龍門編です。
ロドスは次なる任務として、巨大都市・龍門へ向けて航行していた。
その最中、レイヴンはエンジニア部門の研究区へ呼び出されていた。
外では数名のオペレーターが野盗の一団を制圧しており、甲高い拘束具の音と怒声が遠くに響いてくる。
研究区の内部はそれと対照的に、金属の擦れる音と機材の振動音が淡々と続くだけで、妙に落ち着いた空気があった。
「よぉ、来たな。」
振り向いたのは、チェルノボーグで一度顔を合わせたニールだった。
「お前、エンジニア部門だったのか。」
「一応な。現場も出れば修理もやる、便利屋みたいなもんだ。」
ニールは手にしていた端末をレイヴンに差し出した。画面には戦闘時の各種データがぎっしりと並んでいる。
「勝手ながらデータは取らせてもらったが……すげぇな。【物理強度】と【戦闘技術】が卓越、それ以外も十分優秀だ。」
「【戦術立案】は欠落してるけどな。」
「まあそれは戦力で帳消しだろ。つーか、お前みたいなタイプは戦術立案なんて後回しでいいさ。殴る方が早い。」
軽口を叩きながらも、ニールの目は真剣だった。
「それより、そろそろ武器を新調した方がいい。お前、あの双剣ボロボロだろ。タルラの炎で溶けかけてたじゃねえか。」
レイヴンが無言でうなずくと、ニールは作業台の覆いを取り払う。
「戦闘データを見る限り、お前は“どの武器でも扱える”って判断した。だから現時点で用意できるのを選んでみた。」
そこに並んでいたのは、双剣・大剣・トンファー・盾の四種類の武器だった。
「……このトンファーは?」
「それはリコイルロッド。突けるし、振れば剣代わりにもなる。さらに地面に向けてリコイルを解放すれば――」
ニールが胸を張る。
「大ジャンプもできるぞ。」
「……やってみていいか?」
「やるなら外でな!」
研究区の天井をぶち抜くところだったらしく、盛大に怒られた。
レイヴンは軽く肩をすくめつつ、武器を順に手に取って感触を確かめる。その間も、ニールは何か思い出したように眉を上げた。
「そうだ、龍門についてだが……どんな場所だと思う?」
「どんなって……まあ、普通の都市なんだろ?」
「そういうレベルじゃねぇ。大都市だ。感染者への当たりも……チェルノボーグほどじゃねぇが、決して優しくはない。」
「あ、龍門幣の名前の由来って……」
言いかけた瞬間、ニールが指を鳴らして笑った。
「当たり!あの貨幣の信用がテラ中に浸透してるのは、龍門が――まあ色々あるからだ。」
「詳しくは実際に見てみろ。こういうのは歩いて感じるのが一番だからな。」
レイヴンは無言で頷いた。だが胸の奥では、未知の巨大都市への興味が確かに膨らんでいく。
金属の匂い。機械油の香り。外で響く拘束音。
そのすべてが、これから向かう“龍門”という巨大な現実の前触れのように思えた。
「とにかく走って行ってみるぜ。この船おっそいからな。」
「……アーミヤに怒られても知らないぞ。」
「いや、連れてくから問題なしだ。」
「えー……」
レイヴンは周囲を見回し、格納ラックの端に見慣れないバイク――ランドチェイサーを発見した。金属光沢の細身の車体が、ただの移動手段というより兵器めいて見える。
「とにかくさ。ボサっとしてられないんだろ?だったら早めに行った方がいいっての。」
言うが早いか、レイヴンはランドチェイサーに跨がり、エンジンを唸らせる。
「おいおい……!」
ニールの制止を振り切るように、レイヴンは格納庫から飛び出していった。
間もなく、フェンが研究区に駆け込んできた。
「ニール! あれってドクターですよねっ!?」
「ああ……新開発のランドチェイサー、勝手に乗っていきやがった……」
「アレ、エアバイクでしたっけ?」
「……そうだ。ただ方向転換が難しいのが唯一の欠点でなぁ……」
ニールは頭を抱えた。
────────────
一方その頃、レイヴンは。
「……ドクター、何をしてるんですか?」
「いてぇ……」
甲板近くの壁に突っ込んだらしく、ランドチェイサーは横倒し。レイヴンは地面に伸びていた。
「あらあら、ドクター、大丈夫?」
「転んだので“大丈夫”ではないと思います。」
聞き慣れた声に顔を上げると、アーミヤと、その後ろに二人の女性――どこか洗練された雰囲気の者達が立っていた。
「アーミヤ……後ろの二人は?」
「紹介がまだでしたね。彼女たちはリスカムさんとフランカさん。ロドスのオペレーターではないんですが、今は協力してもらってるんです。」
「BSWから来たリスカムです。ドクター、よろしくお願いします。」
「同じくBSWのフランカよ。よろしくね、ドクター。」
「ああ、よろしく。」
軽く礼を返したレイヴンに、フランカが小声で耳打ちする。
「……転び方は派手だったわね?」
「うるせぇ。」
そのやり取りにアーミヤが苦笑しつつも、ふと腕時計を確認する。
「それよりアーミヤさん。時間は大丈夫ですか?」
「へ?」
スマホを見ると、画面には21時44分。
待ち合わせは22時ちょうど。
アーミヤの顔色が変わった。
「いけない……! 急ぎましょう、ドクター!」
「あ、ああ……」
レイヴンはランドチェイサーを起こし、再び跨がる。
「アーミヤも乗れ。こっちの方が早い。」
「……本当に大丈夫ですか?」
「任せとけ。できないことはない。」
根拠のない自信に満ちた声。アーミヤはリスカムとフランカの方をちらりと見る。“仕方ない”と顔に書いてあった。
「安全運転でお願いしますね?」
「任せとけ。」
再びエンジン音が響く。今度はレイヴンも慎重に操作する気らしい……たぶん。
ランドチェイサーは甲板の端から滑るように発進し、夜の空気を切り裂いて龍門へ向けて一直線に加速していった。
残されたリスカムが、ぽつりと呟く。
「……ドクターって免許、持ってるんですか?」
「持ってないんじゃない?」
フランカは肩をすくめた。
……………………
龍門ゲート前。
ランドチェイサーのエンジンが最後の唸りを上げて止まると、レイヴンは首を傾げた。
「……ここが龍門? 街が見えないんだが?」
「大半の都市は“移動都市”ですから。外観だけ見ると、ただの壁に見えることもあります。」
「へぇ……そういうもんなのか。」
そう話しているうちに、武装した警備員が一歩前へ出た。ライトがレイヴンとアーミヤの顔を照らし、鋭い視線が注がれる。
「止まれ。何者だ?」
「用があって来ただけだ。」
「……怪しいな、コイツら。」
即座に警戒され、レイヴンは微妙に眉をひそめた。手を上げそうになったところで、背後から硬質な靴音が響く。
「待て。」
冷たく、よく通る声。
現れたのは、青い髪に赤い目、龍の角――そして長い尻尾を持つ女性。冷気のような気配をまとった堂々たる姿だった。
彼女はスマホを開き、画面を無言で突きつける。
「面会は22時と聞いていたが……ロドスは時間すら守れないのか?」
画面には「22:10」。
アーミヤは肩を跳ね上げ、頭を下げた。
「……す、すみません、チェンさん。遅くなりました。」
「そちらは?
「ロドスの顧問、ドクターです。」
「よろしく!」
レイヴンが手を差し出す。
――が、チェンは視線すら合わせず歩き出した。
「こちらへ」
完璧にスルー。
レイヴンは空中で取り残された手をゆっくり下ろし、ぼそりと呟く。
「……感じ悪りぃ……」
「ドクター……」
アーミヤは苦笑しつつ小声で諭したが、レイヴンは分かっているのかいないのか、溜息をひとつ吐いただけだった。
そうして、二人はチェンの後を追い、龍門内部へと歩みを進めた。
……………………
車の窓越しに、レイヴンは声を弾ませた。
「……わぁ……すげぇ……すげぇすげぇ!!」
目の前に広がるのは、夜の闇を押し返すほどの光の海。摩天楼の群れがきらめき、金と青のネオンが走り、まるで星空が地上に降りたかのようだった。
「アーミヤ! 見ろよ! ピカピカ光ってるぜ!」
「は、はい……見えてますけど……」
彼が無邪気に窓へ身を乗り出すたび、アーミヤは「落ちないでください……」と小声で袖を引っ張る。
一方、前で運転するチェンはバックミラー越しにちらりと視線を向け――
「……まるで子供だな……」
そう呟いた声は、かろうじて二人に届かない程度の音量だった。
やがて車は減速し、レイヴンたちは巨大な建物の前に降ろされる。
「たっっっっかぁ……」
レイヴンは首が折れそうなほど上を向き、龍門で最も高いビルを見上げて口を開けたまま固まった。
「ドクター、行きますよ。」
「……っ! お、おう」
アーミヤに袖を引っ張られ、現実に引き戻される。
チェンの案内でビルに入り、重厚な扉の奥へ進むと――空気が一変した。
豪華な調度。
無駄のない配置。
そして奥の席には、龍の面影を持つ重厚な男が静かに座り、その向かいにはロドスの代表と思われる女性が控えていた。
「……ご苦労。入れ。座りたまえ」
「は、はい」
アーミヤとレイヴンは並んで席についた。
レイヴンは男の顔をじっと観察する。
その存在感は、ただ座っているだけで空間を支配していた。
(こいつが……ウェイ。龍門の大ボスか……)
アーミヤと女性が丁寧な口調で話を始めると、室内は一気に交渉の空気へ切り替わった。
……が。
レイヴンはというと、慣れない格式高い場に早くも処理落ちを起こし、背もたれにやや沈み込みながら虚空を眺めていた。
(……なに言ってんのかさっぱりだ……)
頭の上に「???」が浮かんでいるのが見えるようで、思わずチェンが横目で睨む。
だが当のレイヴンは気づいておらず、ただボーッとしながら場の空気に耐えていた。
……………………
エレベーターの扉が閉まり、静かな密室に機械音だけが響く。
レイヴンとアーミヤは、先ほどの会議内容についてひそひそと話していた。
「な、なるほど……つまりは協力して敵を倒せってことだな!
「……まあ、ざっくりまとめれば……そうなるんですが……」
アーミヤが苦笑する一方で、レイヴンは気になって仕方なかった視線の主を親指で示す。
視線の先では、白衣の女性が腕を組み、射抜くような眼差しで二人を観察していた。
「なあアーミヤ、アイツ誰だ?さっきからずっと俺のことチラチラ見てただろ?昔の俺の知り合いか?」
「彼女はケルシー先生。ロドスの代表者の一人で、医療部門の総責任者でもあるんです。」
「アイツ……えらい奴なのか……」
レイヴンの呑気な感想に、アーミヤは「あの態度で分からなかったんですか……」という顔をした。
そのケルシーが一歩近づき、冷徹な視線を真っ直ぐ向ける。
「……記憶を失っているというのは、本当のようだな。」
「まあそうだな。」
レイヴンはあっさり答える。
すると、ケルシーの目がほんの僅かに細められた。
「……今までの犠牲に報いるといいがな……」
「……?」
レイヴンは首を傾げるだけ。
深意も警告も、彼にはまだ遠い。
そしてケルシーは、エレベーターの天井に目を戻してから静かに告げた。
「……おかえり、ドクター。君の帰還を、歓迎するよ。」
「……ほんとか〜?」
疑い半分の返しに、アーミヤが慌ててフォローに入る。
「ほ、ほんとです!ケルシー先生は、ああ見えて……その……すごく心配してるんですよ?」
「そ、そっかぁ……」
レイヴンがぽりぽり頬をかく。
ケルシーは何も言わなかったが、軽く視線をそらした仕草は、否定ではなかった。
……………………
郊外の荒れ地。風に砂埃が舞い、遠くの夜景だけがやけに鮮やかだった。
「……あそこが龍門か……」
ジェスターがぽつりと呟く。
灯の群れは、まるで巨大な獣が闇の中で息づいているかのようだ。
傍らではWが小さなまな板を膝に乗せ、じゃがいもを器用に切っていた。
手際は妙に家庭的だが、表情はいつも通りの毒っ気を含んでいる。
「そういえば聞いてなかったけど、タルラはなんて言ってたの?」
「どうやらスラムに目的物があるそうだ。」
「ふーん……もしかして、ドクターとか?」
Wは軽く言ったが、その声音にはほんの少しだけ探りが混じる。
ジェスターは答える代わりに鍋へ野菜を放り込み、スパイスを落としてゆっくりかき混ぜた。
立ち上る香りは、戦場の空気とは不釣り合いなほど温かい。
「……それは……嫌だな。」
「……」
Wが目を細める。
彼が珍しく感情を露わにする時は、過去の影が絡む時だ。
「……アイツ、本当に記憶喪失なんだな。」
「ええ……そうね。うざったいし、ムカつくけど。」
言葉とは裏腹に、その声色はどこか弱い。
「……ああ。でも……許せないのは」
ジェスターの手が止まる。
カレーを混ぜる木べらが、かすかに震えた。
「俺たちのことを忘れたことでも……過去にしてきたことを忘れたことでもない。」
「……?」
Wが怪訝そうに眉をひそめる。
ジェスターはうつむき、鍋の湯気でかすむ瞳を絞るように細めた。
「――“アイツ”のことを……忘れたことだ……」
その一言は、夜の風よりも重く沈んだ。
Wの表情も、それに呼応するようにふっと陰を帯びる。
「…………そうね…」
炎に照らされた二人の顔は、それぞれ別の痛みを抱えていた。
龍門の灯りは遠いのに、どこか冷たい。
ピンク髪のサルカズ人の女性なんやろなぁ…