(……やはり、そうだ。)
スケィスは、レイヴンの内部で静かに確信していた。
(この男は、偶然ここに居るわけじゃない。)
戦場の喧騒。
怒号、爆音、オリジニウムの粉塵――
それらすべての中で、なお揺るがない“核”のような感覚。
(コイツは……俺と巡り会う運命だった。)
力を与えたのではない。
力が、最初から受け入れられる器だった。
(碑文に選ばれた存在……“碑文使い”――!)
その認識と同時に、レイヴンの意識がはっきりとスケィスへ向けられる。
「……スケィス!」
レイヴンは低く、だが確かな声で呼びかける。
「この力……使わせてもらうぜ!」
そう言って、リコイルロッドを構える。
チャージが始まった瞬間、周囲の空気がわずかに震えた。
『レイヴン!』
スケィスの声には、僅かな高揚が混じっている。
『試運転だ。――派手にぶち飛ばしちまえ!』
「おう!」
躊躇は無かった。
レイヴンは地面を蹴り、弾丸のように前へ飛び出す。
狙うのは――
目の前で砲身を回転させていたグラモス。
「――ッ!!」
リコイルロッドを突き出した瞬間、
衝撃は爆発と呼ぶべき規模に変わった。
轟音。
グラモスの巨体が、まるで紙屑のように宙を舞い、
岩肌に激突する。
次の瞬間、内部から光が漏れ――
爆散。
金属片と火花が、崖下へと雨のように降り注いだ。
「……」
一拍遅れて、静寂が戻る。
「……す、すげぇ……」
レイヴンは、自分の手を見つめたまま呟いた。
声に喜びはない。
あるのは、ただ純粋な――困惑と驚愕。
(……なんだよ、今の。)
力を振るった感覚はある。
だが、それが自分の限界を超えたものだという事だけは、はっきり分かっていた。
その時――
「レイヴン。」
デュークの低い声が、緊張を帯びて響く。
「ここは引くぞ。」
「え!?」
思わず声を上げるレイヴン。
デュークは既に周囲を警戒しながら、鋭く告げた。
「敵が来てる。……大勢だ。」
遠くから聞こえる足音。
金属音。
新たなコンバットフレームの稼働音。
「……だな。」
レイヴンは短く頷いた。
今の一撃は確かに凄まじい。
だが、永遠ではない。
三人は無言で方向を揃え、戦場から離脱する。
その背後――
「くっ……!」
瓦礫の中から、スカルシュレッダーが身体を起こす。
「必ず……必ず殺してやるぞ……!」
怒りと憎悪で歪んだ声が、虚空に溶けた。
…………………
一方その頃――
アーミヤ達は、レユニオンが潜伏していると目される拠点へと慎重に進軍していた。
吹き荒れる砂塵が視界を遮り、
遠くの建造物は輪郭だけが揺らいで見える。
「……」
テキサスとエクシアは、崩れた岩陰に身を寄せ、銃を構えたまま周囲を警戒していた。
「……テキサス。なんか変じゃない?」
エクシアが、冗談めかした調子を抑えつつ小声で囁く。
「何がだ?」
テキサスは視線を前方から外さず、低く返す。
「龍門近衛局とロドスが一斉に動いてるんだよ?それなのに……」
エクシアはゆっくりと辺りを見回す。
「ここまで、あまりにも楽すぎるよ。」
「……」
テキサスの眉がわずかに動いた。
「確かに…拠点がここまで近いのに、抵抗らしい抵抗もない。普通なら時間稼ぎくらいはするはずだ。」
「でしょ?」
エクシアは口角を下げる。
「拠点を放棄するって選択、レユニオンがそんな簡単に取るかな?」
「……確かに。」
テキサスも違和感を否定できなかった。
敵がいない。
――それ自体が、最も危険な兆候だった。
アーミヤもまた、先頭付近で砂塵の中を進んでいた。
耳を澄ませ、一歩一歩、足音に神経を集中させながら。
(……静かすぎる。)
心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。
その時――
砂塵の向こうから一人の人影が、何でもない事のように歩いてきた。
「……!」
アーミヤの瞳が見開かれる。
「W……!」
即座に武器を構え、警戒するアーミヤ。
だが――
Wは、攻撃の意思を一切見せなかった。
飄々とした足取りで近づき、そのまま、アーミヤの肩に手を置く。
「……」
距離が、近すぎる。
アーミヤが何か言う前に、Wは口元を近づけ、小さく、囁いた。
「――――」
「……!」
アーミヤの表情が、瞬時に凍りつく。
問い返そうとした時には、Wは既に背を向けていた。
「じゃあね……」
その言葉だけを残し、
Wは再び砂塵の中へと溶け込むように消えていった。
「……」
アーミヤは、しばらくその場から動けなかった。
(……あの言葉が、本当なら……)
胸の奥に、冷たい不安が走る。
「……!」
アーミヤははっとして周囲を見渡す。
「……みんなが危ない……!」
迷いはなかった。
アーミヤは通信機を掴み、最大出力で叫ぶ。
『みなさん!!』
声が、戦場全体に響き渡る。
『そこから離れて下さい!!今すぐです!!』
「……アーミヤ?」
テキサスが即座に反応する。
「え、なに……?」
エクシアも、声の緊迫感に顔色を変えた。
「これ、冗談じゃないよね……?流石にヤバいんじゃない!?」
二人は即座に判断し、岩陰から飛び出して距離を取る。
「総員、退避しろ!!」
チェンの怒号が続いた。
「理由は後だ!今すぐ下がれ!!」
迫真の声に、近衛局の隊員達も反射的に後退する。
その瞬間――
地鳴り。
次の刹那、地面が、内側から弾け飛んだ。
「――!?」
轟音と衝撃波。
大地が爆ぜ、土砂と火炎が空へと噴き上がる。
「ば、爆発!?」
「なんて規模なんですか……ッ!?」
「……アーミヤ達は無事なのか!?」
現場にいた全員が、言葉を失ってその光景を見つめた。
まるで、拠点そのものが罠だったかのように。
その爆発を遠目に確認し――
「……!」
レイヴン達も、息を呑む。
「今の……ヤバいぞ。」
「アーミヤ達の方だ!」
三人は顔を見合わせる間もなく、爆心地へ向かって走り出した。
すると――
砂塵を切り裂くように、一人の影が前方を走り抜けていくのが見えた。
「……ジェスター?」
レイヴンは一瞬だけ目を見開く。
迷いのない速度。
目的地がはっきりしている走り方だった。
レイヴンも遅れまいと地面を蹴り、走りながら声を張り上げる。
「これがお前らの作戦かジェスター!!」
荒野に、怒声が響く。
「違う!!」
ジェスターは振り返らずに叫び返した。
「俺も……俺も、知らなければならないんだ!!」
そのままジェスターは崖縁へと踏み込み、一切の躊躇なく跳躍する。
――八艘飛び。
岩から岩へ、人間離れした軽業で崖を一気に駆け抜けていく。
(……アイツも、知らなかったって事か……?)
レイヴンは走りながら、そう考える。
もし、すべてを把握した上での行動なら、あの声に混じった焦りは生まれない。
(なら……本当に、誰がこの地獄を仕組んだ?)
答えの出ない疑問を抱えたまま、レイヴンは速度を上げた。
…………………
しばらく走り続け、爆心地から少し離れた岩場に辿り着いた時――
そこに、二人の姿があった。
「……居た!」
ジェスターが低く呟く。
対峙しているのは――
スカルシュレッダー。
崩れた地形の中で、彼はまるで当然のように立っていた。
爆発も、犠牲も、すべてを織り込み済みであるかのように。
「スカルシュレッダー……」
ジェスターは一歩前に出る。
「これが……これが作戦なのか?」
問いには、迷いと怒りが混じっていた。
「そうだ。」
スカルシュレッダーは、即答する。
感情の起伏は、微塵もない。
「仲間を犠牲にするなど……なんて作戦なんだ!」
ジェスターの声が荒れる。
「これが、タルラの指示だ。」
「……!」
「仲間を犠牲にすることもか!?」
「そうだ。」
重ねて、肯定。
それは命を語る言葉とは思えないほど、冷たく、簡潔だった。
「……何故だ……」
ジェスターの問いは、怒りというより、理解できない者の悲痛に近い。
しばしの沈黙。
そして、スカルシュレッダーは低く言った。
「……お前は、知らなくていい事だ。」
視線を逸らし、続ける。
「アイツらも、俺たちの作戦を知った上で動いた。悔いはないはずだ。」
「……」
ジェスターは言葉を失う。
「……イカれてるな。」
吐き捨てるように呟いた。
「こんな事で……世界は変わるのか?」
その問いに、スカルシュレッダーは初めて感情を滲ませた。
「変わるさ!」
声が荒くなる。
「俺たちが、非感染者達を全員駆逐すれば……いずれは、平和な世界になる!!」
その眼差しは、狂気と信念が入り混じっていた。
「ミーシャが夢見た平和な世界を、俺たちは実現できるんだ!!」
刃がジェスターへと突きつけられる。
「それを……お前は否定するのか!?」
張り詰めた空気。
思想と思想が、完全に噛み合わない瞬間。
「……」
ジェスターは歯を食いしばる。
「俺たちを否定するのなら……」
スカルシュレッダーは、宣告する。
「お前も敵だ!」
「……くっ……!」
ジェスターは顰めっ面をしながら、ゆっくりと剣の柄に手を置いた。
レイヴン達は、無言のままジェスターの横へと並んだ。
それだけで、空気が変わる。
孤立していたジェスターの背後に、確かな戦力と意志が加わった瞬間だった。
「……お前ら……」
ジェスターは一瞬だけ目を見開く。
「手伝うぜ。」
レイヴンは短く言う。
迷いも、条件もない。
「……俺は敵だぞ?」
ジェスターは低く問い返す。
「裏切るかもしれないぜ?」
一歩踏み違えれば、刃を向け合う関係だ。
それでも――
「……お前は、そんな事する奴じゃないって」
レイヴンは肩をすくめる。
「なんか分かるからな。」
根拠はない。
だが、戦場ではそれで十分だった。
「……………」
ジェスターは一瞬、言葉を失い――
やがて、口元だけで笑う。
「……ふっ。じゃあ、頼むぜ。」
覚悟を決めたように、ジェスターも武器を抜いた。
「ジェスター……」
スカルシュレッダーの声が、明確な敵意を帯びる。
「お前も、裏切り者だ!」
次の瞬間――
重い金属音と共に、空から影が落ちてくる。
黒く塗装された、異様な存在感のコンバットフレーム。
通常のグラモスとは明らかに違う。
「……っ!」
「黒い……!」
スカルシュレッダーは躊躇なくそれに乗り込み、即座にグレネードランチャーを構えた。
轟音。
砲弾が地面を抉り、爆炎が巻き上がる。
「くっ……!」
レイヴンは歯を食いしばる。
「行くぞ!」
四人は一斉に走り出した。
逃げではない――突撃だ。
「ジェスター!アイツの弱点は!?」
「スカルシュレッダーのカスタムはグレネード主体だ!」
爆音の中、ジェスターが叫ぶ。
「近接攻撃は出来ないが……装甲は、さらに頑丈になってる!」
「了解!」
レイヴンは即座に判断する。
「よし、お前ら!とにかく攻撃だ!」
「武器を破壊してやろう!」
「「「おう!!」」」
四人は役割を分けるように散開し、同時に攻撃を仕掛ける。
剣撃、衝撃、斬撃――
すべてが武装部位に集中する。
「しつこいゴミ虫共め!」
スカルシュレッダーが怒号を上げ、砲口を向けるが――
レイヴン達は止まらない。
爆発の合間を縫い、死角へ、さらに内側へ。
そして――
ジェスターが、踏み込んだ。
氷を纏った剣が、鋭い軌跡を描く。
右腕、切断。
金属音と共に、巨大な武装腕が地面に落ちる。
「ドクター!」
その声と同時に、ジェスターはわざと一歩前に踏み出す。
ジェスターを踏み台にしたレイヴン。
「――ッ!」
レイヴンは一気に跳躍した。
空中で大剣を振りかぶり、頭部装甲を真っ二つに斬り裂く。
同時に――
左右からテディスとデュークが滑り込む。
足部関節へ、狙い澄ました一撃。
金属が悲鳴を上げる。
次の瞬間――
黒いグラモスは力を失い、崩れ落ちた。
そして――
爆発。
「……やったのか?」
煙の向こうを見つめながら、レイヴンが呟く。
「……おそらくな。」
ジェスターは短く答える。
爆炎が収まり、敵の反応は無い。
四人は静かに武器を納刀した。
戦いは、終わった。
だが――
全てが解決した訳ではない。
ジェスターは振り返らず、その場を離れ始める。
「ジェスター。」
レイヴンが呼び止める。
足を止め、一瞬だけ振り向いて言った。
「次、会う時は――」
「敵じゃなかったら、いいな。」
それだけ言い残し、ジェスターは荒野の中へ消えていった。
残されたレイヴン達は、その背中を、しばらく黙って見送っていた。
すると――
爆炎で歪んだコックピットの装甲が、内側から軋む音を立てた。
「……ッ」
次の瞬間、
血と煤にまみれた影が、装甲の裂け目から這い出てくる。
「……ロドス……!」
喉を焼くような声だった。
もはや叫びですらない、怨嗟そのもの。
「ロドスゥゥ……!!」
スカルシュレッダーだった。
全身は既に限界を超えている。
それでも、彼は立ち上がる。
震える手で、刃を引き抜く。
その視線は――
一直線に、レイヴンを捉えていた。
「……!」
次の瞬間、
スカルシュレッダーは地面を蹴った。
理性も戦術もない。
ただ、殺意だけで走る。
「何ッ――」
レイヴンは反射的に双剣を構える。
だが、距離が近すぎる。
間に合わない――
そう判断した、その刹那。
閃光。
横合いから放たれたアーツが、一直線にスカルシュレッダーの身体を貫いた。
「――ぐっ……!」
肉体が弾かれ、勢いが止まる。
「……なっ……」
レイヴンは目を見開く。
アーツの飛来した方向へ、思わず視線を向けた。
砂塵の向こう――
そこにいたのは。
「……っ、はぁ……はぁ……」
アーミヤだった。
息を荒くし、震える手を前に突き出したまま、その場に立ち尽くしている。
「……アーミヤ……」
スカルシュレッダーは、ゆっくりと膝をついた。
刃が地面に落ち、乾いた音を立てる。
「……何故……だ……」
か細い声。
「……何故……助けて……くれなかった……」
アーミヤは、その言葉に息を詰まらせる。
「……ミーシャ……」
スカルシュレッダーは、視点の合わない目で虚空を見つめる。
「今……行く……ぞ……」
その声は、もはや誰に向けられたものでもなかった。
力が抜け、身体が前に倒れる。
――動かない。
完全な静寂が、その場を支配した。
「…………」
「………あ……」
アーミヤの口から、小さな声が漏れる。
自分の手を見つめ、そして、ゆっくりと顔を上げる。
レイヴンと、目が合った。
レイヴンは、言葉を失っていた。
驚きだけではない。
怒りでもない。
理解してしまった顔だった。
――もし、あの一撃がなければ。
――もし、迷っていたら。
アーミヤは、何も言えずに立ち尽くす。
その表情を見て――
アーミヤは、ようやく理解する。
(……私は……)
(……殺したんだ……)
その現実が、遅れて、重くのしかかる。
砂塵の中…
誰もが黙ったまま…
倒れたスカルシュレッダーを見つめていた。
ジェスター味方フラグ???