように防御をすり抜け、無防備な胴へと突き立てられた。

 

 

 

 ボスが爆散すると同時に他の敵も消失し、入口の鉄格子も開かれる。

 

 アルゴとユナが駆け出した先には横たわったままのユーマがいた。アルゴがポーチから回復結晶を取り出し使おうとするが不発に終わり、ユーマは身動ぎもしない。

 

「ヒール! ヒール! 何でダ! 何で使えない!」

 

 仰向けで一点を見つめるユーマの表情は能面のようだった。

 

 悲哀に暮れているようにも、不甲斐なさに嚇怒しているようにも見える。その心情は伺い知れないが、まず間違いないのはHPの減少が止まっていないということだった。

 

 SAOでは受けたダメージ分HPが減少するまで回復は始まらないという訳では無い。

 

 回復自体は可能であり、結晶を使えば減少が止まり全快するのだ。それが不発に終わるという事はすなわち、既に手遅れということである。

 

 ゆっくりと消失していくHPを呆然と眺める。

 

 アルゴは必死に回復結晶を使おうとし、ユナは継続回復(リジェネ)効果のある歌を歌っている。

 

 しかし、結晶はなんの効果も示すことはなく、HPバーにもバフのアイコンが付与されることはなかった。

 

 死を間近にして思い出すのは三年ほど前―価値を失った日のこと。

 

 理不尽に理不尽を返して、その結果、敬遠され、迫害された。

 

 たらい回しにされ、最後にたどり着いた家で臆すこと無く声をかけてくれたことに、どれほど救われたか。

 

 その恩を返すべく鍛錬をし直し、周囲にアンテナを張り、問題を解決してきた。

 

 ―このゲームの攻略も最近はボス戦での死者を出さずに済むようになっている。今回助けた彼らも今後は注意を怠らず前線の助けになってくれるだろう。であれば、これも無駄ではない―否。

 

 ―脱出が成功すれば、あのいけ好かない黒づくめがなんとか出来る。心象を占め始めた相手なら自分のときのように傷を癒やすことが出来るはずだ―否。

 

 ―生きた意味は果たすことはできた。元より関わり合いのなかった人間なのだから、消えても相違あるまい―否。

 

 諦めようとする意識を前意識から否定する。

 

 少しづつ勢力を増したそれが理性を、本能を突き動かし、それが肉体に反映される。

 

「あああああああああ!!」

 

 現実であれば喉が裂ける程に叫び、鉛のように重い腕を無理矢理に動かし何かが軋む音を聞きながら、未だに回復を願う少女の手を掴む。

 

 その手の中にある結晶に手を触れると同時に、HPの全てが消失した。

 

「「ヒール!」」

 

 重なった声が結晶の効果を発揮させ、HPバーの消失の前にその中身を満たしていく。

 

 結晶が役割を終え、輝きを失って消滅した。

 

 握った手をそのままに空いていた手を眼の前で握り、開いて支障なく動くことを確認すると大きく息を吐きながら力を抜く。

 

 籠手が床にぶつかる硬質な音を契機に時間が動き出した。

 

「ユー君!」

 

 真っ先に動いたのはアルゴ。

 

 周囲に構わずユーマへ抱きつき、胸元へ顔を埋める。そのまま呻くように泣くアルゴの頭を撫でていると、顔の横にノーチラスが跪いた。

 

「ユーマさん、大丈夫、なんですか?」

 

「みたいだね。でも、同様のケースでうまくいくかっていうと無理だと思う。今の挙動がバグならシステムが既に対処しているだろうし、蘇生紛いのことが可能だとは思わない方がいいね」

 

「いえ、そうではなく」

 

「今は何も言わなくていいよ。もう少し、浸らせて」

 

 そう言って目を閉じるユーマにノーチラスは瞑目すると立ち上がって一礼する。

 

 先程まで閉じ込められていた救援を待っていたプレイヤー達には申し訳なく思いつつも、漏れた安堵のため息が泣き声に溶けていった。

 

 収拾がついたのはそれから二十分程後のことだった。

 

 羞恥と怒りで荒れるアルゴを宥め、誰も欠けていないことを確認して帰途につく。道中の戦闘で《吟唱》スキルを使った際のモンスターの挙動に予測に対する確信を持ちつつ無事に救出作戦は終結したのだった。




カルーとオブトラは風林火山のメンバーだったはずです。

回復はシステムを超えればいけるのではないかという解釈。
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