SAOの万能者   作:篠白 春夏秋冬

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万能者

 時は経ち、二月。

 

 ユーマは再び三十五層「迷いの森」を訪れていた。

 

 今回の目的は捜索であり、既に目的の所在は把握している。

 

 にも関わらずわざわざ面倒なダンジョンに足を踏み入れているのは近くを通りかかったパーティーが森の中でケンカ別れしたメンバーを心配していたからだった。

 

 プレイヤーの名前は《シリカ》。

 

 フェザーリドラという青いドラゴンのようなモンスターを連れたテイマーの少女で中層域のプレイヤーの間ではアイドル的存在である。

 

 場所が場所なだけに闇雲に捜索しても遭遇できるとは限らず、成果のあがる見込みのない面倒極まる事態なのだが、話を聞いた人情派な鼠はちょうどそこにいる浮気者に時間を少なくとも数時間の捜索を命じたのだった。

 

 今回の目的に合わせて選択したケープにキュロットスカートのような服装に長く設定し直した髪をなびかせて、エリアが切り替わる前に駆け抜けながら聞き耳を立てたり、時折わざとランダムなワープに身を任せてみたりと手を変え品を変え捜索を続ける。

 

 時間を見ながらそろそろ切り上げるかと考えていると、戦闘音が耳に届いた。

 

 「索敵」すると近くに三体のモンスターが引っかかる。反応の方へと走ると、ちょうど猿人型のモンスターが倒れた少女に振り下ろそうとした棍棒を小さな水色のトカゲが受け止めたところだった。

 

 重苦しい衝撃音とともにトカゲは地面へと叩きつけられ、長い尾羽を残してポリゴン片へと変わる。

 

 砕け散ったトカゲを含めた少女の容姿から彼女をシリカだと判断し、助けるために追撃から守ろうとした瞬間、シリカは叫びながら切りかかった。

 

 前線でたまに見るなりふり構わず仇討ちをしようとする姿に重なり、目標にしているモンスター以外から片付けるため位置を調整しつつ手にした片手鎚で薙ぎ払う。

 

 猿人型のモンスターはPOTローテのような行動をするのだが、そのためのスイッチがユーマの一撃で不発に終わり、シリカの追撃が決まる。そのまま無我夢中で攻撃を繰り返すシリカを尻目にユーマがもう一体を叩き伏せていると、目標を失ったシリカはユーマにも切りかかった。

 

 感情任せの攻撃を捌き、ユーマが大きく距離を取ると猿人とは似ても似つかない姿に残敵が存在しないことを認識して周囲を見回し、青い尾羽を視界に捉えるとその場に崩れ落ちて泣き始めた。

 

 報復を終え喪失感に涙を流すのもまた稀に見る光景であるため、ユーマは頭を掻きながらシリカの発見と現在の状況をメッセージにしたため送信するのだった。

 

 

 

 シリカが落ち着くのを待っていたユーマだったが、彼女の眼の前に残る青い尾羽に一つのクエストを思い出し歩み寄る。

 

 近づいてきたユーマに気付いたシリカは涙を抑えながら顔を上げた。

 

「あ、あの……ありがとうございました……助けてくれて……」

 

「その羽って、アイテム名の設定はされてる?」

 

 予想外の答えにシリカは戸惑いながらも青い尾羽に触れると《ピナの心》という文字が表示される。

 

 自身の眼の前で死んだ相棒の名前が記されたアイテムにシリカの目から再び涙が溢れ出した。

 

「そのアイテムに「心」って表示されているのなら、蘇生は出来るよ」

 

「え?」

 

 ユーマの言葉にシリカは顔を上げる。口を開けてぽかんと見つめる少女に構うこと無く続ける。

 

「四十七層の南に《思い出の丘》っていうフィールドダンジョンがあるんだ。そこの頂上に咲く花が使い魔の蘇生アイテムなんだよ」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

 ユーマの言葉にシリカの表情は明るくなり、すぐに暗くなる。

 

 一人で移動できていたのはこの階層であれば多少の事故でも問題なく対処できるからだ。しかし、現在の階層から十二も上となるとフィールドに出る事はできない。

 

 現在のシリカのレベルは四十四。デスゲームとなったSAOでは安全マージンは階層の数字の十が目安とされているため少なくとも十三はレベルを上げる必要がある。

 

 とはいえ、希望が見えたシリカはレベル上げへの意欲を燃やしていたが、蘇生の条件はアイテムの使用だけではない。

 

「花の出現条件は使い魔を亡くしたビーストテイマー本人が指定の場所に到達すること。そして、使用期限は使い魔の死亡から三日だ」

 

「そんな……!」

 

 三日で目標までのレベリングなど無謀なことであると理解し、シリカは青い尾羽を抱えて諦観と単独行動に出た後悔にくれる。

 

 その視界にトレードウィンドウが表示されると、次々にアイテムが表示されていく。

 

 シリカには見覚えのないアイテム名だが、それが短剣や防具の名前であることはなんとなく理解できた。だが、これが表示された意味を理解できず、呆然としながらユーマを見上げた。

 

「あの……」

 

「僕のお下がりで悪いけど、この装備で八レベル分ぐらいは下駄を履ける。僕も一緒に行けば攻略も出来ると思うよ」

 

「えっ……」

 

 シリカは立ち上がるとユーマをじっと見る。その表情には困惑と警戒が滲んでいた。

 

 シリカはこれまで年上の男性に言い寄られたことが何度もあり、求婚さえされたことがある。それらの経験から下心のありそうな男性プレイヤーは避けるようにしていた。

 

 如何に()()とはいえ《甘い話にはウラがある》というのはアインクラッドでは常識であり、警戒は当然のことだった。

 

 この場から逃げてもどうにもならないが、それでも警戒するシリカに感心したように頷くとユーマは口を開いた。

 

「僕は情報屋でね。普段は情報は売って終わりだから、せっかくなら情報が活用されているところを見てみたくなってさ」

 

 照れくさそうな顔で頬をかきながら笑うユーマにシリカは毒気を抜かれたようで、緊張がほぐれたのか釣られて笑う。

 

 ひとしきり笑うとシリカは頭を下げた。

 

「宜しくお願いします。助けてもらったのに、その上こんなことまで……」

 

 そう言うとシリカはトレードウィンドウに目をやり、自分側のトレードウィンドウに所持しているコルを全額入力する。

 

「あの……こんなんじゃ、全然足らないと思うんですけど……」

 

「いらないよ。さっきも言ったけど、お下がりみたいなもんだし。むしろそこが気になる点だけど……」

 

「い、いえ! むしろここまでしていただいているのに文句なんて」

 

 申し訳なさそうにするユーマにシリカは慌てて否定する。

 

 ユーマがあからさまにホッとした様子を見せるとシリカは思わずといった様子で笑い、アイテムを受け取ると居住まいを正した。

 

「なにから何までありがとうございます。あたし、シリカっていいます」

 

「僕はユーマ。ちょっとの間だけどよろしくね」

 

 シリカの差し出した手をユーマも取り、迷いの森を脱出するのだった。

 

 戻ってきた三十五層主街区は中層域のプレイヤーが上がってきたことで二ヶ月前と比べて賑わっていた。

 

 シリカがフリーになったことに加え、女性二人に見えることもあってしつこい勧誘にあったが、ユーマがシリカを引っ張って振り切りプレイヤーの少ない区画へ移動する。

 

 周囲にプレイヤーがいないことを確認するとシリカはホッと息を吐いた。

 

「すみません、迷惑かけちゃって」

 

「気にしないでいいよ。それにしてもやっぱり女性プレイヤーに声をかける奴は多いね」

 

「そうですね……」

 

 呆れた様子のユーマにシリカは短く返すと暗い顔をする。

 

 そんなシリカの顔を上げさせると朗らかに笑って告げた。

 

「大丈夫。シリカの相棒はちゃんと蘇生出来るよ。だから、まずは美味しいものでも食べて落ち着こう?」

 

「……はい!」

 

 表面上は元気になったシリカの案内で向かったのは彼女の定宿である《風見鶏亭》。チーズケーキを薦めるシリカの様子に微笑みながらついていくと、隣の道具屋から出てきたパーティーを見てシリカが緊張する。

 

 そのパーティーはシリカが迷いの森までともにいたパーティーだった。前を行く男たちは二人に気づくことはなかったが、最後尾にいた女がユーマの影に隠れようとしたシリカを目ざとく見つける。

 

「あら、シリカじゃない」

 

「……どうも」

 

「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」

 

 真っ赤な髪を派手にカールさせた女は口ぶりとは裏腹に嘲るように口の端を歪めて笑う。

 

「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」

 

「要らないって言ったはずです! 急ぎますから」

 

 会話を切り上げ宿へ入ろうとするシリカだったが、女は行く先に立って邪魔をする。そして、シリカの方に目をやり、嫌味な笑いを深める。

 

「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの?」

 

 使い魔はアイテム欄へ格納することも何処かに預けることもできないため、姿が見えないのであれば理由は一つしかない。そのことは当然知っているはずの女はわざとらしく続ける。

 

「あらら、もしかしてぇ……?」

 

「死にました……でも! ピナは、絶対に生き返らせます!」

 

 シリカの言葉に女は僅かに目を見開くと、小さく口笛を吹く。

 

「へえ、てことは、思い出の丘に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略出来るの?」

 

「出来るよ。そんなに難易度が高い場所じゃないし」

 

「何? あんた女もイケる口なの? それでたらしこまれちゃったんだ? 見たとこそんなに強そうじゃないけど」

 

「少なくとも、貴女よりは強いよ」

 

 ぱっと見てシリカよりは年上だが、自分よりは若いと見えるユーマに嘲るような視線を向けていた女だったが、返しの言葉に頬をひくつかせる。

 

「さ、行こう」

 

 女の反応など気にしないかのようにユーマはシリカを促して横を通過する。

 

 二人の後ろ姿を女は睨みつけるように見送っていた。

 

 

 

 やや暗い雰囲気ながらも食事を終え、客室へと向かう。

 

 二人はユーマの借りた部屋へ入り、翌日の攻略について話し始めた。

 

 四十七層の基本的な地理情報と出現するモンスター、ダンジョンでの注意事項などを話していく。その最中、外で音が聞こえた気がしたがシリカに気にする余裕はなかった。

 

 未だに暗い顔をしているシリカにユーマは首をかしげる。

 

「明日が心配?」

 

「いえ、そうじゃないんです……ただ、何であんな意地悪言うのかなって……」

 

「ゲームだとロールプレイとして演じる人もいるけど、SAOだとその人に底が透けて見えてるような気がするね」

 

「底、ですか?」

 

「そう。アバターを操るゲームなら、そのキャラクターそのものとして演じるから自分とは別者だっていう意識が何処かに残るものだけど、SAOだとアバターは自分自身だからね。でも、大半はここを非現実としてみている。だから、別人のつもりで自分自身を演じているんじゃないかって思うね」

 

「……ユーマさんもですか?」

 

 ユーマの言葉を受け止めてシリカが問う。

 

 それに対してユーマは厭らしく笑った。

 

「どうだろ? 自分のことは案外自分では見えないからね。もしかしたらものすごい極悪人かもよ?」

 

「ユーマさんは、いい人です。あたしを、助けてくれたもん」

 

 ユーマは一瞬きょとんとしたが、心底可笑しそうに笑い始める。ひとしきり笑った後で、改めてにやりと笑った。

 

「そうでもないよ。だって、幼気な女の子を騙して部屋に連れ込んでるんだからね」

 

「でも、ユーマさんは」

 

「僕は男だよ。装備と髪で勘違いさせちゃったみたいだけど」

 

 暫くユーマの言葉を受け止めきれなかった様子のシリカだが、理解すると同時に驚愕に声を上げる事になった。

 

 

 

 そして翌朝。

 

 偶然にも前日のように人に囲まれることもなく四十七層へと移動した。

 

 フラワーガーデンという通称の通りに花で埋め尽くされた光景にシリカが歓声を上げ、景色を楽しむ。

 

 逼迫している訳では無いが一応は時間制限のある状況にあるためユーマは肩を竦めるが、止めることはなく自由させる。

 

 ひとしきり楽しんだシリカは立ち上がると、微笑ましく見守っていたユーマと目が合い、顔を赤くすると誤魔化すように出発を宣言するのだった。

 

「はい、これ」

 

「これは?」

 

「シリカのレベルと装備ならそうそう死ぬことはないけど、不測の事態は起こり得るからね。撤退を指示したらその結晶でどこでもいいから転移すること。いい?」

 

 シリカに渡されたのは転移結晶だった。

 

 仮にもパーティーメンバーを置いていくことにシリカが抵抗を示していると、ユーマは明るい調子で告げる。

 

「大丈夫。この階層なら袋叩きにあっても死んだりしないから。それよりもシリカの安全のほうが大事だよ」

 

「わ、わかりました」

 

 ユーマの言葉にシリカは再び顔を赤くしつつ答え、思い出の丘攻略が始まった。

 

 

 

 ユーマにとってこの階層での経験値はさして旨味がないためシリカを前に置いてサポートに徹する。

 

 道中では触手に逆さ吊りにされたり粘液まみれになったりとトラブルはあったが、HP基準では危機らしい危機はなく頂上まで到達した。

 

 中心にある岩にシリカがたどり着くと同時に新芽が芽吹き、成長記録の早回しのように急速に成長すると花を咲かせる。

 

 シリカがそっと触れると細い茎は中程で砕け、花がアイテム化した。

 

「これで……ピナを生き返らせられるんですね……」

 

「うん。そのプネウマの花の中に溜まっている雫を遺っていたアイテムに振りかければ蘇生できる。でも、ここですると帰り道が大変だから、街まで戻ろう」

 

「はい!」

 

 シリカは頷くと花をアイテム欄へ入れユーマに続く。

 

 帰り道はさほどモンスターに出くわすことは無くあっさりと麓まで到着する。

 

 あとは街道を歩くだけで安全圏まで戻れるとあってシリカは軽い足取りだったが、ユーマが腕を取ってその足を止めさせた。

 

 困惑するシリカを置いて眼の前の橋へ進むと口を開く。

 

「それで? こんなところで張って何の用?」

 

「え……!?」

 

 ユーマが捉えているのは橋の向こうにある立木だが、シリカには何も見えなかった。

 

 数秒が過ぎ、焦れたユーマが取り出したピックを気へと投擲すると、木陰からプレイヤーが現れた。

 

 周囲の緑の補色となって目に付く赤い髪は昨日出くわした女だった。

 

「ろ……ロザリアさん……!? 何でこんなところに……!?」

 

 瞠目するシリカには答えず、女―ロザリアは唇の片側を吊り上げて笑った。

 

「アタシのハイディングを見破るなんて、中々高い索敵スキルね。侮っていたかしら?」

 

「昨日貴女より強いって言ったはずだけど、もう忘れちゃったの?」

 

 呆れた様子のユーマにロザリアの吊り上げていた口が引きつる。しかし取り合うことはなく視線をシリカに移した。

 

「その様子だと、首尾よくプネウマの花をゲットできたみたいね。おめでと、シリカちゃん」

 

 ロザリアの表面的な賛辞にシリカが一歩下がる。その警戒を裏切らない言葉が続いた。

 

「じゃ、早速その花を渡してちょうだい」

 

「……!? な……何を言ってるの……」

 

「オレンジ紛いの言葉に従う理由はないんだけど?」

 

 絶句したシリカに代わり、ユーマが答える。シリカの視界に移るロザリアのカーソルはグリーンであり、ユーマの言葉の意図は理解できない。

 

 しかし、ロザリアは笑みを消し、じっとユーマを見ていた。

 

犯罪者(オレンジ)ギルド《タイタンズハンド》リーダー、ロザリア。思っていた通りの行動をしてくれて助かるよ」

 

「え……でも、だって……ロザリアさんは」

 

「標的を自分たちに有利な地形に誘い込むためにグリーンのままのメンバーを擁するオレンジギルドは結構いるんだよ。シリカのいたパーティーも標的だったけど、僕達が取りに行くアイテム欲しさについてきたってこと。最近見つかった特別な需要のあるレアアイテムだからね」

 

 そこまで話したところでロザリアは拍手を贈りだす。行動に反して表情は嘲りに満ちていた。

 

「よくわかってるじゃない。なのにその子に付き合うなんて、馬鹿? それとも体でたらしこまれちゃったのかしら?」

 

「いや? ちょうどよかったんだよ。こっちも貴女を探していたから」

 

「どういうことかしら?」

 

「《シルバーフラグス》―覚えてるでしょ?」

 

「……ああ、あの貧乏な連中ね」

 

「唯一生き残ったリーダーが、最前線のゲート広場で泣きながら仇討ちしてくれる人を探していてね。なんでも黒鉄宮の牢獄にれて欲しいんだってさ。そのためにこんな格好してるんだし」

 

 世間話でもするように語るユーマにロザリアは面倒そうに応対する。

 

「なるほど、あんたは死に損ないの言う事真に受けて、アタシらを探してた訳だ。アタシはこの世界に正義だの法だの持ち込むやつは嫌いなの。あんたの撒いた餌にまんまと釣られたのは認めるけど……たった二人でどうにかなると思ってんの……?」

 

 ロザリアは嗜虐的な笑みを浮かべると合図を送る。

 

 それに従い隠れていたプレイヤーが次々に現れた。

 

 十人のプレイヤーのカーソルは一人を除いてオレンジであり、派手な格好をした盗賊といった風体だった。彼らはニヤつきながら二人に粘つくような視線を送り、シリカは嫌悪感からユーマの影へと隠れる。

 

「ユーマさん……人数が多すぎます……脱出しないと……!」

 

「大丈夫。こんなの物の数じゃないよ」

 

 撤退を進言するシリカにユーマは穏やかに返すと装備フィギュアをいじり、装備を純白のコートと片手剣へと変えると髪をうなじのあたりで切り落とした。

 

 そのまま散歩に行くかのような気軽さで進んでいくのにシリカは叫ぶように呼びかける。

 

「ユーマさん……!」

 

 その声に賊の一人が眉を顰める。

 

 コートの意匠を確認し、記憶と照らし合わせ、顔面蒼白となった。

 

「や、やばいよ、ロザリアさん。こいつ、万能者(バランサー)だ! 血盟騎士団所属の、攻略組だ……」

 

 それを聞いて賊の顔が強張る。ロザリアも数秒ぽかんと口を開けていたが、我に返ると甲高い声で喚く。

 

「こ、攻略組がこんなとこをウロウロしてるわけないじゃない! どうせ、名前を騙ってビビらせようってコスプレ野郎に決まってる。それにもし本当に攻略組だとしても、この人数でかかればたった一人ぐらい余裕だわよ!!」

 

「そ、そうだ! 攻略組なら、すげえ金とかアイテムとか持ってんだぜ! オイシイ獲物じゃねえかよ!!」

 

 ロザリアの声に勢いづいた先頭の斧使いに同意するような言葉を喚きつつ賊が各々の武器を構えるが、ユーマは鞘に収めた剣の柄に手をかけようともしない。

 

 それを諦めと取ったオレンジプレイヤーは口々に罵り声を上げながら斬りかかる。

 

 シリカは悲鳴を上げるがユーマは身動ぎ一つせず立ち続ける。

 

 多勢に無勢なことはわかっているがそれでも何か援護をと考えシリカが短剣に手をかけるが、違和感に気づく。

 

 ユーマのHPが減っていかないのだ。

 

 正確には少しづつ減っているが、数秒で全快していた。

 

 男たちも攻撃を続けているのに倒れる気配のないユーマに戸惑い攻撃の手が緩む。それに苛ついたロザリアが再び攻撃を命令するが状況は変わらなかった。

 

「十秒あたりおよそ四百。それが君たち九人が僕に与えるダメージの総量だ。対して僕のレベルは七十三。HP総量は一万四千二百。更に戦闘時回復(バトルヒーリング)による回復が十秒で五百八十五。これじゃ、何時間攻撃しても僕を殺すことはできないよ」

 

 ユーマの説明に賊は愕然とした様子で武器を下ろす。

 

 暫くして両手剣を持った男がかすれた声で呟いた。

 

「そんなの……そんなのアリかよ……ムチャクチャじゃねえかよ……」

 

「努力不足じゃない? まぁ、こんなことに腐心する君達程度じゃ努力してもたかがしれているけど」

 

 ユーマの挑発にも賊は反論することもなく呆然としたままだった。

 

 ロザリアは動けなくなった周囲を見回すと舌打ちし、腰から転移結晶を取り出す。それを掲げると口を開いた。

 

「転移」

 

 だが、キーワードを言い終わる前に空気を切り裂く音と共にナイフが飛び、ロザリアの手首が落ちる。

 

 転移結晶が地面に落ちると同時にロザリアの手首から先がポリゴン片へと変わり、砕けた。

 

 事態を理解しきると同時にロザリアは転移結晶を拾おうとしたが、かがもうとした先にユーマが先回りしそのまま投げる。

 

 急な視点の変化に対応しきれず混乱するロザリアの足を引きずり囲まれていた場所まで戻ると回廊結晶を取り出した。

 

「これは依頼人が用意した回廊結晶で、行き先は黒鉄宮の監獄エリア。全員これで牢屋まで移動してもらう」

 

 仰向けのままユーマを見上げていたロザリアだったが、ユーマの言葉に殺人を忌避していると考えたのか強気な笑いを浮かべた。

 

「もし、嫌だと言ったら?」

 

「全員殺す」

 

 簡潔な返答に笑みが凍りつく。

 

 ユーマはそのまま見下ろしながら続ける。

 

「攻略組だからオレンジになることを嫌がるとでも思った? 君達みたいな連中の対処は何回もしているよ。数日オレンジになる程度大した事ない。何なら、試してみようか?」

 

 そう言うと切っ先をロザリアの首へと添える。

 

 その行動に本気だと悟ったのか何人かが武器を取り落とす。これ以上の抵抗はないと判断してユーマが回廊結晶を起動する、次々にとうなだれたまま転移する光の渦へと踏み込んでいく。

 

 しかし、ロザリアはその場に残り、あぐらをかいて挑発的にユーマを見上げていた。

 

「いかないの?」

 

「はっ、あんなハッタリ通じるわけが」

 

 ロザリアの言葉は最後まで続かずあっさりと腕が落とされ、ユーマのカーソルがオレンジへと変わった。

 

「これであんたを殺そうが殺さまいが変わらないね。誤解のないように言っておくけど、まだ殺していないのは依頼人の意向が捕縛だから。これ以上無駄な時間を過ごすぐらいなら、殺す」

 

「……ちくしょう……!」

 

 悪態をついてロザリアが入っていくのと同時に回廊結晶の光の渦も消え失せる。それを見送ったユーマは振り返らずに口を開いた。

 

「巻き込んでごめん、シリカ。転移結晶で三十五層まで戻ってピナを生き返らせてあげて。僕はオレンジで街には入れないから」

 

 ユーマは転がっていた転移結晶を拾い上げようとし、寸でで止める。ため息を吐いてアイテムウィンドウをいじっていると裾が引かれ、視線を向けると小さな青いドラゴンらしきモンスターに咥えられていた。

 

 視線が向いたのを確認すると「きゅるる」と鳴いて羽ばたき、主の元へと戻っていく。

 

 離れていく小竜を目で追うと、へたり込んだままのシリカが花を持っていた。

 

「シリカ……なんで?」

 

「だって、ユーマさん、情報が活用されているところを見てみたいって言ってたじゃないですか」

 

「あれは……ただの口実だよ。都合よくシリカを利用するための……」

 

 役目を終え、消えていく花を見送りながらはにかむシリカにユーマは視線をそらしながら答える。

 

「これでも下心のある人はわかるつもりです。それに、アルゴっていう情報屋からユーマさんのこと聞いたんです。嘘をつく時は絶対に目をそらすって」

 

「アルゴがそんな情報を……売りそうだなぁ」

 

 ユーマは思わず否定しようとするが、途中から遠い目をする。売るか売らないかで考えれば、アルゴは売る。これまでの実績からそういう信頼があった。

 

 そして、アルゴが売るという事はそれが事実であるという確信がある証明である。いつ売ったのか、何処まで嘘がバレているのか考えていると、シリカは笑っていた。

 

「シリカは、怖くないの? ためらいもなく人を切ったんだよ?」

 

「怖いです。でも、ユーマさんが優しい人だって知ってますから嫌ったりしません」

 

「そう……」

 

 真剣な目で答えるシリカにユーマは目を伏せる。

 

 暫くして頬を掻くと手を差し出す。

 

「取り敢えず、圏内近くまで送るよ。立てる?」

 

「すみません、少し無理そうです」

 

「なら、ゆっくりしようか。まだ日も高いし、時間制限もないしね」

 

 そう言ってユーマも座り込むと談笑をし始める。

 

 その背中にピックが突き刺さるのだった。




あらゆる場面で穴埋めをして状況を整えるということで「バランサー」。

器用貧乏ならぬ器用万能。

そのために色々試し続けた結果、ソロプレイヤーに近いレベルまで上がっています。
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